千年騎士 七章

 ルルーシュの部屋に突撃して、なんだかんだあって、また来週も来いと言われて、そして一週間が経った今日。
「ああ、スザク。待ってたよ」
「お、お邪魔します」
 言いつけどおり屋敷へやって来たスザクは、ルルーシュに招かれている真っ最中であった。
 先週といえば、スザクにとって強烈で過激で刺激的すぎる経験が嵐のように過ぎ去った日だった。友人のはずだったクラスメイトと恋人みたいなキスをして、性器を触られて、変な声も聞かせてしまった。でも正直なところ嫌な気はしないから、スザクだって満更じゃない。その行為を受け入れたときから、事実上二人の交際は始まっていたのだ。
 その帰り際、またここに来てほしいと、ルルーシュに誘われた。条件反射かのように二つ返事でそれを快諾してしまったスザクは、再びここを訪れることになったのである。

「なんだ、その荷物」
 ルルーシュはスザクの姿を視認したあと、右手にぶら下がっている手提げのトートバックを指差した。中には数冊の本やファイル、プリントがごちゃごちゃと入っているのが見えたようだ。
「勉強を教えて頂こうと、思いまして……」
「ぶっ」
 肩を縮こめて恐縮しきるスザクを前にして、ルルーシュは吹き出した。
「お前、こないだの小テスト何点だっけ?」
「わ、分かってるなら言うなよ!」
 腹を抱えるルルーシュに促されるまま玄関を通され、二階へと案内された。
 スザクもそうだが、学校がとっくに終わった今はルルーシュもラフな格好に着替えていた。いつもの黒い詰襟の制服姿しか知らないから、少し新鮮である。
 ファッションやお洒落については大層疎いスザクだったが、彼の着ている服はよく似合っていると思った。あるいは、細身で上背のある体型だから、何を着ても似合うのかもしれない。

 折り畳み式のテーブルには教科書、資料集、ノート、プリントやらが雑然と広げられている。スザクとルルーシュは向かい合うようにして絨毯の上に座って、ルルーシュがスザクにテスト範囲を教えてやるという形式で、勉強会らしきものは進められる。
「代入するのはこっちの式だ」
「そうなの? えっと……」
「符号間違ってる。……お前、何年生まで学校に行ってたんだ?」
 四則計算すらまともにできないという凄惨さに、ルルーシュは恐る恐る尋ねた。
「しょ、小四……?」
「……なるほどな。やっと納得いった」
 これまで学校にろくに通わず、この年齢で突然高等学校へ編入。スザクの稀有な環境とルルーシュからしてみれば普通じゃない境遇に、やや同情してしまったのだろう。どうしてここまで出来ないんだ、という苛立ちはとっくになくなって、何も分からないということを前提にして教えてやるようにした。

「この問題も正解。なんだ、やればできるじゃないか」
「ルルーシュの教え方が上手いからだよ」
 スザクは元々理解力がないわけでも要領が悪いわけでもない。むしろ人より飲み込みが早い性質だ。それは初搭乗にも関わらず、その操作を体で覚えたナイトメアフレームの操縦センスを見ても窺える。本人に至っては自覚がないためにどこか自信がなかったりもするが、それは勉強においても同じであると言えよう。
「ルルーシュ、この問題はどうやって解くの?」
「……よくそんなに集中力が保てるな」
 人の集中力というのはその人の体力に依存する面もある、とスザクはどこかで聞いたことがある。古来より運動神経の良し悪しと勉学の出来不出来は比例するという説もあるが、この集中力の持続時間もその説を裏付ける一因なのだろう。
 その話が確かだとすると、人より体力に自信があるスザクの集中力とその持続性にも説明がつく。勉強はからっきし駄目だと思っていたが、案外やればできるのではないかと変な自信が湧いてきた。
「勉強って、分かるとちょっと楽しいね」
「中学生レベルの数学で満足するなよ」
 相変わらず彼の言葉は辛辣だ。言い返しようのない完璧な正論を振り翳されれば、論理的な思考が不得手なスザクは太刀打ちができない。もとより、口が達者なこの男に口論で勝とうと思う者はそうそう居ないだろうが。
 頭も良くて喋り上手、男にしては細身だがスタイルも十分良いし、顔だちも整っている。おまけに家事や料理も得意という噂も耳にした。まるで非の打ち所がない。同じ男として恨めしいほどに。
 長い睫毛がふわふわと揺れて、その動きを無意識のうちに追っていた。彼の低い地声は耳障りが良く、いつまでも聞いていたくなる。頬杖をつく指は白くて細い。桜色の貝殻のような爪は繊細な造りをしているみたいで、美しいアーチを描いている。白い部分が伸びていないあたり、指先の手入れもしているのだろうか。
 紙面に注がれる紫は、スザクの位置からだとよく見えない。俯きがちになっているから、薄い上瞼と前髪で隠れてしまうのだ。勿体ないから、もっとよく見せてほしい。こちらを向けばいいのに。
「スザク、話聞いてないだろ」
「えっ、あ…」
 スザクの淡い願いは思わぬ形で叶ってしまった。が、穏やかで波のない静かな表情が一変して、怒気を孕んでいる。
 それもそうだ。ルルーシュはスザクのために部屋に招いて、時間を割いて、ここまでしてくれている。至れり尽くせりだ。
「ご、ごめん」
「ちょっと休憩しようか」
 ほら立て、と立ち上がったルルーシュはスザクの腕を唐突に引いた。休憩ってティーブレイクのことじゃないの? そう瞳で問いながら、テーブルの隅に置かれたマグカップを指差す。ルルーシュはそれに対して、ほらいいから、と妙に焦ったような、急かすような声でスザクに働きかけた。

「おいで、スザク」
 ルルーシュはことさら優しい声で、スザクを呼び掛けた。無音の部屋にはぎしりとベッドのスプリング音が響く。彼は自室のベッドに腰かけて、スザクに手を差し伸べた。
 その手を取って、具体的にどうすればいいのか。おいでと言われたが、どこに行けばいいのか。”この手のこと”に関しては無知で無関心で無頓着だった。作法も分からなければ空気も読めない。そういう性格ゆえにスザクは天然と揶揄られることもある。
「こ、こう?」
「はは。スザクの好きにしたらいいよ」
 ルルーシュの肩に手を置いたスザクは、そのまま彼の上半身を引き寄せるようにして首に腕を回した。自分のしたことだが、思いのほか体が密着してしまって恥ずかしい。ルルーシュの吐息が首元に当たって、それだけでぞわりと栗肌立つ。
「ぎゃっ」
「ぶふっ」
 べろりと首元に湿った感触を感じて、思わず喉から変な声が絞り出された。それも色気のあるようなものとは程遠い、断末魔のなりそこないのような何か。ルルーシュも耐え切れなかったのか、吹き出してしまっている。ムードもへったくれもない。
「ここに脚、置いて」
 そう促されて、スザクはベッドのマットレスに片膝を乗せた。半分ルルーシュに寄りかかるような体勢になって、ますます距離が縮まる。目と鼻の先、と言えるくらい近い場所にルルーシュのまるい額が見える。
 スザクは軽く背を丸めて、ルルーシュの顔を覗き込んだ。こうすれば彼の表情がよく見える。
「ルルーシュ、休憩って」
「……はあ?」
 呆れるような、落胆するような、信じられないという面持ちで、彼はきょとんとするスザクを見遣った。眉間に寄せられた皺がじわりと濃くなる。何か間違ったことを言っただろうかと、スザクは自らの発言を反芻した。が、とくに思い当たる節はない。
「お前、何も考えてなかったのか」
「何が……って、わ!」
 気を抜いていたら腰を掴まれて、そのままベッドへ仰向けになるように寝転ばされた。いや、この場合だと押し倒されたと表現するほうが正しいかもしれない。顔の両側にルルーシュの手があって、下半身は彼の両脚の中に挟まれている。閉じ込められた、とでも言うのだろうか。
「勉強なんて照れ隠しかと思ったのに。この期に及んでまだそんなことを」
 見上げると部屋の照明で逆光状態になったルルーシュの顔が窺える。紫の双眸はスザクの顔をじっと捉えているが、何を考えているのかは読み取れない。否、スザクが他人の機微に疎いせいかもしれない。
「先週言っただろう、続きをするって」
「だから続きってな……ひょわっ!」
 言い終わる手前、ルルーシュの手のひらが服の隙間に入って、脇腹を掠めた。
「おっまえな……ふふ、あはは!」
 けらけらと笑い声を上げるルルーシュを、スザクは呆然と見つめていた。マウントポジションを取られているにも関わらず、さして緊迫感も緊張感もなければ、恐怖感も防衛本能もあまり働かない。軍人としては如何なものであろうが、それは相手がルルーシュだからだ。
 自分の間抜けな声と彼の笑い声で、すっかり空気も緩んでしまった。ルルーシュはひとしきり笑い終えたあと、ようやくスザクの体から退いたかと思えば、その隣に真似るようにしてごろりと寝転んだ。
「ルルーシュ?」
 首を動かして、真横にある顔を見つめた。なんだか今晩の彼は変だ。
「……俺も初めてだったから、ちょっと緊張してたんだ」
 不思議そうに瞬く翡翠を、ルルーシュは愛しそうに見つめた。
 黒い睫毛に縁取られた瞳が、微かに紅潮した頬が、薄い唇が、スザクを愛しいと訴えかけてくる。ひんやりしていたはずのマットレスやシーツは体温がすっかり移って、人肌に温まっていた。
 ルルーシュの指がそっと伸びて、スザクの頬を撫ぜた。小さい子を可愛がるような、いやらしさや色気のない、優しい手つきだ。思わず頬を緩ませると、釣られたようにルルーシュも微笑んだ。

 だからこの時、スザクはすっかり油断していた。束の間ゆっくり流れる時間に気を取られていたのだ。
「セックスしよう、スザク」
「せ……っ」
 ぼんっと火が出るほど顔を真っ赤にしたスザクの様子を、今度こそルルーシュは笑わなかった。
「本当はそのために家に呼んだのに……お前は馬鹿だから」
 かあ、と頬を微かに赤らめるルルーシュの表情に、ちょっと可愛いな、と思ってしまったのは胸に秘めておこう。そんなことよりも、今の彼の発言は頂けない。ちょっと待ったと言いたいところだが、ルルーシュが口を開くほうが早かった。
「目、閉じて」
 言われるままおずおずと目を閉じると、しばらくして唇に柔らかいものが触れた。感触を確かめるように押し付けられたそれは、くっついては離れて、またくっついてを繰り返す。角度を変えて再三繰り返される接吻は、まるでその形をスザクに覚えさせるかのように続けられた。
 しっとりと唇がぬるく触れるようなキスをしたあと、その表面をざらついた何かが掠めた。
「…っ!」
 驚いて思わず口をほんの少し開くと、待っていましたとばかりに、内部に何かが入り込んでくる。先週された、口腔同士の性行のようなそれを想起させる。思い出した途端に体がぶるりと震えて、頬にかっと熱が集まるのを感じた。喉の奥でくつくつと笑うような音が聞こえて、何とも恨めしい。
 くちゅ、と音を立てながら唾液をかき混ぜて、喉の奥に流される。相変わらず仰向けに寝転ばされていたのはスザクのほうだったから、それらを嚥下するのに精一杯だ。彼が気まぐれに唇を離すたびに息継ぎをして、また気まぐれに塞がれる。呼吸さえ翻弄されてしまえば、あとはもう主導権は全てルルーシュに移ったも同然だ。
「ルル……あ…」
 べたべたになった口の周りを気にする暇もなく、今度はベルトのバックルにルルーシュの手が伸びていた。カチャカチャと響く無機質な金属音がやけにリアルで、生々しい。
 ループからベルトを引き抜き、床に放られる。普段は綺麗好きで乱暴なことを嫌う男のはずなのに、その所作は荒々しい。下着のゴムごとズボンを掴まれて引き下ろされようとした瞬間、スザクは思わず性急で乱暴な腕を掴んだ。
「その、恥ずかしい、から」
 既に衣服は半分ずり下ろされた状態で、うっすらと陰毛が覗いている。それすらも恥ずかしくて、スザクは背中を丸めたり脚を縮めたりと、懸命に身を捩らせて局部を隠そうとした。
「先週も散々俺に見せつけてただろ」
「みっ見せつけてなんか、っわ!」
 一瞬スザクの気が逸れた瞬間、一息で膝までずり下ろされてしまった。全くもって鮮やか過ぎる手口である。
 反動でふるりと飛び出た性器が彼の腕に当たって、泣き出したいほど恥ずかしい。潤みきった視界の先にはスザクの局部をじっと見つめる悪魔、もといルルーシュが居る。
「一回、出しておこうか」
「やっ、ちょっと、ちょ、待っ……!」
 いつの間にか取り去られていた下衣も下着ごとベッドの下に放られて、スザクが身に着けているのはとうとうシャツと靴下だけだ。
 股座に伸び掛けていたルルーシュの腕を、スザクはまたもや掴んで制止させた。顔を真っ赤にして震えるスザクの表情に対し、ルルーシュはどこかじれったい様な苛立ったような、あるいは剣呑とした表情を隠しもしない。
 ルルーシュの表情に気が付いていてもなお、スザクはシャツの裾を引っ張ってそれを彼の目から隠そうと必死だ。恥ずかしいものは恥ずかしい。その意思を込めて、スザクはきつく目前の男を見返した。
「……煩わしいな」
 彼はそれだけ言うと、再びスザクの唇に齧り付いた。しかし今回は、先ほどのようにとろとろと甘やかすような交わりとは程遠い、嵐の夜みたいな触れ方だった。今度こそ何を言われても動じずに居ようと固く決心していたのに、ルルーシュの行動はスザクの予想の斜め上だ。
「やっ、う…んっ!」
 口腔をまさぐられているうちに、硬度を保っていたそれにルルーシュの指が伸びた。そんなの卑怯だろう。口を離してからスザクは不満げに恨めしい男の顔を睨んだが、彼はどこか誇らしげであった。この場においてお前が優位に立てると思うな、と釘を刺された気分だ。
 接吻だけでゆるく立ち上がっていたそれに指を絡ませたと思えば、握り込んで上下に擦られる。視覚的にも悶え死にそうなのに、ここがルルーシュの部屋で、もちろん相手はルルーシュだ。その事実だけで軽く死ねる気がする。
「やだあ、ぁ……」
 ルルーシュの腕を押し返そうとスザクは両手で掴むが、思うように力が入らない。カリカリと爪で掻いてみても、むしろ彼は嬉しそうに笑うだけだ。男はスザクの抵抗を子猫のじゃれつきとでも思っているらしい。その証拠に抵抗は抵抗と呼べるものではなく、むしろ彼の腕にしがみついて、縋り付いているようにしか見えなくもない。
 ぬちぬちと粘着質な音が響き始めると、さらに体の感度は研ぎ澄まされて、鋭くなる。ルルーシュから与えられる刺激を丁寧に拾い上げる体は、あっという間に上り詰めようとしていた。
 ぬかるんだ先端に指が食い込んだ瞬間、呆気なく吐精した。びゅく、と放たれる体液は彼の温かい手のひらや指に受け止められる。

 射精して脱力しきった体は、いまいち使い物にならない。吐き出される息は湿っていて、自分のものではないようだ。
「スザク、後ろ向け」
 耳元で、男は矢継ぎ早に命令した。ぼんやりした頭は言葉に従うようにして、ごろりと寝返りを打った。湿った下半身がベッドシーツに触れてしまったが、それを気に掛ける余力はまだなかった。
「腰上げて」
「……?」
 腹の下に腕が滑り込んできて、そのまま腰だけを持ち上げるように促される。さすがに訝しく思えてたのは、きっと思考がクリアになってきていたからだ。
「ひゃ、う……!?」
 シーツからほんの数センチ、腹を浮かせるようにしていた。ひんやりした布が心地よく、火照った体の表面を冷ましてくれるようだ。そう思っていた矢先だ、あらぬところに刺激を感じたのは。
「何、何して」
「息しろよ、スザク」
 何の説明も言い訳もないまま、男はそれだけ言うと、スザクの体をこじ開けた。正確に言うと、肛門に指を突き入れた。
 引き裂かれるような痛みと苦しさを覚える。冷や汗が止まらない。心臓がばくばくと鼓動を速める。生物の本能として、完全に防衛反応が働いている。頭の中ではひっきりなしにこれは危険だ、と警告音が鳴り響いている。
「ひっ、う…」
「ただのローションだ」
「ろっ……!?」
 穴のあたりに、ひんやりとした液体をとろりとかけられた。思わず身を縮こませると、ルルーシュはそう声を掛けた。しかしその言葉の内容にも不安が募る。一体彼は己の体に何をする気なんだ。
「言ったろう、セックスすんだって」
「待っ、…っい!」
 ローションとやらで滑りが良くなった指が、穴の中でくるりと一回転した。たったその刺激だけで体が引き攣るほど痛い。
 手身近にあった、恐らく彼のものであろう枕を手繰り寄せると、スザクはそこに顔を埋めた。
「う、い…っい、いた……痛い…」
 苦痛に悶え苦しむ声は枕に吸い込まれていたが、やがてそれは嗚咽を交えたものになった。ちょうど指の本数が増えた頃だった。
「ひっく…う、や……やだ…」
「スザク、もしかして、泣いて」

 くぐもった涙声をようやく耳に入れたルルーシュは、まさぐっていた右手を外して、綺麗なほうの左手で脈打つ背中をさすった。今更優しくされたって遅いんだぞ、と心中でそっと悪態をついても、今なら許される気がする。
 このまま無理に進められるなら恨み言もぶつけられただろうに、中途半端に優しくされたせいで振り上げた拳を下ろせなくなった。背中を撫ぜられるたびに沸々と沸き起こっていたはずの怒りや悲しみが静まっていくのは、きっとスザクがルルーシュのことをまだ好きだからだ。
「……ごめん、もうしないから」
 しおらしい声に溜飲が下がる。
 枕に埋めていた顔をずらして、彼の顔を盗み見た。悲しいような悔しいような、水の足りなくなった花みたいな、元気のない顔をしている。
「でもルルーシュはしたいんだろう」
「今日はもうしない。泣いてるお前を抱きたくない」
 今日は、ということはいずれ最後までするつもりなのだろうか。そうとも読み取れる彼のちゃっかりした発言に笑ってしまいそうになる。
「……怒ってるか?」
 依然として視線を合わせようとしないスザクに、ルルーシュは恐る恐る声を掛けた。機嫌を損ねていると思われているのだろう。が、傷つけた恋人を気に掛ける第一声がそれとは、さすがのスザクも聞いて呆れる。だからこれはちょっとした意趣返しのようなものだ。
 スザクはおずおずと振り向いて、随分と弱々しい紫を覗き見た。
「キスしてくれたら許してあげるよ、」
 なんてね。
 そう付け加えようとした寸前、早々に唇へ柔らかく触れられた。
「……これで、いいか?」
「別に最初から怒ってたわけじゃないし」
 胸にあった枕を抱え直したスザクは、我ながら恥ずかしすぎる注文をしたことを改めて悔いる。この男の手の早さを侮っていたことが敗因だ。
 言い訳のつもりで吐いた文句はどこか甘ったるく、隠せない彼への好意を含んでいた。



 学園生活にも徐々に体が慣れ始めた初夏の折、スザクは軍の仕事へも出来るだけ顔を出すようにしていた。このエリア11どころか世界中ではいまだに紛争が勃発している。ブリタニアの支配下にある地域でそういったことが起こった場合、それらは反乱分子とみなされ、即刻粛清せねばならない。
 特派へ下りる命令はおもに先陣切って敵を攪乱させるか、陽動か、囮のいずれかだ。敵大将の首を討ち取れる機会はそうそう巡ってこないが、それでも大規模な作戦には必ず必要になる役だ。そんな中でランスロットの機動力は非情に重宝されていたため、出動要請の頻度は高いほうだった。粛清対象は現れるのを待ってくれるはずもなく、スザクは学園と特派の行き来を繰り返す日々を強いられるようになるのである。
「今日も急に来てもらって、ごめんね」
「僕の本職は学生じゃなくて軍人ですから、気にしないですよ」
 スザクが学園へ通うのはあくまで社会勉強のようなものだ。そもそもユーフェミア皇女殿下の命がなければ、このまま一生学生生活を送らず過ごしていた可能性のほうが高い。同年代の人間と接して視野を広げ、勉学を通して世界を知ること。それがスザクが学校に通う使命でもある。

 ちょうど特派から招集命令が届いたのは四限目が終わった直後だ。
 今日のお昼何にする? とシャーリーと話していたところで、軍から支給されていた通信機に着信が入った。彼女には申し訳なかったが、スザクの仕事のことはとっくに周知されている。申し訳なさそうにして謝るスザクに、シャーリーは気にしないで、と笑って背中を押してくれた。
 今日は食堂で定食を食べたかったなあとか、午後からの授業は何があったっけなあとか、そんな考え事が頭の中でぐちゃぐちゃに散らかっていた。でもそれはつい先ほどまでの話だ。制服を脱いでパイロットスーツに腕を通せば、スイッチが切り替わったように頭が冴え渡る。空きっ腹にはカロリーバーを流し込んで、腹の虫を黙らせる。ミネラルウォーターを流し込んで、今日の作戦の概要を反芻する。
 慣れ親しんだ愛機のコックピットに乗り込めば、自分が自分でないかのように、思考が澄んでいた。とっくに体が覚えている操作手順で画面を起動させ、聞き慣れたセシルの声を耳に入れる。
 軍人という立場から戦争に参加するということは、いくら敵であれ、人の命を奪うことは避けられない。殺さなければ自分が殺されるだけだがしかし、作戦は遂行できなくなって、ひいてはブリタニアの脅威になるかもしれない。スザクはブリタニアに片膝をつけ忠誠を誓う軍人だ。戒律と集団行動を最優先にする軍隊に所属する以上、作戦を成功させるためにはどんな手でも使わねばならない。それがたとえ自分の命と引き換えであったとしても、だ。

 学校の友人たちには、軍のほうで技術部に配置されている、と嘘をついている。だから前線に出て戦うことも、誰かを殺すことも、自分の命を投げ打つこともしていない、と言っている。
 人を殺したことがある、と言ったら恐れられるかもしれない。それも一人や二人じゃない。多くの屍を踏んで、足場にしてここまできた。そんなことが知れたら、ようやく心を通わせられた学友たちにまた、忌み嫌われるだろうか。怯えられるかもしれない。また独りになるのは嫌だった。
 しかもスザクが実際に配置されている特派では、前線で先陣を切ることが多い。ある意味命知らずな人間しかやりたがらないであろう。そんな部分を自分が担っていると知られると、軍で働いていること自体、反対されるかもしれない。
 アッシュフォードに通う友人たちはみな、心優しい者ばかりだ。だから余計に言えなかった。いつも招集のたびに自分の身一つで戦場へ赴いていることを知られたくなかった。これはスザクの憶測でしかなかったが、世の中には”知らないほうが良いこと”というものもあるらしい。ならばこの事実は、みなにとっては知らないほうが良いことではなかろうか。

 ひととおりの作戦を終えて帰還したときには、出動時は昼間であったのにとっくに夜も更けていた。
 コックピットから降り汗を拭うスザクに、セシルは声を掛けた。次回の招集予定の時間とその内容についてだ。耳に入れるだけでは覚えきれないから、きちんとメモを取ることも忘れない。
「そういえばスザクくん、初恋の人は見つかったの?」
「は、はつこ……!?」
 口に含んでいたミネラルウォーターを吹き出し掛けて、寸のところで踏み止まった。しかし盛大に気管に入ってしまったため、大袈裟なほどに咽てしまった。
「ずっと探していたでしょう、鍵の持ち主」
「ああ、鍵のことでしたか……」
 初恋の人だろうと揶揄られたのはこれが初めてではない。そういうんじゃないですよ、と笑って返すのも慣れたものだ。しかし、まさかセシルからもそう思われていたとは予想外だった。
「それだけ一途になれるって、もうそれは恋と変わらないんじゃないかしら」
「そ、そうなんですかね?」
 十歳の頃に鍵を託され、この年まで持ち主探しに奔走していた。傍から見ればよっぽど好きな相手なんだろう、と思われても仕方ないかもしれない。そんな風に自分を客観的に見れるほどには、スザクも大人になった。
「でも、もういいかなって思うんです」
「どうしたの、急に」
 学校で何かあった? と逆に心配される始末だ。鍵の君に執心しなくなった自分はそんなに奇妙だろうか。
「別に何かあったって訳じゃないんです。でも、ちょっと時間が経ちすぎたんです。もし会えても、あの頃の彼じゃないし、僕も変わってしまったから」
 何もなかったと言えば嘘になる。収容所に送られた一件のあと、スザクは鍵を失くした。探しても探しても見つかることはなく、慌ただしい毎日を送るまま、学園生活が始まった。そこで色んな人に出会って、今まで味わったことのない経験をした。七年前に鍵の君と口づけをした記憶も、学園で出会った男――ルルーシュに上書きされるように、忘れ去られた。
 鍵が手元にないという喪失感はずっと引きずったままだったが、ぽっかり空いた穴を埋めるようにして日々の思い出が蓄積されている。今は体を明け渡してもいいと思える恋人もいる。単純に、鍵の君に想いを馳せていられるほどスザクも暇ではなくなったのだ。
「言われてみれば最近のスザクくん、ちょっと雰囲気変わったような……」
 セシルは不思議そうに目を丸めながら、スザクの顔を凝視した。
「ど、どこがです?」
「なんだか、優しい雰囲気になった気がするわ」
「優しい?」
 スザクにはさっぱり心当たりがない。優しい雰囲気、という抽象的な表現もさらに理解しがたくさせている。
「前はもっとこう、ピリピリしてるというか……生き急いでるというか」
「……僕、そんな風に見られてたんですか」
 生き甲斐もなく帰る家も持っていなかったスザクは過去を捨て、鍵だけを握り締めて軍人になる道を選んだ。修羅ともいえるその人生の選択は、スザクをより孤独に、死に近づけていたのだろう。
「お友達がたくさん出来たからかしら。明日は招集かからないと思うから、ゆっくり楽しんできて」
 また週末、と挨拶して、スザクは特派の研究所を後にした。

 スザクが軍に入る動機だったのは鍵の君を探すため、その一択だった。正義感は人より強いほうかもしれないが、自分の命を賭してまで人助けをしたいとは強く思わない。正しいことはすべきだし悪いことはいけないと思うが、間近で見た戦争を経て、スザクの中では何が正しく何が悪いことかも、よく分からなくなっていた。だから自分がしたいことを、自分が正しいと思ったことを選べばいいんだと思っていた。
 スザクのやりたいことはと言えば、鍵の持ち主であったあの少年と再会することだった。だがブリタニアの属領となったこの国では、日本人という国籍があると何かと身動きが取れない。おまけに自分が枢木家の嫡子という理由で、大人たちに煙たがられ後ろ指を指され続けた。帰る家はもぬけの殻で、一人で暮らすには広すぎる。こんなところに居ても鍵の君には一生会えないだろうと思った。だから祖国を、多くの人命を奪ったブリタニアに仕える軍人になることを選んだ。
 鍵を失くし、持ち主探しの意欲もなくなった今、軍人を辞めるのかと問われれば、答えはノーだ。今更じゃあ辞めます、と言うにはあまりにスザクに関わってきた人が多すぎる。ブリタニア軍に所属する軍人の中でランスロットを操作できるのは、スザクが唯一の人物だ。スザクが居なくなればランスロットに乗る人間は居なくなり、特派の人間たちは多大な迷惑
を被るだろう。彼らはまたデバイサー探しから始めねばならなくなる。
 それ以上に、関わってきた人たちに恩がある。それはスザクが一生かかっても返せないほどの恩義だ。そして、今まで多くの命を奪ってきた責任もある。もちろん殺したくて殺した人間はいない。できるだけ峰打ち程度で留めることを念頭に置いていたし、いざとなればナイトメアフレーム相手なら緊急脱出もできる。機体が駄目になろうと、それを操縦するパイロットが存命であればいい。
 しかしそれでも、敵であれ味方であれ、全ての人間が生きて帰ってくることはできない。どれだけ憎い敵にも、友達や恋人、家族が居る。相手を殺せばその周囲の人間は深い悲しみに陥れられ、みなスザクを殺したいほどに憎むだろう。
 だからスザクは軍を辞めることはできなかった。これは己に課せられた枷であり、罪であり、罰だ。殺してきた人の分だけ生き延び、奪った命を弔う人の数だけ恨みを背負わねばならない。今更引き返すことはできなかった。退路は自ら、既に断ったのだ。


 翌日の昼、スザクはさっそくシャーリーと昼食を中庭で摂っていた。昨日は食べ損ねてしまった食堂の弁当を買って、中庭の日陰で二人並んで座った。翌週には梅雨が始まるそうで、となるとこうして次に屋外で昼休みを過ごせるのは、夏が終わってからだろうか。しばらく見られなくなる美しい庭園のような風景が、少し名残惜しくなる。
「そういえばスザクくん、もうルルとはすっかり仲直りしたんだね」
 ほんの少しの間だけ、スザクはルルーシュを避けていたことがあった。
 彼の家へ招かれ、そこで突然口づけされて、訳も分からずスザクはルルーシュの部屋を飛び出した。翌日からのルルーシュの態度といえば、昨晩のことをなかったかのようにするような振る舞いで、スザクは余計に混乱した。一体どういうつもりだと直接問い詰め、彼の気持ちを確認して、何だかんだあって今ではいわゆる恋人という枠に落ち着いている。
 そしてほんの少しルルーシュのことを避けていた間、スザクはシャーリーに、彼と喧嘩でもしているのかと尋ねられたことがあった。喧嘩と呼べるほどでもないが、事の発端が発端なだけに彼女には相談できない。やんわりぼかして説明すると、ルルーシュとは仲良くしてあげて、と言われた。
 今では仲良しどころか友達の枠を超えてしまったが、それはそれで正解のひとつの形かもしれない。
「あの時は心配かけちゃってごめんね」
「ううん。それより最近、前よりも仲良くなったよね二人とも。何かあった?」
 ハンバーグを切り分けていた箸の動きが、思わず止まってしまった。
「ルルーシュの家に行って、晩ご飯を御馳走してもらったり、とかかな」
「えっいいなあ! ルルの住んでるところ、お邪魔したことないもん!」
 スザクの説明は間違いではない。嘘はついていない。もっとすごいことをしてしまっているが、到底彼女に話せる内容ではないから敢えて伏せておく。
「ルルはあんまり自分を見せたがらないからさ」
「……そうなの?」
「そうだよ!」
 なんだか彼女は怒りの矛先をルルーシュに向け始めている気がする。
 シャーリーは強い口調でそう言いながら、エビフライをフォークで突き刺した。
「ほーんとに格好つけで、冷たいし! ちょっと優しくしたらチャラになるって思ってる!」
 それ以降はスザクの口が挟めないほどの、ルルーシュに対する不平不満や愚痴が繰り広げられた。ルルーシュの意外な一面だったり知らない部分もあったが、多少はスザクも同意できる部分もある。
 一概には言えないが、シャーリーの話を聞いたところルルーシュは、ああ見えて女慣れしていないのではないか。スザクに浮かんだひとつの有力な仮説だ。勘とも言う。
 とくにこれといった根拠はない。彼の名誉のためにも、スザクはこの仮説を口に出さないでおくことにした。


 翌週からは天気予報どおり、トウキョウにも梅雨が到来した。例年どおりの時期にやってきた梅雨は例年どおりの降雨量となるそうだ。
 学園の花壇には色とりどりの紫陽花が花びらを開かせ、その深い藍色や紫色の花弁を雨露に濡らしていた。大きな深緑の葉の中で、まんまるとした株が埋もれている。それが列を成しあたり一帯に植えられているさまは壮観で、幻想的だ。派手過ぎず、しかし地味すぎない色合いは雨続きの天候が唯一与えてくれる癒しである。スザクは淡い紫に誰かの瞳を想起させながら、相変わらず軍と学園寮の往復を続けていた。


 雨水が窓を叩く音が静かに聞こえる。外は相変わらずの曇天で、もう何日お天道様を拝んでいないのか、数える気もなくした。
 電気のついていない部屋は薄暗く、梅雨特有の湿気だってある。じめじめとした部屋で吐き出された吐息は思いのほか熱く、部屋の湿度がぐんと上がった気がした。
「っあ、う……」
「痛い?」
「う、ううん」
 腕を回した先にある長い襟足を指で梳いて、その感触を確かめる。黒くてしなやかな毛先からはほんのりシャンプーの香りがした。スザクの返事を聞き入れた彼は黙り込んで、執拗な指先の動きを再開させる。硬度が衰えない先端からは、新たな蜜がとろりと零れた。
 反り返って腹に付きそうなほど膨らんだそれを、ルルーシュは躊躇いなく握り込んで、先走りを塗り広げるようにして手を動かした。そうすると得も言われぬ快楽が背中を駆け抜け、はしたない声がぽつりぽつりと零れ落ちる。

 仕事がない日の放課後は定期的にこうしてルルーシュの部屋へ訪れては、二人きりでしかできない密事に溺れていた。以前の一件があって以来ルルーシュはより慎重に、まるでスザクを壊れ物のように扱うようになった。それはそれで擽ったいような、じれったく思うこともあるが、愛情ゆえだと思えば嬉しくもなる。
「ここ、どう?」
「なんか、ジンジン? ってする……」
 少しずつ慣らしていたおかげで、指一本くらいならすんなりと入るようになっていた。ルルーシュは挿入した人差し指を内部で曲げて、腹のあたりを執拗に探っていた。
 どうやら男にも女のように感じれる場所があるといい、まずはそこを探してみようというのが彼の提案だった。スザクは正直乗り気しない。ただでさえ人に触らせるのも躊躇う場所を、長時間弄られるのは耐え難いものがある。
「でもその割に、萎えてないよな」
 ここ、と指摘されながら先端をくにくにと弄られる。
「だって、それは、ルルーシュが……!」
「俺が、何?」
「ルルーシュが、触るから……っ」
 スザクはそう零しながら、ルルーシュの首にしがみついた。
 とんでもなく恥ずかしいことを口走りそうになって、少し誤魔化してみたが、彼は気づくだろうか。どうか気づきませんように。そう祈りながら、首に回した腕の力を強めた。
「……指、増やすぞ」
 少し間を置いて、彼が耳元でそう告げた。内部で動いていた指が抜けて、今度は中指が添えられた二本が穴の縁を擽る。ローションで濡れそぼったそこはひくりと震えて、早く欲しいと強請るように収縮した。
「ん、う……」
「痛むか?」
「平気……ねえルルーシュ、くち…」
「……ん」
 ルルーシュはスザクが強請ったとおりに口づけをしてやった。その間も体を弄る手の動きは止まず、スザクはひっきりなしにふうふうと鼻で息をするので精一杯だ。
 当初はうつ伏せの状態で腰を上げて尻を解すことをルルーシュは提言していたが、スザクはどうしてもそれが耐えられなかった。死にたくなるほど恥ずかしいし、未知の感覚を前にしたとき、彼の顔が見えないことが何よりも不安になるからだ。それに向かい合ったほうがキスもしやすい。スザクはルルーシュとキスをするのがいっとう好きだと、つい最近自覚した。


 中を弄る指の動きは日ごと大胆になっていった。最初は挿入するだけであんなにも息絶え絶えだったのが、今では中をまさぐられても耐えれるくらいだ。慣れとは恐ろしい。
 今日は腹の内側にある、彼曰くざらついた部分を念入りに摘ままれ、擦られ、爪先で掻かれた。それが気持ちいいのか、スザクにはよく分からない。ただそれをされるのと同時に陰茎を刺激されると、腹の奥がじんじんと熱くなって痺れるような、不思議な感じがする。
 それを素直に話すと、それが気持ちいいってことだよ、と彼は教えてくれた。スザクにはそれの正体が、まだよく分からない。尻の中を弄られるよりも、体をくっつけたり、キスをするほうがまだ気持ちいいと思えるからだ。
「胸、くすぐったいから、あ……」
「突き出してくるから、触ってほしいのかと」
「違う、違うって……!」
 それらの愛撫はどれも、上り詰めるには決定打に欠ける刺激ばかりだ。ルルーシュはわざとそうして焦らして、疼きっぱなしの体を持て余すスザクを、至極愉しそうに見つめる。
 シャツの前ボタンは開けられ、肩は肌蹴ている。辛うじて腕にだけ通された状態で、その布は本来の役割をとうに果たしていない。そうして露わになっている胸の飾りを、ルルーシュは悪戯のように摘まんで、捏ねたりする。
「うあ、は……」
「もしかして、こっちのほうが感じやすい?」
 先端を押し潰したり、抓られたりすると、なぜだか腰のあたりがぞわぞわとする。なんだかこれ以上はいけない気がして、スザクはルルーシュにキスを求めた。こうすればいやらしい声も吐息も、誤魔化すことができる。

 そうしてルルーシュの気が満足いけば、あとは二人で向かい合わせになって、擦り合いっこをして、それで終わりだ。ルルーシュはいつも処理はどうしてるの、とスザクが尋ねたときに答えを渋った様子を見て、自分ばかりが施してもらうのは申し訳ないと、そう言いだしたのがきっかけだ。ここ最近では毎回の流れとなっている。
 もうここまでくればスザクの理性も大概崩れている。ルルーシュの下半身を脱がせてやって、スザク自ら膝に乗って、彼のものを擦ってやるのだ。
 大きいなあとか、いつかはこれを挿れるのかなあとか、自分のとは色も形も違うなあとか、そんなどうでもいいことをのんびり考えながら弄るのが、癖になっている。
 ルルーシュのそれに指を絡めて、一緒に擦りながらキスをするのが、スザクはいっとう好きだ。お尻で感じなくたって、これでじゅうぶん満たされた気持ちになる。ねっとりと舌を合わせて口の中を舐め合って、それで射精する。
 淡々とした作業のようで、結構くるものがあったりする。今日はルルーシュの精液がスザクの胸にまで飛んでいて、それを見た彼本人が恥ずかしそうにしているのが、なんだか可愛かった。緩やかな快楽の波は、お互いのことを好きだなあとか愛しいなあとか、そういうあったかい気持ちをじわじわ感じれる。スザクはそういう時間が好きだった。


 梅雨が明けて夏が始まる頃になると、ますます軍の仕事は多忙を極めた。毎日ひっきりなしに招集命令が届いたり、長期で学校を休まざるを得なくなることもあった。徐々に生活の比重が学校中心から軍中心の、元の生活リズムに戻ろうとしていたのだ。元々学校へ通うのはユーフェミアの提案があったからで、軍からの命令でもなければスザクの意思でもない。
 ユーフェミアの言うとおり、確かに同年代の友人に囲まれることで経験したことのないことをたくさん経て、そこには好きな人もいて、じゅうぶん学生という身分を謳歌できた気分だった。だからこそ、ミレイの言う”モラトリアム”をもう少しだけ楽しみたい、という気持ちも芽生えてくる。せっかく広げた輪をもっと広く、深いものにしたい。もっと彼に会いたい。
 だがそう願えば願うほど、現実は願望からどんどん遠ざかり、剥離してゆく。
「スザク、また明日も休みなのかよー」
「ごめん。今度埋め合わせするから……」
「リヴァル、スザクくんを困らせないでよ」
 シャーリーはそう言ってくれたが、どこか寂しそうな表情を浮かべていた。

 周りに迷惑をかけるくらいなら、辞めてしまったほうがいいんじゃないか。
 そんな考えた頭をよぎったとき、リヴァルが語りかけてきた。
「スザクさあ、このままどっか遠いところに行ったりしないよなあ……学校、辞めちゃったり……」
「……し、しないよ」
「本当に? 本当の本当に?」
「本当の本当だよ。そんな顔しないでくれ、リヴァル」
 まるでスザクの胸中を言い当てるようなタイミングの言葉に、どきりと心臓が跳ねた。
 スザクだって本当は、この先もここに居たいと思ってる。しかし現実がスザクに突きつける選択肢はいつだってふたつにひとつで、どちらを選んでも正しいのか悪かったのかは自分自身さえ分からない、という質の悪さだ。
 口ではそう言ったが、本当のことはどうなるか分からない。それはスザクだけではなく周囲の者も薄々気づいていたかもしれない。リヴァル自身もそんな予感がしていたから、不安になって口にしたのだろう。だがそれはスザクにどうこうできる問題ではない。だから誰もスザクを責めないし、行かないでと強く言うこともできない。
 満たされ過ぎることは悪なのだろうか。スザクは自問自答してばかりいた。