クリスマス大作戦
冬の夜の凍てつく寒さも、今夜に限っては一段と厳しい。
今朝の天気予報でなんとか前線だの寒波だのの影響で、今夜から明日の朝にかけて2月並みの寒さになると言っていたのをふと思い出した。どうやら思いのほか軽装で自分は外出してしまったらしい、北風がびゅうと吹くと首や手首の隙間から冷たい風が流れ込むと寒いというかもはや痛みに近いそれは、スザクを身震いさせた。
なのに、行き交う人々はそんな寒さは一切感じていないみたいに、顔を紅潮させ笑い合っていた。自分の体温調節機能が壊れているんじゃないかと疑ってしまいそうになったが、みな鼻先を赤くして白い息を吐きだしているため、それなりに寒いはずだ。空を見上げると分厚い雲が星を覆い隠し、月の光も見当たらない。雪が降る前には用事を済ませてしまおう。早く家に帰ってしまって温かいシャワーを浴びたい、という欲求が彼の脳内を埋め尽くした。
人波と喧騒に流され揉まれながら、スザクはふと目にとまったショーウィンドウの前で、人波を抗うように立ち止まった。ガラスケースの中で着飾られたマネキンには、誰も目もくれない。いかにも高級そうなロングコートや皮のバッグ、艶々としたローファーを着こなすマネキンの足元はオレンジのライトで照らされ、天井に吊るされた色とりどりのオーナメントに光が反射しキラキラ華やかでいて、なのに寂しかった。
トレンドだとかファッションだとか、スザクはそういったものに滅法疎い。前の彼女たちはよくこういうところへスザクを連れ回して、あっちとこっちどちらが似合うか、と彼を質問責めにしたり荷物を持たせたりして、あまり楽しい思い出はない。お洒落に勤しむ女の子は純粋に可愛いと思うし、それが女性の特権だと考えている。しかし、スザクはその気持ちを共有したいと言われると首を傾げてしまうのであった。君なら何でも似合うよと答えたら、もういいと突っぱねられたこともあった。スザクはあの時、彼女たちにどう返すことがベストだったのか今でも分からずにいた。
不意に、綺麗、すごい、光ってる、という歓声が辺りからあちこち沸き上がった。スザクも周囲の視線の先が気になって振り返ると、真後ろに立ち並ぶ街路樹に巻かれた電飾が、赤と緑に点滅していた。木の天辺には白い電飾で星の形に作られていて、クリスマスツリーを模しているようであった。周りのカップルや親子連れの家族は身を寄せ合い、見せかけのクリスマスツリーに見蕩れ白い息を吐き出していた。スザクにはそれが眩し過ぎてなんだか息がし辛くて、その場から逃げるように人波の合間を縫って再び目的地へ向かって歩き出した。
「クリスマスの贈り物ォ?」
「う、うん」
今から三日前、スザクは同僚のジノに折り入ってあることを尋ねた。
自分はこういったこと――好きな人に贈るクリスマスプレゼント選びなんて気の利いた、センスの問われるような洒落たことは不慣れであった。以前付き合っていた女の子たちには、その場で欲しい物を尋ねてじゃあこれ買ってあげる、と言って渡したことはあったしそれはそれで大層喜ばれた。しかし今回は勝手が違う。あらかじめ買っておいた相手好みの物をサプライズで渡す、ということだ。
「スザクが恋人にサプライズプレゼントかよ?めっずらしー!」
自分でも十分感じていたことだった。今までの女の子たちにはこんな尽くしてあげたいという気持ちはあまり芽生えなかったのだが、今年のスザクは今までとは違う。手ずから自分がやってあげたことで喜んだり楽しんだり、笑ってもらいたいと思える大事な人が、そばにいるのである。今までの女の子たちに対する好きと、今のスザクの想い人に対する好きは種類も重さも違うのだと自覚していた。
「いちいち一言多いよ、ジノ」
「あー、はいはい」
しかし上記でも記したとおり、スザクはこういったことには滅法疎いのである。見当違いな贈り物を渡して幻滅させてしまったらどうしようと思い悩んだ先で、スザクはこの男に内密で頼むと相談を持ち掛けた。
午前中の訓練が終わり、午後からのシステム調整が始まるまでの間、パイロット達には束の間の昼休憩が与えられていた。昼食を友人と楽しむ者、午後からの訓練の予習をする者、仮眠を取る者、各々が思い思いに時間を使っていた。スザクはあらかじめこの時間にジノを、昼休みには人の少ない格納庫へと呼び出し片手間で食べられる昼食をつまみながら話に付き合わせていたのだ。
スザクと同じナイトオブラウンズの同僚であるジノは見た目や喋り方で察するように、軟派で気さくな男で女性からよくもてる。しかしその心は外見と裏腹に思慮深くストイックで冷静沈着な面もあり、スザクは一目置いている人物である。現に貴重な休憩時間をスザクのために割いてまで話を聞いてくれている。相談事を言えば茶化されるとは思っていたが、やはりスザクの悩みに一緒になって考えてくれた。
「で、そのスザクの恋人って、たとえばどういうものが好きなんだい」
「どういうもの?」
「うーん……、服とか食べ物とか、色とか香りとか…」
好きなもの。
確か、よく紅茶を淹れていたがあればナナリーが紅茶が好きで、そのために作っていた気がする。ご飯も好き嫌いせず偏りもなくなんでも食べていたように記憶しているし、彼自身が好きなもの、と想像してみるとぱっと思い浮かばずスザクは内心すこし焦った。
「よく、分からないなあ……」
「一緒に買い物とか、しないのかい。デートくらい行くだろう」
「デート……」
ジノに指摘された今この瞬間、スザクは恋人とろくにデートのひとつもしたことがないという事実に思い当たり、思わず閉口してしまった。
「スザクお前、もしかして……」
「いやその、キスとかそういうことはちゃんと、してる」
「キスとかって……。それだけ聞くとセフレみたいな……」
「なっ!?」
大変聞き捨てならない発言だ。
ジノに相談するのは間違いだったか、とスザクは彼への評価を改めようかと思案した。がしかし、彼の言うことも一理あるのかもしれないとスザクはいったん落ち着いて解釈を広げてみた。休日に二人でどこかへ遊びに出かけたり贈り物をあげたり電話で会えない寂しさを埋めるわけでもなく、久しぶり会えたと思えばほぼ毎回どちらかの家でセックスにもつれ込んでキスして寝るだけだった。これではジノにセックスフレンドと評価されても仕方ないのではないか。スザクは再び頭を抱えた。
「そっか……僕、最低だ…………」
「いやいや、そのためにもクリスマスで挽回するんだろ!?」
ジノにとっては激励のつもりか、スザクは丸まった背中を思い切りどつかれて飲んでいた水を吹き溢しそうになって口元を手の甲で拭った。
元々の主旨はそうではなかった気がするが、どちらにせよサプライズプレゼントは絶対に成功させなければならない、とスザクは決意を新たにし、ジノの手を取った。
「お願いだジノ、手を貸してくれ!」
スザクの手には、四つ折りの折り目がついた一枚のメモ用紙が握られている。そこには住所が記載されており、スザクはその住所にあるという店を目指していた。
あらかじめ店の外観の写真だけはジノに携帯端末で見せてもらっており、スザクはその住所にたどり着いたときに写真で見覚えのある建物と目の前の建物の外観が一致していることを確認し、意を決して店のドアを開けた。
店内はモダンな雰囲気でまとめられ、間接照明の優しい光が暖かみのある印象を持たせていた。先ほどの騒がしい街中とは隔離された世界かのように店の中は静かで、落ち着いたジャズソングが流れていて内装の雰囲気に非情にマッチしていた。自分以外の客も何人か居たが、みな落ち着いた雰囲気でガラスケースの中の商品を見分したり店員とあれこれ小声で話をしていた。その店は数年前にオープンしたらしく、華やかさとシックな落ち着いた雰囲気が両立した佇まいが売りで、テレビや雑誌で紹介されたことはないが口コミで徐々に話題になっているらしい。
入口で立ちすくしていたスザクは、店員の若い女性に声を掛けられた。
「何かお探しのものは御座いますか?」
「あっはい、えぇと」
こういう店に一人で来るのは初めてだったスザクは、正直緊張をしていた。だから、店員に声を掛けてもらえて有難かった。どこにどんな商品があって、どこでどうやって購入すればいいのかも分からない状態だったからだ。文字通り、右も左も分からなかった。
「こ、恋人に、クリスマスに贈るプレゼントを探していて」
「まあ、素晴らしい」
「そういうの、僕あまり詳しくなくって…。何かオススメとか、ありますか」
恋人にクリスマスに贈るプレゼント、という甘い響きを持つ言葉を自分が生きているうちに使うことになるとは思ってもみなかったので、歯が浮きそうになりながらもスザクはなんとか店員に意思を伝えることができた。でしたらこちらへどうぞ、と言われ店の中央の奥にあるケースへと案内された。
蛍光灯に照らされ曇り一つないケースの中には、対になったリングが飾られていた。
「ペアリングなんて、いかがでしょう。内側にお互いのイニシャルを彫ることも可能ですし、付属のチェーンをお使い頂ければリングネックレスとしてお召しになることもできますよ」 視線が吸い寄せられるようにリングに向かった。スザクは暫く言葉を失ったあと迷うことなくケースの中を指さして、これをくださいと店員に伝えた。即決だった。