かげりのない瞳

 ジュダルは昔から、白龍のかげりのない瞳について思うことがある。

 兄の白雄や白蓮、そして姉の白瑛たちによく似た色の虹彩。固く強く真っすぐな意思を持った、清廉な色をしている。それは彼の人となりを表すうつくしい色だった。
 しかしある時から、その色にかげりが見え始めたことがある。兄二人を同時に喪ったあと、母の正体に気づかされ、自身の悲惨な境遇を自覚したあとのことだ。
 自身を取り巻く世界と大人たち、その構造に絶望し怒りを燃やした。復讐心という種を植え付けられ、育てることを決意した。その瞬間から白龍の目には違う色が灯った。どす黒い復讐心が渦巻く、地獄の深淵みたいな色だ。
 周囲の人間たちは白龍殿下の人相が変わった、と嘆いていた。あの天真爛漫な、なんの憂いも見せない愛らしい幼子が。この世に絶望しきり、恨みつらみを煮詰めた表情をするようになってしまった。ああ何と惜しい。そう口を揃えて、失われた安寧を悼んでいた。

 大人たちの目は節穴だ。
 あれが本来の、本人すら自覚がなかったであろう白龍の本性でポテンシャルなのだ。
 彼には過去を顧み、恨み、怒りで身を燃やす才能がある。彼の瞳が変わったのは、その天賦の才が開花した証拠なのだ。

 俺の顔をじろじろ見て、どうかしたか。
 白龍は色違いの瞳を瞬かせながら、ジュダルに向かって愛想なく尋ねた。
「うーん、他にどこか怪我してる場所はないかと」
「もう平気だ」
 白龍はザガンとベリアルの混合魔法で従えた兵士たちの暴走を抑える為、魔法を用いる以外にもその身を挺することが度々あるらしい。
 もちろん今の自分たちに多少の無茶は必要だ。百も承知している。だが毎日これほどボロボロになり傷を作られては、こちらの回復魔法もいずれ追いつかなくなりそうだ。生傷を増やすのも程々にして、金属器の制御にも注力したほうがいいんじゃないか。
 ジュダルはそれとなく白龍にそんな進言をしてみた。
「いざという時は魔法を使うより先に体が動いてしまうんだ。そのほうがすぐに片が付くし、分かり易いからな」
「まぁ、それはそうかもだけど」
 ザガンによる蔦で兵士を雁字搦めにする等、方法はいくらでもある。だが咄嗟の判断を強いられるとどうしても反射的に体が先んじてしまうようだ。
 そんな脳筋特有の悪癖を聞きつつ、ジュダルは白龍の頭部に包帯を巻いた。
「目ぇ、閉じてくれ」
「……」
「白龍?」
 白龍が微動だにしないので、ジュダルは首を傾げた。
「いや。赤黒い瞳の色がお前にぴったりだと思って」
「どういう意味」
「怒りや殺意を煮詰めたような、美しい色だ」
 包帯を持っていた手が滑って、思わず取り落としてしまった。床に落ちた包帯を拾い上げてから、彼の色違いの目を見つめ返した。
「気持ち悪いってよく言われるぜ」
「そんなことない。純粋無垢でかげりのない、この世の殺意に満ちたきれいな目だ」
 歯の浮くような台詞を零す白龍は、藍色の瞳を瞬かせていた。そこに宿る眼光は研ぎ澄まされた怒りに満ち、鋭い光を放っている。
「俺もちょうど同じこと思ってた」
「同じこと?」
「白龍の、昔に比べてかげりがある瞳のほうが、俺は好み」
 額に包帯の端を宛がって、頭に巻いてゆく。今度こそ白龍は目を閉じてくれた。長い睫毛が震えている。
 閉じてくれと頼んだ手前だが、藍色が見えなくなってしまうのは寂しい。医療行為の一環なので仕方ないが、手早く包帯を巻いて終わらせた。
「もう目ぇ開けていいぜ」
 目下で瞬く藍色はこちらを見上げた。薄い膜が張った水面には自分のにやけた顔が映り込んでいる。
「俺もよく、昔に比べて人相が暗くなったと言われた。そして残念がられることが多かった」
 兄達が生前の頃に比べて塞ぎ込んでしまった白龍は、大人たちにそう揶揄されたそうだ。しかし無理もない。むしろ気丈に振る舞ったり、明るくなられるほうがある意味不気味だし心配だ。
「んなことねーよ。そっちのほうがイキイキしてるし、本当の白龍って感じがする」
「そうか」
「そうだ」
 昔の面影を失ったかげりゆく瞳は、ジュダルの言葉でより一層薄暗い輝きを放っていた。