支配されたい

 昼の一時、駅前の噴水広場前で待ち合わせ。そこから歩いて五分もしない、窓際席を予約してあるフレンチの店でランチをする。そこで少し腹休めをしたとして、二時過ぎには店を出て電車に乗る。十五分発、ニ十分発のいずれかに乗れたら計画はスムーズに進むだろう。そして隣駅にある映画館で三時から始まる映画を観る。もちろん座席指定券は昨日の時点で入手済みだ。今話題の作品とやらで、世界同時上映されているという。映画館を出る頃には夕方の五時よりすこし手前くらいだろうか。それから近くにある商業施設をぶらついて、時間にしたら三十分くらいでまた電車に乗る。昼に待ち合わせした噴水広場のある駅に降りて、ちょうど六時の十分前だったらベストだろう。混雑する駅構内をゆっくり歩いて外へ出て、その瞬間に六時ぴったりになれば完璧だ。広場の街路樹や時計塔に括りつけられた電飾、洒落た街灯がその時刻になると一斉に光が灯される。その光景は圧巻で、見る者を魅了するというから、デートコースの締めくくりには打ってつけなのだ。眩い光に満ちた情景にうっとりする恋人の横顔に、このあとどうする? とそれとなく尋ねてやれば、行き着く先はひとつしかなかろう。
 人生で初めて恋人をデートに誘ったルルーシュの、以上がとっておきのデートプランである。


 提示した待ち合わせ時間を過ぎても、待てど暮らせど彼は来ない。ルルーシュは内心やや焦りながら、着信のないスマートフォンの画面をしきりに起動しては見つめ続けた。
 来週の土曜日、一時に噴水広場のところで待ち合わせしよう。そうメッセージを送ったのは一週間前のことで、つい昨日も学校で帰り際、念押しで口頭でも伝えておいた。くれぐれも寝坊なんかするなよ、と付け加えると、まるで遠足の引率みたいだね、とよく分からないことを言われた。

 なんて言ったって、今日はルルーシュがスザクと付き合い始めて初めての、二人きりのデートなのだ。交際をし始めたのはつい数週間前のことで、それまで二人はどう過ごしていたのかというと、どちらかの家に入り浸っては何となく喋ったりテレビを見たりして、それだけだ。お家デートという都合の良い言葉もあるが、ルルーシュとスザクの二人がする”これ”は、デートと呼ぶにはあまりにお粗末過ぎた。手を繋ぐでもなく愛を囁き合うこともなければ、ハグやキスなんて夢のまた夢だ。これまで目ぼしい進展が全くなかったのである。そんな調子で付き合う以前から全く変わらない距離感や雰囲気に、このままではいけない、と危機感を感じたのはルルーシュであった。
 たまにはどこかへ行ってみる?
 夕陽が落ちる寸前の放課後、二人しか居ない生徒会室での出来事だ。
 一度スザクにそう尋ねられたことがある。これは俗にいうデートのお誘い、というやつだろう。思わぬ提案に、俄かに胸が高鳴ったルルーシュであったが、その本音とは裏腹に返事はにべもない言葉だった。
「いや、俺はこのままでいい」
 至極興味なさそうにルルーシュはそう言うから、スザクもそっか、とだけ呟いてあっさり引き下がった。なんだか申し訳ないという気持ちと、そこで引き下がらず押してこないのか、という八つ当たりに似た苛立ちを感じた。
 これまでスザクとルルーシュが行う”外遊び”といえば、リヴァルも交えた三人でゲームセンターに立ち寄って馬鹿騒ぎして、そのあとは適当なファストフード店に立ち寄って飽きるまで駄弁る、みたいな安っぽい付き合いだ。勿論そんな遊びはきっと今しかできないし、それはそれで楽しい。
 しかしそれはあくまで、いつでもできることだ。お金も時間もかからない、言い換えれば特別感に欠ける。ルルーシュはスザクと遊ぶ、というより一緒に出掛けて、特別な思い出を作りたいのだ。巷のカップルがよくするようなデートというものを彼としてみたい。
 スザクの指す遊び・外出は恐らく、良く言えば高校生らしい、悪く言えば安っぽい時間の潰し方なのだ。一概にそれが悪いとは言えないが、それでも、ルルーシュは恋人としか出来ない特別で贅沢で、まるで二人にとってご褒美みたいな、そんな一日を送ってみたかった。
 だからルルーシュはスザクの誘いを敢えて断り、付き合い始めてからひと月ほどの間、ずっとデートプランを練っていたのだ。まずはやりたいことをピックアップして、それをタイムテーブルに当てはめてゆく。あまりに忙しない行程だと楽しめないだろうから、予定を詰め込み過ぎないようにする。そうして練りに練って出来上がったデートプランが、前述のとおりである。

 ルルーシュにとって今日という日は、スザクと付き合って初めての記念すべき一日になるに違いない。そう胸を躍らせ、待ち合わせ時間を過ぎた十五分後。ルルーシュの期待を裏切るかのように、スザクの姿はなかった。
 電車の遅延事故か、道中に怪我でもしたか、部屋で急病にでもなったのだろうか。普段は決して時間にルーズとは言えない人間が、こうして待ち合わせに遅れること自体珍しい。だからもしかして、と悪い方法にばかり想像が膨らむのもやむなしなのだ。
 依然としてメッセージもなければ着信のひとつすら寄越さない。一体彼の身に何が、と焦る気持ちで再度画面の電源を入れかけたところで、突然端末が振動する。思わず手のひらから取り零しそうになったスマートフォンを持ち直し、受話ボタンをタップした。
「おい、一体どうし」
『ごめんっ、今起きたんだ! すぐに向かう! あとさんじゅう……いや十五分で着く!』
「あ、焦らなくても、…………切れてる」
 耳に当てた端末からはぷつりと音が切れ、画面には通話終了を知らせる文字が浮かぶ。一方的にそう言われて切られてしまったスマートフォンから、再び着信音が聞こえることはなかった。


 予告通り、男はその十五分後、待ち合わせの時刻からは三十分以上経った頃になってようやく、待ち合わせ場所に現れた。ここまで走ってきたのか随分息を切らして、心底申し訳なさそうな表情をされるから、それまで浮かんでいた文句のひとつやふたつも忘れてしまう。
「すまない、本当に、ずっと待ちぼうけだった……?」
「入れ違いになると嫌だから、まあ」
「うう、本当に、ルルーシュごめん、僕は……」
 ルルーシュの両手を掴んでひっきりなしに謝り続ける男の、項垂れて丸まった背中や泣き出しそうな顔の情けなさったら、ありゃしない。こんな様子を見せられたら責めようにも、むしろルルーシュのほうが罪悪感を感じてしまいそうだ。
「お昼どうするか、決めてた?」
「予約していたんだが、時間に間に合いそうにないからキャンセルを入れた」
「ぼっ僕のせいで……!」
 始終この有様だ。何を言っても無駄だと判断したルルーシュは気にせず、昼食は何がいいかをそれとなく尋ねてみる。
「じゃあいつもみたいに、簡単に済ませちゃおっか」
 いつもみたいに、簡単に。その言葉を聞いてルルーシュは心のうちで嗚呼、と頭を抱えたくなった。せっかくのデートもこれだと、いつもの放課後と何ら変わらない。そもそも組んであった予定が狂ったのは彼の寝坊のせいだが、ここで責めたって時間は巻き戻らないし、喧嘩にでも発展することだけは避けたい。
 ルルーシュはスザクの提案に二つ返事で頷いて、よく行くファストフード店を目指すのであった。


 遅刻してしまったから僕が奢るよ、と言われたから、大人しく空いていたカウンター席に座って彼が会計を済ませるのを待つ。ウィンドウから見えるのは多くの家族連れや友達、カップルと思しき人たちの行き交う姿だ。とりわけ、やけに目につくのは手を繋いだり腕を絡ませ合うカップルの、恨めしいほど仲睦まじい様子だった。
 公衆の面前でまるで見せつけるかのようにいちゃつく趣味は、ルルーシュにはない。それどころか恋人は同性の男だから、密着するだけでも白い目で見られそうだ。それは恥じらう言い訳にも使えるが、少し寂しいことだとも思う。
「ごめん、おまたせ」
「有難う」
 トレイに乗せられてやってきたのは包み紙に包まれたバーガーとフライドポテト、チキンナゲットと、紙コップに入ったジュースだ。よくあるセットメニューである。
 隣の空いてる席にスザクが座る動作を、ルルーシュはそれとなく眺める。平日は制服か、あるいは部屋着しか見ないから、余所行きの格好をしている彼はなんだか新鮮に映る。カーキ色のモッズコートはファー付きのフードがついていて、中にはワインレッドのセーターかベストを着ているようだ。背伸びし過ぎない年相応の服装はスザクらしくて、よく似合っている。
「僕の顔に何かついてた?」
「ううん、何でも」
 私服姿の恋人に見蕩れていた、なんて正直なことは言えやしない。
 曖昧なルルーシュの生返事に、ふうんと釈然としない面持ちを浮かべて、スザクはポテトを摘まみ始めていた。

「それで、一体どうなったんだ?」
「どうしたと思う? それがさ、実は、」
 店内の喧騒に負けないくらいの声量で、ルルーシュは次の瞬間大声を上げて笑った。二人が居るのは昼間のファストフード店だが、どちらかの部屋で雑談しているときとなんら変わらない寛ぎっぷりだ。スザクの滑らない話にけらけらと笑いながらルルーシュは冗談を被せて、二人は揃ってどっと声を出して大笑いする。
 たとえばフレンチのコースが頼めるランチの店だと、こういった会話はできない。落ち着いた雰囲気の店内に合わせて美味しい料理に舌鼓を打ち、できるだけ綺麗な所作でナイフとフォークを使うのだ。こうやって腹を抱えて大声で笑ったり、下らない冗談の応酬でテーブルを叩いたり、なんて下品なことは到底許されない。
「ああ、笑い過ぎて腹が痛い」
「あはは、僕も。ねえ、もうすぐ三時だけどこの後どうする?」
 紙コップに残ったジュースを飲み干す手前、スザクは首を傾げながらそう尋ねてきた。
 今日の三時からの予定といえば。三時。三時。
「映画だ! スザク、すぐ行くぞ!」
「え?」
 丸められた紙ごみが乗るトレイを掴んで、ルルーシュはすぐさま啖呵を切った。隣のスザクは何が何やらと困惑するが、構っていられない。

 店から飛び出し電車に飛び乗り、ぜえぜえと肩で息をするルルーシュの隣で、スザクは相変わらず困った表情を浮かべていた。というより、これだけルルーシュは体力的に疲弊しているが、打って変わってスザクはどこ吹く風だというふうに、けろっとしている。二人の体力差が歴然であることはもはや周知の事実だが、こう見せつけられると男としてプライドが傷つく。
「映画?」
「三時からだったんだ。すっかり忘れていた」
 財布から取り出したチケットには映画のタイトル、上映スクリーン、上映時刻、座席番号が印字されている。二枚のうちの一枚をスザクに渡したところで、電車は再び扉を開ける。今から全力で走ればなんとか、冒頭の予告宣伝が終わったところで映画館に飛び込めるかもしれない。そんな一縷の望みをかけて、すでに息を切らしていたルルーシュと体力の有り余っていたスザクは、同時に走り出した。


 映画館に入る頃にはすでにスクリーンには本編の冒頭が映されていて、やってしまった、と後悔する。本当はもっと余裕を持ってスマートに、彼とのデートをリードしたかったのに。
 暗闇の館内で右往左往しながらも、二人はなんとかチケットに印字されてある座席番号に辿り着くことができた。もちろん指定席券だから席はちょうど二つ分、空いている。ふかふかの座席に腰を下ろして息をついた頃になってようやく、全身にどっと疲れの波がやってくる。
 少し汗もかいてしまったし、息もまだ整わないし、格好悪い。汗臭かったり、息が荒かったりしないだろうか。いそいそと身に着けていた黒のチェスターコートを脱ぎながら、ルルーシュはそんなことばかり考えていた。映画の内容なんて、この時点ですら頭に一切入ってこない。
 ルルーシュの部屋でスザクと、映画を観ることはままある。とくに電気を消したりもせず、煌々とした部屋でレンタルしたDVDを再生して、お菓子を食べたりしながら、姿勢を固定することもせず、だらだら見る。だからこうした暗い空間で二人真横に並びながら、何十分もじっとすることは初めてのように思う。
 思わず気になって、隣の横顔を盗み見る。ちらりと視線を動かしたのち、ルルーシュは思わず出しかけた声を抑えた。
「っ、……」
「……」
 静かな館内で私語は当然厳禁だ。だから視線だけで訴えかけるしかないのだ。どうしてお前もこっちを見ているんだ、と。
 スザクはルルーシュが目が合ったほんの一瞬だけ息を詰めたように驚いたが、そのあとすぐ表情を和らげて、吐息だけでゆるく笑った。スクリーンから放たれる光が頬の緩やかな曲線を照らして、胸がばくばくと高鳴る。どうか聞こえていませんように、と祈ることしか、このときのルルーシュには出来なかった。


 なんだか慌ただしい一日になってしまったから、映画の後はどこかのカフェでゆっくりお茶でもして映画の感想を話すのも悪くない。そう思っていたが、ルルーシュが自分の想像以上に映画の内容が頭に入らなかったから、スザクと感想を言い合える自信すらなかった。スクリーンに映される登場人物たちの喜怒哀楽より、隣に居る男が今どんな表情をしているのか、この映画を果たして楽しんでくれているのか、つまらなかったらどうしようとか、取り留めのないことばかりに気が向いてしまう。
「映画、面白かったね」
「そ、そうか。良かった」
「……ルルーシュ、もしかして寝てた?」
「えっ、と、ああ、うん……」
 スザクと感想を言い合える気がしないから、そういうことにしておこう。ルルーシュは打算的な考えを巡らせながら、上映中は寝ていた、ということにした。スザクは可笑しそうに笑って、面白かったのに勿体ない、と話す。そのあどけない笑顔にすらどきどきしてしまって、スザクの顔を視界に入れることすらままならなかった。


 どこかのカフェで茶でも、と思っていたルルーシュの袖を引っ張って呼び止めたのはスザクだった。今日待ち合わせで合流してから今までずっと、ルルーシュに行程を任せきりだった男が初めて行先を希望した瞬間でもある。
 冬のバーゲンと書かれてある垂れ幕が店内や幟など、至る所に設置されてあるアパレルショップを彼は指さす。ああ服が見たいんだな、と思ってルルーシュは当然断ることなくそちらへ足を向けた。
「部屋着用のカーディガンが欲しいんだよね」
 スザクは店頭に並んである衣類を手に取りながら、そう呟く。カラーバリエーションが豊富らしいその店は色とりどりのニットやスキニー、コートまで取り揃えてある。これだけ種類があれば彼のお目当てだってすぐ見つかるだろう。

「どの色が似合うかな」
「こっちはどうだ」
 案の定あっさりとカーディガンを見つけた二人は、適当に手に取った布を広げては見分した。飾り気のないシンプルなデザインは部屋着だけでなく日常使いで着回しもできそうだ。色違いをいくつか持っていても役に立つだろう。
「お前は明るめの色も似合う」
「そ、そう?」
 他人の買い物に付き合うことが苦手だという人は案外多い。歩き回るから疲れるし、自分の趣味じゃないとつまらないし、どちらが似合う? なんて聞かれた日にはもう勝手にしろ、と言いたくなる。それが世間一般の意見だ。
 しかしルルーシュは正反対で、むしろ見繕ってやるのが好きだ。審美眼がとくべつ優れている自信はないが、しかし大きく的外れな意見でもないはずだ。むしろ自分の服を選ぶより人の服選びに付き合うほうが好きなくらいである。これはどうだ、あれも似合うんじゃないか、と服を合わせたがるから、むしろ相手の方がルルーシュより疲れる、なんてことも珍しくない。

 ライムグリ―ンのカーディガンを彼の体に合わせて、これだ、と思った。艶やかな翡翠の瞳が不思議そうに瞬くのが見えて、ルルーシュはにっと笑う。
「俺はこれがいい」
「じゃあこれにしようかな」
 照れ臭そうにはにかみながら、スザクはそれを手に取った。会計するから外で待ってて、と言われて、ルルーシュは一旦店の外に出る。
 彼は着痩せするタイプだから明るめのアウターでもちょうどよい。愛嬌のある甘い顔つきと爽やかなライムグリ―ンの組み合わせはきっと合うはずだ。早くあれを着た彼を見てみたい。

 お待たせ、と言ってやってきたスザクの手にはなぜかショッピングバッグが二つ、握られていた。購入していたのはカーディガンの一点だけだったはずだ。ルルーシュは店名のロゴが入ったそれを指さして、追加で何か買ったのか、と問う。
「こっちは君の分」
「俺?」
 がさりと音が鳴る袋を半ば押し付けるように手渡されて、つい受け取ってしまった。一体これは何の真似だ。袋には確かに重みがあるから、商品が入っているのだろう。ルルーシュは訝しく思いながら、テープで止められた口を開いて中を覗き込む。
「……カーディガン?」
「僕とおそろい」
 くすんだミルクティー色のニット生地を手で広げて、まじまじと見る。先ほど彼と見ていたカーディガンと全く同じデザインだから、恐らく色違いだ。
「ルルーシュが今日着てる白いセーター」
「ん? これか?」
「似合ってて、その、可愛いって思ったから……」
「……」
 黒いチェスターコートの下には、クリーム寄りの白いタートルネックセーターをルルーシュは着用していた。成程、これの上から彼が選り好んだカーディガンを着てほしいんだな。ルルーシュは途切れ途切れに話すスザクの言葉の意図を汲み取って、ようやく理解した。
「いくらでも着てやる。減るものじゃないし」
「本当? 嬉しい、楽しみにしてる」
 ほんのりと頬を赤らめた男は、だらしなくふにゃりと笑った。スザクの笑顔に心底弱いのか、ルルーシュはまた心臓がどくどくと脈打つのを感じた。

「ねえ、これからどこ行くか決めてる?」
「これから……あっ」
 慌てて腕時計を見遣ると六時をとうに過ぎていた。思いのほか服屋で時間を潰し過ぎていたらしい。昼に待ち合わせした噴水広場でのイルミネーション点灯は六時ジャストだから、今から行ったってもう遅い。
「もしかして、また決めてて……?」
「見せたいものがあったんだ。でも、もういい」
 デートの締めくくりには持って来いだという噂を聞いて、彼にも見せてやりかった。ネオンライトで照らされた夜景に瞳をキラキラさせながら、綺麗だね、と微笑むスザクの表情は想像するだけでいっとう美しいに違いない。でもそれを見ることは結局叶わなかった。
 最後の最後まで上手くプランどおり進めることができなかったな、とルルーシュは反省する。それはたぶんルルーシュが予想外の出来事、ハプニングに弱く、対応力が今一つというせいもある。
「なんか僕のせいで、予定狂わせてばっかりだ」
「そんなことはない。これはこれで今日一日、楽しかった」
 これは世辞でも慰めでも、建前でも、口先の出任せでもない。正真正銘の、ルルーシュの心からの感想だ。

 吹きっ晒しの広場で三十分以上も待ちぼうけするのはなかなか堪えたが、そのあと泣き出しそうな顔をして平身低頭する男の情けなさったら、これから先も笑い話になりそうなほど酷かった。そのあとのファストフードで済ませた昼食だって、いつもと変わらないのに、時の流れを感じないくらい楽しい。慌ただしく席についた映画館では、自分で決めた行程のはずなのにあまり記憶にない。緊張し過ぎてよく覚えていない、が正しい表現だ。その後の服選びだってついつい自分の方が、熱が入りすぎた。そうしてお返しと言わんばかりに寄越された色違いのカーディガンも、ささやかだが嬉しいプレゼントだった。
 申し分ないほど充実した一日だった。しかしルルーシュにはまだやり残していることが、実はある。
 楽しかったね、また明日。小学生や中学生同士の付き合いならここでお別れになるだろう。だが自分たちはもう高校生で、付き合い始めてからひと月足らず、少なくとも数週間は経つ。なのにキスはおろか、手を繋いだことさえない。
 ルルーシュは焦れったくて堪らなかった。だから今日、デートに誘ったのだ。それらしいこと、つまり恋人らしいことを持ちかけてこない恋人に、ルルーシュはとうとう痺れを切らした。

「もう帰る? それとも、このあとも予定が?」
 スザクがそれとなく尋ねてきた。今日一日過ごしてルルーシュが分かったことだが、スザクは基本的に人任せだ。このあとどうする、とは聞くわりに提案や希望を言わない。既にルルーシュが全ての計画を立てている前提のような言い回しに、ルルーシュの中で浮かんでいたひとつの可能性が確信に変わる。
「いや……」
「じゃあもう帰ろっか」
「待て。その、うちに寄って行かないか」
「ルルーシュの? いいよ」
 本当はイルミネーションをうっとり眺めるスザクに向かって、ルルーシュの方から尋ねたかった。このあとどうしたい? と。そうして甘い雰囲気が漂う中、スザクは頬を染めながら、君の家に行きたいと呟くに違いないのだ。これは幾度も重ねたルルーシュの脳内デートシミュレーション、つまりは妄想である。

 しかしどちらにせよスザクを自室に誘い込むことには成功した。本来であればロマンチックなムードの余韻を残しながらそれとなく事を進めたかったが、実戦に予想外は付き物だ。
 ルルーシュがこの数週間、水面下で進めていた下準備は何もデートプランだけでない。男同士で行うあれやそれやの知識を取り入れ、それを円滑に行うための道具の仕入れも行っていた。
 ベッドの横にある引き出しの二段目、その奥にローションとコンドームを隠している。万一でも咲夜子に見つかったり、ナナリーの手に触れることがないよう、厳重に保管してあるのだ。
 物資的な準備は整ってある。あとは気の持ちようとその場の勢いでどうにかするしかない。ルルーシュは腹を括り、覚悟を決めて、スザクを自室に迎えた。


 肩を押して、絨毯が敷かれてある床に向かって背中を倒してやる。いつにない突然のルルーシュの行動に目を瞬かせる男は、その眼にはまだ警戒心や羞恥といった色は浮かんでいない。恋人の部屋で恋人に押し倒される時点で、動揺のひとつくらい見せるかと思ったが、予想を裏切って彼はきょとんとする。
「ルルーシュ?」
「いい加減察しろ、馬鹿」
 憎まれ口を叩くとむっとした表情を作る。その仕草が年のわりに幼く見えるから、少し胸がきゅんとして、思わず目の前の唇にしゃぶりつく。
「ン、ふう」
 おずおずと唇を開くから、ルルーシュは遠慮なく口付けを深いものにした。おずおずと舌を伸ばして喉の奥に引っ込んだスザクの舌を突くと、ルルーシュの動きを真似るようにして、彼も舌を差し出した。差し出された薄い肉を啜るとちゅるちゅると音が鳴って、彼が喘ぐ。
 ルルーシュ自身も初体験だったが、これはもしかすると、最後までいけるかもしれない。俄にそんな手応えを感じ、心の中でガッツポーズをした。
 唇を離すと唾液の糸が僅かに伸びて、すぐに切れる。そんな光景でさえも興奮するには十分すぎる材料で、無性に喉が乾いた。
 服の裾から手を差し入れて脇腹に触れると、彼は擽ったそうに身を捩らせる。鼻から抜けるような笑い声が聞こえて顔を上げると、彼は顔をくしゃりと歪めて笑っていた。いまひとつムードに欠けるが、不快感がないなら良いだろう。
 裾を捲くって胸もとまで引っ張り上げると、スザクは少し驚いたような顔をするから、今更何を、とルルーシュは鼻で笑った。程よく筋肉がついて引き締まっている彼の上半身は、均整が取れていてとても綺麗だ。微かな凹凸のある腹筋や平たい胸元に唇を寄せて、まるでマーキングするように口付ける。
「……なんだ」
「ううん」
 髪の毛を軽く梳かれて、毛束を掬って弄られる。顔の横にある髪の毛を掻き上げられ、耳にかけられる。それらの動作はまるで親が我が子にするような、慈しむような手つきだ。

 胸元までたくし上げた裾をさらに上へと引っ張ると意図を汲んだらしい、スザクも服を脱ぐのを手伝った。
 部屋の照明に照らされる彼の上半身は見惚れるほど綺麗だった。別に見るのが初めてというわけじゃないし、同性相手の体だ。なのにどうしてこんなにも、釘付けにさせられるのだろう。
 ルルーシュはそんな心中を誤魔化すように、今度はベルトのバックルに手をかけた。するりと解いて脱がせようとすると、彼も腰を浮かせて脱がせやすいようにする。そうするとあっという間にスザクは身に着けるものが下着一枚という格好になる。
「僕ばっかり脱いで恥ずかしい。ルルーシュも脱いで」
「っわ!」
 気まずそうに床へ視線を彷徨わせるスザクはどこか初々しさもあって、可愛らしい。そんな感想を抱いていた直後の奇襲に、ルルーシュは反応が一歩遅れたのだ。
 その言葉と同時にスザクは起き上がって、ルルーシュの体に覆い被さる。まるで形勢逆転されたみたいで、ルルーシュは一瞬焦った。しかし主導権はまだこちらにあるはずだ。そう信じて、ルルーシュも言われるままに服を”脱がされてやる”。
「ルルーシュは脱がしてあげるほうが好き?」
「お前がそうされる役目だからだ」
「ふふ。そっか」
 何が面白いのか、彼は至極愉快そうな色を浮かべてルルーシュの体をまさぐる。早く脱がせと視線で訴えても知らん振りで、腰や臍、背筋、脇腹をするすると手のひらで触れていった。
「んっ……」
「擽ったい? それとも感じてる?」
「るさい」
 背中を這い回る大きな手に思わず鼻息を漏らすと、スザクはしきりにそう聞いてくる。ルルーシュは焦れったくなって、自らさっさと服を脱いだ。

 ルルーシュの思いきりの良さに驚いたのか、一瞬気が緩んだ隙を見て、スザクを再び押し倒してやる。これで元の力関係に戻った。腕の下に居る男は目を白黒させているが、むしろそのほうがルルーシュには有難い。彼が次の行動を仕掛けてくる前に、引き出しの奥に隠してあるローションとコンドームを取り出して準備をする。
 下着のゴムを引っ張って下へずらすと、ぽろんとはみ出るように柔らかい性器が露出する。色も形も大きさも自分とは違うそれを思わずまじまじ観察していると、恥ずかしいからそんな風に見ないで、という弱々しい声が聞こえた。
「これからもっと恥ずかしいことをするのに」
「それは、そうだけど」
 もじもじと脚をすり合わせるのを無理やり割り開いて、股座の位置を確保する。これでルルーシュの勝利は確定したも同然だ。甘くて長い夜は、すでに始まっている。
 ローションの蓋を開けて適当に手のひらに垂らす。直接かけると冷たくて相手の体に良くないからだ。垂らした粘液を両手のひらで人肌に温めて、そのまま萎えた性器に直接触る。軽く擦ると目下にある腰がびくびくと派手に揺れて、支配欲が満たされた。
「っア、ん!」
「スザク」
 ことさら優しく名前を呼ぶと、縋るような目でこちらを見上げてくる。まるで生まれたての子犬みたいな弱々しさと健気さだ。
 上下に揺れる胸元に顔を寄せて、色素の濃い乳輪に舌を這わせる。立ち上がっていない先端の粒を唇で挟んでちゅう、と吸い上げると、僅かに肩が揺れたのが分かった。
「ぼ、僕男だから、そこは」
「すぐに良くなる」
 膨らんだペニスからは先走りが垂れて、さらに滑りがよくなる。素早く筒状にした手を動かすと、ひくひく震える太腿が視界に入った。
 おもむろに右手をずらして、尻のあわいに指先を這わす。排泄器のあたりに湿った人差し指を宛てがうと、何を思ったのか、スザクは突然飛び起きた。
「な、何しようとしてるんだ、君は!」
「何って」
 顔を赤らめてスザクはそう叫んだ。

 このときルルーシュはてっきり、スザクが男同士の性交のやり方を知らないだけだと思っていた。だから突然あまつさえ肛門を触られて、しかもそこに指を入れられようとするのだから、それを知らない者からしたら怒るのも無理はないだろう。
 可愛い奴め、と思った。知らないなら教えてやるのみだ。肛門に人差し指を入れて第二関節あたり、腹側の部分にざらついた箇所がある。そこは前立腺といって、刺激すると性感を得ることができるというのだ。ルルーシュは実践したことがないから知識でしか知らないが、世の男性カップルが肛門性交を行うのはそういう性感帯があるからだろう。
「君は”こっち側”だろう」
「なっ……!?」
 今度は床でなく、脇にあったベッドに体を沈められた。ついでに手に持っていたローションボトルも奪われてしまって、目を白黒させて驚くのはルルーシュの番だ。
「何を言ってる。俺が抱く側だろうが」
「僕のほうが抱くんじゃないの?」
「は?」
「えっ?」
 さもそれが当然であるかのように、スザクは主張する。が、それはルルーシュも同じことだ。二人は疑問符を飛ばしながら、え? え? としきりに声を出した。

 ルルーシュはこの日のために、あらゆる準備を行ってきた。デートプランをいちから組み立て、評判の店を予約し、コースの下調べも入念にしたのだ。全てはスザクとの関係で主導権を握るためである。
 事実今日一日、スザクは殆どルルーシュ任せといった調子で、ルルーシュがデートをリードし続けた。夜に部屋へ来るよう誘ったのもルルーシュだ。部屋に置くのも憚られるようなアダルトグッズもルルーシュが揃えた。これはどう考えても自分がリードする側であろうと、そう信じて疑わなかった。

「おまっ、何し、て!」
「ローションってどうやって使うんだろう。こう?」
 下着を抜き去られ、剥き出しになった下半身に向かって、ボトルを逆さに向ける。とろりと垂れたローションはびちゃびちゃと陰部を濡らして、あまりの液体の冷たさに体がぶるりと震えた。
「んっ、ん!」
 粘液だらけの性器をやわやわと握られると、腰に突き抜けるような快楽が押し寄せる。臀部に伝う液体の冷たさにすら感じてしまいそうで、知らず知らずのうちに体は火照ってゆく。ぐちゅぐちゅとはしたない音が室内に反響して、鼓膜ごと犯されるような気分だ。

 靄がかった思考の最中、ある一点に触れられた瞬間、ルルーシュは反射的に身構えて上半身を起こした。そこは先ほどルルーシュが触れようとした場所で、今度はスザクにやわやわと周辺を揉まれている。
「だから俺がそっち側だと言ってるだろ! どこ触ってる!」
「往生際が悪いよ、ルルーシュ」
「勘違いするな」
「それはこっちの台詞だ」
 二人は全裸のままベッドの上でいがみ合った。傍から見ればたちの悪い痴話喧嘩にしか見えないだろう。しかしこれはこれからの性生活を決定づける、重要なことなのだ。
「あまり力づくでしたくないんだけど」
「え、あっ!」
 その瞬間視界が反転して、体を雁字搦めにされた。うつ伏せにシーツの上へ転がされたと思って起き上がろうとした寸前、背中に重たい何かがのしかかって来る。
 物理的な力で押されたら、ルルーシュに勝ち目はない。だからその時のムードや勢いで押して、スザクを抱こうとしたのがルルーシュの作戦であった。その作戦はあえなく失敗し、なおかつ今はこうして抱きたい恋人に形勢逆転を許しているわけだ。
「このっ、おい! 離せスザク!」
「やだよ」
 どこか拗ねたような声と同時に耳裏を舐められる。背中がびくついてしまって、そんなルルーシュの素直な反応を見て背後の男は機嫌よく笑った。
「別に僕も無理やりしたいわけじゃないから一応聞くけどさ」
 体に覆い被さって拘束しているくせに、これのどこが無理やりしたいわけじゃない、だ。ルルーシュは聞いて呆れたが、黙ってスザクの好きに喋らせた。この状況ではどう足掻いても不利に変わりはないのだ。
「なんでそこまでして僕を抱きたいわけ?」
「……お前は可愛いし、喘がせたい」
「そ、そう……」
 スザクは妙に照れたような声を出して、素っ気なく相槌を打つ。自分から聞いてきたくせに照れるなよ、と答えたほうのルルーシュまでなんだか恥ずかしくなる。
「じゃあ逆に聞くけど、お前は?」
 照れくささの余韻を残しつつ、ルルーシュも試しに尋ねてみた。返答次第では気が変わる可能性も、限りなく低いが、なきにしもあらずだ。
「そうだな……。今は、泣きながら僕の言いなりになるルルーシュを見てみたい気分」
「……は?」
「だから頑張ろうね」

 ねっ、と上擦る声の可愛らしさとは裏腹に、直前の発言内容のおぞましさに、ルルーシュは思わず硬直した。そんな気分があって溜まるか、と焦燥感に似た怒りが湧く。腹の奥がぞわぞわとして落ち着かない。これは興奮とかそういった類でなく、悪寒だ。

 嫌な予感がしてこっそり体をずらそうとすれば目敏い男にあっさり見つかって、腰を鷲掴みにされる。冗談じゃないとしきりに首を振るが、スザクは気にしたふうもない。それどころか湿った指先を、まだ何も教え込まれていない無知な窄まりに埋め込んだのだ。
「っく、う、うう」
 ひりついて、体が裂けるような心地がして、ひたすら痛い。ルルーシュのそのような反応を見たスザクは直接ローションを注ぎ足して、乾いた穴を泥濘に変えてゆく。
「ルルーシュのことだから知ってるんだろう。男性はお尻のどのあたりが気持ちよくなれるの?」
「だっ、黙れ……」
「じゃあ探してみるよ」
「うぐ、うっ、あ」
 ぬるぬると中を出入りする指は壁の内側をしきりに擦って、突いて、押し込んだ。痛みはだいぶマシだがそれよりも内臓を直接触られている、という違和感と圧迫感が圧倒的に強い。
 こんな調子で本当に性交など、出来るのだろうか。それは途方もなく長い道のりのように思えて、気が遠くなる。丹念に内部を探る指の本数はいつの間にか二本に増やされていて、それでもルルーシュは肛門で快楽を得るに至っていない。
「どこだろう。それとも初めてだから鈍いとか」
「んん、ん……」
 しきりに注ぎ足される粘液のおかげで滑りだけは良く、内部の指もぬちぬちと無遠慮に這い回るほどだ。
 三本の指が出入りする頃には穴は最初に比べて随分緩んでいて、隙間から入った空気が摩擦でくぽくぽ、と間抜けな音が鳴るくらいである。それでもまだいまひとつ快楽を得られないのは多分、スザクの指が例の箇所を突いてこないせいだろうか。
「人差し指の、第二関節……」
「え?」
「腹の下、に、ざらついたところが」
「ええっと、ここ?」
 スザクの中指がそこを思いきり押し潰した瞬間、ルルーシュの体が不自然なほど脈打った。
「わ、すごい」
「だっだめ、駄目だスザク、これ、よくない」
 シーツをくしゃりと指で掻いて、ルルーシュは懇願した。そこは触らないでくれ。おかしくなりそうだ。体に良くない気がする。嫌だ、やめてくれ。
「え、でも……」
「ンっ、ん! あん、やだっ、やだ!」
「気持ちいいんだよね?」
「ちが、これ! これっ、へんだ、やっあ、アっ」
 前立腺で快楽を享受している事実を、ルルーシュは否定する。体がおかしくなって、麻痺しているだけだ。そう主張するも、体内を探る指の動きは緩まることがない。
「は、あう、ふあっん、ンっあ、あん!」
「どこが違うんだ。こんなにも乱れておいて」
「だ、って、やぁ、やら、あ! うあっン!」
「ルルーシュ、泣いてる?」
 容赦なく前立腺を擦られ、体を、眠っていた性感を、本人ですら気がつかなかった本性を暴かれる。恐ろしいほど甘美で、溺れそうになるのだ。これ以上は自分が自分じゃなくなってしまうような心地になる。
「な、泣いてなんか、う……」
「……泣くのはまだ早いと思うよ」
 指が抜き去られ、ひくつく穴の入り口に別の熱がゆったり宛てがわれる。指とは比べ物にならない質量を感じて、思わず背中が恐怖で震えた。
「もう二度と、抱く側になりたいなんて言わなくなるくらい、気持ち良くさせてあげよっか」
 背後から耳に注がれた声は低く、吐息は火傷するほど熱い。
「……なんてね。あはは」
「声が笑ってないぞ」
「まさか、冗談」
 ちらりと首を動かして背後に視線を配った。が、ルルーシュはこの直後、ひどく後悔することになる。
 焚き付けられた情欲の炎はぎらぎらと燃え盛り、スザクの瞳を染めていた。ごっそりと表情が抜け落ち、瞳だけを光らせた男の恐ろしさと言ったら、筆舌に尽くし難い。よくそんな据わった目で冗談などと言えたものだ。今のスザクはどう見ても、有言実行する気だ。
 入れるね、と囁かれた声が聞こえるまでが、ルルーシュがなんとか理性と自我を保てた時間だ。それからはもうなし崩しで、天地がひっくり返ったような混乱と快楽に叩き込まれる羽目となる。


 こんこん、と奥を叩くように腰を揺すられるとどうにも制御できないほどの嬌声と、溢れる快感で思考が滅茶苦茶になる。幾度となく注がれ続けた快楽はとっくにキャパを超えてて、なのに彼はそれを見越して体中余すことなく触れて、刺激して、揺すってくるから、にっちもさっちもいかない。
「ルルーシュ、まだ僕のこと抱きたいって思う?」
「っえ、なに……っ?」
「お尻使うほうが、ルルーシュは気持ち良いよねっていう話」
「う、あ……んっ、いい、きもち」
 気持ちいい。そう口にするだけで体も条件反射のようにぴくぴくと震えて、じんわりと腹の中が熱くなる。
「んっ、僕も、すごくきもちい、はあ」
「あっ、あ……あ、声、やめ」
 耳元で直接、呻き声のような甘い喘ぎを聞かされる。それだけで体は火照りだして、坂を駆け上がるようにばくばくと心臓は高鳴る。波打つシーツを掻き抱いて、軽い絶頂に達しかける体をなんとか抑え込む。
「今、いってた?」
「我慢、してた」
「そっか。偉いね」
 優しい声と同時に汗ばんだ背中を撫でられる。彼は褒めているつもりだろうが、どこもかしこも敏感でぐずぐずになった体には、そんな刺激でさえ毒と変わらない。

 いかないように、出来るだけ我慢してみて。
 スザクから放たれた命令に、理由も目的も聞き返すことなく、ルルーシュは二つ返事でそれを受け入れ、未だに守っている。
 理不尽な命令や言いつけを毛嫌いする普段のルルーシュだったら、とっくに突っぱねているだろう。しかし今は底なしの快楽に頭も体も馬鹿になっている。泣きながら言いなりになるルルーシュを見てみたい、というスザクの歪んだ願望はまさに、ルルーシュですら気づかぬうちに叶えられたのである。
「う、動くな、やめ、やっあ、う」
「僕の言ったこと、守って」
「んっ、ん……う、うう……!」
 暴発寸前の体をなんとか諌めて、ルルーシュはシーツを噛んだ。中をずりずりと焦れったく動く杭はもどかしく熱を与え、じわりじわりルルーシュを追い詰めてゆく。いっそのこと、思いきり奥を突かれて擦られたい。そんな願望が次第に頭を埋め尽くしていくのに、そう時間はかからなかった。
「……ルルーシュ?」
「だって、いきそ、むり、やっ……!」
 ルルーシュは自ら股間に手を差し伸べ、性器の根本を指で括るようにして握った。射精さえしなければいい。そんな短絡的な考えのもと、無意識のうちに行動が先行した。
「どうされたい?」
「も、少し、乱暴に、されたい」
「……ん。いいよ」
 一際低い声で彼が頷く。腰に直接響く声音は体に悪い。
 ぬかるんだ体内に長らく埋まっていた肉棒が、今度はずるずると抜けてゆく。一体何をされるんだと、不安と期待で胸がざわめく。

 いかなければいい。つまり射精さえしなければいい。ルルーシュはそれだけを考えて、自らの性器の根本を握って戒めた。
 しかしそれはルルーシュの甘い、先見性の浅い考えだった。男には射精せずして達することもあるというのを、このときはまだ知らなかった。

 抜けてゆく肉棒がぴたりと動きを止めたのは、穴の縁にまで先端が出かかったときだ。全て抜き終わる寸前で静止したかと思うと、頭上からはふう、と重い溜め息が吹きかけられる。
「これからどうなると思う?」
「どう、って」
 意味深な言葉とともに、嫌な予感が脳裏をよぎる。前立腺を圧迫していた一物がなくなって、妙にクリアになり始めた頭はこういうときに限ってよく回転する。
 少し乱暴にされたいとは、この口で言った。でもだからって、気がおかしくなるほど滅茶苦茶にされることはないだろうと、どこか楽観的に構えていた。その甘さが命取りなのである。
「いくの、我慢して」
「待っ、待ってくれ、やっぱりさっきのは、」
「……もう遅いよ」

 俄に体を捩らせるルルーシュの動きを抑え込んで、スザクは嘲るように囁いた。
「……っ、っあ、ああ……!」
「っく、う、はあ、は……」
 一息で、一瞬のうちで肉棒を全て押し込んだ男は、目の前にある白い背中に額を擦りつけて、荒い息を整えるのに躍起だ。痙攣が収まらず我を失っているルルーシュの様子など、気づく余裕もない。
「すっ、ごい、中……」
「あっ、あ……あ、は……」
 微かな吐息だけ漏らして、ルルーシュはくたりと上半身の力を抜いた。力が入らなくなって自然と抜けた、と言うほうが正しいか。閉まらない口からは粘度の高い唾液がとろりと溢れて、シーツに広がる。
「あー、すご……、んっ、ふう」
 ルルーシュの腰を抱え上げてスザクが揺すり始めると、壊れた玩具のようにルルーシュの体は跳ね上がって、休む間もなく悲鳴のような嬌声を漏らす。
「ひっ、あ、あっあぁ、ひ、やめ、んあっや、や」
「いってる?」
「いっ、てる、んアっひ、ひっ! いってる、からっ! 」
 ふうん、と間延びした相槌を打ったスザクは、おもむろにルルーシュの性器に触れようとする。
「い、ってる、あっ、やだあ、ひうっあ、うぁ、あん!」
 そこはまだ熱く硬いままで、吐精した跡はないのだ。スザクから直接触られる感触にルルーシュは再び喘ぐしか、ろくな抵抗方法はない。だから触らないでくれ、と必死に哀願し続けた。そうするとようやくスザクも事情を理解したのか、そこから手を離した。
「射精せずに、いけるんだ……」
 どこか神妙な声で、スザクは震える背中を撫で上げる。それだけで達してしまう体だから、もうやめてくれ、と泣きながらシーツに縋って叫んだ。
「うん。そうしてあげたいけど、僕まだ、いけてなくて」
「ん、っアあ! うあっん、んっン、ん! な、なんでっ、やだ、あ!」
「も、もう、少しだけ。ねえ、お願い」
「やらっ、ア、っんぁア、ひゃう、ンうう、あ! っんンぁ、あん」
 必死の抗議も喘ぎ声に混ざってしまえば聞き取られず、ないも同然だ。ルルーシュの懸命な抵抗も虚しく、スザクの腰の動きに合わせて無様にひんひんと泣き叫ぶ他、残された道はなかった。



 ぐったりと力の入らない体は鉛のように重く、何もしたくないし考えられない。このまま眠ってしまおうかと思ったが、甲斐甲斐しく身の回りの世話をする男の様子が滑稽なので、敢えて起きていることにした。
「水、飲める?」
 彼はキャップが空いたボトルを差し出してくるが、どうにも無理な体勢で手酷く抱かれたせいか、腕一つ持ち上がらない。ただ単に自分の体が貧弱過ぎるせいかもしれないが、推測はしないでおく。
「よい、しょ」
 背中に腕を差し入れられ、上体だけを起こされる。まるで介護だ。スザクは苦々しい表情を浮かべながら、もう一方の手にあるボトルの口を、ルルーシュの唇に宛てがう。
 なんとなく察して、ルルーシュは唇を薄く開く。するとボトルが傾けられ、中身の水が口内に注がれる。
「……う」
「あ、ごめん……」
 閉まりきらない唇の端からは飲みきれなかった水が溢れて、つうと顎を伝う。飲み零した液体を指で拭われて、もっと要る? と聞かれた。首を緩く横に振るとそっか、と言葉を零して、スザクはキャップを閉めたボトルをテーブルに置いた。

 シーツに横たわるルルーシュの隣に、スザクも寄り添うようにして寝そべる。汗でぺったりと額に張り付いた前髪を、まるで繊細なものを扱うように梳いてみせた。
 つい先刻までこの体を苛烈に手酷く、無茶苦茶に抱いてたくせに。ルルーシュは僅かに眉間を寄せながらスザクの仕草を見つめた。目が合うと、彼はやはり申し訳なさそうに眉を垂れさせる。
「ルルーシュはこういうこと、あまり好きじゃないと思ってたから。無理やり手を出すのも、したくないし」
 涙の跡が幾重にも伝っていた頬は、今はもう何も残っていない。少し腫れた目元を男は親指でなぞって、苦しそうに笑う。
「だから嬉しくて、期待したんだ。まさか君の方から乗り気で、しかも脱がせてくれるなんてさ。積極的なのが意外で、可愛くて」
「……ふん」
 ルルーシュはスザクのやり方にもだが、底無しの体力と持続力にもほとほと呆れていた。こちらはもう体の中は空っぽで何も出ないというのに、この男はまだ足りない、もう一回と駄々をこねて言うことを聞かない。
 だからもしルルーシュが抱く側だったとしても多分、結果は似たようなものだろう。まだ足りないとせがむ彼の下敷きにされ、骨の髄まで搾り取られる様が現実のことのように想像できる。
「だからまた、僕と」
「もうしない」
「えっ!?」
 スザクは途端に青ざめてルルーシュの体に縋り付く。この泣き出しそうな顔を一瞬でも可愛いと思ったら、その瞬間負けだ。この上っ面の下には彼のおぞましい、凶暴な本性が隠れている。その真実をルルーシュはつい先ほど、身をもって知らされた。
「今度は加減するし、優しくする。約束する」
 スザクは真っ直ぐな眼差しでルルーシュの顔を見つめた。そして力の入らない手を取って、彼は指先に唇を押し付けた。
「誓うよ」
「……馬鹿」
 握られた手を解いて、スザクの頬を撫でた。
 そう簡単に約束とか誓いだとか、するもんじゃない。それは相手が自分にとって大事な人であればあるほど、時には重い枷にもなる。だから簡単に言ってはいけないのだ。それは結果的に自分のためにもなるし相手のためでもある。
「僕は馬鹿だから」
「……でも、しばらくはしない」
「え、なんで!?」
 なんでもどうもない。定期的にこの男に精力を根こそぎ奪われていたら、日常生活もままならなくなりそうだからだ。
「やっぱり僕を、抱きたいと……?」
「さあ、どうだろうな」
 ええ、と驚く顔をする男の無様な様相を見ていると、あれだけ溜まっていた鬱憤も溜飲も不思議と下がるのはなぜだろう。馬鹿馬鹿しくて滑稽で付き合ってられなくて、でも憎めなくて、愛しい。恐らく彼に抱くそれらの感情が全ての答えなのだ。
 そんな表情も可愛いな、と満更でもない感想を抱きながら、ルルーシュは自身の中で芽生えたもうひとつの”欲”に気づかぬふりをした。