喧嘩両成敗

 もうお前のことなんか知るか! と彼は怒鳴って部屋を飛び出した。
 ここで己に少しでも理性が残っていれば、まあそんなこと言わずに、と宥めることもできただろうか。あるいは、せめて家の前まで送っていくよ、と見送ることもできたかもしれない。スザクは今さら、自分の取った浅はかな行動を悔いていた。

 今回は十割、いや九割はルルーシュのほうが悪かったと、スザクは回想する。
 発端は、今週末にでも何か美味しいものを食べに行こうよと、スザクがルルーシュを誘ったことだ。それに対し彼は、お前に任せるとまたファーストフードになる、と悪態をついた。これは彼の悪い癖だ。本当は誘ってもらえて嬉しいくせに、照れ隠しで意地悪を言うのだ。
 ルルーシュとの長い付き合いで、スザクはそんな彼の捻くれた性格も熟知していた。彼の悪態にいちいち腹を立てることもしないし、むしろ可愛げがある。
 ――君だって、肉の上にパイナップルが乗ってる店とかに連れて行くじゃないか。
 それはルルーシュからの悪態に対する些細な仕返しだ。
 肉の上に乗せられたパイナップルは、果肉の酸味と甘味で肉を柔らかく、美味しくしてくれる作用があるらしい。だかスザクはどうしても、肉汁とソースにまみれたパイナップルの味が苦手で、食べることができなかった。その出来事を目の前に居たルルーシュに散々からかわれて、馬鹿にされたことも要因している。普段から体に悪いものばかり食べて、味覚までおかしくなったんだろう、なんて言われたことも思い出した。
 リアルタイムでは何とも思わなかったことも、思い返せばだんだんむかっ腹が立ってくる。この時のスザクはまさに、そんな心理だった。
 ――俺の勧めた店の料理が、馬鹿舌に合わなかっただけだろ。
 ルルーシュの自意識過剰さや自信家な性格は元来のものだ。一体その自信はどこから沸いてくるんだという呆れも去ることながら、馬鹿舌と罵られたことはスザクも黙っちゃいられない。
 ――自分の趣味が悪かった、って可能性にも思い至らないなんて、さすがだよ。
 ここからは売り言葉に買い言葉、悪口と皮肉の応酬である。詳細は割愛するが、このあと二人は数十分間ひたすら幼稚な言い争いを続けた。両者とも、自分自身に過失はなく、あちらが全面的に悪いんだという主張を一点張りにしながら。

 そうして口論が白熱していった結果、飛び出していったのはルルーシュだった。ここはスザクの部屋で、ルルーシュは招かれた側だったからだ。
 今度こそお前とはもう別れる、と怒鳴って、彼は部屋を後にした。去り際に見えた彼の瞳はうっすらと涙が滲んでいた。恋人を泣かせる男は世界一最低で、格好悪い。一緒に居てもルルーシュを泣かせるくらいなら、別れたほうがマシなんじゃないか。スザクは開けっ放しになった扉の向こうを眺めながら、そんなことを考えていた。

 またやってしまった。
 スザクとルルーシュが怒鳴り合いの喧嘩をして、別れ話にまでもつれ込むのはこれが初めてではない。むしろ日常茶飯事だ。最後に喧嘩したのは確か数週間前、その前は数ヶ月前、と指折り数えられる程度には喧嘩が絶えない。
 ここまで喧嘩をしてしまうなら、もういっそ本当に別れてしまったほうが良いんじゃないか。スザクもルルーシュも同じことを何度も考えたが、結局数日経ったらどちらからともなく連絡を取って、謝って、よりを戻してしまう。
 好きな相手だから自分のことを分かってほしい。好きな相手だから相手のことをもっと知りたい。そんないじらしい感情がぶつかり合って、口論に発展する。相手の発言にいちいち感情的になってしまうのは愛ゆえだ。大切にしたいのに大切にできないのは、相手に自分を見てほしいからだ。
 スザクもルルーシュもそのことに気付き始めてはいたが、それでも喧嘩は絶えなかった。もっと愛されたい。幼稚な言い方をすれば、相手の気を引きたい、振り向かせたい、心配されたい、構ってもらいたい。そういった欲求が要因なのかもしれない。


 またあんたら喧嘩してんの? と呆れられるのも、これが初めてではない。
 昼休みに一人で弁当を食べているスザクの姿を見て、ずけずけと話しかけてきたのはカレンだ。いつもルルーシュと昼食を摂っているのに、今日は珍しくスザク一人なのを察したのだろう。喧嘩中は一緒に過ごさない、というのを徹底的に貫くルルーシュは朝からスザクの元へ近寄ろうとしなかった。そんなあからさまな態度の変化が、逆に周囲へ喧嘩中だと喧伝していることに、ルルーシュはまだ気がついていない。
「昨日から、ちょっとね」
「あんたらも飽きないのね」
 紙パック飲料をストローで飲みながら、カレンはスザクの向かい側に座った。そこはいつもルルーシュが昼休みに座る席で、今日は誰も居ない。

 初対面だった始業式では大人しそうな、おっとりした印象だった。伏せがちな目とストレートのミディアムヘアーは今でも思い出せる。教室の前でよろしくお願いします、と自己紹介した時の声の小ささは、今では笑い話だ。
 緋色のストレートをワックスで持ち上げ、大きな吊り目で教室を見渡すカレンの様相に、誰もが驚いた。始業式の翌日から、彼女はイメチェンとばかりに容姿を変えてきたのだ。しかし彼女いわく、始業式のあれは演技で今が素であるらしい。最初は大人しく病弱な設定にしようかと思ったが、元来の快活でガサツな性格を抑えられなかったから、だそうだ。始業式のおっとりしたカレンより、今のカレンのほうがよっぽど親しみやすくて、スザクは好きだった。
「早く仲直りしなよ。私が代わりにメール打ってあげようか」
 そしてカレンはスザクとルルーシュが付き合っていることを知っている、唯一の人物だ。二人に何かあったと察すれば、ニヤニヤとしながら尋ねてくるからこの上なく厄介である。
「自分でちゃんと電話するから、カレンはいいって」
「そんなこと言ってたら、いつ仲直りすんのよ」
 彼女の発言はスザクの痛いところを的確に突いた。紛れもなく図星である。
 カレンはスザクの動揺を突き、スマートフォンを取り上げた。彼女が素早い手さばきでメール画面を立ち上げようとするから、スザクも声を上げて立ち上がった。カレンのメール送信を阻止するべく、スザクが彼女の手元を掴み、スマートフォンを取り返そうとする。二人はちょっとした取っ組み合いに発展しようとした、その時だ。

「何やってるんだ、お前ら」
「ルルーシュ…」
「ちょっとスザク、ほら、あいつに謝んなさいよ」
 スザクとカレンの力が拮抗する中、そう声をかけたのはルルーシュであった。カレンはとうとうお出ましだ、と言わんばかりにスザクの背を叩いた。せっかく本人が居るんだから謝って仲直りしてしまえ、という彼女の魂胆が透けて見える。
 カレンとスザクの掴み合っている手をちらりと見遣ったルルーシュは、ふんと鼻で笑った。
「仲が良いのは悪いことじゃないしな」
 ルルーシュはそう呟いて、スザクとカレンに背を向けて立ち去ってしまった。どこか自虐的な声音と表情が、スザクは気になった。
 喧嘩中にルルーシュからスザクに絡んでくることは滅多にない。珍しいこともあるんだな、と楽観的に捉えていたスザクに、カレンは顔色を悪くして話しかけた。
「もしかして、変な誤解されてない?」
 未だスザクに握られたままの手首を見遣った彼女は困惑していた。スザクに手首を掴まれていたことではない。それを見たルルーシュがあらぬ誤解を抱いたかもしれない、という懸念だ。
 スザクも未だ彼女に握られている手首を見遣って、これは面倒なことになりそうだと、心中で頭を抱えた。

 その日の放課後のことである。
 生徒会活動(という名の雑談)も終わり、スザクは部屋に戻ってから、何度もメールの入力画面を開いては閉じていた。宛てるのはもちろんルルーシュへ、だ。
 "あの時は僕も言い過ぎた。ごめん。仲直りしよう。"
 "昼間のは、カレンにスマホを取られそうになったから、取っ組み合いになっちゃっただけ。"
 "このメール見たら、電話してくれないかな。"
 スザクはここまで文章を打って、メールを破棄した。もしメールを見た彼が既に愛想を尽かしていたら。電話どころか返信もくれず、無視をされてしまったら。そう思うとスザクは送信ボタンへ翳す指を躊躇ってしまう。
 好きと伝えた回数より、怒鳴り合って喧嘩した回数のほうがよっぽど多いかもしれない。これじゃあ恋人失格だな、と自虐的になりながら、スザクはスマートフォンの電源を切った。


 なんか大変なことになってるけど! と大声で叫びながら視界に入ってきたのは、またしてもカレンだった。ルルーシュと仲直りできていないスザクは今日も、一人で昼食を摂っていた。
 パンくずを零しながら早口で何かを捲し立てる彼女の、滑稽な様子のほうが気になって内容がちっとも頭に入らない。とりあえず落ち着いて、口の中の物をなくしてから話そう、とスザクが彼女に助言を入れた。
「中庭見てきなって! ルルーシュがさ、ルルーシュが!」
 核心を言わないカレンの発言に眉を顰めながら、半ば彼女に引きづられるようにしてスザクは教室を出た。昨日の今日でカレンと一緒に居るのはあまり良くないだろう。ルルーシュにまた目撃されたら、どんな弁解も彼の饒舌さの前では役に立たなくなる。

 建物の影に身を潜ませながら、カレンの言う中庭に目を配らせた。中腰になりながら、目の前にいる彼女と小声で言葉少なに会話をする。どうしてこんなコソコソとしなくてはならないんだと半ば自棄になりつつ、スザクはカレンの言うとおりルルーシュの姿を探した。
 昼休み時の中庭は学年学部関係なく、多くの生徒が利用する憩いの場である。花壇には園芸部自慢の四季折々の花が植えられ、目を楽しませる。そんな和やかな場所に、二人は見知った人影を見つけた。
「ほらあそこ! 隣に居るでしょ、知らない女!」
「うわ、本当だ」
 真っ白のペンキで塗られたベンチにはルルーシュと、その隣に見覚えのない女子生徒が一人。ルルーシュは朗らかな笑顔を口元に湛えながら、何かを話していた。それに相槌を打つ女子生徒は笑ったり、時折頬まで染めて、うっとりとルルーシュを見つめている。ルルーシュはそんな彼女の手を握ったり、頭を撫でたり、頬に触れているのだ。紛れもなく、これは浮気現場と言える。
「なんかあからさま過ぎない?」
「うん、これは多分…」
 ルルーシュは自分を偽り、嘘をつき、人心掌握に長けている男だ。楽しくなくても楽しそうに笑い、好きでもない女を慈しみ、時間を共有する。どうしてルルーシュが気の進まないことをわざわざするのか。そう問おうものなら、スザクが出せる答えはひとつだ。
「昨日の当て付けだろうね…」
「あー、やっぱり?」
 カレンはルルーシュとスザクのいざこざをさらに悪化させてしまった、と申し訳なさそうにした。しかしスザクだって、関係のないカレンを巻き込んでしまい、申し訳なく思う。二人は行き場のない感情を、溜息に乗せて吐き出した。
「あんな男と渡り歩けるあんたも、あんただけどね」
 カレンは背後の男を見遣って、呆れ混じりにそう呟いた。


 ルルーシュは元来負けず嫌いだ。スザクも人のことを言えないが、張り合えるくらい両者のその性質は拮抗していた。
 スザクが他の女と仲良くするなら、俺だってそうしてもらう。ルルーシュの心中はきっとそうだ。だからルルーシュはあからさまに、女子生徒と公衆の面前でつるむし、毎日女子を取っ替え引っ替えまでするようになった。付き合う気もなければ好きでもないし、それどころか興味もないくせに、ルルーシュは女子を口車に乗せて楽しんでいる。人の心を弄ぶことを生業とする詐欺師みたいだ。

「ねえ、あれいいの?」
 ここのところ、カレンは休み時間になれば必ずと言っていいほどスザクの元へ訪れていた。もちろん両者間に色恋の気配も予兆も一切ない。
 カレンがあれ、と言いながら指差したのは廊下だ。否、廊下の先に居るルルーシュと、その周囲を取り囲むように並び立つ女子たちを、彼女は指差した。
 ルルーシュは周囲に立つ女子たちに何やら言葉をかけている。唇の動きだけでは言葉まで読み取れないが、どうせ心にもない世辞だろう。彼の言葉を聞き入れた彼女らは色めき立ち、きゃあきゃあと黄色い声を上げた。
「いいわけないだろ」
 スザクは嫉妬もしたが、それ以上に、女性を誑かすルルーシュの軽率な行動が許せなかった。自分のことを好きだと言ってくれる人に有難うと伝えることはあれど、ストレスの発散や見せびらかしに利用するのは以ての外だ。女性たちは真剣に、ルルーシュのことを好いていてくれている。人の純粋な気持ちを悪用することは最低だと、スザクは思った。
「なら止めてやりなよ彼氏」
「へ? あ、え?」
 カレンはそう言うなり立ち上がって、スザクの腕を引っ張った。考えるより先に体が動く性質なのはスザクと似通っているが、行動の先と目的が読めない分、彼女のほうがたちが悪い。

「お楽しみなところ悪いけど、ちょっとルルーシュ、あんた!」
 スザクの腕を引いたカレンは、あろうことか廊下に居るルルーシュに声を掛けてしまったのだ。威勢の良すぎる彼女に反し、その背後に居るスザクは顔を青くした。
「スザクが話あるって」
「ふうん」
 カレンの肩越しに冷ややかな視線を送るルルーシュは、いっそ恐ろしい。
 話すと言っても、ここで話していい内容かも分からない。話したいことが山ほどあり過ぎて、どう切り出せば良いか分からない。理路整然としない思考を、スザクは必死に抑え込もうと努力した。
「すまない、野暮用だ」
「えーっ、そんなあ」
「週末は映画、一緒に行きましょうね先輩」
「次は私とも遊んでくださいねー?」
 彼女たちは名残惜しそうにルルーシュの元から去っていった。それを見届け手を振るルルーシュもにこやかで、どうかしている。

「で、話って?」
 廊下の壁に凭れ掛かるようにして立つルルーシュは、至極面倒くさそうにスザクと向き合った。
「何なんだ、あれ」
「あれ? 女のことか?」
 ルルーシュは自らの元から去っていった女子生徒たちの背中を見遣った。
「お前より可愛げがあって、素直で扱いやすい」
「本気で言ってる?」
「さあ、どうだろうな」
 ルルーシュはつまらなさそうな表情をしながら、スザクの前を通り過ぎた。何食わぬ顔をして教室へ戻ってしまうと、もう引き止める手立てはなかった。


 数日後、もう別れようか、と突然切り出してきたのはルルーシュだ。いつだって彼の言い出すことは唐突で突拍子もなく、いつもスザクを振り回して翻弄する。
 放課後の教室でスザクは一人、学級日誌を書いていた。今日はたまたま日直で、日誌を書くことをすっかり失念していた。慌てて一日の授業内容を振り返りながらページの空白を埋めているところへ、彼が教室へやってきたのだ。
 カーテンを通して差し込む夕日を背に、相変わらず佇むだけで絵になる男だと思った。浮かない表情をしてスザクと向き合う彼の顔は、もういつぶりに見たのか思い出せない。
「もう別れようか」
「え」
 茜さす放課後の教室に二人きり、というベタなシチュエーションだ。にも関わらずここで別れ話を切り出すあたり、ルルーシュの色恋沙汰に対する疎さはスザクの想像を超える。
「お前も俺に愛想尽きただろ、最近はカレンと仲も良さそうで」
「ちょっと、何言ってるんだ」
 スザクは思わず席から立ち上がってかぶりを振った。
「あれは関係ないって…」
「それに俺も、俺のことが好きだと言ってくれる人が好きだ」
 ルルーシュがちらりとスザクの瞳を見た。冷ややかな紫が戸惑い、迷子のように揺れていた。

 その言葉はここ最近、ルルーシュがつるんでいる女子生徒たちのことを指しているのだろう。彼女らはルルーシュの気を少しでも引こうとアピールするし、彼のことを褒め称え、愛を囁く。それらに下心は多少あれど、好きという気持ちに嘘偽りはない。だから彼もその気持ちを無下にできず、できる範囲で彼女らに応えてやったのだろうか。
 ルルーシュは優しい。優しさが過ぎて、たまに自分が損するようなことでも、自ら身を投じてしまうことがある。そういう危なっかしいところが好きだ。守ってあげたらいいなとも思う。それはスザクの烏滸がましさか、愛なのかはまだ分からない。
「僕も好きだよ」
 喧嘩して怒鳴りあった回数より、好きだと伝えた回数のほうが少ない気がしていた。
ルルーシュの目が瞬いて、赤らんだ頬がよく目立った。普段は皮肉屋で天邪鬼で意地悪なくせに、真正面から好意を伝えられることに未だ恥じらいを見せる。いい加減免疫をつければいいのにと思う反面、このまま初心でいじらしい彼で居てほしいとも思う。


「だからって、なんでついてくるんだ」
「君と仲直りしたいから」
 生ぬるい雰囲気が漂う二人を、夕日は照らしていた。足元に伸びた長い影は離れたり近づいたり、まるで二人の心の距離を示しているようだ。
 教室を出たスザクとルルーシュは廊下を通り、階段を下り、靴箱で靴を履き替え、学園を出た。そんな中ルルーシュの後ろを、スザクはまるで従者かペットのようについて歩いていた。彼はとうとう我慢ならず、後ろを振り返った。
「俺も悪かったし、変な勘違いをしてすまなかったとさっき、」
「そういうんじゃなくて、ちゃんと話し合おうよ」
 スザクはルルーシュの言葉を遮ってそう述べた。
 有無を言わさぬその語気に怯んだルルーシュの負けだ。彼は渋々といった調子で、どこか機嫌の良いスザクをクラブハウス横にある屋敷に招いた。


 くちゅ、と聞くに堪えない粘着質な音は、性欲を掻き立てる材料にしかならない。狭い穴を使って出し入れするたび、彼は細い腰をくねらせて啼いた。湿った部屋は二人分の吐息と精液の臭いが充満している。首元に鼻を埋めると、汗の臭いが鼻孔を満たした。
 消え入りそうな声でルルーシュが何かを話そうとするたび、スザクは彼の口元に耳を寄せた。どうしたの? と優しく問いかけると、彼は泣きじゃくりながらうわ言を漏らした。
「話し合い、って、言った、のに」
「うん。いくつか聞きたいこと、あった、から」
 ルルーシュのうわ言の大半は、スザクの行動を非難するものだ。今この瞬間も、彼の瞳はスザクの行為を責めていた。しかし情欲に濡れた虹彩は今ひとつ覇気に欠け、説得力がない。スザクの胸を押し返そうとする手のひらも、今や胸板に添えられているだけだ。形だけの抵抗は性欲に屈した証でもある。
「ルルーシュ、あの女の子たちと、こういうこと、した?」
 こういうこと。
 ルルーシュはスザクの発言に目を瞬かせたが、次第に顔を赤くさせた。
「して、ない」
「なんで?」
「好きでもない奴、と、肌を、見せ合う、なんて」
 スザクと現在進行形で肌を見せ合っている彼が、そう言う。
 ルルーシュは人より少し潔癖で、パーソナルスペースが少し広くて、他人に深く踏み込まれることを嫌う。そんな性質の彼が、自分にはみっともない姿を晒し、体を明け渡してくれる。これ以上に説得力のある愛情表現はないだろうと、スザクは改めて思った。
「でも、それだけじゃないだろう」
 好きな人が異性と親しく、親密になってゆくさまは見ていて良い気がしない。それはスザクだって同じことで、ここ最近散々見せつけられていた。これはちょっとした意趣返しで、もう二度とあんなことをさせないようにするための牽制だ。
 スザクはルルーシュの体を反転させ、うつ伏せにさせた。突然変わった景色と体勢に目を白黒させる彼を他所に、柔らかく撓る背中にスザクは覆い被さる。先ほどとは角度を変えて内壁を小突けば、彼はあっという間に従順になった。
「こんな体じゃ、もう女の子を抱けない」
 耳元でそう囁やけば、後ろの穴は素直にきゅうきゅうと締め付けた。スザクの言葉を肯定するように収縮する肛門とは正反対に、ルルーシュは首を左右に振り乱す。体と心がちぐはぐなさまに、スザクは興奮が抑えられない。
 彼の体はどんな女よりも女のようで、淫ら過ぎた。きっと前だけじゃ物足りなくて、後ろが欲しくて堪らなくなるだろう。そんな体に作り変えたのは紛れもなくスザク自身であったから、ルルーシュのいやらしさは誰よりも理解している。
「久しぶり、だからかな。今日は、すっごく、締まってる」
 下品な言葉を耳に流し込めば、ルルーシュはむずがるように腰を揺らした。シーツから少し持ち上がった臀部にざりざりと陰毛を擦り付けてやれば、ルルーシュは熱い吐息を漏らす。
「オナニーは、しないの」
「し、ない」
 ルルーシュは吐き捨てるようにそう返事した。
「そういうとき、は、僕がいるから、する必要ないって、言うんだよ」
 スザクの言葉と同時に、内部の襞がぎゅうっと陰茎に絡みついた。分かりやすい反応に、持ち上がってしまう口角が抑えられない。しなやかな腰を抱えて、馬鹿の一つ覚えのように内部を抉ってやった。

「お前のそれは、嫉妬か」
 首を捻りながら背後を振り向いた彼は、スザクにそう尋ねた。
 今までろくに構ってもらえず、己が食指を伸ばしていた女に嫉妬をしていたんだろう。ルルーシュは嘲るように意地悪な顔を浮かべていた。
 これまでのスザクだったら、彼にそう言われた途端全否定か、本心にない意地悪を言っていたか、ふたつにひとつだった。どちらを選ぼうと口論に発展し、また喧嘩状態に逆戻りだ。だが今のスザクはそうせず、あえて今までとは違う切り返しをしてみた。
「ああ、嫉妬した」
 ルルーシュが瞬いて、意外そうな顔をした。
「僕もルルーシュに、優しくされて、頭を撫でられて、デートに誘われたい」
「おまえ、あ、っあ」
 彼は首から上を真っ赤に染め上げて俯いた。言っておいて照れるくらいなら、最初から言わなければいいのに。それとも彼には勝算があったのだろうかと、汗だくになった首を眺めながら思った。
「もう、別れよう、なんて、言ったら」
 細い腰を掴み上げて滅茶苦茶に揺すると、腕の中の男はひっきりなしに暴れた。ルルーシュは額をシーツに擦り付けて、もう言わないから、許して、と泣き叫んでいた。これはこれで、後になって喧嘩に発展しそうではある。しかし牽制にはなるだろうと、スザクは下半身だけで物を考えた。
「ルルーシュは僕のこと、好き?」
「ぁ、あ、すき、すきだ、あ! ん、あ、すき、っん」
「嬉しい。僕も好き」
 喧嘩して怒鳴り合う回数より、たくさん愛し合って、好きを伝える回数を増やしていこう。そう願いを込めながら、熟れた耳裏に口付けた。


 かくかくしかじか、色んなことがありまして、無事ルルーシュくんとは仲直りができました。
 頬杖をつくカレンの前で、スザクはつい昨日のことを彼女に報告した。喧嘩中の際は何かと親身に話を聞いてくれたし、巻き込んでしまったこともあった。そのお詫びにお菓子とジュースを買って、彼女に手渡したことが今朝の出来事である。
「いや、それはいいんだけどさ」
 ペットボトルの炭酸ジュースを喉に流し込む飲みっぷりは、実に男らしい。まるで水のようにするすると彼女の体内に取り込まれる液体は、確かに今朝買ったばかりの炭酸飲料だ。
「そのほっぺたの湿布は?」
「ああ、これは…」
 痛いところを突いてくる彼女に口ごもっていると、スザクの背後から男の声がした。まさしく今回の件での渦中に居た男だ。
「遅漏の絶倫男にはお似合いだと思わないか、カレン」
 声音こそ爽やかだが、言っている内容は最低だ。しかも女性相手に聞かせる内容じゃない。
「なあんだ、結局悪いのはスザクだったわけね」
「話が分かるみたいで良かったよ」
 スザクを悪者にしようとする話の流れに、異議を申し立てたのはやはりスザク本人だった。
「ルルーシュは変なこと吹聴しないで。カレンも悪乗りしない!」
「あーはいはい、お熱いようで」
 カレンは呆れながら席を離れた。スザクとルルーシュに気を遣ったようだが、そういう配慮はいらぬ世話だ。

 あれから散々ルルーシュを泣かし、下品な言葉を思いつく限り言わせた。もう陰茎からは何も出ないと縋られるまでいかせまくり、思えば強姦の一歩手前だった。すっかり肉棒に馴染んだ穴は抜く寸前、名残惜しそうに絡みついてくる。そんな体の反応にどうしても我慢ならず、再度奥をいじめようとした刹那だった。
 とうとう頬を平手で打たれ、いい加減にしろと泣かれた。真っ赤になった目尻と、吸いすぎて腫れぼったくなった唇がスザクを責めた。
 それを見て正気に戻ったスザクはルルーシュの体を労るように綺麗にし、汚れたシーツにはタオルを敷いて寝かせてやった。それがつい昨夜の出来事である。

「立派な男の勲章じゃないか。似合ってるぞ」
 腫れた頬を撫でる指は、昨夜この頬をぶった人間と同じと思えないくらい優しい。それだけで頬の痛みも罪悪感も、吹き飛ぶような気がした。