猫は構われたがり

 一月五日は苺の日、十一月二十二日はいい夫婦の日、三月九日はありがとうの日。
 挙げだしたらきりがないほどあるらしい語呂合わせの日は、毎日のように何かしら、どこかの誰かによって制定されている。ただでさえ行事ごとの多いこの国では、語呂合わせの日にかこつけて販促を目論むずる賢い大人だって数多だ。大半の人は話のネタ程度にしか捉えていないようだが、バレンタインやハロウィンは年間の行事ごととして国民的に浸透した稀有な例であろう。このような成功例が存在するとなれば、これ以上ない美味しい商売戦略だと便乗したくなる広告代理店の気持ちも、まあ、分からなくもない。

 手持ち無沙汰だったスザクが何となしにテレビをつけてみると、茶色や白や黒の毛玉が自由気ままに動き回っている映像が、画面いっぱいに流れた。都内にある猫カフェ、とやらを紹介しているようだ。右上に表示されたテロップには”二月二十二日 猫の日特集”と記されてある。なぜ二月二十二日が猫? とスザクは暫し首を傾げた。
 ふわふわの丸っこい生き物たちは飼育員らしき人の足元に群がって、にゃあにゃあと愛らしい鳴き声を上げている。ずいぶん懐いているらしい。鳴り止みそうにない猫の声に耳を傾けていると、ああ成程そういうことか、とスザクはようやく合点がいった。
 猫の鳴き声、にゃんにゃんをもじって二月二十二日を猫の日と呼ぶことにした。のちの番組内の解説によって、このような語呂合わせの由縁が判明した。単純明快で安直だ。ならば十一月一日は犬の日だったりするのだろうか。
「……」
 スザクは思ったままの疑問を呟いたが、まるで独り言のよう。返事は返ってこない。非情にも、しんと静まる部屋にテレビの音声だけが響く。
 この部屋にはスザク以外にもう一人居て、今しがたの発言は華麗に無視をされた。全くもって彼は無情である。

 ここ近年は猫ブームが到来しているとかで、とうとう飼育割合も長らくトップを走っていた犬を追い越して猫が一位になったという。理由は散歩要らずで室内で飼いやすい、という点らしい。その他にも吠えないとか、比較的大人しい性格であるとか、自由気ままな性質が可愛いとか。
 自由気ままという性質は愛らしい反面、飼い主を一番困らせ手こずらせる面でもある。構ってやれるときに限ってつんけんな態度を取られ、こちらが忙しいときに限って甘えてきたりするのだ。とくに機嫌の悪いときにちょっかいでも出せば引っ掻かれるとか拗ねられるとかで。ゆえに基本的に自己中心的な生き物であるのだ、猫というのは。だからこそ時折見せる、いわゆる”デレ”な態度に夢中になる飼い主もまた、一定数存在する。

「猫かあ。可愛いね」
「……」
 レスポンスはこれといってない。寝てるのかと思ってちらりと横顔を窺うが、彼はしっかり目を開いているし手を動かしているし、覚醒状態だ。


 つまり猫というのは、自分が構ってほしいときは飼い主に構われたくて、自分が構ってほしくないときは構われたくない。そういうマイペースさに振り回されたい人向けの生き物なんだと、番組内では総括されていた。スタジオ内ではどっと笑いが起こっていて、スザクも釣られてふふ、と笑い声が零れた。ちらりと隣の顔を盗み見る。紫の瞳はこちらの存在など無いも同然のように、見向きもしない。
「ねえ、何か手伝おうか」
「……いい」
 声はきちんと聞こえていたようだ。久しぶりに会話が成立した。ということは、今までの無言はやっぱり、手元に集中していたせいではなく、故意に無視をされていたわけだ。せっかくの二人きりなのに、冷たくあしらわれるのは何だか寂しい。
 ぱちぱちと電卓を叩く音がしきりに響いて、暫くした後に、はあと重い溜息が聞こえた。まだ計算合わないの、とそれとなく尋ねれば、低い唸り声が聞こえた。

 三月も目前に迫る二月の後半戦、生徒会は今まさに年度末の収支決算と来年度の予算案の提出で大忙しだ。恐らく一年の中で一番”それらしい”活動をしている。
 学園内に数多ある部活動の予算配分を行うのは主に生徒会が主導で、ここで纏められた予算案は学園の事務課に提出される。無事認可が下りればそれぞれの部活や同好会に一年間、あるいは上期下期に分けて予算が下りるという仕組みだ。
 基本的に来期の予算を決定付けるのは前期の支出のデータに基づく。新しいユニフォームや器具の購入だったり合宿所の確保、遠征費、コンクールの出場費。それらの領収書を合算して、ここは使いすぎだから削ろうとか、ここをもっと拡充したいから予算を上げてほしいとか、そういう意見の擦り合わせも生徒会が主導で行ってゆく。そうして集めたデータをパソコンに入れておいて、決算期に集計する、というのが一連の流れだ。
 とはいえ、最終的な金額の合計や確認は結局、人の手で行われる。中には提出の遅れた手書きの請求書がちらほら届いたりするから、これだけは仕方ない、というのが実情だ。
「これ、3か9どちらに見える?」
「9かな……」
「こっちは?」
「8?」
 筆圧が薄いとトレーシングペーパーに写る青文字も不鮮明で、いつも彼はこの目視作業で苦しんでいる。数字が合わない、打ち間違いか数字の見間違いか。毎度の如くうんうん唸りながら電卓を弾く羽目になっているのだ。
 ルルーシュは生徒会メンバーの中でも一番頼れる会計要員だ。彼のおかげでこの時期を乗り切っていると言っても過言ではない。だからみな、ついつい彼の要領の良さと手腕に頼り切ってしまうし、彼もそれをこなしてしまう。何か手伝えたらいいなと思うのだが、そう思うだけで、結局何かできた試しはない。人には適材適所というものがあって、スザクはこういった神経を尖らせる手作業はからっきし駄目な質だった。
「ああ、やっと数字が合った」
「本当に? お疲れ様、ルルーシュ」
 達成感よりも疲労感のほうが圧倒的に上回っていたようだ。彼はそれだけ報告すると、ぐったりした様子を隠しもせず、腕を後ろに伸ばして項垂れた。
「そろそろ特別に褒賞でも貰わないと、割に合わないぞ」
「はは、会長に打診しようか」
 くすくすと笑うルルーシュの頬を、スザクは人差し指でつつ、と撫でる。こちらに視線を上げた紫はうすぼんやりと澄んだ色をしていた。虹彩には人好きのしそうな笑みを浮かべた自分の顔が、鮮明に映っている。
 輪郭を撫で上げた手指で耳朶や首のあたりをあやすように弄る。頬に掛かる毛束を指で掬って耳にかけてやったところで、ふと目が合う。そこにはスザクの想像していた表情とは少し違う面持ちの男が居た。
「……」
 なんだか少し、いやかなり不機嫌だ。あれ、どうして、と思う。眉間には皺が寄ってるし、スザクの腕を忌々しそうな目つきで睨んでいる。今にも叩き落とされそうだ。
「そういう意味で、部屋に呼んでくれたんじゃなかったの」
「自分にも手伝えることがあったらって、勝手に上がり込んできたのはお前だろ」
 どうしてか、彼がすこぶる機嫌が悪いことは分かった。というか、むしろそれしか分からない。
 なんで急にそんな怒るんだ、と不満を口にしたくなったが、ここは堪えるべきだと直感で悟った。幾度となく繰り返してきた口喧嘩の発端はいつも、自分の何気ない発言がきっかけだったような気がする。だからスザクは悔しい気持ちを抑えて、まずは分かりやすく言葉にしてみることにしたのだ。
「じゃあ、今からしよう。今週まだ、してないし」
「じゃあ、ってなんだ」
 むっと唇を尖らせる恋人の頬を掴んで、唇を擦り合わせる。すぐに顔を離すと、相変わらず渋面を浮かべた男はこれでもかというほど嫌そうな態度を見せた。
 そこまで嫌そうにする必要ないじゃん、とスザクもなんだか子供っぽく、ムキになってしまう。好きな人とこういうことをしたいと思うのは当たり前のことなのに、どうして彼は自分の前でそれを否定するんだ。
「ねえってばルルーシュ」
 しきりに顔を背ける彼の頬に、こっち向いてよ、と言葉を込めて唇を押し付ける。剥き出しになった耳や首元は無防備にスザクへ晒されていた。そこへわざとらしくリップ音を立て接吻を浴びせれば、やがて彼は耐えられなくなる。そうして、しつこい、やめろ! という文句を投げつけられた瞬間に口を塞いで、舌ごと唾液を啜ってやれば、途端にルルーシュは大人しくなるのだ。もうとっくにスザクはそれを学習済みだから、遠慮なく実行するのみである。
「ぷは、ぁ……」
 スザクの手の中に収まる顔はすっかり赤くなって、瞳もとろんと蕩けかけている。ここまでくればあとはもう一押しだ。じっくり労わるように愛撫して、たっぷりキスをして、服を脱がし合う頃にはもう、デレデレの子猫のように、ルルーシュはスザクに縋りついてくる。


 つっけんどんなルルーシュを懐柔することもまた、スザクの楽しみのひとつであった。彼はまるで猫のようだ。その中でもとりわけ彼は、猫じゃらしやボールといったおもちゃで興味を示してくれるような、単純な猫ではなかった。とくに”こういったこと”には羞恥と躊躇いからなかなかどうして、未だに脱出できないようで。
 二人分の制服のジャケットを床に放って、その上に彼の体を寝かせる。覆い被さるとどこか不満そうな表情をされる。開きかけた唇からはきっと、色気もムードもない文句が飛び出すに決まってる。スザクはルルーシュが言葉を発する前に口を塞いで、黙らせてやった。
「ん、ふ……う」
 捲れたシャツの裾から手を差し込んで、遠慮なく胸元を弄る。コリコリと硬くなった先端を指の腹で挟んで力を込めると、彼は忙しなく身じろぎを始めた。足だって遠慮なく蹴られるし、肩も突っぱねようとしてくる。抱っこを嫌がる成猫を相手にしているようで、なかなかこれも骨が折れる。
「そ、そこ、あ」
 シャツを胸元まで大きく捲り上げて、尖った部分を露出させてやる。見せつけるようにして唾液をまぶして口に含むと、彼は恥ずかしそうに目を伏せた。か細い声と吐息が頭に吹きかけられて、ひどく興奮した。
 ちゅ、ちゅ、と音を立てながら吸い上げると背中が反って、もっと舐めて吸ってほしいと言われているみたいだ。本人はこれでいて無自覚だから罪深い。仰せのままにきつく吸い付いてやれば、蚊の鳴くような声で彼は喘いだ。
「最近ここでも、感じれるようになってきたんだ」
「……い、いやだ」
 ふるふると首を横に振るルルーシュに、スザクはどうして、と呟いた。ルルーシュは目尻に水を溜めながら、視線の下に居るスザクをぎりりと睨む。
「男なのに、こんな、」
「可愛いよ」
「だまれ」
 ルルーシュはほざくな、と低い声で唸りながら、スザクの頭を乱雑に掴んだ。もう離せ、弄るな、という意味だろう。ぴんと上を向いた乳頭はまだ触ってほしいと強請っているのに、肝心の本人は素直じゃない。スザクは仕方なく胸元から顔を上げて、ルルーシュと顔を見合わせた。
 たくし上げたシャツの裾を彼の手に持たせると、おずおずとそれを掴んでこちらを見つめてくる。自分が何をさせられているか、あまり要領を得ていないらしい。それを良いことにスザクは遠慮なく、差し出された無垢の肌に手を伸ばした。


「家に人、居る?」
 下着をずらしてやりながら問うと、ルルーシュは静かに頷いた。
 ぽろ、と零れた性器は僅かに膨らんでいて、蛍光灯の明かりに照らされる。彼は気恥ずかしそうに身じろいで隠そうとするが、スザクの位置からはよく見えているから、そんな抵抗は無駄だ。どうせ今から、勃起した性器を見られることよりもっともっと、恥ずかしいことをする。
 膝を掴んで股を開かせ、その間に体を割り込ませる。こうすれば嫌でもルルーシュは脚を閉じれない。爪先はしきりに絨毯の上を滑って、居た堪れなさそうにしている。
「じゃあ、指だけにしよっか」
「……声、我慢するから」
 おずおずと囁かれた言葉に、スザクは思わず、え? と聞き返した。
「出さないように、する」
「できるの」
 目にかかる長い前髪を指ではらいながら、スザクは静かに問うた。
「だってルルーシュ、えっちのときいっつも声、すごい出るし」
「う、うるさい!」
 真っ赤な顔で彼は猛抗議した。否定しないということはある程度自覚はあったのだろうか。今のスザクの発言ですっかりむくれた彼は、つんとそっぽを向いてしまった。
 セックスのときに声を我慢するなと教えたのは紛れもなくスザクだ。ちゃんと声を出せたときは褒めてやったし、支離滅裂な母音がぽろぽろと口から零れたときはめいっぱい可愛がった。だって、普段は寡黙な男が性行為のときは嬌声を憚らないなんて、最高に興奮する。絶えまぬ努力の末、ルルーシュ自身は与り知らぬところでスザク好みに変えられていた、というわけだ。
「声くらい、我慢できるに決まってるだろ」
 これは同じ我慢でも?せ我慢だ。
 きりりと吊り上がった瞳はスザクを挑発するように鋭く光っている。馬鹿にするなよ、俺を侮るなスザク。そう言われてる気がしてならない。
 そこまで言うならこっちだって、とついつい乗ってしまうのもまた、スザクの良くないところだ。ルルーシュが絶対声を出さないと宣言するなら、こっちは絶対、喘がせてやる。売られた喧嘩はいくらでも買ってやろうじゃないか。
 本来の主旨とは大きく逸脱した二人の思惑は、ぬるい部屋の温度に溶けた。



 乾いた穴にローションでぬめる指先を宛がって、出来る限り湿らせてやる。そこを女性器に見立てて性行をするわけだが、自然と湿らない分潤滑油の類で潤わせてやる必要があるのだ。この作業を億劫と思うかおもしろく思うかは人それぞれだろう。スザクは断然後者だ。
 ぬちぬちと音を立てながらまずは指を一本、挿入する。固く閉じようとする入口を解しつつ、少々無理やり人差し指を突き入れると、びくんと太腿が揺れた。
「……っ」
「平気?」
「あ、ああ」
 痛かったり違和感があるのは最初だけだ。ここさえ乗り切れば、あとは坂道を転げ落ちるように快感を拾い上げる。
 ローションを注ぎ足しながら指を穴に収めて、内部でくにくにと動かしてみる。目前にある股関節はぴくん、と震えては力が抜けて、張って、また痙攣する。既に感じているのだろうか。顔色を窺えばほんのり色づいた頬が見えた。
 いったん指を抜いてから、次は中指も差し入れてみる。少しきつそうだが、なんとか収まった。穴の縁はひくひくと収縮し始めている。そろそろ頃合いかと思って、腹の内側を二本の指ですりすりと撫でてみる。
「っ、……っ、ッ!」
「気持ちいね」
「っは、……ぁ、いっ、ッ……」
 にちゅ、にちゅ、と音を立てながら掻き回す。薬指の爪で縁を引っ掻くと、それが堪らないと言わんばかりに彼の体は震えた。ひんやりとしていた肌はあっという間に熱くなって、陰茎も膨らみ始める。
 二本の指で内部を拡げるように、時々悪戯で弾いて擦って爪を僅かに立てると、腰ががくがくと揺れた。指だけでこんなに感じていては、彼の身はあまり持たないだろう。
 二本の指も抜き取って、ついに三本の指を揃えて、穴に宛がう。ルルーシュの目はすっかり潤んでいて、加えてか細い声でやだ、待って、こわい、と弱音を零す。
 可哀想に、声を我慢できないんだな。スザクはルルーシュを出来るだけ安心させるように微笑みながら、無遠慮にそこへ指を突き立てた。


「っは、ん、ッ……!」
 熱く蠢く内側を甚振る動きはルルーシュを追い立てて止まず、しきりに頭を振り乱しては解放できない熱を少しでも誤魔化そうとしていた。指だけじゃ足りない、物足りない、達せない。そう言わんばかりにスザクの胸に縋る指先は、力が入りすぎて白くなっていた。
「欲しい?」
「ほ、ほし、ッん、……っ」
 わなつく唇を吸ってやると、彼もどうやらそれを待ち望んでいたようで、そろりと舌が伸ばされる。理性が途切れ途切れになり始めた何よりの証拠だ。こんな痴態、平素では絶対に見せてくれない。早くお前もその気になれと言わんばかりに、彼はがむしゃらに唇を擦り寄せてくる。
「いい子だね」
 誘い方なんて教えた覚えがない。それは体を交える回数を重ねるごとにルルーシュが勝手に覚えた、ある意味本能による行動に近いのだ。


 ぬるつく穴に先端を宛てがうと、不安そうな紫がこちらをちらちらと見遣る。どうしたの、とことさら優しい声音を使うと、彼は目に溜めた水を隠すように顔を伏せた。
「声、我慢できないかも、しれ……」
 言葉の最後は弱々しくて聞き取れなかったが、この男が珍しく弱音を吐いているのは確かだ。先ほどまでの威勢はどこへやら、である。そんなに自信がないの、と揶揄うように問えば、だって、と言い訳じみた声が漏れる。
「ゆ、指だけで、あんな、あんな……」
 じわりと目尻に滲む水を眺めながら、切っ先だけ穴に食い込ませる。まだ話の途中だとか怒られるだろうが、いつまでも彼の”待って”に付き合っていては先に進まない。恋人の痴態にとっくに気を遣られているスザクにとって、このお預けは地獄のようなものだ。
「……っ、っ……!」
 逃げる腰を掴んで、雁首まで押し込んでしまった。不規則な呼吸を繰り返すルルーシュは今にも泣き出しそうな顔をしてこちらを見る。内も外もぴくぴく痙攣しっ放しの体を引き寄せ、潤滑油の粘性に任せて竿の部分も全て収めた。
「は、……ぁ……」
 いつもより大きく聞こえる呼吸音は彼の苦しさをそのまま反映しているようで、少し心苦しい。すぐに気持ちよくしてあげるから。そう気持ちを込めて投げ出された太腿を抱えると、ルルーシュは首を左右に振り乱した。もう遅いよ。
「……っア、…っ、ッ! ひッ、……っ!」
 遠慮なく彼の弱い部分を抉ると、口元を両手で抑えて泣き始めた。時折漏れるあえかな声がやけに鼓膜へ響いて、腰がずんと重くなる。ルルーシュの声がない分、二人分の息遣いや粘着質な水音がより一層耳に入ってくる。これはこれで興奮するかもしれない。
 スザクはルルーシュの片脚を肩にかけて、大きく股を開かせた。恥ずかしいところも何もかもが丸見えだ。しかし当の本人といえば今、それを恥じらう余裕すらない。
「んッ……、ァ……っ」
 抱えられていないほうの爪先は、体の下に敷かれたシャツを何度も何度も引っ掻いた。奥を穿つ動きに合わせて、か細い声が指の隙間から零れる。互いの汗で腰を抱える手が滑ってしまうから、スザクはいっそ圧し掛かるようにして腰を揺らした。
 穴の中はきゅうきゅうと締まって、温かい。どこを突いても擦っても彼は水を欲しがる魚のように体を揺らす。打てば響く肉体は素直に刺激を享受して、それが気持ちいと学習するのだ。全くもって、ルルーシュの体は淫らだ。
「や、っ……も、……!」
 刺激から逃れようとする上体は自然とうつ伏せのような体勢になって、でも下半身だけは拘束されているからこちらに向けられている。彼は手短にあったクッションを敷いて、その上に顔を埋めた。そういうのは狡いんじゃないかな。彼の手からふわふわのそれを奪おうとするが、突っ撥ねられた。
 かくかくと揺さぶられるだけの下半身はもう見るに堪えない惨状だ。陰毛まで濡れそぼった陰茎は未だろくに触れられておらず、隆起したまま股の上でふるりと震えている。彼はそこを使わなくても達することができるから、敢えて触れていないだけだ。

「いきた、い、おねが……」
 くぐもった懇願は肉のぶつかる音と水音にかき消されて、スザクはわざと聞かない振りをした。ぐちぐちと音を立てながら奥に先端を押し付けると、哀願は途端に涙声へと変わる。苦しい、もう無理、と弱音を吐くわりに肉筒は精液を搾り取ろうとする動きを止めないから、彼はとんだ嘘つきなのかもしれない。
「こっち向いてやろうよ、ルルーシュ」
「やっ、いやだ、あ……!」
 肩を引き寄せるようにしてルルーシュの背中に圧し掛かる。彼が話しやすいように腰の動きを緩めると、ほんの少し安堵したように体の力が抜けた。
 せっかくだし、お互いの顔を見ながらがいい。耳や首裏まで真っ赤にして悶える姿もそそられるが、感じ入っている彼の表情に勝るものはない。色事なんて知らないし興味もない、みたいな顔をしているくせに快楽にはとことん弱い男の、とくに蕩けきった泣き顔なんかはスザク好みなのである。
「上手に我慢できてるよ、声」
「こ、これ以上はもう、もう……!」
 敢えてぎりぎりまで引き抜いて、ルルーシュの体を反転させる。彼はいち早く嫌な予感を察知して俄かに暴れたが、簡単にはそうさせやしない。散々よがった体で出来る抵抗など、そもそも大したことはないのだ。
 入口ぎりぎりまで抜いて、ルルーシュの慌てた反応を可笑しく思いながらスザクは見つめた。小刻みに遊ぶようにして陰茎を動かすと、照れたように怒る。彼だって本当は最初から、本気で嫌だったり怒ったりはしていないのだ。その証拠に、動くのをやめると物足りなさそうに一瞬だけ表情を曇らせる。声を出してはいけない、という状況に興奮しているのは何もスザクだけではなかったのである。


 控えめに開かれた脚を手繰り寄せて、腰を固定させたら、あとは最奥まで一気に突き入れてやった。どんな声を聞かせてくれるのだろう、と少し期待したが、彼は何も音を発さなかった。
「……ッ、……っ! ……!」
 白い喉を反らせたかと思えば、今度はびくんと下半身をひと際大きく震わせた。
 一瞬、何が起きたのか分からなかった。ぶら下がったままの熱い陰茎からは何も出ていない。尻の中は熱くうねって、意識を持って行かれそうになる。正直持ち堪えるのもぎりぎりだ。
「は、はあ、あ、あ……」
 頭頂部をごりごりと床に擦りつけながら、激しく肩で呼吸をしている。力が入り過ぎて丸まっていた爪先はだらりと脱力しきっていた。この様子から察するに、恐らく彼は、後ろだけで達したのだろう。

「あ……」
 顔を覗き込むと虚ろな紫が天井に向いていて、焦点は合わない。唇や頬に触れてみるが、視線は空を彷徨うだけでこちらを見ようとはしなかった。唇の合間からとろりと垂れた唾液を啜っても、彼は呆けた表情のまま身じろぎひとつしない。
「でも僕、まだ、いけてないし……」
 そう言い訳をして、力の抜けた体を抱き締めながら再び揺すると、四肢はぴくぴくと震えた。電池が抜けて壊れた玩具のようだ。ルルーシュはスザク腕の中ではあはあと熱い息を零すだけだった。
 汗にまみれた額を肩に擦りつけるルルーシュの仕草は、まるで甘えているようで可愛い。ひどく庇護欲を煽られた。今のルルーシュは優しくしてやりたい。一度達して体の熱が落ち着いたのか、彼は黙ってはふはふと息をするだけだった。
「一緒に、いこっか」
「ん、んっ」
 まだ勃ち上がったままの彼の陰茎を握ってそう話せば、赤子のようにぐずられた。出さなきゃ辛いだろう、と優しく諭すと、彼は黙ってスザクの手に身を委ねようとする。となれば言葉は理解できるらしい。ただ単に疲れたのか、理性が飛んでいるのか。判断はできないが、ルルーシュの従順な態度は何だか落ち着かないし、でもそれはそれで興奮する。

 肉壁に陰茎を擦りつけて自ら精を放つと同時に、手の中にあった熱も弾けた。放たれたそれに勢いはなく、臍や薄い腹筋にとろとろと零れるだけだった。ルルーシュの顔を覗き込むと瞳は閉じられていて、完全に気をやってしまったようだ。
 これでは目を覚ました彼にまた怒られてしまうと、スザクは内心冷や汗をかいた。




 猫は機嫌を悪くすると毛を逆立てて、耳を後ろ向きにピンと張って、尻尾をバタバタと大きく左右に振るらしい。大好きな玩具を取り上げられたとか、寝てる間に起こされたとか、必要以上に撫でられたとか。可愛がって構ってやるのは勿論だが、あまり”可愛がり過ぎ””構い過ぎ”もよくないという。
 今の彼の様子も、喩えればきっとそんな感じだ。耳も尻尾もついちゃいないが、スザクの目にはそう見える。長い尻尾で床をばたんばたんと叩いて、ひどく苛ついている猫のようである。
「ルルーシュ、怒ってる?」
「べつに」
 刺々しい声音はスザクを完全に拒絶していた。
 床に敷いたシャツは互いの体液で塗れていて、とても着れたものじゃない。かといって全裸のままでいるわけにもいかないから、せめてもと、制服のジャケットを彼の肩に掛けさせた。
 俺の気を失わせるまでがっつくな、という説教はもはや事後の決まり文句と化していて、スザクも回数を重ねるごとに反省の色が薄まっていたのは事実だ。しかし彼だってこの行為を心地よく思っているのだから、人のことは言えない。
 彼は自分の与り知らぬところで自分に恥を晒したくないだけなのだ。直接それを口にされたことはないから、これはスザクの憶測だが。
「ルルーシュ、こっち向いて。仲直りしよう」
「そんな必要ないだろ」
「釣れないなあ」
 一向にこちらを見向きもしない。向けられた横顔の、白い頬に唇を押し付ける。ねえってば、としつこく詰め寄るが返事はこれといってない。耳、額、顎、まぶた、鼻筋、彼の至る所にキスをした。
「……」
 背後からルルーシュを抱き締めて、目の前にある黒髪やうなじ、側頭部に擦り寄った。お願いルルーシュ、とことさら甘えたな声を出してそれとなく気を引いてみる。小手先の駆け引きが果たして彼に通ずるかは分からないが。

「ばかだなあ、お前」
 くすくすと笑い声が聞こえて、スザクは思わず顔を上げた。目前にはこちらを見遣る柔らかい紫の双眸があって、その色は愛しさに満ちている。手に取るように、彼からの好意がありありと伝わってくる。
「俺が機嫌悪そうにするとお前が甘えてくるのが面白くて」
「……うわ、何それ」
 僕すっごく格好悪い。スザクがルルーシュの肩口で項垂れると、彼は至極愉快そうにけらけらと笑った。不機嫌どころか彼はすこぶる上機嫌だったのである。こんなのはあんまりだ。
「それで俺の機嫌を取り戻せると思ってたのか。恥ずかしい奴だな」
 そして極めつけに、この饒舌っぷり。犬も食わない痴話喧嘩よりよっぽどましだと考えるしかないだろう。
 しかし、スザクはなぜだか悪い気はしなかった。ご満悦な恋人の横顔を見ているうちにどうでもよくなってしまったのだ。我ながら単純だと思う。飼い猫の機嫌に振り回される飼い主たちの気持ちが、ほんの少しだけ分かった気がした。