二人きりにして
練白龍という人はこの白嶺宮において、最も多忙な人物のひとりとしてしょっちゅう取り沙汰される。おもに、彼に用があるのに見つけられない、という苦情が止まないからである。
ひとまず家臣や文官たとは執務室に赴く。そこが彼の仕事場であるからだ。しかし行ってみても遭遇率は五割程度か。運よくそこで見つけられたらラッキー、見つからなくても仕方ない。
次に白嶺宮の食事処、そして厨房を覗いてみる。彼は仕事の息抜きにしょっちゅう厨房に立っては召使を差し置いて料理に没頭する悪い癖があるのだ。これの最中に彼を見つけられたら相当ラッキーな部類だろう。
あとは鍛錬を行う道場か、白龍自身の資私室、文献などを保管する倉庫。このあたりが居場所の有力候補として挙げられるそうだが、どれも場所が大幅に離れているうえに遭遇率は低くなる。なので通りかかったときに呼び止めて、用件を纏めて伝えるのがベストである。
そんな彼の居場所情報についてだが、ここ最近、新たにもうひとつの候補先がラインナップされたという。それがなんとも意外な場所であると、後宮を中心にまことしやかに囁かれている。
ジュダルは寝そべった寝台の上で、天蓋の天井を仰ぎ見た。少し視線をずらせば藍色の頭がちらりと見えて、再び目を逸らした。
「……まだ?」
「ん、もうすこし」
彼は何やら身じろぎながら、手元で作業しているようだった。いつもなら頭頂部でひとまとめにしている団子が、今は完全に解け切っている。美しい藍色の長髪が寝台の布の上でたゆたっているのを、ぼうっと眺めた。
「ああ、すまない。放置してしまって」
「いや別にいいんだけどよ。早くしねえと」
また邪魔が入ってきちまうかも。
ジュダルが声を抑えて囁くと、彼も静かに頷いた。
その右手に握られていた茶褐色の小瓶であった。ラベルはない。中身は殆ど使われておらず、先ほど開栓したばかりの新品であると一目で分かる。
彼は瓶の中身――透明の液体を右手のひらに掬い、指に馴染ませたり温めたりしていた。
「別にいいのに」
「冷たいのは嫌だと前に言っていたし、それに」
彼はようやく体重を移動させて、ジュダルに覆い被さるようにして体を反転させた。長い藍色が周囲から目隠しするかのように垂れ落ちる。
窓掛け布はいちおう下ろしているものの、自然光がにじんで室内はほの明るい。まだ今が昼間の明るい時分であることを暗に二人に知らせている。
「温めたほうが早くなじむ」
透明な液体を指に纏わせた彼は、どこかうっそりと微笑んでいた。
練白龍がジュダルの私室に赴き褥を重ねることが、ここ数日続いていた。
以前までなら夜間にどちらかの部屋で行っていたし、二人とも性行為はそういうものだと認識していた。
しかしここ数日、とくに白龍の仕事が立て込み残業が増え続けており、二人が合瀬を交わせるのが日付を跨ぐような時間になっていた。これでは翌日の仕事効率に支障をきたすと危機感を覚えた白龍は、恥を忍んでジュダルにとある提案をした。
指を挿入して、まだ強張りが残る部分を解してゆく。そのゆったりとした手つきは施しを受ける側のジュダルがじれったくなるほどで、思わずこう叫んでいた。
「いい加減にしろよ! 時間ねーんだろ!」
「性急過ぎるのも良くない。初めて使う潤滑油だし」
「下準備を早く終わらす為に買い替えたのに、今までより時間かけてどーすんだよ」
ぬち、と粘着質な音が鳴る。しかし白龍の手はどこか覚束ない。
ジュダルは苛ついて、白龍の右手首を掴んだ。今、己の尻穴を穿っているほうの手だ。
「ここは、こう、すんだよ!」
「ちょ、お、おい」
掴んだ手を無理やり孔の奥へ進めると、体が震えて腰が跳ねた。
「こら。急に進めると怪我する」
「別にっ! 初めてのときに誰かさんのせいで裂けたし、今更」
「だから、そういう事故が起こらないように俺は……!」
そういう下世話な口論を続けている最中だ。
部屋の出入口がある方向から、扉を叩く音が聞こえた。
「おい、早速来やがったぜ。白龍宛ての客人がよ」
「今それどころじゃない。居留守を使うぞ、ジュダル」
「アハハ。そーこなくっちゃ」
なら尚更、さっさと準備済ませちまえよ。
ジュダルがうそぶくように言えば、白龍はどこか据わった目つきで答えた。
「背に腹は代えられないか。仕方ない。あとで泣いても止めてやらんからな」
「望むところだぜ」
せめて今だけは二人きりにしてほしい。白龍の愚かな願いのせいで何人かの家臣たちが迷惑を被ってしまうわけだが、自分は悪くない。白龍が自分勝手なのが悪いのだ。
ジュダルは内心、扉の向こう側に居るである人物に対しほくそ笑みながら、やがて訪れる快楽の嵐に期待していた。
完