ニライカナイをゆめみるひとたち 8

 女子なら誰でも一度は憧れるであろう天蓋付きベッドやふかふかの羽毛布団、やたらめったら大きい枕に、細かい刺繍が施された羽織物。白百合をかたどった間接照明は淡い橙色の灯りが、焚かれてある香からは金木犀のような甘い匂いが、室内に雰囲気を与えている。優雅で華やかな誰かさんの私室は流石、一国の皇子だからか。
 本人の趣味嗜好とは思えない高価な調度品がずらりと並んでいた。しかしそのどれもは部屋の暗がりで佇むだけだった。
 必要以上に広すぎる部屋は使い慣れない自分からすれば、さながらちょっとした非日常気分を味わえる。目に痛くない程度の派手さも、落ち着いた色合いに調和する唐草模様の壁紙も、結構好きだ。
 でもひとつ、惜しむらくは。足りない点を挙げるとすれば。砂を噛むような顔で見下ろしてくる男の存在について、だろう。

「おい。自分の部屋に寝に帰れ」
「ヤダ」
「……」

 足元で皺くちゃになったシーツを爪先で掻き混ぜる。そして寝返りを打って顔を背けると、再び頭上から機嫌悪そうな声が降ってくる。
「そこは俺の寝る場所だ」
「もう動けない。ムリ?」
「そんなに筋肉痛が酷いのか? 鍼治療でも受けてみるか」
「痛いのはもっと嫌」
「ならさっさと寝ろ。自分の部屋でな」
 胸元に引き寄せていたクッションを奪われて、頭に敷いていた枕も抜き去られた。体に被せていた分厚い布団も剥ぎ取られたら今度こそ、反撃に出るしかない。取られた寝具類を奪取すべく足で蹴ったり、どついたり、噛み付いたり、寝間着や髪の毛を引っ張ったりしてみる。
「いい加減にしろ!」
「オメーこそ床で寝ればいいじゃねーか!」
「馬鹿言うな。ここは俺の部屋なのに!」
「ふかふかのベッド独占なんてずりーぜ。この職権乱用め」
「俺が頼んだんじゃない」
「嫌味かよ」
「事実を言ったまでだ」
 ひと悶着、ふた悶着したあと、二人して寝台の端に座り直した。二人分の体重で軋む台に後ろ手を着いて、豪奢な天蓋をぼうと眺める。
 外はとっくに夜更けだ。墨で塗りつぶしたみたいな真っ黒の空に星屑が点在している。薄明るい間接照明だけじゃ部屋全体を照らすには心許ない。
 頼りない光源の前に長く身を置いていると、自然と眠気に苛まれてしまう。疲れ切った体には毒みたいに、じわじわと爪先から頭のてっぺんまで蝕まれてしまう。だから建設的な会話など、今の自分には期待できそうになかった。



 今朝早い時間から夕暮れまで、ほぼ丸一日、大陸調査と称したピクニックに付き合わされていた。生真面目な文官の思いつきならついて行く気なんて無かったけれど、紅玉が発案し紅玉から直々に参加要請を受け、紅玉に頭まで下げられたら、断る方法なんて無い。仮にも彼女はこの国の長だ。それに肩書き抜きにしても個人的には、彼女のことを別に、嫌ってるわけじゃない。ちょっとそそっかしくてお人好しでからかい甲斐のある、まあ平たく言えば、悪くはない奴なのだ。だから渋々承諾してやった。
 しかし自分の先見は甘かった。だだ甘だった。アル・サーメンの支配から抜けて暫く経ち、人の本質を見抜く勘がずいぶん鈍ってしまったのか。知らずうちに平和ボケしてしまっていたらしい。彼女の思惑を知る由も無い自分は、まんまと、その術中に嵌っていた。

 ろくに人の手が加わってない山道を登らされ、魔法を使って先回りしようとすれば同行のアラジンに妨害を受け。こういうのは自分の足で、苦労を買ってでもやるべきだ、なんだと説教をされ。山頂には澄んだ空気と美しい景色、格別に美味いご馳走が待っている筈だから、と白龍に背中を叩かれて。汗水垂らしながら登り詰めたと思いきや、しかしそこは山頂でも何でもない、切り開いた山の麓で。
 この時点でよっぽど悪質な詐欺だが、酷いのはここから先だ。下山の途中で自分の生家(があったと思われる。恐らく、その付近であろう。憶測レベルの場所。)を教えてやったら、奴らときたら! やたらと囃し立て、馬鹿にしてきやがったのだ!
 いや、馬鹿にするというより、妙に嬉しそうだった。祝宴でも開く勢いだった。わざわざ風景を写真にして記録に収め、それを自分のことみたいに喜んで、馬鹿笑いして。他人の出生にまで興味津々とは悪趣味な奴らだ。人に恥をかかせて何が楽しいのやら。
 全く以て、たちが悪い。

「なんだ? 嫌なことでもあったか」
「べつにー」

 皺が寄った眉間を指で押されて、顔が無遠慮に覗き込んできた。色違いの目玉が暫く瞬いて、じろじろと観察してくる。ずいぶんと気安く、無作法な真似をするようになったものだ。
「何?」
「……いや」
「んだよ?」
 向けられていた視線がわざとらしく逸らされた。首ごと方向を変えてそっぽを向かれると、そっちからじろじろ見てきた癖にと、つい、むっとしてしまう。
「やっぱりジュダル、お前もう、帰れ……」
「はあ? お前が床で寝ろよ」
「そ、ういう問題じゃなくて、」
「……」

 しどろもどろになる白龍の声をじっと聞き取って、表情の変化を追った。ほのかに赤らむ頬と潤む目と釣り上がる眉尻と、あとは何だろう。挙げればきりがない。
 青い目に浮かぶ情欲が、手に取るように分かってしまった。

「お、俺が変な気を起こす前にだな……」
「起こせばいーじゃん」
「だから……!」
「自信ないから? 初めてだから? 男相手だから? 幻滅されたらイヤ? 怪我させるかもしれないから?」
「……全部だ」
「ぶは、めんどくせーヤツ!」
 無防備な首元に両腕を回して、顔を引き寄せた。間近に迫る唇に齧り付いて、大きくなる瞳孔を見つめる。
「……い、いいのか、俺相手で」
「そっちこそ、いいのかよ? 俺なんかを相手にしちゃってさあ」
「なんか、とか言うな。お前のそういうところが嫌いだ」
「あ?」
「自己卑下するなと言ってるんだ。いい加減分かれよ……」
 回していた腕を取られて、手を握り込まれていた。
「別にそんなんじゃねーし」
「なら俺の目を見て言え」
「……」
 絡まる指の、切り揃えられた爪の丸みばかりをずっと見ていた。目を見て言えと命じられた手前、顔が上がらない。上げられない。
「嘘を吐くくらいなら、もう、二度と言うな」
 ずけずけと、人を見透かしたみたいに好き勝手言ってくれる。心の皮膜に直接触れて指紋を付けまくって、混乱させて!

「……後悔しても、遅いからな」
 寝台に引き倒されて、天井を仰ぎ見た。ほの明るい間接照明の光を反射してか、薄絹のカーテンが煌めいている。シミひとつない天井や壁紙の模様を視線だけでなぞるうち、やがて手のひらが重なる。色味の異なる肌色がゆっくり交わって、ひとつになる。
「……もう二度と、自分をそう悪く言わないでくれないか」
「……」
 白龍は敬虔な信徒みたいに、切実な願いを唇に乗せていた。

「うん……」
 呆気に取られて、声が出ていた。

 夜の空気に溶けるくらいの小さな肯定だったが、彼は微笑みながら受け取ってくれた。



 冷静になれば、どうやったって物理的に嵌まる筈が無いと分かる。それは明らかに人体の設計上、入るわけがない。
 使い方を間違っているのだ。無理やり押し通そうとすれば当然、ありとあらゆる支障をきたす。体が悲鳴を上げるのは想定内だったが、ここまでの苦痛を伴うとは想定外だった。
「日を、改めようか」
「……へ」
「苦しいんだろう」

 気遣う声色と顔色と冷たすぎる空気が心臓に突き刺さる。肺からはどんよりと重い息しか出てこない。にも拘らず彼は、か細い呼吸ひとつ取っても心底心配そうに様子を窺ってくる。
 そうまで心配されなくとも、自分はこのとおりへっちゃらだ。可哀想な物を見るような目をするな。同情するな。そう声高に叫んで、虚勢の一つでも張れたら良かったが。これがどうして上手くいかない。
「う……」
「すごい汗だ」
「……白龍も」
「お前のとは少し、種類が違うな」
 真っ赤な顔を隠しもせず、白龍はそう答えた。濡れて束になった睫毛がひらひら揺れている。その影をじっと追っていると、いつの間にか近づいていた唇に呼吸を奪われて、自然と目を瞑っていた。
「ん、ふ……」
 平らな胸を撫でさすってから乾いた下腹部へと、手のひらがゆったり降りてゆく。意味深な手付きに頭の奥が熱くなる。陰毛の生え際を撫でられると擽ったくて腹筋が震えた。大きくて熱い皮膚はそのすぐ下にある粘膜に直接触れてくる。思わず、あ、と声が出た。
「……ぁ」
「声は我慢しなくていい」
「んっ……」
 どこか期待するような視線を寄越されて、自然と唇が開いていた。
「……あ、あう」
 にちゅ、と粘着質な音が響く。優しい体温に包まれて体がほんのり熱くなる。局部の刺激に意識を注ぐうちにあらぬ場所がひくついて、内側に潜り込んでいた熱源を食い締めてしまった。まだ半分も収まっていないらしい、彼の体の一部だ。
 体の奥が震えたその瞬間、切り裂くような激痛と灼熱感も迸る。喉を弓なりに反らして、息を吐いた。
「うう……!」
「無理しなくても、時間はまた作れば」
「い、今がいい」
「え?」
「いいから、早く」
「で、でも」
 萎えた性器に指が絡まり、単調な動きで刺激される。鼻から息が漏れて、むず痒さを覚える。でもそれだけだ。気持ち良いとか良くないとか、それ以前の問題だった。
 いちおうは慣らしてもらった。指なら数本入った。下準備を施して、怪我をしないように注意を払って、進めようとしてくれた。
 でも本番は指なんかと比較にならない。人体の規格に合わないそれは、無理くり押し拡げようたって限度がある。限度を超えて進めようとしたら相応の苦痛を伴う。
 冷や汗で湿ったシーツを握って、小刻みに震える奥歯を噛み締めた。我慢、我慢、我慢の連続だ。延々と続く痛みはましになるどころか増すばかりで、得意の強がりも通用しないくらいには余裕がない。
「最初から上手くいく筈無いって、分かってたし」
「だったら尚更」
「やだ」
「ジュダル」
「いいから……」
 白龍は苦しそうな面持ちで背中を屈めて、体を引き寄せてきた。浮いた背筋に何度も何度もぬくい手のひらが行き来して、そのたびにじわりじわりと杭が埋め込まれてゆく。
 地獄のようなひとときだった。肛門に熱した鉄棒を直接捩じ込まれているかのような。とにかく痛くて熱くて堪らないのだ。自然と目頭が熱くなる。鼻の奥がつんと痛んで、気がついたら久しぶりに本気で泣いていた。最後に泣いたのはいつだったかも覚えちゃいないが、とにかく本当に涙が収まらなかった。
 狼狽える男に顔を背けて、いいから早くと、それだけを連呼した。
「痛いのは嫌じゃなかったのか」
「それとこれとは、別だ……」

 誰にも触れられたことがない未開拓の領域を、抉じ開けられる。踏み荒らされる。蹂躙される。それに伴う暴力的な痛みは、なんだか彼にこの身ごと明け渡すことを実感させてくれて、心地良さもあった。
 もう、優しいだけじゃ物足りない。痛ければ痛いほど、好いた人に触れてもらえる仄暗い満足感を得られる気がするのだ。

「……あ」
「うん。入った」
 汗みずくになった臀部に、腰がぶつかった。丸まっていた爪先からほんの少し、力が抜けた。
「は……」
「息、ちゃんとしろ」
 はくはくと唇を動かすと、宥めるような口づけを与えられる。親鳥が雛にするみたいに、何度も何度も唇が表面を撫でていった。
 少し身じろぐだけで、きりきりと体が引き裂かれるような心地がする。このまま死ぬんじゃないかと、冗談抜きで思えるくらいには。

 しんと静まった空間で、自分のか細い呼吸音だけが響いていた。あとは時折、指で敷布を引っ掻くときの、布が擦れる音。どちらも自分が起こす物音だ。対してこの男は指一本も動かさずにじっと、それこそ山の如く静止を続けている。見上げた根性と忍耐力だ。こめかみを伝う汗の粒は否が応でも視界に入ってくる。
「……良かったのか、こんな」
「うん?」
「後悔は、してないか」
「全然」
 後悔しても遅いと言ったのはそっちの癖に。堰を切ったように雪崩込んだにも拘らず、そうやって気落ちされると後味が悪くなる。
「むしろ嬉しい」
「……?」
「俺はこうやって……誰にも触れさせなかった部分をさ、お前にだけ許してやることを、ずっと、してみたかったのかもなぁ。なんてさ……」
「……」
「そんな顔すんな。ほら、笑え」
 力み過ぎてすっかり白くなった指先を伸ばし、乾いた頬を包んだ。今にも泣き崩れそうになっていた表情筋を掴んで、笑えってば! と命じた。
 誰かさんに言われた台詞をそのまま返してやる。ざまあみろ。

 白龍は唇を噛みながら、何かを堪えるみたいに、歪に笑ってみせた。



 皇帝陛下の執務室――の床では、新聞の切り抜きやチラシ、フライヤーの類が所狭しと散らばっている。それらを間違って踏まないように歩いて、唯一空いている長椅子へと腰掛けた。
 その長椅子はもはやジュダル専用の特等席として認知されており、彼以外の人間は常時誰も使用しない。そしてジュダル自身、あの椅子は俺の物だと宣言している。別に誰の物でもない。厳密に言えば室内の家具すべてが皇帝陛下の私物だ。それを我が物顔で扱い、所有権を主張するのはお門違いである。が、今更そんなことを注意する者もおらず。

「なんだよこの紙切れは」
「例の売地に買い手が続々と着いてて、今は購入者のリストを作成中なのよお」
「ジュダル、その左足の下」
「おお、うっかり踏んづけてたぜ」

 猫のほうがもっと上手く歩けただろうな、という白龍の嫌味を無視して、足元の紙切れを拾い上げた。

「へー、買い手が居たんだな」
「電話窓口がパンクしちゃいそうなくらい反響があって、もうてんてこ舞いなのよ」
「それはそれは、何より」
 場所の地図に面積と土地価格、支払い方法。その他購入条件に諸々の購入特典も付与されるらしい。敷き詰められた情報量の多さに、早々に目を通すことを諦めたジュダルはチラシを卓上に置き直した。
「土地だけじゃなく戸建て住宅の建設需要も高まっている。寝ている暇があるなら現地に手伝いに行け」
「肉体労働はちょっとなあ」
「選り好みしてる場合じゃないの!」
 帳面を睨んでいた紅玉が声を上げて、机を叩いた。
「こんなに忙しくなるなら、もっとゆっくり開発を進めたら良かったわあ」
「嬉しい悲鳴ですね」
 上手いこと言ったふうに相槌を打つ白龍に、紅玉はふん、と鼻を鳴らした。

 紅玉を筆頭に結成されたピクニックチーム、もとい大陸調査団による極東平原北東部の探索から早数ヶ月が経過していた。季節はあれから数えて二つほど巡っただろうか。その間に調査は本格的に進められ、同時に開発工事も急ピッチで進行していた。
 人力だけでは到底無理であろう工期も、便利な魔法道具と煌帝国専属魔導士の力を以てすれば、難なく乗り越えられた。山を切り崩し、地面を均し、河川を整備し、景観を良くする。文字にすれば簡単だが、ひとつひとつの工程は莫大な資金と数年に及ぶ歳月が必要だ。しかし魔法を使えば、大幅な短縮が可能になる。その間魔道士は馬車馬のように働かされたようだが、それはまた別の話。
 そうやって新たに開発した土地は売地として海外中に喧伝された。購入した土地で商売をするも良し、家を建てるも良し、工場を作るも良し。産業特区や住宅地など、ある程度は用途で区画整備を行い、購入者を募ってみたのだ。
 肝心の土地代に関してだが、これはピンキリだ。交通の便が良かったり景観の良い場所は高額だし、辺鄙な場所は安価になる。ここは世界共通の認識だろう。
 今までの地図では名前すら無かったど田舎の辺地だ。そこに新たな付加価値を加えて、人を呼び込む。煌帝国の新産業として相当力を入れ宣伝を行ったらしい。その思惑は功を奏し、またたく間に投資家や資本家、富裕層を中心に注目の的となったのだ。

「一度は新天地で暮らしてみたいっていう人も最近は多いでしょう? そういう層に需要があるみたいよお」
「とくに住宅の売れ行きが目立ちますね。家族向けの大きな家が人気みたいで」
「ふーん」
 そばに落ちていた新聞の、とある一面に目を通してみる。宣伝枠をわざわざ買い取ったのだろう。えらく大々的な見出しと大枠の広告が、紙面のど真ん中を占拠していた。
「興味があるか?」
「家、ねえ……」
「お金持ちは別荘を買うのがステータスになってるみたいよお?」
「ふうん」
 平屋建ての真四角の箱だったり、三階建てのデザイン住宅、湖沿いのオーシャンビュー風ルーム、ツリーハウスなんて物もある。もはや何でもありだ。
「ジュダルちゃんのお家跡地は相変わらず川のままだし、いいんじゃない? 買ってみても!」
「うるせー。あんなの跡地じゃねーよ」
「まあでも、未だに看板は残ってるらしいし」
「ふん!」

 あれが跡地だなんて、冗談じゃない。跡形も証拠も残ってないのに、生家呼ばわりされても困る。どうせなら別の場所にもっと立派で豪華な大御殿でも建てて、こいつら全員に目に物を見せてやろうか。
 ジュダルはそんな思惑を頭の片隅に浮かべながら、新聞広告を読み漁った。するとさして時間もかからず、理想の物件が見つかった。
「あっ、俺これがいい! 金ぴかの新築6LDK、家具家電付き、庭付き、エレベーター付き、露天風呂付き、屋外プール付き!」
「お前の稼ぎで買えるわけないだろうが。今の三倍働いてから出直してこい」
「んだとこんにゃろ……!」
 一度広げた新聞紙を卓上で折り畳み、紙飛行機にしてみた。折り紙で作るよりひと回り、ふた回りは大きい特大サイズだ。それを紅玉の隣に立つ男の、後頭部めがけて放ってみる。浮遊魔法を使わなかったのはせめてもの良心だ。

「おいジュダル! 仕事の邪魔をするな! つまみ出すぞ!」

 今日も今日とて後れ毛が目立つ後頭部に見事、紙飛行機の先端が突き刺さった。我ながらなかなかのコントロールだ。白龍の怒号に可笑しくなって腹から大声で笑うと、釣られて紅玉も笑っていた。
「あー可笑しい。もう俺、別に家とかどうでもいいや! これからも白嶺宮に居座らせてもらおーっと」
「お前のことだから、そう言うと思ったよ」
 しかめっ面で答える白龍も、声色はどこか穏やかだ。やれやれ仕方ないな、とでも言いたげである。
「なんでもお見通しってか? 偉そうなヤツ」
「ふん、それは悪かったな」
 悪びれる意思なんて一切感じられなかった。こういう時の不敵な笑みは、白龍の専売特許かもしれない。
 それは今の彼によく似合う、一番うつくしい笑顔だった。



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