夜を越えて会いに行く

 神聖ブリタニア帝国。

 人口は数億人規模、全世界の三分の一を領土をせしめるその超大国は文字通り、世界を支配をする唯一の存在であった。その帝国を統べる絶対王であったシャルル皇帝陛下を筆頭に、優秀な部下と雄大な資源に恵まれたその国は、現在進行形で領土をさらに拡大し、その権力を世界中に嫌というほど知らしめていった。世界情勢は神聖ブリタニア帝国対その他大勢の国という構造に移り変わり、長いものには巻かれよ精神の国家や、神聖ブリタニア帝国の強大な軍事力を前に屈服を余儀なくされる国家が次々と現れた。
 後者の意味では、日本国もそのうちのひとつである。
 とくに、神聖ブリタニア帝国が擁する最新軍事兵器・ナイトメアフレームの前では誰もが、どの国もが、歯が立つことはなかった。ナイトメアフレームとは、生身の人間であるパイロットが搭乗、操縦する戦闘用巨大ロボット兵器の総称である。その火力はさることながら、防御力も申し分なしという向かうところ敵なしという状態で、神聖ブリタニア帝国の領土・植民地拡大に大きく貢献した。また、大きな図体にそぐわない俊敏性や機動力も、兵器の殺傷能力を各段に押し上げた。その新型兵器はこれまでのミサイルや戦車とは一線を画す存在であり、斬新かつ近未来的な風貌と戦術に、神聖ブリタニア帝国に抵抗する国や人々はただただ圧倒されるだけであった。そもそも、そのような兵器を前線に出して戦わせることができるという膨大な資金力と、能力の高いパイロットの輩出率や高度育成技術を前に、昂ぶる戦意をそぎ落とされることが常であったが。

 神聖ブリタニア帝国が圧倒的な力を奮う中、それでもこの日本国民はそう簡単に力に屈することはなかった。海外からの植民地支配を受けるという事実だけでなく、神聖ブリタニア帝国の支配の仕方、権力の行使に、民衆が憤りを持っていたためである。

 第二次世界大戦後、もうこれ以上戦争を再び行うのはよそうと、世界の国々が和平を結び、平和的で個々の人権が尊重される近代思想が大きく発達した。これまで人権は集団、とくに特権階級と呼ばれる貴族や政治家にのみ重きを置かれ、それ以外の労働階級、一般の市民には人権保障がかなり手薄な傾向があった。しかしそのような近代的な思想が発達するにつれ、出自や家柄に関係なく個々人の能力や才能を純粋に評価し、力の強い者や弱い者、子供から老人まで、国家は国民を守り平等に扱うべきだという主義主張が生まれ、多く支持されるようになった。
 だが神聖ブリタニア帝国のやり方は、この流れに大きく逆らうような政治を多く行うものだった。帝国は他の国々を次々と併合し支配下に置いたが、いつどこでも、ブリタニア人の血を引く者が優位になる制度を敷いたのだ。政治家は全員純血のブリタニア人が席巻し、貴族階級もその人々が独占した。その排他的なやり口は世界中から非難を浴びたが、既に帝国は圧倒的権力で世界を支配していたため、帝国に楯突くものは無慈悲に粛清され、従うことを余儀なくされた。
 日本国も例外なく、日本国民の懸命な抵抗も虚しく併合され植民地として帝国に属することとなった。その支配のやり方は旧態依然で封建的なものであった。日本人は文化と尊厳と国の名前を奪われた。かつて日本国と呼ばれたその島国は「エリア11」と名づけられ、そこに住まう原住民たちを帝国は「イレブン」と呼んだ。

 日本人もといイレブンたちは、己らの尊厳を踏みにじられ圧政に苦しめられ、鬱憤を募らせる者は帝国の支配に対しテロ行為を起こし、かの国へ反抗する意思を示すものの、彼らもみな本国軍に捕らえられ例外なく次々と処罰された。反抗が成功すれば革命とも呼ばれるが、現実はそう甘くはなく、エリア11では連日国営ニュースでテロ行為の報道がなされた。帝国の圧政、ブリタニア人からの厳しい差別、そして日々激化するテロ事件に対し、イレブンの者たちはみな恐怖と憤りを感じながら暮らしていた。
 そんな鬱蒼とした日常の中、突然、己を正義の味方だと名乗る人物がエリア11に現れるのである。まるで青天の霹靂であった。その人物は、自らをゼロと名乗った。ゼロ曰く、どんな状況に於いても人は人を差別し虐げてはならず、強き者が弱き者を虐げるこの国は、世界は醜いのだと言う。そして自分はこの世界を壊し、誰もが笑って安心して暮らせる、平等で優しい世界を創るのだと宣った。
 その大胆な犯行声明は世界中の注目を集めた。なんせ、世界を統べる神聖ブリタニア帝国の国家転覆を狙うのもやぶさかではないという主旨であるのだ。
 ゼロはその宣言どおり、神聖ブリタニア帝国の支配、圧倒的権力の元では敵うはずがないとされていたことを次々と成し遂げ、イレブンからは一躍、正義の味方、ヒーローだと讃えられた。厚く重い壁に小さな風穴を通しだだけだと思われた彼の存在は瞬く間に、あの神聖ブリタニア帝国の脅威となっていった。

 ゼロは黒の騎士団という組織を編成、統率し、ブリタニアに対する大規模なテロ行為を立て続けに行った。党首であるゼロは相当頭が切れる戦略家なようで、ブリタニア軍にも優秀なパイロットや指揮官も多数存在するが、ゼロはそんな彼らを手のひらで弄ぶかのように勝利を収め続けた。
 ゼロは黒の騎士団の根幹を司る頭脳であったが、組織とはトップが優秀なだけでは、それは烏合の衆と同義だ。相手は世界を統べる超大国であり、当然一筋縄では革命は起こすことなどできず、やはり優秀な頭脳にはそれに見合う手足が必要となる。
 黒の騎士団はそこいらで燻っている反抗軍のただの寄せ集めでもないらしい、中には驚異的な操縦センスを持つパイロットも紛れ込んでおり、密かにナイトメアフレームまでも所持していた。そして何より、長年募らせていた神聖ブリタニア帝国に対する恨みや復讐心が彼らの、打倒ブリタニア政権に対する大きな原動力となっていたのである。

 黒の組織を率いる革命家・ゼロは一見華やかな快進撃を立て続けに起こしているように思えたがその実、多くの罪のない民衆の、犠牲の上にそれは成り立っていた。彼は犯行声明を出す際、この腐った世界を壊し優しい世界を創ると宣ったが、どちらが悪で正義なのか、”優しい”世界とは程遠い現状に枢木スザクはゼロに対し、憤りを募らせていった。

 スザクは日本国生まれの日本育ち、生粋の日本人であった。しかし日本国が神聖ブリタニア帝国との大戦で苦戦を強いられ、無条件降伏を受け入れた後に、スザクはブリタニア国軍の軍人になることを選び、名誉ブリタニア人として生きることを決意する。日本国民の尊厳も権利も奪い虐げようとするその政治方針に賛同するわけでも、思うことが何もないわけでもなかった。むしろ、帝国への怒りと祖国へ対する哀しみが圧倒的に強かった。だからこそ、スザクは帝国の体制に自ら取り込まれようとし、迎合した。その一見すると愚かにも思える行為によって、スザクは日本国民から裏切者と蔑まれ、忌み嫌われた。もちろん、それも覚悟の上であった。
 ブリタニア帝国へ服従する姿勢を取ったのも、日本人としての自分を捨てたのも、すべては帝国を中から変えたかったためだ。たった自分一人の微々たる力では、この大きすぎる壁には風穴を開けることすら敵わないかもしれない。しかし、愛する祖国が、罪のない民衆が、日本で生まれ日本で育ち、自ら日本人だと名乗るからという理由だけで、尊厳や人権を蹂躙される現状を、ただ傍観することがスザクにはできなかった。出自や人種の違いだけで差別を受けるさもしい世界にも耐えられなかったが、日本人がブリタニア人をこれ以上恨み切れないほど恨み続ける状況にも、我慢ができなかった。

 日本国がブリタニア帝国と開戦する8年前に出会った、自らをブリタニア人だと名乗る少年と少女に、スザクは随分と世話になり交友を深めたことがあった。彼らは自分と寸分違わぬただの純粋なただの子供で、人と人が分かり合うことに人種も国境も関係ないのだと、スザクは幼い心ながらそれを悟った。開戦後、スザクと彼らは離れ離れとなってしまったが、今もこの遠い空の下で、平穏無事に過ごせているのだろうか。彼らはブリタニア人だと言っていたため、スザクのように差別を受ける心配はないはずであった。

 帝国からの圧政を受ける日本国を見かね、敢えて祖国を裏切り帝国に従ずる決意をしたスザクであったが、その悲痛な決意の根幹には、愚かと言えるほどの強い正義感が根深く存在していた。困っている人、苦しんでいる人、弱き人が目の前にいると、自分が被るリスクや後先を考えずに、スザクは無条件に平等に手を差し伸べてしまうきらいがあった。人はスザクのそれを、優しくて素直で誠実だと評することもあれば、博愛主義で偽善的、愚直だと罵ることもあった。ものは言い様である。周りが自分をどう評価しようが、スザクには関係のないことだった。スザクはいつだって、自分の正しいと思ったことを行ってきただけである。何が正しく何が悪であるかなど、10年余りしか生きていない自分にはよく分からなかったが、自分が正しいと思ったことだけは信じていたいとだけは思っていた。でないと、前へ進めなくなるからだ。道が多すぎて迷子にならぬよう、自分の正しいと思った道だけは信じていたかったからだ。
 だからこそスザクは、ゼロの大義名分である、ブリタニア帝国の圧政からエリア11を救済するという名目も、党首であるゼロを信じ帝国政権打倒に燃える黒の組織も、全ては彼にとって所詮、駒に過ぎないのではという疑問を感じざるを得なかった。エリア11を救うと言い張りながら民間人であるイレブンの死を、これも必要な犠牲だと宣い、組織の党首である彼はたびたび、部下たちを利用し計画を実行することもあったからだ。弱者を虐げる強者に鉄槌を下すと宣言する傍ら、悪逆非道な行いを繰り返す彼の真の思惑を、この時のスザクはまだ測りかねていた。無実の罪に問われたスザクを窮地から救った挙句、黒の騎士団に勧誘するという不可解な行為から始まり、スザクが唯一心から付き従い命懸けで守ろうと決めたユーフェミア皇女の殺害を皮切りに、ゼロのテロ行為はより苛烈に、もう脇目も振らずにと言った調子で残虐性を増していった。

 どこまでも先を読む計算高い彼の、ちょっとした綻びを手掛かりに、スザクはパズルのピースを埋め合わせるように、その人物の正体に少しずつ確信を得ていった。幼い頃に出会った、ブリタニア人だと名乗る少年が別れ際、この国を、ブリタニアを壊してやるんだと、そう声高に宣言していた記憶が鮮明に蘇った。スザクはただひたすら、己の記憶違いであってほしいと願うばかりであったが、あの時の夕日はあまりにも、スザクにとって忘れがたい大切な大切な思い出でもあった。



 冷たさを感じるほど透き通る白磁には朱が差し、触れた手の表面が溶けるのではと思うほど、どこもかしこも熱かった。目前に差し出された柔い尻たぶを揉んでやれば、むずがるような声を発するものの、その反応とは裏腹に胎内は蠢き、スザクの肉を食い締めた。
「あ、う…や……」
「やじゃないだろ」
「…ッ、ぁあアっ、っひいぃ…!」
 言葉に合わせて腰を穿つと、頭を振り乱して、彼はみっともなく善がり狂った。
「ひ、っくそ…っ!…しね、しね…死ね、このやろ…」
 合間合間にこのクソ野郎、死んでしまえと、喘ぎ交じりの罵詈雑言が、彼の口から溢れた。
 スザクはその言葉を気にするふうもなく、最奥を抉るように腰を使ってやった。腕の下の体は声も発さず全身を強張らせ、びくりびくりと何度も震えた。随分とこの行為に慣れたらしい彼は、もう既に気をやってしまったらしい。腰だけはスザクの手に抱えられ、それ以外の上半身と脚は波打つシーツに投げ出されぐったりとしていた。まるで死体のようだったが、口からは唾液と共にか細い息が漏れており、己の杞憂だと気づいた。
 こんなところで、まだ、君に死んでもらっては困るんだ。


 ゼロの正体は、スザクの悪夢のような予想通り、8年ぶりの再会を果たした旧友のルルーシュであった。言いたいことは山ほどあったが、とにかく頭に血が上って冷静な判断も言動も取れなくなっていたらしい当時のスザクは、愛しいほど憎い彼を数発蹴って殴ってから、神聖ブリタニア帝国の現皇帝であるシャルルにルルーシュの身を引き渡した。エリア11内外で大規模なテロ活動を行った張本人の身柄を差し押さえた、という偉大なるスザクの功績に、シャルルはナイトオブワンの地位を与えた。名誉ブリタニア人として、ユーフェミアの騎士となりナイトメアフレームに搭乗するパイロットとなることも十分異例中の異例で大出世であるが、シャルルの与えたその地位に名誉ブリタニア人が選ばれたという事実は国内を、世界を驚愕させた。
 しかしその地位も、かつては唯一の親友として心を砕いたルルーシュを売って、得たものであった。ブリタニアを中から変えて、できるだけ一人でも多くの命を救い、これ以上無意味な争いで血を流す者を見たくないという、スザクの当初の願いや目的は大きく形を変えていた。ブリタニアを中から変えたいという願いに、殺生を許さないというその信念は、過程として邪魔なものとなった。できうる限り無駄な死は出したくはないものの、争いの中ではどうしても死人は出る。それも仕方のないことだと、スザクは諦めがつくようにもなった。

 結果よりも過程を遵守するスザクの考え方は一転して、結果のためならどのような手段も選ばないという、修羅の道を自ら選んだ。何が正義で何が悪なのか、それを正確に誰もが納得する形で判断できる者はいないだろう。だから、自分がこれで正しいと信じる道を選ばないと、もう前へ進めなかった。いくら戦争であれ見ず知らずの多くの人々を殺し、ルルーシュの身柄を売り渡したスザクにはもう、退路は残されていなかった。
 公では、ゼロは処刑され死亡したと報道された。その出来事はブラックリベリオンと呼称され、歴史の片隅に名を刻んだ。
 しかしその実、ルルーシュは己がゼロであったことからギアスを所有していたことなどの記憶を全て失っただけで、彼は生存していたのだ。スザクはルルーシュの記憶が蘇ることがないよう、彼と同じ学園生活を送りながら監視を続けていた。ルルーシュは筆記テストこそ優秀ではあるものの授業態度は不真面目で、日常的に授業を放棄し、友人や偽りの弟と学外へ抜け出すことが常態化していた。
 そんな中である日、ルルーシュと、ルルーシュに王の力を授けたC.C.が接触を果たし、彼の失われた記憶が全て呼び戻されたのだ。この世から救世主とまであだ名されたゼロが姿を消し幾年、圧政に苦しむイレブンと反抗軍の希望を背負い、満を持してと言わんばかりに、ゼロは表舞台に再び姿を現した。スザクは激しい憤りを覚えた。もう、人が血を流すことを恐れていた優しい己はもう居なかった。スザクは本気で、今度こそゼロを殺してやるつもりで、ランスロットに飛び乗った。ユーフェミアの崩御以来、本気で人に殺意を抱いたのは前にも後にも、彼しか居なかった。



 過ぎる快感は人体には毒らしい、目の前の体を見て毎夜スザクはそう感じていた。
「まだ寝ないでよ」
 スザクの声も届かない体を持ち上げ、反転させてやる。挿入したまま仰向けに寝転ばせてやると、真っ赤に紅潮した彼の蕩けた顔が、露わになった。
 投げ出された細い脚を折り畳み、これ以上ないというくらい体を密着させる。おのずと至近距離にまで近づくまろい頬を平手で打って、ぱさついた黒髪を鷲掴みにしてやった。そのまま腰をガツガツと打ち付けると、死んだ人形は電源が入ったかのようにびくびく痙攣し始めた。
「いつまで休んでるのさ」
 何度か頬をぶってやると、微かなうめき声を上げながら、彼はそろそろと目蓋を持ち上げた。目蓋の下には、幼い頃から何度も見たことのある見知った紫が、ちらちら見え隠れしていた。
「……ぅ、……あ…?」
「君は、恥ずかしい声をあげて善がってればいいんだから」
「ッ?!…アあぁ、やめ…っ!も無理…、ひうっ」
「っこの、大人しくしてろって」
 己が跨っていると気づいた途端、彼はじたばた暴れ出し、腹や脚を蹴ったり腕に爪を立てるなどの抵抗をし始めた。まだそのような体力が残っていたのかとスザクは驚くも、この場に於いてどちらが優位なのか、彼の泣き所を肉棒で引っ掻いて、容赦なく知らしめてやった。
「あぁ、…ンぁあ”、あ”ァっひ、いや、最っ低、ぁア”っ!ッ死ね、ころす…!」
「…………」
「ひ、あ”ぁッ…しね、殺す、ぅあ!死ね、…しね、っしね…ッ!」
 二の腕や手首、甲は彼の残した引っ掻き跡のせいで引き攣って仕方なかったが、下半身が蕩けるほどの快楽に比べれば、些事であった。
 一旦気を失って全身が脱力しきった彼の体には余分な力が入っておらず、それは胎内も例外ではないらしい。入口も壁もとろとろと収縮し、スザクの怒張に愛し気に絡みついてくるのだ。気絶したあとの、彼の柔らかい肉を貪るこの瞬間が、スザクはいっとう好きだった。



 ルルーシュが持つ『ギアス』の力とその正体、C.C.の過去と彼女がルルーシュに王の力を与えた理由、神聖ブリタニア帝国の皇帝にしてルルーシュの父親であるシャルルの陰謀。その人智を超えた超次元的な、禁忌とも言える能力で自国民どころか世界中を誑かし、この世を文字通り『ひとつに束ねる』ことを最終目的としていた彼の野望に、スザクは背筋を凍らせた。そしてそれ以上に、己の身すら滅ぼしかねない諸刃の能力を用い、単身でシャルルどころか世界を相手取った、一番大事な幼馴染で一番最悪な親友の彼の背中が、どこまでも遠く大きく見えた。8年前と変わらずやはり敵わない相手だと、スザクは素直に感心すらした。
 だが、彼の行い自体は決して褒められたものでは勿論ない。罪のない民間人を巻き込み、多数の犠牲を生み、他人の脳に干渉し意思すら捻じ曲げる凶悪な”絶対服従のギアス”を乱用した。ユフィもギアスの力に操られた挙句、無実の罪を着せられ無残にも致命傷を負わされ死に至った。イレブンの、否、日本人のためにという彼女の純粋な、勇気ある行動はルルーシュによって踏みにじられたのだ。その罪は彼の命いくつあっても償いきれるものではなく、未だにスザクは腸煮えくり返る気持ちでいっぱいだった。人の人権も尊厳も踏みつけにするその力をとことん悪用した彼は、そこにどんな理由があろうと決して許されていいはずがないのだ。
 ルルーシュは実の父であるシャルルと、愛して止まなかった母マリアンヌの共謀を食い止めるため、二人を永久に葬った。その際彼は、どんなに辛く厳しい未来があろうと、それでも己は明日が欲しいと声高らかに訴えた。そのことについてはスザクは激しく共感していた。

 人生において何が正しく何が間違っているか、自分で判断できなくとも、人は選択を迫られたら嫌でも選ばなくてはいけない。選ばないと、そこから前へ進めないからだ。
 逆に言えば、前へ進めば自ずと選ぶべき道が見えてくるということだ。明けない夜はない。意志あるところに道は開ける。だからスザクは明日が欲しかった。

 スザクもルルーシュも、猛き者が弱き者を虐げ甚振る、争いの絶えない世界に鬱蒼としていて、誰もが笑顔で暮らせる優しい世界に変えたいと望んでいた。どこか曲がったことが許せなくて、正義感の強い性質を持っているという点で、二人はとてもよく似通っていたのだ。幼い頃の二人は同じ夢を見て、理想の未来を語り合った。優しい世界の到来を何度も夢想した。
 だが、再会したときの彼はもう身長も声も顔つきもすっかり変わってしまって、お互い見ていた景色も随分変わっていた。なぜなら彼の、ルルーシュのやり方はあまりにも非道で残酷で矛盾し過ぎていて、その先にある未来はきっと哀しいと、スザクは確信していたからだ。

 だからルルーシュの最終計画である『ゼロ・レクイエム』の話を聞いたとき、スザクは絶句した。果たしてその計画の先にある未来は本当に、ルルーシュが渇望し、最愛の妹であるナナリーに見せたかった世界なのだろうかと、疑問に思わざるを得なかった。それと同時に、彼に対して激しい怒りも覚えた。多くの人々を死と不幸に至らしめ、散々人の心を操り駒にしてきた彼が、自分だけぬけぬけと楽に死んだ挙句、死後の自分にすべての罪を背負わせることが贖罪のつもりかと、スザクは怒りを露わにした。ならむしろ、未来永劫猟奇的な犯罪者として晒され、その生きた身で罪の意識に囚われ続けたほうがよっぽどだと思ったからだ。むしろそれでも足りないほどだが、彼の身は残念ながらひとつしかないため、できうる限りの苦痛の中で生き地獄に遭ってもらうほかないとしか、考えていなかった。
 ――この世で最も俺を憎んでいるであろうお前だから、俺自身の死刑執行を頼んだんだ。
 ルルーシュはどこか吹っ切れたような、晴れ晴れとした面持ちでそう言った。
 ――殺したいほど俺が憎いだろう。だから殺せ、スザク。これはお前にしか頼めない。
 彼の計画は、こうだ。帝国の貴族たちをギアスで操り制圧、ルルーシュに従うように差し向ける。シャルルの崩御後、ルルーシュが神聖ブリタニア帝国の皇帝として即位し、政治を執り行う。封建的な制度を抜本から見直し改革を行う。シュナイゼル側についているであろうナナリーと、フレイヤの発射スイッチを奪還し、事実上世界を掌握する。フレイヤによって世界を恐怖政治で支配したルルーシュは憎しみを一手に引き受けるだろう。そこへ救世主の権化であるゼロ――扮する自分が現れ、悪逆帝王のルルーシュを処刑し、世界はようやく平和になる、という寸法だ。

 お前は枢木スザクの名を捨て、ゼロの仮面を被り続け、死ぬまで自分を偽り続けることが罪滅ぼしであると、彼に言われた。実の父を幼稚な動機と些細な感情の起伏で殺めたこと。死にたがりのくせに正義を隠れ蓑にして軍人になることを選んだこと。ユーフェミアを殺害した張本人であり、今なおギアスを用い多くの人々を誑かしているにも関わらず、その行動を黙認するどころか、ルルーシュの直接の配下で共犯者となったこと。思い当たる節は多いが、ルルーシュは”何の”罪滅ぼしかは明確にしなかった。ということは、これら全ての行いによる罪の意識をお前は背負い続けろと、暗に命じているのも同然であった。

 ルルーシュにしてはあまりに馬鹿馬鹿しく幼稚な計画だと思ったが、誰にも思いつかないような大胆さがまたルルーシュらしいな、とも思った。
 そして、ルルーシュ自身が何よりも渇望し漸くすぐそこまで見えた理想の世界において、彼自身の存在が許されないというのは、この上ないほど寂しいことだとも思った。


 腰を使って奥を小突いてやると、水を欲しがる魚のようにびくびくと痙攣し始めた。どこもかしこも性感帯のようで、スザクの与える刺激ひとつひとつに、ルルーシュは律儀に体を震わせ喘いだ。
 そろそろ頃合いかと思って、ルルーシュの赤く熟れた唇に、優しく己のそれを重ねてやる。音を立てながら唾液と舌を擦り合わせ、ことさら優しく粘膜を愛撫した。
「……ッ、…う…!っ、ン……」
 むずがる彼の顎を掴んで舌を絡め取る。びちゃびちゃとはしたない音が聞こえ始めると、彼は恥ずかしそうに喉を鳴らした。それはまるで恋人同士のような唇の交合であった。口を解放してやると、ルルーシュは啜り泣きながら嘆願し始めた。
「ゆる、ゆるして、…ゆ、ゆるし、…っア、るして、し、ゆるし…」
「…………」
「るし、…ひぁ、して、ゆるし…な、なまえ…名前呼ん、で…名前…」
「……」
「っ、名前…呼んで、なま、…ン、…ゆるし…ゆる……なま、え…」
「……ルルーシュ」
「もっか、もっかい…ゆる、して……なまえ…もっか……」
「愛してるよ、ルルーシュ」
「っァあぁ、も、もっと、…っひゃ、あ、ン…!」
「愛してる。愛してるよ…ルルーシュ」
 最後はほぼ吐息だけで、耳元で名前を囁いてやった。ルルーシュは極上の喜びを得たような、とびきりの笑顔を見せた。


 ルルーシュはセックスの際、体を酷使して一度気をやったあとは、胎内だけでなく心も随分柔らかくなるらしい。皇帝という位に身を置いて以来、彼は一度たりとも見せようとしない素の自分を、この瞬間だけは惜しげもなく、スザクに見せた。この時だけは、ブリタニアの姓から解き放たれ、ランペルージ姓の彼に戻るかのようだった。そして一晩明ければ、気を失った以降の記憶が彼に残っていたことは一度たりともなかった。
 だからこの、甘えるような乱れっぷりも、彼の肉体が”愛してる”と囁けば感度が各段に良くなるということも、彼が眠りにつくまでの極秘案件だった。しかしスザクはルルーシュに、このことを伝えてやることはなかった。そもそもルルーシュに本音を吐き出させるために、すべてはスザクが自ら行ったことだったからだ。

 ルルーシュは公の場でこそ悪逆皇帝の仮面を被り、横柄で乱暴な態度と口調で振る舞い続けた。しかし彼の騎士であるスザクと二人きりになった途端、先ほどの威圧的な雰囲気はどこへやら、子犬のようにちらちらと視線を寄越したり、申し訳なさそうな表情をして項垂れることがあるのだ。
 なぜそのような顔をするのだと問うと、お前には関係ない、見間違いだろう、なんだその口の利き方は、の一点張りであった。

 彼は元々自分の本音を他者へ話そうとせず、息をするように嘘をついて世を渡ってきたような男である。だからと言って、この期に及んでまだスザクにまで隠すことがあるのかと、いくらその無茶とも言える計画に自分も賛同したとは言え、こっちはお前の茶番に付き合ってやっている身なんだぞと、スザクは憤りを感じた。唯一の協力者である自分にまで隠し事をするのかと、スザクはルルーシュに対し呆れと怒りの感情を抱かざるを得なかった。彼が本音を言わない理由は、どうしても知られたくない気持ちは当然だが、根本にあるのはその高すぎる自尊心のせいだ。
 なら、その自尊心、自分がへし折ってみせよう。そうすれば本音のひとつやふたつ、漏らしてくれるだろう、とスザクはそう踏んだ。

 ルルーシュに対し、その実力は認めてはいるものの、もう親友だとはちっとも思っていなかった。今すぐにでも殺してやろうかと思えるほど、スザクはルルーシュへの憎悪を募らせたままだった。だから、スザクが思いつく限り、手っ取り早く彼の最大の弱点を突けて自分の長所を活かせる方法を選んだ。スザクはその方法に対する罪悪感も同情もなく、むしろ少しでも溜飲が下がって、彼との偽りの主従生活が楽になればいいとすら思っていた。だから、迷わずその方法を選んだ。

 だが、初めてのときはそれはもう、散々なものだった。
「あ”ぁア”、ぁ”あう”、!い”だ、っいアぁ、あ”…ッ!!う”ァ、はな、はなせ、この…ッ”」
 一糸纏わぬ彼をシーツに組み敷いて、腰だけを突き上げる格好にさせる。何度か自分の手で扱いて大きくさせた性器を、殆ど慣らしていない肛門に挿し込んだ。男性同士のセックスのやり方を心得ていなかったスザクは、痛みで喘ぐルルーシュを見下ろしてなんだこんなものかと、ひとりごちた。むしろ、異物の侵入を拒む孔は固く、容赦なく肉棒を食い締め、スザクも痛みを感じた。それどころか孔の縁や粘液のない腸壁が擦れ、血まで流れる始末だ。肛門から流れた鮮血が彼の細くて真白い太腿を伝いシーツへ零れる様は、処女のようであった。
 当然ルルーシュは顔だちこそ中性的だが体はれっきとした男性である。女性器などもちろん存在しないし、股には己と同じものが付いている。ルルーシュのそれは、今は可哀想なほど萎んで縮こまって、脚の間でぶら下がっていた。きゅうとそれを握り込むと、血が通っていないのかと錯覚するほど温度がなかった。柔らかく小さな肉を手のひらで揉みこむと、鼻にかかったような息が、ルルーシュのほうから漏れた。途端に、あれほどきつく拒み続けていた内臓がきゅうと収縮し、ほんのわずかにスザクの肉棒を柔く刺激した。

 なるほど、と何かを心得たスザクは、ルルーシュの萎んだ陰茎を刺激しながら、まだ半分も収まっていなかった己の怒張を、再び挿し入れ始めた。
「あ”、うご…くな、やめ、いやだ、…嫌だ、い”たっ…いた、あぁ”、ん、ぁア”ぁ…っ!」
 ルルーシュの悲痛な、身の裂ける痛みと拒絶はスザクには伝わらない。
 シーツを掻き毟り、冷や汗でじっとり肌を湿らせたルルーシュは、ただただ凶暴な激痛と恐怖に耐えるしかなかった。

 陰茎の直接的な刺激による腸壁の収縮と、血液の滑りを借りて漸くスザクは、ルルーシュの中に全てを収めきった。その合図を知らせるように、ルルーシュの薄い尻に自分の腰を軽くぶつけて、彼の体を軽く揺すってやった。だが彼はもう既に死にかけの虫の息で、手足はぐったりと力が抜け、シーツに体を投げ出している状態であった。

 なんとなく顔が見たくなって、スザクは挿入したままルルーシュの体を反転してやった。彼の口からは金切り声のような悲鳴が上がったが、スザクは気にも留めなかった。
 行為に及んでからここまできて初めて、ようやく二人は互いの顔を見合わせた。と言ってもルルーシュの目は焦点が合わず、虚空を見詰めているようだった。ただでさえ普段からじゅうぶん色の白い彼の顔はさらに色が抜け落ち、紫色の唇は小刻みに震え、目元にはうっすら幾本かの涙の跡まで見えた。

 そこからはスザクもよく覚えていないが、もう散々にルルーシュの身体を犯してやった。そもそもルルーシュから本音を引き出すことが目的の行為であったが、肝心の彼はスザクの話はよく聞こえないようだし、呂律は回らず断末魔のような喘ぎしか漏らさない、という始末であった。つまるところ、スザクの作戦は失敗に終わったのだ。それどころか、その日以降さらにルルーシュはスザクに対して一瞥をくれる頻度が増え、スザクはさらに鬱憤を溜めることとなってしまった。

 前回の失敗を活かし、今度はある程度、男性同士の性行為における知識を蓄えてから決行しよう、とスザクは決めた。ルルーシュはどうやら、何を言わされようとそこそこの痛みには耐え切ってしまう性質らしいからである。
 ならば、生涯一度も体感したことのないような快楽を前にした場合、ルルーシュは今度こそ耐えることができるのだろうか。それは単純に、スザク自身の純粋な好奇心でもあった。それは幼い子供が何の罪悪感もなく昆虫の手足をもいだり、蟻の巣に水を流し込むことと似たような心理であった。


 二度目に組み敷いたとき、前回のように大暴れして抵抗する様子はなく、彼は折檻を大人しく受け入れる無力な子供のようだった。それは罪の意識からか、やがて訪れる死に対する諦念からか、スザクは推し測れなかったが、そんなことスザクの知ったことでない。罪の意識に苛まれるのも、後悔も反省も、どうか自分を巻き込まず一人でやってほしい。それよりも、彼を殺す前にどうか、己に時折寄越す視線の意味や、ユフィを殺害した真の動機、なぜ己に『生きろ』とギアスをかけたのか、聞いておかなければならないことが山ほどあった。それは何日夜があっても足りないくらいだ。だがそれでも、ルルーシュが死ぬまでに、ひとつでも多くの真実をスザクは知りたかった。亡くなった者たちへの弔いでもあるし、スザク自身がただただ知りたいだけでもあった。

 人肌に温め、とろりと液化したワセリンをルルーシュの慎ましいそこに塗り込めた。すると、前回は散々にそこを扱ったせいであの時の恐怖心と痛みが甦ったのか、初めて抵抗らしい抵抗を見せた。ふうふうと獣のような荒い息を吸って吐いて、シーツに押し付けた顔はそのまま、視線だけスザクの方に飛ばしてくる。鋭いその眼光は忌々しげに細められ、威嚇するようにぎらぎら
 と光を放っていた。この変態、強姦魔、糞野郎と雄弁に語る紫が喧しかった。

 己に対して嫌悪感を一切隠さない、その生意気な態度は所詮虚勢でしかないのだと、スザクは容赦なくその初心な体に味合わせてやった。
「っ、は……あ…ぁ…、…」
 てっきりまた酷く扱われると身構えていたルルーシュは、壊れ物を扱うようなスザクの優しい手つきに目を白黒させていた。目に見えて狼狽しているルルーシュの様子を見て、スザクはいくらか溜飲が下がった。

 指を2本入れて中を掻き回すと、ルルーシュは熱っぽい吐息を漏らした。指を引こうとすれば、どうしても排便感を覚えてしまうようで、眉をしかめて複雑な表情をした。
 たった2本の指でルルーシュの体を操っているのだと実感すると、スザクは自然と口内にに唾液が溜まるのを感じた。
 中指を第二間接まで入れたところで、腹側に向かって圧力を加えてやった。スザクの聞き齧った情報によると確か、このあたりに前立腺という、アナルセックスで快感を拾える場所があるそうだ。何か感じるかと本人に尋ねるが、こちらの問い掛けに一切応じる気のない彼は無視を決め込んだ。ルルーシュがその気ならスザクも強行手段に出るしかない。

 スザクは、ルルーシュの股で揺れているまだ育っていない陰茎に手を伸ばした。例の前立腺とおぼしき凝りと陰茎を同時に刺激してやる。
「……ッ、うァ、ぁああ!?」
 ――当たりだ。
 何となく扱い方を心得たスザクは、なるほど調教し甲斐のありそうな体だと確信した。ルルーシュはまだ、自分の身に何が起こったか把握できていないようで、刺激に対する恐怖と困惑を滲ませていた。

 薄暗い支配欲と嗜虐心に突き動かされるまま、スザクは開花したばかりのうぶな体を貪り尽くした。与えられている刺激の正体が性的快感だと、いまだに結び付けられていないルルーシュはひたすら泣きじゃくって叫び続けた。
「これ、嫌だ、っ!離せ…ッあ、しね、しね!」
「嘘つき。気持ちよすぎて頭おかしくなる、の間違いじゃない、の?」
「っの…!だま、れ、ンぁ…や!しねっ、死ね…」
 やはり一筋縄ではいかない。その高すぎるプライドは覚えたての快楽でも崩すことはできないようだ。それどころか、威勢良く暴言を吐いて怒りを露にしている。
 痛みでも快楽でも暴くことができないその心根に、ルルーシュは一体どんな真実をひた隠しにしているのだろうか。そこまでして隠し通す意図とは、理由とは、何なのだろう。スザクも大概、意地っ張りで頑固な、言い方を変えれば子供っぽいきらいがあった。だから、ここまでくればもうルルーシュとスザクの意地の張り合い、幼稚とも言える我慢比べの域であった。

「っなんで、僕のこと、ちらちら見るのさ」
「…ッぁ、おまえ、自意識、過剰なんじゃない、か、…気持ち、悪いぞ」
「ユフィを、殺した理由は」
「り、…利用して、用済みだった、…から消し、た」
「ッ……!」
「腰、を振りながら、…泣き出す、とは、情けないな、…」

 スザクはルルーシュの挑発についカッとなって、息も絶え絶えな彼の体を反転し、仰向けにした。
 前回の血の気の引いた死人のような顔とは打って変わって、今の彼は、頬だけでなく耳や首まで真っ赤に肌を上気させていた。ルルーシュの瞳は潤み、熱を孕んだ瞳孔がスザクの視線を捕らえて離そうとしなかった。
 ルルーシュはスザクから与えられた刺激に反応し、きちんと感じてはいることが、その様子からは明白であった。が、如何せん自尊心と警戒心の塊のような彼はどんな手練手管を用いても、その重い口から真実を語ろうとはしなかった。平行線を辿り続け、もうこれ以上の攻防は互いの体力を疲弊させるだけだとスザクは悟った。だから、これでもう用はないと、仕舞だと言わんばかりに、ルルーシュの柔く温い奥の奥を、容赦なく穿ってやった。

「アぁあ、はぅ、前…!前さわ、ひァ!触って、まえ、…ッ!」
 ルルーシュの手が胸や腹のあたりを右往左往し、何かをスザクに訴えかけていた。スザクは視線を落とすと、己の腹筋と彼の平たい腹の間で、せわしなく震える肉棒がそこにあった。はち切れんばかりに充血し、反り返るほど熱り立つそれに一瞥をくれるも、ルルーシュの言葉に対しスザクは冷たくあしらった。
「……嫌だね」
 恥も外聞も捨て、自らの陰茎に手を伸ばしかけていたルルーシュの手首を掴み、スザクは手加減せずシーツに縫い付けてやった。善がり狂うルルーシュの体をねじ伏せ、彼の体を一切労わることなく自らの快感ばかり追った。

 穴の中で吐精してしまうと、先ほどまでスザクの中で燻っていた支配欲も嗜虐心も、苛立ちや憎悪も、些か消え失せてしまったような心地がした。射精後の倦怠感や疲労感と、徐々に戻ってくる理性のおかげで少しクリアになった視界の先には、ぐったりと横たわり身動きひとつしないルルーシュの痴態が広がっていた。

 情事後、恋人同士のように甘いピロートークに興じるわけでも、かと言って甲斐甲斐しく彼の体の世話をする気もなかったスザクは、重い腰を起こしてルルーシュの上から退こうとした。すると、彼が蚊の鳴くようなか細い弱々しい声音で、何かをぶつぶつ呟いていることにスザクは気付いた。それは愛の囁きのようでもあったが、怨敵を追い払うための呪詛のようにも聞こえた。

「……す、すまな…ゆる…ゆ…して…ゆるし……」

 それは愛でも呪いでもなく、男の情けない謝罪の言葉だった。

 これをきっかけに、ルルーシュとスザクは毎晩のように体を交わせることが日課となった。日課と言っても、スザクが一方的にルルーシュの体を羽交い締めにするうえ、ルルーシュはスザクを拒み続けるものの、スザクは一切その意見を聞き入れず行為を強いていたので、強姦と何ら変わらないだろう。合意も意思もへったくれもなかったが、ルルーシュの口ぶりとは裏腹に、彼の体は夜をひとつ越えるたびに、より淫らに成熟していった。

 極めつけは、一旦気を失ったあとのルルーシュの言動である。自ら頭を下げて、折り入って謝ったり懇願することなど滅多にしない彼が、許してくれと何度も何度も、うわ言の様に繰り返すのだ。それはいったい何についての誰に宛てての謝罪なのか、一度問うたこともあったが、ルルーシュはこちらの話を聞くことはついぞなかった。最近では、謝罪の言葉だけでなく”名前を呼んでくれ”、”好きだと言ってくれ”と、ルルーシュからの願いの内容はエスカレートしていた。その哀願に対し、スザクはひとつも無視することなく、ひとつひとつに優しく応えてやった。世界を掌握した男の、最期の望みがこんなことかと、スザクは失望を通り越して呆れすら覚え、突っぱねる気も失せたからだ。ルルーシュに対して愛を囁くのは些か虫唾の走ることだが、思ってもない好意や世辞を並べることに関して、スザクにとってそれは造作もないことだった。ルルーシュが相手なら尚更のことだ。
 感情が一切篭っていない偽りの、空虚な愛を囁けば、ルルーシュはとびきり美しく笑って涙を流した。野暮だと承知しつつも、よもや自分のことをを愛しているのかと彼に尋ねたことがあったが、何も答えてくれなかった。
 愛していると呟けば微笑み、名前を呼べばスザクのペニスをきゅうきゅうと締め付け、もっともっととルルーシュは身も蓋もなくせがんだ。平素の彼とは似ても似つかないほど、この時だけは別人のように甘えたになるルルーシュであったが、果たしてこれが彼の本当の姿なのだろうか。

 強請られるまま愛を囁き名を呼ぶスザクの姿は、まるでルルーシュのためにある献身的な恋人であった。
 長い長い夜のひと時、スザクとルルーシュは心と体を通い合わせるが、それはあくまで上っ面だけだ。スザクは少なくともそう思っていた。体はどれだけ深いところで結ばれても、心はどこまでも遠くに置き去りだった。そもそも夜が明けてしまえば、そもそも恋人ごっこをせがんできた張本人が、そのことをすっかり忘れてしまうのだ。その行為には愛も思いやりも、元から存在しないのである。
 肝心なところだけ綺麗さっぱり忘れるという、あまりに都合の良すぎる彼に対し、ルルーシュはこんなところでも己を置いて行く気なのかと、スザクは僅かな苛立ちを徐々に募らせていった。



「ぁ……う、ン…ゆるし…すまなか、った…ごめ……」
 またいつもの、ルルーシュによる独白が始まった。熱に浮かされた瞳で、天井を仰ぎながらぽつぽつと、誰に対してでもなく謝罪と許しを乞うた。彼がこれまでに殺して、ギアスで操った人々に対する謝罪なのだとしたら、それは彼の余生すべてを使っても足りないだろう。だとしたら、彼の独りよがりな自己満足か。


「…ス、スザ……ゆ、るし…」

 特定の誰かの名前どころか、ただ同じ言葉ばかり紡ぐ壊れたロボットのような彼が、初めて名前を呼んだ。
 しかも己の名を、だ。

「あ、あいして……してる…あいして、る……」
 か細い涙声は微かに空気を震わせ、シーツに落ちる。ルルーシュの瞳はとろりと熱に溶け、頬には朱が差していた。
 スザクがいつも囁く、中身は空っぽであるはずの偽りの愛に対し、ルルーシュは丹念に気持ちを込めて、これまでのお返しだと言わんばかりに言葉を発した。

「なんだよ、それ」
「スザク、…ス…ザク…」
 スザクは、ルルーシュが何も返してこないという前提があったから、彼の強請りに応えてやったのだ。それなのに、しかもよりによって、今更己に許しを乞いて愛情を差し向けるというのかと、スザクは絶句した。
「君の、…っお前の分際で、それを僕に言うのか…!?」
「すまな、…あいして、る」
「煩い、黙れよ…!」
「……ころし、」

 その瞬間、空を切る音と、肉が引きちぎれるような、引き裂くような音が室内に木霊した。
 気が付いたら、スザクの右手の平がじんじんと痛みで引き攣っていて、ルルーシュの右側の頬は手の跡が浮かぶほど真っ赤に腫れ上がっていた。
「こ、ろして、……ゆるし、て」

 スザクは目の前が真っ赤に染まった。喉が張り裂けるのも厭わず大声で、すぐ目の前にいる彼に怒号をぶつけた。
「何が、許してだ!!ふざけるのも大概にしろ!!!」
「…スザク」
「好き勝手やっておいて、何もかもぶち壊して、後始末は全部僕に押し付けて、勝手に死んで、」
「…………」
「何が罪滅ぼしだ!!君の茶番に散々、僕もみんなも振り回されて、もう懲り懲りなんだよ!!!」
「……すま、ない」

 今度は反対側の、まだ白い方の頬を思い切り、握りこぶしで殴ってやった。殴り付けられた彼の頬には血が滲み、その箇所はみるみるうちに紫色に変色した。
「…そうやって謝られるほど、許せなくなるよ。ルルーシュ。君が憎くて、仕方ないんだ」

 ルルーシュは右側の頬を、皺が寄って湿り気のある、冷たいシーツに擦りつけた。そのシーツはまるで愛しい者の手のひらのように、ルルーシュの腫れ上がった頬を包み、宥めているようだった。
 彼は相変わらず蕩けた目をすうと細めて、慈愛に満ちた温かい表情を作った。
 怒りで表情が全て抜け落ち、眼光がこれ以上ないほど鋭く光っているスザクの恐ろしい顔に、ルルーシュは目を向けた。彼はスザクの表情に物怖じするどころか、微笑みを湛えていた。
「その言葉が聞けて、良かった。……その憎しみで俺の体を貫け、スザク。」

 両の頬は元の色が分からぬほど変色し、見るに堪えないほど痛々しいものだったが、その表情は驚くほど晴れやかであった。
 まるで、逆境の中でこそ美しく咲き誇る花のようだ。泥にまみれても気高く凛とした姿は、彼の生き様そのものであった。