世界は君の思うまま
皇帝陛下の仕事はいつも大忙しだ。会議の議事を執り行って、国民演説に登壇し、外交出張と会食、講演会への出席をして、サイン待ちの提出書類に目を通し、来賓者との面談を済ませて。列挙すればきりがないが、彼のスケジュールは常に分刻みで管理されているらしい。
有事の際はそこに臨時対応としての会議や現地訪問、出征も付け加えられる。並の人間じゃ耐えられないハードワークだ。それでも彼は毎日休みなく、この国の為に働いている。曰く、ぼうっとするよりは体を動かしていたいとのことだが、それにしたって多忙が過ぎる。
業務の権限を他の者に移行させたほうが良いのでは。窶れた男の顔を見て思わず提言したこともある。が、即位当初に比べればこれでも一応は仕事量を減らしたほうらしい。事務方を担当する側近のジェレミアが回された業務を請け負ったようだが、ジェレミアのほうもてんてこ舞いでパンク寸前だという。あまり多くの者に仕事を割り振ると皇帝としての権威に影響が及びかねないし、結局のところ彼は今日もひとりで仕事を抱え込んでいる状態だ。
「大変なんですね、陛下も」
「はい。僕が何か手伝えたらと思うんですが、あいにくお前は実戦向きだからと言われてしまって」
「軍人さんがあまり政治に介入し過ぎると、癒着だ何だって騒ぐ人も居るからねえ」
ブリタニア帝国首都、此処ペンドラゴンの軍事施設内では新型兵装の試用運転がされていた。ナイトメアフレーム・ランスロットに標準装備されているヴァリスの改良版で、出力と耐久性の向上が見込まれているらしい。まだ実戦登用は先のデモ機ではあるが、此度のテストの成績結果によっては採用の可能性も有り得る。
「新型ヴァリスの説明は読めた?」
「はい。だいたいは」
「じゃあハッチを開けるから、早速乗ってくれる?」
セシルが研究室のモニタ前に座り、スザクに指示した。ランスロットの搭乗口の扉が開かれる。その機体の手には件の新型兵装が既に握られていた。
従来型と基本的な操作は変更ない。だが改良版ということもあって、火力の上昇とエナジーの消耗量が節約に成功している。それから通常弾に加えてハドロン砲の発射も実現し、砲身が二連装となったのも大きな変更点だ。ハドロン砲は比較的エナジーの消費が大きく連射は禁物だが、ランスロットはそもそも戦略兵器として一点突破の機会が多い。高火力の兵装はあるに越したことはないだろう。
あとは製作者の意図せぬ脆弱性が見つからなければ完璧だろうか。
「凄いですね。ヴァリスといえば、ランスロットに標準装備された中では比較的新しめの武器なのに」
「陛下が軍事開発に意欲的な人だからね、予算が下りやすくて助かってるよ。無論自国の警備目的だけども?」
「ロイドさん?」
「分かってる分かってる。スザクくんっていう素晴らしいパーツとランスロットが揃ってる限り、僕は満足だから」
にこりと愛想笑いするロイドに一瞥をくれたあと、スザクは搭乗座席に繋がる補助階段を登った。
現皇帝は自国の警備、自衛目的で軍事に多額の資金を充てがっている。世界一の領土を有する大国において、諸外国との軋轢や外敵の存在は看過できない問題だ。そんな最中で、皇帝は外交訪問で休戦協定や和平交渉に努め、なんとか均衡を保とうと精を出している。武力に訴えるのではなく、なるべく話し合いで解決したいと思うのは誰もが願うことだ。
それでも領海、領空付近でのいざこざや紛争、国内のテロはしばしば見られる。そうしたときに丸腰だと領土も国民も守れず防衛線も張れない。だから必要最低限の軍事力は保持しておくべきだとするのが皇帝の主張だ。 スザクも彼の意見には賛同しているし、国内軍の指揮系統も一部担わせてもらっている。ナイトメアフレームのパイロットとしての操縦技術を高く買われ、最新世代の機体を任されている。その機体は国内軍の中でも頭一つ抜きん出た戦闘力を備えており、戦線の主力として重宝されている。
身に余る評価を受け、栄誉ある称号と地位を与えられ、専任騎士の座を宛てがわれて。尽くしたいと思わないわけがない。彼から得た信頼を実感するたび、それ以上の結果を残したいと思う。彼が渇望する理想の国家の実現に、自分も立ち会えたらと思う。そのとき出来れば、彼の隣には自分が居たい。
――スザクくん、聞こえる? 操作性はどうかしら?
「はい、聞こえています。操作に問題ありません」
インカム越しに聞こえる声に返事をして、レバーに手を添えた。無数にあるスイッチやキーボードにはそれぞれ役割があり、ひとつ間違えれば大事故に繋がる。だから従来型と基本操作に変更がないのはパイロットとしては有難い話だ。すべてのパネルの配置は頭に叩き込んであるが、そのぶん覚え直すのは一苦労なのである。
――いま弾頭は積んでないから、試しに空撃ちしてみてくれる?
「了解です」
これまでどおりの操作手順で発射した。銃口部分が眩しく光り、引き金を引いた反動が機体に伝わってくる。兵装と機体の同調が良好である証拠だ。
その後は出力や反発力の数値を変えたり調整したりでデータをひととおり収集し、新型ヴァリスの試運転はつつがなく終わった。特筆すべきエラーは起こらず、この調子なら実戦投入も近いだろうと思われた。
そうして運転終了後、コックピットから降り、スロープに足をかけたスザクが最初に目にしたのは意外な人物だった。
「……あれ、陛下?」
「ああ。枢木卿もご苦労」
セシルの隣に立ち、収集した実験データを早速観察していた男は、高い位置に立っていたスザクに短い言葉だけをかけた。
「今の時間は会議の筈では」
「少し早く終わったから、研究室に寄ってくれたんだってぇ?。スザクくんもぼーっとしてないで早く降りて、データ解析手伝ってくれるかい?」
「は、はい!」
スロープの手前に立っていたロイドがそう伝えて、目配せをした。直前までコックピット内に居たスザクがそのことを知る由もなく、研究室では見かけない人物の姿に暫し驚きを隠せなかった。
セシルの目前に掲示されてある大型モニタには膨大な量の数値や図形やグラフが投影されてあった。先ほど収集された実験データとやらの解析結果だろう。
がしかし、スザクは正直言って未だに見方が分からない。なにを参考に彼らが話し合っているのかも見当がつかず、三人の背中を遠巻きに眺めるしかないのだ。こうした専門的な話題は門外漢で、とくに研究職の二人に常に任せきりだ。
「……成程。枢木卿はどうだ、採用の時期について」
「はあ、自分はいつでも……」
男に話を振られて、曖昧な返事だけを返した。
新型兵装が不具合を起こしたとて、他の兵装で戦闘を続ければよいだけの話だ。スラッシュハーケンにMVS、ブレイズルミナス、そして広範囲攻撃を可能にした新兵装エナジーウィング。初代ランスロットにはなかった高性能武装を取り揃えた今、ヴァリスひとつに頼りきりな戦闘はするつもりもない。自分の腕を過信するわけでないが、たいていの窮地は力技でどうにかやり過ごしてきた。これからも自分の戦い方は変わらないだろう。
そんなスザクの思惑を感じ取ったのか、皇帝はふ、と鼻で笑った。
「ならいい。実用化に向けて最終調整を取るように、ロイドとセシルは努めてくれ」
「畏まりました」
「イエス、ユアマジェスティ」
敬礼する二人を他所に、皇帝は最後に一つ、とスザクに歩み寄った。
「枢木卿。これをやろう」
「……これは?」
「宮殿へわざわざ売り込みにやって来た、老舗メーカーの菓子だ。うちの厨房に用があったみたいで、俺にもわざわざ謁見の申し入れがあってな。挨拶代わりに貰った試食だよ」
「そんな。殿下は宜しいんですか」
「ああ。甘い物は好きじゃなかったか」
「いえ、好きではありますが……その……」
「遠慮しないでくれ。捨てるくらいなら人に渡したほうが良いだろう?」
「は、はあ。そ、そういうことであれば……有り難く頂戴致しますが……」
手渡された白い箱には黒いサテンリボンが巻かれ、箱の表面には金色の箔押しでブランド名が記されてある。側面は引き出しのように何段も棚が収納されており、見た目よりずっしりとした重みを感じる。
「皇室御用達チョコレート、なんて売り文句もたまに見かけますものね」
「ブランド名に箔が付くんだろう。まあ彼らのそれは押し売りに違いないが」
「……」
記されてあるブランド名には見覚えがない。有名店であるには違いないのだろうが、はっきり言って自分はこの手の話題に疎い。
「セシルさんはご存知ですか、このお店」
「ええ聞いたことあるわ。ブリタニア発祥の高級銘菓よ」
「そうなんですね」
高級感のある外箱を眺めながら、スザクは他人事のように相槌を打った。
皇帝陛下は箱だけ手渡すと、すぐに差し迫った予定があるらしく、足早に研究室を後にした。
分単位で管理されたスケジュールが崩れると泣く羽目になるのは皇帝本人よりも側近のジェレミアだ。ジェレミアに迷惑をかけると後で小言に付き合わされるから、と彼は冗談ぽく笑って言っていた。彼は用意された予定を淡々とこなすだけで、その舵取りはすべて側近に任せきりらしい。
専任騎士であるスザクも側近と呼ばれる立場だが、皇帝の身辺や雑務を任されることはあまりない。あくまで彼が表舞台に立つときや、海外への訪問時に警護役として付き添うくらいだ。騎士の主任務は軍隊を纏めることに重きを置いており、実務上彼と接する機会は案外少ない。
だからこの手の物を渡す相手がジェレミアではなく自分なのが、少し意外だった。特派の研究室に寄ったついでに、とはいえ。
「豪勢な箱ね」
セシルの言葉に頷いて、手元の物を見遣る。引き出し式になっており、取っ手の紐がぶら下がっていた。開けてみようと彼女が言うので、言われたとおり開封してみる。
すると中には宝石のようにつるりと煌めくチョコレートが、美しく整列した状態で収まっていた。
「あらすごい。一体何粒入りなのかしら」
「一段十五粒くらいで、計三段あるので五十弱でしょうか」
「だとすると一箱数万、数十万は馬鹿にならないねえ。庶民じゃなかなか買えない代物だ」
「チョコレートに数十万……」
いくら売り込みとはいえ、そんな高額商品を試食用として手渡してくるとは大胆だ。相手が皇室ともなればそれが適正なのだろうか。
スザクは推定数十万の箱を両手で丁重に抱えながら、肩を竦ませていた。
「……という出来事があってさ。だからジノとアーニャにもチョコレートをおすそ分け」
「ありがと」
「やった、ラッキー」
宮殿内のラウンジでくだを巻くナイトオブラウンズの、とくに仲の良い面々に先日のひょんな出来事を話した。
重箱のような外装に敷き詰められた計五十粒のチョコレートは、到底ひとりで食べ切れるわけがない。甘い物は嫌いじゃないし寧ろ好物なほうだが、それにしたって流石は高級チョコレート、侮ってはならない。一粒あたりの味が濃厚で甘く、スナック菓子のように次々と手が伸びる食べ物ではなく。毎日少しずつ食べて消費してゆくことを前提にされているのだろう、一人で完食を目指そうとしたら賞味期限を迎えるか溶けるのが先になるに違いない。
そう危機感を募らせたスザクは早速、身近な相談役にチョコレートの消費を依頼したのだ。
「……あま」
「うまい!」
ブラックコーヒーを啜りながら、ジノが機嫌良く声を上げた。
「それにしてもスザクお前、殿下にえらく気に入られてるよな」
「え?」
「だって殿下に話振られといて、曖昧な返事なんかしたら睨まれるぜ? それを鼻で笑われるだけで済むとか」
「ま、まあ、殿下は僕の特性を知ってくれてるみたいだし……」
スザクの戦闘技術は優れた直感やセンスに起因していた。理論的な立ち回りだの姿勢だのに左右されず、その場の反射的な判断で機体を自在に操る。だから兵装の威力だとか攻撃の手数だとかを計算して戦闘を組み立てる、という頭脳プレーは不得手だ。作戦で指示があればそのように動くが、あくまでランスロットは戦術兵器。突破力こそが求められる能力だ。
「死に急ぎ野郎だって怒られるパイロットはお前くらいだもんなあ」
「自分を顧みなさすぎ」
「その点に関しては、反論の余地なしだけど……」
陽動、囮、連撃の的、ドッグファイト、なんでもござれだ。どんな過酷な任務にも参加し毎回戦果を上げてきた。だからこそ今の地位や称号があるわけだが。
「そのチョコレート貰ったの、いつ」
「ええっと、先週末の昼くらいだと思うよ」
「……その時間、殿下への謁見は無かった筈だけど」
「へ?」
スザクが気の抜けた声を出したあと、ジノが双方の顔を交互に見遣った。
「その時、宮中に居たから……朝から人の出入りはなくて、静かな日だった」
「そ、そうなの?」
「アーニャの証言がマジだったら、スザクのそれって」
「いやまさか。それにほら、謁見も前日のことだったかも、しれないし……」
アーニャとジノがスザクの手元をじっと見つめた。皇帝陛下曰く菓子メーカーの営業からの試食品で、スザクはそれを貰い受けただけだ。しかしその説明が皇帝の嘘だったとすると、導き出せる答えはたぶんひとつだろう。
「二人とも、邪推は良くないよ……」
「へえ?、殿下からの賜り物かあ?」
「しかも高級チョコ……」
「……ちょ、ちょっと本人に確かめてくるから。この話は一旦忘れて」
「ほお?」
「ふうん?」
無邪気な二人に詰め寄られた男はまだ重みのある箱を両手に抱えて、その場から逃げるようにラウンジを立ち去った。
やけにしどろもどろな口調の男に二人はそれ以上の追求はせず、縮こまった背中が遠くなるのをただ黙って見送っていた。
夜分遅くに失礼します、と声を掛けてから執務室の扉を開けた。部屋の奥には事務机と椅子と大量の紙資料、点けっぱなしのテレビと新聞紙、それから複数のモニタが繋がるパソコンと。雑然とした執務室は皇帝のおもな仕事場で、彼は日中外出予定が無ければこの部屋を根城としている。
机に積もった紙になにやらサインをしていた男は、入室したスザクに目もくれない。静かな部屋にテレビの音声だけが淡々と響いている。窓の外はもう真っ暗闇で星屑がちらついていた。それでも彼は手を止めない。
「あの、先日頂いたチョコレートの件なんですが、」
「礼は不要だ」
「そうでなくて、その」
彼はこちらに視線一つ向けないくせに、聞き耳はしっかり立てているらしい。そのうえ記憶力と頭の回転の速さに優れているから、用件を話し終えるまでに答えてしまう。
研究室での些細な、時間にすれば五分にも満たない遣り取りだった。それを彼はわざわざ覚えていたことに、まず感服してしまう。次いで、話の腰を折るなよ、という不満が芽生える。
「あの日、宮殿に謁見の客人は訪れなかったと話に聞きました。ということは、あの箱は一体」
「誰から聞いた」
「……ナイトオブラウンズの、ひとりに」
「……」
男は軽く息を吐いて、ゆったりと足を組み直した。それから右手に持っていた万年筆をペン立てに置いて、卓上に視線を巡らせる。顔は依然、こちらを向こうともしない。
「それで、何が言いたい?」
「殿下がすぐばれる嘘を仰られた所為で、私はとても困らされました。そのお詫びとして言い訳の台詞を考えて頂きたく」
「……おいで」
彼は静かに、騎士にそう命じた。
「俺が口実なしに人前で、お前に物を渡したら変な噂が立つだろ。えこ贔屓だとか公私混同だとか」
「なら個人的に呼び出して頂ければ良いものを。どうして人前で」
「ちょっとした出来心だ。お前の反応も面白かったし」
「殿下。それは出来心ではなく魔が差したと呼ぶべきでは」
男は黒い後頭部を揺らしてくつくつと笑った。
皇帝の真横に立ち、スザクは机上に目を配る。まだ手がついていない資料が散乱しており、パソコンの画面には書きかけの文書が表示されてある。長話は彼の業務の邪魔になるだろうから、早く話題を切り上げたほうがいいだろう。
と、考えたのも束の間だった。
「……その呼び方と敬語はもういい。まどろこしいからな」
「えっと、じゃあ……ルルーシュ」
「なんだ。俺がせっかく見繕ったプレゼントは気に入らなかったか」
「そうじゃ、ないよ。ちゃんと嬉しかった。君がカッコつけだってのも、僕は知ってるし」
「……何だと?」
「でもラウンズの二人……ジノとアーニャに詰め寄られた。君が変な嘘を吐いたからだ」
「……」
黒い頭が持ち上がって、紫の瞳がようやく見えた。鋭い眼光に思わず唾を飲むと、彼は唇の端を吊り上げる。そして不意に、腕を引かれた。
紫の光が間近に現れて、後頭部を手のひらで支えられた。力の方向に体を任せるとそのまま、唇にぬくいものが触れる。
「……ふ」
ふにふにと触れ合わせるだけだったものが、徐々に湿り気と熱を帯び始めていた。舌先を交えて口の中を味わうようにされると、言いたかったことも忘れてしまう。彼の都合のいいように、されてしまう。体の力が少しずつ抜けて、さらに体重が傾いてゆく。目を瞑ると、まさぐられる粘膜がずきずきと疼き出した。
「は……」
「甘いな。食べてたのか」
ようやく顔を離すと、彼は顔色ひとつ変えずにそんな所感を述べた。両手で抱えていた箱に指をさして、チョコレートの味がする、と。
「沢山あって、なかなか食べ切れないんだ。ルルーシュも食べる?」
「味見だけさせてもらおうかな」
「美味しいよ」
「そうか」
引き出しから一粒摘んだ彼はそれを口に放り込んで、甘いな、と小さく呟いていた。
ルルーシュはスザクにとって古くからのよしみで、知己で、友人で、上司で、恋人だ。この国と、ひいては世界を変えんとする彼の展望に賛同したスザクは以後協力者として付き従うようになった。
だがスザクは元々貴族出身でもなく爵位持ちでもなく、一介の兵士に過ぎなかった。そんなスザクがペンドラゴン宮中で働くルルーシュと結託するには、スザクが宮中に出入りできるだけの口実が必要だ。血族の違いや見劣りする出自を跳ね除けるだけの、戦果や功績だとか。
その点に関し、スザクは幸運にも困らなかった。出撃機会が増えるごとに実績を残し、戦果を上げ、着実に地位を築けた。実力主義を掲げるブリタニア軍でのスザクの活躍はめざましく、一介の兵士と呼ぶにはあまりに惜しい人材と認められるまでに至った。
ここまできたら話は早い。皇族であるルルーシュが見つけてきた未来有望な原石としてスザクに地位を与え、活躍の機会をさらに増やし、周囲にその実力を認めさせる。とんとん拍子で進むスザクの出世に文句をつける人間が居なくなったところで、専任騎士の称号を与えてやった。筋書き通りのシンデレラストーリーだった。
要は身内贔屓の人事を、皇帝本人であるルルーシュがやってのけているわけだ。無論スザクには大それた肩書きに相応しい実力を備えちゃいるが、存分に下心を抱えている。ルルーシュは初めからスザクを騎士に任命するつもりで彼に活躍できそうな仕事を与え、成績を残させたのだ。言ってしまえば出来レースである。
「僕は二人に会ったらなんて弁解すればいいんだ」
「日付の記憶違いでいいだろ。二人ともが任務で不在だった日にちに貰っていたと、説明すればいい」
「それこそ嘘丸出しじゃないか」
「……その二人の反応を察するに、既に薄々気づかれてるんじゃないか。俺たちの関係に」
「だとしたら大問題だ。なんで君はそこまで呑気で居られるのさ」
男は椅子の背もたれに体重を預けて、のんびりと答えている。危機感や焦りといった様子はなく、むしろこの状況を楽しんでいると思われる。
「状況証拠だけじゃ言いがかりにも程があると反論してやるさ。まあお前の地位はほぼ盤石だし、杞憂で済むだろう」
「慢心は良くないんじゃない? ルルーシュは昔からそうだけど、すぐ調子に乗って痛い目に遭うだろ」
「……昔のことを引き合いに出すな」
ばつの悪い表情を作って、目を逸らされた。心当たりが大いにあるのだろう。
「仕事だって一人で抱え込み過ぎだ。少しは僕にも振ってくれよ」
「駄目だ。スザクはこの手の事務仕事に不向きだろう、"昔から"な」
「あっ今のは嫌味?」
「さあな」
やはり彼は今の状況をどこか楽しんでいる節があった。緩んだ目尻が細まって、優しく微笑みかけてくる。対外用の愛想笑いとは違う、素の表情だ。
スザクも釣られて微笑み返すと、顔が再び近づいて、甘い味が唇から伝わった。危機感もへったくれもない空間に漂う匂いが、不本意にも心地良い。
だから頭の片隅に浮かぶ抗議は今度こそ全部忘れて、幼稚な接吻に没頭することにした。
完