真夜中の邂逅

 人が眠っている間にみる夢というのは、その人が抱えている精神的な葛藤やストレスを映し出すことがあるという。
 例えば何かに追いかけられる夢は、現実で何かから逃げているという状況を示す。学校の課題や仕事の締め切り、原稿の納期、それは人によって様々だ。
 高い所から落ちる夢は、精神が不安定な状態を示す。失敗に対する不安、地位を失うことへの不安、自身が持てないときがそれに当てはまる。特に心が衰弱しているときは、誰だって自分に自信が持てなくもなる。そういうときに、人は高い場所から落ちる夢をよくみるらしい。
 とくにこの高い所から落ちる夢をというのは、その人が現実で抱えている不安が取り除かれるまで繰り返しみることもあるようだ。落ちている最中で飛び起きる場合なんかは、不安から逃れようとする足掻きだという。不安が克服されるまで繰り返し再生される夢というのは、読んで字のごとくまさに悪夢であろう。

 ルルーシュもここ最近、ほぼ毎晩のように繰り返される夢に悩まされていた。
 先日行われた定期考査は教師たちに目をつけられるほど悪くはなかったし、賭けチェスの戦績だって相変わらず全戦全勝といった具合だ。秋の文化祭までは生徒会主導の行事もないし、今日の放課後も生徒会室でのんびり駄弁って過ごしただけだった。
 強いて挙げるストレス源といえば、ルルーシュの住む日本に間もなく梅雨が訪れることくらいだ。暑くてじめじめして、なおかつ傘が手放せない。靴も制服も濡れるし、どうにもルルーシュはこの時期を好きになれなかった。
 日本の本州に住んでいる以上、水無月の中旬から長月の上旬にかけて訪れる雨季は避けては通れない。郷に入れば郷に従え、住めば都、という言葉もある。ルルーシュだって不満を漏らしながらも、心の底ではとっくにこの気候を受け入れていた。
 だからルルーシュには、とくに挙げられるようなストレスや不安、恐怖を抱えている覚えはなかった。家に帰ればナナリーが笑顔で出迎えてくれて、共に夕食を摂る。時たま幼馴染であり親友のスザクを誘って、三人で団欒のひと時を過ごす。学校に行けば級友たちが居るし、時々リヴァルと授業を抜け出すのもスリリングでいい刺激になる。抜け出した先のカジノで、貴族やお偉いさんをチェス勝負で打ち負かしたときの快感はひとしおだ。
 善良な生徒に比べるとほんの少しだけ素行が悪いだけで、とくに不自由も悩みもなかった。だからこそ、こんな夢に毎晩侵される理由が、ルルーシュは見当もつかなかった。

 夜の帳もとっくに降りた深夜、時計の秒針が刻む規則的な音だけが部屋に響く。その中で微かに聞こえる男の息遣いは苦しく、悩ましげだ。
 ルルーシュは今夜もまた、不可思議な夢に侵されていた。


 熱い何かが体中をまさぐり、ルルーシュの急所をしきりに掠める。それは明らかに何らかの意思を持って、肌を這い回っていた。脇腹、臍の下、太腿の内側は触れられると鳥肌が立つくらい擽ったい。ルルーシュが耐え切れなくなって身じろぎすると、何か面白いのか、その手は執拗に弱い部分を刺激しようとする。
 どうしてそんなことをするんだ、と視線だけで問い掛けると、目の前にあった緑の目がすうと据わって、ルルーシュを嘲笑う。そいつは何も言わず、依然としてルルーシュの体をまさぐっていた。馬鹿のひとつ覚えみたいに繰り返される接触は、幼稚で下品で恥ずかしい。

 顎を掴まれた直後、唇に温かく湿った何かが宛てがわれた。肉厚なそれは唇の表面をなぞり、口の周辺を這い回った。間近にある緑色の虹彩がルルーシュに、その先へ侵入させろと訴えかけてくる。そうやすやすと明け渡して堪るか、と意地になったルルーシュは頑なにそれを、口腔に入りたがる舌を拒んだ。向こうも負けじと犬のように唇を舐めしゃぶったり噛み付いたりするから、お互い負けず嫌いで手に負えない。
 しかしその均衡はあっけなく崩れる。唇の皮もとっくにふやけきった頃、彼の手がルルーシュの乳頭を思い切り抓ったのだ。思わずあっ、と声を上げたのが最後で、彼に顎を固定されたまま、口内をめちゃくちゃに荒らされた。これだから嫌なのに、と声にならない泣き言を心中で吐露しながら、ルルーシュは注がれる唾液を飲み干した。
 目尻に溜まる涙なんて、こいつは気にも留めてくれない。歪む視界の中で見えるのは、悩ましげに眉を寄せる男の目元だけだ。
 先ほど力いっぱい抓られた乳頭を、打って変わって今度は労るように優しく撫でられると、それだけで鼻から犬のような息が漏れた。厭らしい体は、そういう触り方をされて喜んでいるような反応しか示さない。これは違うんだ、誤解だ、と弁明しようにも、肝心の口は封じられてしまっていて、それも叶わない。乳頭の先端に触れるか触れないか、くらいのギリギリで指先を掠められると、泣きたいくらいもどかしくなる。人差し指がそこを撫でるたび、肩が物欲しげに揺れるのを抑えられなかった。
 あけすけに強請るのも到底無理な話で、ルルーシュは目尻から涙を零しながら、目前の男を睨め付ける他なかった。ルルーシュがどうされたいか分かってるくせに、意地悪な男は知らぬふりを続けている。

(触って、って言ってごらん)
 彼はそう囁くと、ルルーシュのふやけた唇を撫でた。
 その口で卑しく淫らに媚びてみろ、と男は自分に命令するのだ。頬に一気に血が集まるような感覚がして、思わず顔を伏せた。
 そんなこと、口が裂けても言いたくない。ルルーシュの意志は頑なだった。ルルーシュの高すぎるプライドが、そんな屈辱的なセリフを口走ることを許さないからだ。
 早く言えばいいのにと嘲笑う手が、何度も胸元を微かに触れて往復するのを、歯がゆく思いながら堪えた。その手は脇腹、腰、臍の下を掠めながら下っていく。
 触ってほしいのはそこじゃない、と視線で訴えるのがルルーシュにできる精一杯のおねだりだ。察した彼は吐息だけで笑って、再び胸元に指先を添えた。


 体がびくっと震えた瞬間、目が覚めた。
 瞬きを繰り返しながら窓の外を見遣ると、太陽が完全に昇りきる前の明け方の色をしていた。クラブハウスに併設されたこの屋敷も学園の敷地内である外も、一切の音がしない。動物すらまだ寝静まっている静寂の中で、ルルーシュの荒い息遣いだけが一際際立って寝室に響いていた。
 秒針を刻む掛け時計を睨むと、まだ五時台を示していた。二度寝する余裕は少しあるが、今再び眠るとあの夢の続きをみてしまいそうで、どうしても眠りたくなかった。未だにどくどくと脈打つ心臓は安眠を妨げる要素でしかないし、ひどい寝汗はシーツや寝間着に張り付いて不快だ。何より一番厄介なのは、股座で微かに兆している熱の存在である。
 もういっそ死にたいような心地になって、ルルーシュはベッドに突っ伏した。何となしについた溜息は驚くほど熱が篭ってるし、体内で燻る劣情は腹の底で淀んでいる。ルルーシュは静かに深呼吸して、それらの熱を落ち着けることに躍起になった。

 ルルーシュはここのところ、毎晩のように淫らな夢を見るようになった。しかも自分が女役で、相手は男だ。その相手が誰なのかも、ルルーシュはなんとなく予想はついていた。緑色の目を持ち茶色の猫毛が特徴的な人間といえば、身近にいる男であればたった一人しか思い浮かばない。


「あ、おはようルルーシュ」
「…おはよう」
 ルルーシュの姿を見るなり挨拶を寄越してくる男の顔を、直視できなかった。つい昨晩まで自分の体を撫でさすり、唇を蹂躙してきた相手だ。気まずくて恥ずかしくて、とてもじゃないがまともに目は見れない。
「…どうかした?」
「いや、何でも」
 挙動不審なルルーシュに目敏く感づいた彼が、少し心配そうに声を掛けてきた。その目は純粋にルルーシュを気遣うもので、余計に居た堪れなくなる。今朝はお前と淫行に耽る夢をみていたせいで顔を見るのが気まずいんだ、なんて正直なことを言えるはずがない。

「スザクくんとルル、おはよう」
「おはようシャーリー」
「ああ、おはよう」
 二人の間に漂っていたまんじりとした空気は、シャーリーの声で霧散した。彼女が机の上にどさりと音が鳴るほどの大荷物を置くなり、こちらに向き直った。
 シャーリーは昨晩みたドラマやスポーツの試合の話、隣のクラスの友達が告白された話、同じ水泳部の女子が彼氏にこっぴどく振られた話など、脈絡のない話題を一方的に喋り続けた。
 これはルルーシュの持論だが、女子というのは自分の話したいことを一方的に話せば大抵はそれだけで満足する。今のシャーリーもそのような状態で、興味なさげな相槌を打つルルーシュへ一方的に話題を展開させ続けていた。
「それでね、友達の彼氏がひっどい振り方をしたんだって。もう私、話聞いてるだけで泣きそうになっちゃったもん」
「…そうか」
「女の子を泣かせる男は最低だよ、スザクくんも思うでしょ?」
「ええっと、うん…」
 突然話を振られたスザクは適当にそんな返事をしていた。恐らく半分も話を聞いていなかったんだろう。
 だがスザクと気まずく顔を合わせているより、こうしてシャーリーが間に入ってくれたほうがよっぽど気が楽だった。どこか余所余所しいルルーシュの様子に、スザクは何の下心もなく純粋に、何かあったのかと心配をしてくれる。それだけで罪悪感が募ってしまうから、正直勘弁してほしかった。

 昨晩の夢の尾が引いたのも午前中だけで、放課後になればルルーシュはいつもどおりの距離感でスザクと接していた。スザクも今朝のことなんかすっかり忘れた様子で、ルルーシュの隣で朗らかに笑っていた。



 素肌に纏わりつくシーツはさらさらとして気持ちが良い。ひんやりとした肌の表面は、彼の手になぞられた部分だけが燃えるように熱かった。
 昨晩散々お預けを食らっていた胸の尖りは、たっぷりと愛撫を受け赤く色づいている。指だけでなく舌でも弄られると、頭の奥が蕩けるような快楽に浸ることができた。もっとそうしてほしいと言外に態度で示すと、彼は慈しむように笑った。シーツから背中を軽く浮かせて胸を突き出すと、乳輪ごとべろりと舐られる。ルルーシュは今さら恥ずかしくなって、ぎゅっと目を閉じた。
 それが絶好のタイミングだと言わんばかりに、彼は一糸纏わぬルルーシュの太腿を抱えて持ち上げた。まるで捧げ物のように彼の目前へ晒される下半身は、彼の位置からはよく見渡せるだろう。量の少ない性毛も、色の薄い男性器も、尻の奥にある窪みまで見えているかもしれない。
 ルルーシュが抵抗の仕方を知らないことを良いことに、彼は局部へ顔を寄せた。太腿の内側や股関節、陰毛の生え際に唇を寄せて、ルルーシュの様子を窺おうとする。僅かに身じろぐ体を押さえつけて、彼は問うた。
(これから何されると思う?)
 ルルーシュはなんとなくそれを知っている。男同士での性交のやり方も、口淫という行為があることも知識として知っている。しかしそれを口に出すのが恥じらいに憚られてつい、知らないと嘘をついた。
(嘘つき)
 彼はルルーシュの嘘を糾弾し、そのお仕置きだというふうに、目の前にある柔らかい性器を口に含んだ。ねっとりとした口腔は言いようがないほど気持ちが良く、ルルーシュは嫌だ嫌だと首を振って彼の髪の毛を鷲掴んだ。これ以上彼から、"気持ちの良いこと"を教え込まれるとどうにかなってしまいそうで、恐ろしかった。足で彼の肩を押しやろうとしても、びくともしない。それはただ単に、ルルーシュが体に力を入れられないだけかもしれない。
 じゅぶ、と聞くに堪えない水音が立つ頃には、柔らかかった陰茎はすっかり彼の口腔で育てられていた。形も大きさも硬さも段違いのそれを彼が頬張る光景は、あまりに倒錯的だ。厚めの唇から出入りする肉茎はまさしく自分のもので、唾液と先走りが混ざった液体に塗れていた。
(ちゃんと男の子だね)
 だるくなった口元を拭いながら、男は馬鹿にするように呟いた。
 その口振りにむっとするルルーシュを他所に、彼は反り返るほど育った性器へ指を絡めた。先ほど言われた心外な発言も、直接的な刺激を前にすれば全て吹き飛んでしまう。男の手に慰められる性器は、先端から蜜を零して快感に震えていた。



 突き動かされるようにがばりと飛び起きると、あたりはまだしんと静まり返っていた。時計の短針に目をやればまだ五時を指していて、ルルーシュはぐったりとしながら俯いた。
 記憶に鮮明に残るほど、あの光景は強烈で破廉恥過ぎた。己の陰茎を銜えるスザクの顔が脳裏を過ぎって、これはいけないと頭を振った。

 ルルーシュにとっての枢木スザクは、一番気の許せる友達で唯一の親友で、大切な幼馴染だ。ルルーシュとスザクの両親が昔からのよしみで、その子供であった二人は同い年ということもあり、あっという間に親しくなった。その出会いは今から八年ほど前にもなるが、未だに二人の縁は途切れることなく、高校生になってからは同じ学園に通うことにもなって、さらに仲が深まった。
 出会った当初、正義感と気が強かったスザクは文字通りガキ大将気質で、ルルーシュが一番苦手とするタイプだった。自分の価値観が絶対で、相対的に物事を捉えられない身勝手な馬鹿、というのが正直な第一印象だった。おまけに運動神経がすこぶる良く体力も無尽蔵にあった彼は、ルルーシュの手には負えなかった。数え切れないほど喧嘩したし、ルルーシュは何度もスザクを泣かせ、ルルーシュはスザクの横暴に何度も泣かされた。破天荒な児童期から比べれば、今のスザクは随分丸くなって性格も落ち着いたように思う。それでもたまにかつての身勝手さの片鱗が表れるのか、そそっかしそうな性格に見えて案外食えない奴であった。
 そんな八年間の年月、二人はずっと一緒に過ごしていたわけでもなく、お互い忙しい時期は何年何ヶ月と会えないときもあった。しかし何の縁なのか、二人の交遊は未だに続けられていた。

 そんな折、ルルーシュはスザクと性的な行為をする夢をみるようになった。最初は笑い話にでもなるかと思っていたが、その内容は日毎過激に、濃密になってゆくのだ。ルルーシュはスザクのことをそういった目で見たことはないし、何なら水泳の授業で一緒に着替えたり、スザクの部屋に泊まって夜を明かすこともある。
 一体何がきっかけでそういった夢を、と疑問に思っても、ルルーシュはさして心当たりがなかった。
 しかしひとつだけ、些細な出来事ならあった。それは色事めいた、いかにも年頃な男子高校生が好きそうな会話の中にあった。

 その時は放課後の生徒会室で、シャーリーとリヴァル、そしてスザクとルルーシュの四人でのんびりと雑談を交えていた。直近で行事事がないときの生徒会はとくにやることもなく、とりあえず部屋には集まるものの、だらだらと駄弁って時間を潰すだけだ。だから各々で提出物や課題を消化したり、テスト前になれば臨時の勉強会が行われたりする。
 その日はシャーリーの独壇場で、ドラマに出てくるヒロインが意気地なしだという話題で持ち切りだった。快活で何事にも物怖じしない彼女から言わせれば、この世の女性の大半は意気地なしと呼ばれるのではないか。集った男性陣一同は心中でそう考えながら、シャーリーの恋愛論を聞き流していた。

 リヴァルは彼女の話に聞き飽きたのか、隣に座るスザクの耳元に何やら話しかけていた。リヴァルの口元に浮かぶ厭らしい笑みを見たルルーシュは、そういう話題なんだろうなと見当がついた。ルルーシュは彼と共に授業を抜け出したりカジノに連れ出してもらったりと、いわゆる悪友と呼べる関係であった。だからルルーシュはリヴァルのそういった性質はとっくに見抜いていた。
「スザクって、彼女とか居たことあんの?」
 ルルーシュの予想通り、リヴァルが持ちかけた話題は案の定色恋沙汰だった。ルルーシュ自身、彼からそういった話を振られたことは何度もあるし、そのたびに適当に往なしてあしらってきた。
「えっと、人並みには?」
「えっマジで? 意外とやるじゃん」
 リヴァルが驚くのと同時に、ルルーシュも内心おっかなびっくりだ。
 八年間片時も離れず一緒、という訳でもなかったが、こうして交友関係を続けてきた。その中でスザクが女の気配をちらつかせた事は一度もなく、惚れた腫れたの話題を出された事も一度としてない。ルルーシュの認識していないところで彼がそういった経験を積んでいた事実に、激しく狼狽した。
 二人で居る時、異性の話題が上がることは殆どない。意識して避けていたわけでもなく、自然とそういう風な流れになっていただけだ。
 ルルーシュはスザクに彼女が居たことに驚きもしたし、同時にショックも受けた。スザクは自分と同類だと、内心勝手に類友意識を持っていたからだ。
 身近に感じていた友人は、実は自分よりも遥か遠い場所に立っていた、という事実はルルーシュにとって衝撃的だった。勝手に置いて行かれた気がして少し悲しくなるし、理不尽な憤りさえ湧く。
「意外って、どういう意味さ」
「だってスザクって天然だし、でもそういうところが女子ウケすんのかな」
 リヴァルの当たっているのか間違っているのかよく分からない分析を聞き流しながら、ルルーシュは手にしていた本の頁を捲った。ルルーシュの鉄壁のポーカーフェイスはなおも崩れることなく、リヴァルとスザクの会話にも素知らぬ振りを続けた。
「ちなみにさ、ヤラシーことはしたことある?」
 リヴァルの悪い癖が始まった。下世話な話題が何よりも好きな彼は、好奇心をむき出しにしてそんなことを尋ねた。
「えっと、まあ、人並みには?」
「お前も隅に置けないじゃん! やるなスザク!」
 馬鹿正直なスザクは素直に質問に答えていた。嘘をつけない彼が言っていることは、恐らく全て事実だ。
 リヴァルは大きな声を出してスザクの背中を叩いた。教室内ではいかにも真面目な優等生、という扱いを受けているスザクに、そういった浮ついた経験があることがリヴァルは意外なのだろう。ルルーシュだって同意見だ。
「何、何の話?」
「シャーリーには関係ないって!」
 リヴァルとスザクの声を耳に入れたシャーリーも会話に参戦しようとしたが、とても女性に聞かせられるような話ではない。そこはリヴァルも弁えているようで、それ以降彼は口を噤んでいた。


 あの遣り取りを聞いたことがきっかけで、異性に対する興味が潜在意識の中で沸いた。そういう仮説ならルルーシュも理解できる。これまでの淡白すぎる性質が異常で、むしろ今が十代の男性として正常な範囲なのかもしれない。
 だが夢に出てくるベッドの相手は毎回スザクだった。
 とすれば、可能性として挙げられる答えは限られてくる。



 おはよう、と声を掛けられて、ルルーシュも倣って返した。相変わらず彼の顔は見ることができず、やや不自然な挨拶だ。
「僕、君に何かした?」
「何も? 急にどうしたんだ」
 ルルーシュは何食わぬ顔でとぼけてみせた。
 スザクは何もしていない。変わったのはルルーシュのほうだ。
 取り繕う様子を気に掛けるように動くスザクの視線は、ルルーシュの居心地を悪くさせた。本人に直接相談できる内容だったら良かったが、夜な夜なお前相手の淫夢に侵されているんだと言い出す勇気は、さすがのルルーシュにもない。

 二人は何となく気まずい雰囲気を残したまま午前中を過ごした。そして一日の折り返し地点でもある正午になれば、ようやく昼休みである。スザクとルルーシュを含めた生徒会に属する六人は、揃って学園内の食堂に赴いていた。
 昼休みの食堂は毎日大盛況で、ゆっくり静かに食事を摂りたいルルーシュはあまり好きじゃなかった。しかし食堂で提供される定食や麺類、ホットスナックはどれも絶品で値段も安く、学生の味方だ。混雑時の昼休みは敢えて避けて、放課後に利用することならルルーシュも何度かあった。

 アイスを食べたいと言い出したスザクを筆頭にリヴァルやシャーリー、ニーナとカレンも食べたいと後ろについてきて、ルルーシュは道連れにされたのだ。これだけぞろぞろと連れ立って歩くなら、誰か一人が食べたい種類を全員から言付かって買いに行けば良かったんじゃないか。ルルーシュはアイスが食べたいと喚く五人を前に、内心呆れていた。
 食堂に立ち入ればやはり大混雑で、購入場所には長蛇の列が形成されていた。ここまで来て六人は、誰か一人が財布を握り締めて代わりに買ってくることにしよう、と話し合った。最初からそうすれば良かったんだ、と水を差せば、総スカンを食らうことは間違いない。ルルーシュは涼しい顔を浮かべてやはり内心呆れていた。
 結局、言い出しっぺのスザクが列に並ぶことになり、残りの五人は空いている場所で待つことにした。

 はいお待たせ、と駆けて戻ってきた彼の腕には六人分のアイスが抱えられている。アイスと言っても食堂で作られたものでもなく、市販で売られている一般的な個包装のものだ。
「ソーダの人?」
「あっ俺! 俺!」
「オレンジの人はー?」
「はい、私」
 各々にアイスが行き渡ったことを確認して、一斉に袋を開けた。まだ表面に薄っすらと氷が付着しているさまは、確かに涼しげだ。溶けないうちに食べないと、と急いでアイスを口に含んだニーナが直後、冷たい…と呟きながら渋面を浮かべるさまに、一同は大笑いした。

 あえて人の少ない廊下を選んで、六人はアイスを食べ歩きつつ元いた教室を目指した。あまり行儀が良いとはいえない光景は、教師に見つかれば指導対象になるに違いないからだ。
「ルルーシュは何味?」
「俺のはチョコ。お前のはバニラか」
 スザクが乳白色のアイスバーを手にしながら尋ねてきた。何となく気まずかった雰囲気も朝のやり取りも、今の二人はとっくに忘れていた。
「うん。美味しいね」
 アイスバーの先端をちろりと舐めながら答える彼の姿に、謎の既視感を覚えた。
 それの正体が分からずぼんやりとスザクの顔を眺めていたルルーシュは、唐突にあっと声を上げた。
「スザク、持ち手にアイスが垂れそうだ」
「あ、本当だ」

 スザクはアイスを持ち上げて、棒が刺さっている部分に舌を伸ばして舐め取った。赤い舌にバニラの乳白色が混ざる。その色合いに、ルルーシュはひどく見覚えが合った。
 昨晩はちょうど、彼はルルーシュの夢の中で陰茎を舐めしゃぶっていた。彼に厚い唇で肉茎を包まれ、舌を使って裏筋を攻められ、頬の内側で亀頭を愛撫された光景が、まざまざと蘇る。スザクがアイスを舐める仕草と昨夜の淫行が重なったことでフラッシュバックして、ルルーシュは息を飲んだ。
 思わず狼狽しそうになったが寸のところで、なんとか堪えた。しかしひどく動揺した様子は取り繕えていなかったらしく、スザクは不思議そうにルルーシュの顔を覗き込んだ。
 湿った唇と困ったように下がった眉が、あの夢を彷彿とさせる。間近にあるスザクの瞳には、顔の赤いルルーシュの表情がくっきり映し出されていた。
「すまない、何でもない」
 切羽詰まったように紡がれた言葉に説得力はない。困惑するスザクをよそに、ルルーシュはそれ以降一度も彼の顔を見ることができなかった。
 


 スザクに犯される夢をみる理由が心的要因、とくに深層心理にあるとしたら。ルルーシュが挙げられる可能性はいくつかある。
 ひとつは、ルルーシュも知らずうちにスザクに独占欲を抱いていた場合だ。ルルーシュのあずかり知らぬところでスザクが作っていた交際相手に、嫉妬心を抱いていた。そして彼に愛される女が羨ましい、妬ましいという無意識が夢に現れた。
 ふたつめは、スザクに対して性的好奇心を抱いていた場合だ。馬鹿正直でお利口な男が、どんな手管手練で女を腕に閉じ込め、ベッドで愛を囁くのだろうかという好奇心が深層にあって、それが夢に現れた。
 みっつめは、ルルーシュは最初からスザクのことをそういう意味で好いていた場合だ。我ながら俄に信じ難いとルルーシュは頭を抱えたが、理論上は可能性として浮上する。感情論で説明すれば、これは有り得ない。

 ここ数日の夢見のせいで、ルルーシュはなかなか寝付けぬ夜が続いた。時間をかけてようやく眠れても、夢の中で決定的な展開が起こると現実の体が連鎖反応を起こすのか、思わず飛び起きてしまう。
 今夜もどうしたものかと頭を悩ませながら布団に潜り、うとうとと瞼を下ろした。



 ルルーシュはまた、あの夢の続きの中にいた。
 柔らかなシーツの上でうつ伏せになっていたルルーシュの背中に、何者かが伸し掛かった。顔を見ずとも、それが誰か分かっていたから、敢えて振り向くことはしなかった。
 なめらかな素肌同士が擦れ合う感触は既に体が学習していたが、尻たぶに当てられた硬い熱源は未知である。双丘に手が添えられ割り開かれると、ルルーシュは激しく抵抗を示した。これまでは彼の手管になすがままだったルルーシュが、初めて起こした反抗だった。一連の夢のせいで、現実のルルーシュが苦しめられているからだろうか。背後の男の手を振り払おうと懸命に藻掻くが、力の差は圧倒的だ。ルルーシュの両腕を片手だけでいとも簡単に束ねた男は、空いた一方の片手で尻の穴を弄った。
(大人しくしてて)
 耳の裏に、いつもより低い声が吹きかけられた。腰だけ高く持ち上げられると、彼の性器が臀部にぶつかった。まるで擬似性交のようで、ルルーシュは全身の血が沸騰するくらい恥ずかしかった。

 腹の内側を探るように蠢く指を意識すると、穴の縁できゅうきゅうと締め付けてしまう。もっと欲しい? と熱っぽく尋ねられ、痛みと恥ずかしさで訳も分からぬまま、首を縦に振り乱した。
 気持ち良さと羞恥で泣きじゃくりながら、ルルーシュは彼の指を二本、三本と受け入れていった。もっと欲張っていいんだよ、と囁かれると、箍が外れたように欲しい欲しいと喚いた。高く持ち上げられた腰を自ら揺らして、臀部に彼の陰茎を擦り付けてやれば、背後の男は満足そうに笑った。

 早く挿れてくれと強請るルルーシュを傍目に、男は双丘をしきりに撫で擦って焦らした。淫らに体を捩らせ肉棒で貫かれたいとせがむ己を見下ろし、その心中で嘲笑っているのだろう。これ以上に卑猥な誘い文句はないだろうと、ルルーシュは思いつく限りの淫語を並べて彼の欲情を煽った。
(どうしてそんなに、急いでるの)
 微かに捲れた縁に陰茎を当てながら、背後の男は勿体ぶるように囁いた。
「だって早くしないと、夢から覚めてしまうだろう!」
 ルルーシュは一連の夢の中で初めて、はっきりと言葉を発した。夢から覚めてしまうと、”このスザク”と明日の晩までお別れになる。それが嫌で、ルルーシュは気が付けばぼたぼたと大粒の涙を零していた。
 頬を伝う涙を拭った彼の手のひらは、今までで一番優しい温度だった。



 はっと目を覚ますと、ルルーシュは寝室のベッドで眠っていた。また、あの夢をみていたらしい。ぜえぜえと肩で息をしながら、まずは時計が指し示す時刻を確認した。午前五時十五分、今から二度寝すれば二時間は眠ることができる。しかし再び眠りにつく気力も、ルルーシュはなかった。
 ばくばくと鳴り響く心臓と大量の寝汗と、熱い体は言うことを聞かない。股間のそれはきっちり兆していて、軽い自殺願望すら芽生える。なんたって、昨晩の夢の内容は今までで一番強烈だった。体内を探る指の感触は妙にリアルで、少し思い出すだけで腹の奥がきゅんと切なくなりそうだ。

 夢の中でのスザクの横暴さは、ルルーシュが知っているかつてのスザクが現れているようだった。
 ルルーシュがいつも学校で会うスザクは、どこに出しても恥ずかしくないような優等生で、真面目な男だ。こんな手荒な真似も、聞くだけで肝が冷えるほどの低い声を出すこともない。顔は瓜二つなのに、まるで性格が反転したかのような凶暴さだ。
 しかしルルーシュはかつて、荒々しい性格のスザクと出会ったことがある。ルルーシュがスザクを初めて知ったとき、当時の彼は身勝手で我儘な男だった。夢に出てくるこの男はまさに、かつてのスザクとそっくりだった。まるで幼い頃のスザクがそのまま大きくなって、ルルーシュと邂逅を果たしたかのようにも思えた。
 そして夢の中のルルーシュは最後、早くしないと夢から覚めてしまうと叫んでいた。当初は置かれた状況に抵抗していたが、彼の手に徐々に懐柔されたルルーシュは、彼と繋がることを求めたのだ。今の優しいスザクではなく、夢の中にしか現れない荒々しかったころのスザクと、だ。
 それこそがルルーシュの深層心理だったのかもしれない。
 幼き頃のスザクともう一度出会えたら。彼に手荒く抱かれて、獰猛な瞳で見つめられたい。現実では到底叶わぬ願いを、せめて夢の中でくらい達成させたい。そんなふしだらな心理が、ルルーシュの知らない心のどこかに芽生えていたのだろうか。


「ルルーシュ、……」
「…おはよう」
 名前を呼んだあと閉口したスザクに、ルルーシュは構わず朝の挨拶をした。昨日と同様、顔も見ないでそっけない挨拶を交わした。
「具合悪いか、寝不足?」
「ああ」
 おおよそ的を得ているスザクの懸念に、ルルーシュは短く返事だけをして黙り込んだ。

 夢に出てくる彼と、このスザクは似て非なる存在だ。外面は瓜二つでも中身はまるで違う。現実のスザクはルルーシュを捻じ伏せないし、卑猥な言葉を喋るよう強要しないし、涙で濡れた頬を撫でることもしない。あれはある意味、ルルーシュの妄想のようなものだ。目の前にいるスザクは健全な男子高校生で、生真面目な優等生だ。
「熱とか、ないの」
 額に触れようとして伸ばされた腕に、ルルーシュは一瞬怯んだ。
「…ごめん、大丈夫?」
 スザクの気遣いを無下にしたことによる罪悪感と、手を寄せられるだけで心臓が跳ねてしまう卑しい体に自己嫌悪した。ルルーシュは視線を逡巡させたあと、こちらこそすまない、と消え入りそうな声で謝った。


 一日の授業が終わった今、先に声を掛けてきたのはスザクだった。終礼のあと、すぐに教室を後にしようとしていたルルーシュの腕を力強く掴んで、有無を言わさぬ圧をかけてきたのだ。
「今日金曜日だし、久しぶりに僕の部屋に泊まりにおいでよ」
 声色こそいつもと変わらない爽やかさだが、鋭い眼光が、ルルーシュに逃げの言い訳を作ることを許さない。泊まりにおいでよ、なんて白々しい。その一挙一動を観察するように睨みつける彼は、普段纏っている柔らかい雰囲気も一切感じられないのだ。まるで別人だった。どちらかというと、ルルーシュの夢に出てくる意地悪な男の雰囲気に似ていた。

 体よく断る方便も見当たらず、ルルーシュは言われるがままスザクの部屋に連れて来られた。しかし、出来ることなら彼の誘いを断りたかった。ただでさえ寝不足な上に、目を合わせるだけであの夢のことを思い出してしまうからだ。今だってまさに、ルルーシュの横顔をちらりと窺うスザクの表情を見ることさえままならない。
 廊下でも靴箱でも、寮までの短い帰路も、二人は一言も言葉を発さなかった。

 相変わらず物が多い彼の部屋は、予めルルーシュが泊まりに来ることを予想していなかったのだろう。あちこちに脱ぎっぱなしになった下着や靴下、物干し竿から取り込んだまま畳まれなかった衣類の山が散見された。ベッドの上には皺くちゃになった夏用の掛け布団が置かれて、生活感に溢れ過ぎているという印象を受けた。
 適当な場所に座っていいから、というスザクの指示の元、ルルーシュはベッドを背もたれにするようにして、床に座った。体の力が一気に抜けるような気がして、思わず大きな欠伸を漏らした。
「寝不足?」
「ああ」
「保健室に行って、寝ることはできないの?」
 スザクが不思議そうに尋ねた。いつものルルーシュなら、夜更かしをして睡眠時間を確保できなかった翌日は保健室で寝るか、授業中に寝るくらいのことはしていた。起きているように見える居眠りの方法も編み出したルルーシュは、むしろ不眠とは無縁の生活を送っていた。
「それは、……」
 だがルルーシュには、どれだけ眠たくても眠れない理由があった。
 外出先で居眠りをして、もしあの夢をみてしまったら、という懸念のせいだ。寝ている最中に魘されて、飛び起きたら凄まじい発汗と体温の上昇、激しい動機。それから僅かに勃起もする。自室でならなんとか対処できるが、さすがに出先となればそうもいかない。
「夢見が悪いんだ」
「夢?」
 ルルーシュは核心に触れぬよう、スザクに理由を告げた。
「怖い夢、とか?」
「……あまり良くない夢だ」
 何がどう良くないかは説明できない。ルルーシュの話が抽象的過ぎて釈然としない面持ちだったスザクは、そうなんだ、と適当な相槌を打った。
「じゃあ僕がここに居るから、ルルーシュは寝てなよ」
 スザクはそう言うや否やルルーシュの隣に並んで、ぴとりと体をくっつけた。布越しに伝わる体温に心臓が跳ねて、とくとくと脈打つ。どうか鼓動よ静まってくれ、と心の中で願いながら、ルルーシュはスザクの提案に瞬いた。
「君が魘されてたら、僕が全力で叩き起こすからさ」
 彼の言う"全力"はどの程度のものなのかルルーシュの想像には難いが、言葉は力強く、根拠はないが頼りがいがあった。
「僕の肩を枕代わりにしていいよ」
 スザクは胸を張ってそう言うから、ルルーシュは首を傾けた。そうして遠慮なく彼の体に凭れるように、頭を預けた。毛束が首筋を掠めているのか、ルルーシュが身じろぐたびに彼の体が揺れた。
「おい枕。動くなよ」
「君それ、わざとやってるだろ」
 二人はそうやって軽口を叩きながら、身を寄せ合った。

 スザクは確かに、苛烈な幼少期から比べれば随分大人しく、物分かりの良い青年になっていた。変わってしまったのは一人称や性格だけでなく、その見た目もだ。昔は丸い頬と二重の大きな瞳が、その性格に似合わず可愛らしいものだった。
 しかし変わったのはスザクだけでは決してなく、それはルルーシュ自身でもある。そして二人を取り巻く環境も大きくなるにつれ、刻々と変わっていく。スザクの内面の変化は目まぐるしく変わる世間に対応するための、いわば順応だったのだろう。人はそれを失われたものとも言うし、成長とも言う。そして失われた分、得たものもあるはずだ。

 くすくすと笑うスザクの声を聞きながら、ルルーシュは瞼を閉じた。途端に襲われる強烈な睡魔に一切抗うことなく、本能に任せて眠りについていた。腰を支える腕の力強さに胸を高鳴らせながら。



 顔にかかった前髪を梳くように頭を撫でられて、ああまた夢をみているんだな、とルルーシュは思った。
 みている夢を夢だと認識するとき、人は明晰夢をみるという。普通の夢であれば、再生されたビデオのように頭に映像が流れてきて、それを寝ている間に見るだけだ。しかし明晰夢は、そのビデオに”自分はこうしたい”と思うと、自分の意のままに状況を変えることができる。つまり、自分の思い通りの夢をみることができるのだ。
 これも明晰夢のひとつなのだろうか。ルルーシュがぼんやり考えていると、温かい手が瞼に触れて、頬をなぞった。ここ数日の傾向であれば性急な手つきに翻弄され、息を乱されてばかりだった。今さら壊れ物のように触れられても調子が狂うし、おかしな話である。
 手のひらは唇を掠めて、耳に触れた。顔の至るところに触れて、形を確かめるように動き回っていた。昨日まで不埒に蠢めいていた指先は、今は繊細で柔らかい触れ方しかしない。それはそれで、むしろくすぐったい。
 別人のような触れ方を訝しく思ったルルーシュは、試しに誘い文句をかけた。
「口が寂しい」
 顔に触れていた指は動揺を見せて、分かりやすく跳ねた。
 男は困ったような表情を浮かべながら、おずおずと顔を寄せた。唇を軽く合わせるだけの接触は、いつもの苛烈さからは想像できないほど初心で控えめだ。だからルルーシュは揶揄うように舌を伸ばして、彼の唇を舐めた。いつかの夢でされたお返しである。
 男は驚いたように飛び退いて、ルルーシュの顔をまじまじと見つめた。信じられないものを見るような顔つきに、ルルーシュも改めて訝しく思う。いつもみる夢とは少し雰囲気の異なる今回は、一体何が起こっているんだろう。
「いつもみたいに、してくれ」
 ルルーシュが控えめにそう乞うと、男はひどく狼狽する素振りを見せる。ルルーシュの記憶と一片も噛み合わない男が、ようやく口を開いた。
(いつも、って……?)
 困惑しきった彼の頬は微かに赤く、おろおろと視線を彷徨わせていた。



 瞼を持ち上げると、スザクの顔が間近にあった。夢の中で最後に見た、困ったように眉を下げ、行き場のない視線を惑わす顔と瓜二つだった。夢の続きかと思うほど完全一致している景色に、困惑するのはルルーシュの番だ。
「魘されてたっていうか、様子がおかしかったけど、大丈夫だった?」
 未だ赤みの引かない頬を隠しもせず、スザクは恐る恐る尋ねた。
「様子がおかしいって、具体的には」
 とくとくと脈打つ心臓の音は、真横にいるスザクに聞こえていないだろうか。ルルーシュはそんな些細な心配をしながら、尋ね返した。顔に上った血はなかなか引いてくれない。
「……”口が寂しい”とか」
「……」
「”いつもみたいに”とか、言ってた」
「それは…」
 夢の中で発した言葉がそのまま寝言となって声になっていたとは、思いも寄らなかった。しかもその発言は隣にいたスザクの耳にきっちり届いている。これ以上に良くない展開はないだろう、とルルーシュは内心頭を抱えた。
「ルルーシュ、どんな夢をみてたの」
 スザクの問いは核心を突くもので、ルルーシュが一番聞かれたくない質問だった。妖しい寝言から察するに、それがどういった夢かなんてある程度は想像もつくだろう。それをいちいち尋ねてくるあたり、スザクは相当悪趣味か、天然が行き過ぎている。
「好きな女の子が出てくる夢? 誰と居てたの」
 スザクはやけに根掘り葉掘り、詳細を問い質してくる。切羽詰まった彼の様子に気圧されてしまったのか、ルルーシュはつい口を滑らした。お前が出てくる夢だよ、と打ち明けてしまった。

「それって、こういうことされる夢?」
 スザクが試すようにそう尋ねた。
 言葉と同時に伸ばされた手のひらは、布の上からルルーシュの体の曲線をなぞり、撫で上げた。ぞっとするほど卑しい動きだった。
 艶めかしい手つきに、思わず息を詰めたことが肯定と捉えられたらしい。ルルーシュはうんともすんとも言ってないのに、目の前の男はルルーシュの両肩を掴んで、真後ろにあったベッドに引き倒した。二人分の体重を受け止めたスプリングはぎしりと音を立てる。
「どんな夢をみてたか教えてよルルーシュ」
 至近距離にある緑は熱に浮かされ、どろりと蕩けていた。自分も今は、彼と同じ目をしているのだろうか。涙が滲んでぼやけた視界では、ルルーシュにそれを確認する術はない。
「教えてくれたら、同じことしてあげる」
 甘美な誘い文句に、ひくりと唇が震えた。目敏い男はルルーシュの些細な一挙一動を見逃すことなく、意地悪く笑った。



 ちゅう、と音を鳴らして下唇を吸われる感触に、胸が高鳴った。胸元をまさぐる手指は尖った粒を捕えて、親指の腹で押し潰される。爪を立てて抉られるともう我慢できなくて、覆い被さる体目掛けて思い切り蹴り上げた。しかしルルーシュの抵抗も寸で交わされ、長い脚は空を掻いただけだった。
「ん、ん……」
 舌を絡めて口内を擦り合わせる接吻は、ルルーシュが何度もスザクと夢で行ってきた。それがいま現実になっている。夢なんかより現実のほうがよっぽど息がしづらくて苦しくて、気がおかしくなるほど気持ちが良かった。
 伸ばされた舌を夢中で食んで、流し込まれた唾液を飲み込んだ。まだ足りないというふうに、彼の口内を舐め回して啜った。
「誰に教えてもらったの」
 何をとは明言されなかったが、恐らくスザクが指すのは、ルルーシュがやった接吻のやり方だろう。
「夢の中で、お前に」
「それは僕じゃないよ」
 低い声で告げるスザクは、蕩けた顔を隠しもしないルルーシュを静かに見下ろした。声色は怒っているようにも、悲しんでいるようにも聞こえる。彼の顔は部屋の照明の逆光になって、よく見えない。

 乳頭を押し潰し、摘んでいたスザクの指の動きが唐突に止んだ。ひっきりなしに上下する胸の動きを、彼は興味深そうに眺めている。
「胸の次は、どこを触られた?」
「それは……」
 そこで言葉を切ったルルーシュは、その先をどう表現すればよいかと迷った。服の下から微かに兆していた股座に視線を巡らすも、分からずやなスザクは気にも留めない。もしくは、ルルーシュの口からそれを言わせるために、知らないふりをしている。
 未だに言い淀む様子に痺れを切らしたのか、スザクがそっと下半身に触れた。スラックスの上から僅かに兆し始めていた部分を撫でられて、ルルーシュは息を詰めた。
「手? それとも口?」
 スザクが上目でそう尋ねた。あけすけな物言いにルルーシュは顔を赤くしながら、くち…と消え入りそうな声で囁いた。その返答を聞いた男の口元は笑っていた。
 彼は見せつけるようにベルトを外して、ジッパーを下ろした。そうして下着から取り出された、俄に頭をもたげ始めていたそれを、スザクは微かに躊躇いながら口に含んだ。直視し難い光景にルルーシュは顔を背けたが、こっち見て、と言われてしまえば自然と視線が吸い寄せられる。彼の口いっぱいに頬張られる陰茎が自分のものであるという事実に、ルルーシュは絶句し、心のどこかで歓喜した。
 スザクはルルーシュのそれを口で丹念に可愛がり、育てた。厚い唇で肉茎を包むのも、裏筋を舌で撫でるのも、内頬の粘膜で亀頭を擦るのも、偶然にも全てがルルーシュのみた夢と同じやり口だった。スザクの唾液に塗れた陰茎はてらてらと光り、体じゅうのそこだけぬらついている。ふう、と裏筋に息を吹きかけられると、そんな些細な刺激にも反応した素直な陰茎はぴくりと痙攣していた。
「このあとは、何された?」
 どちらのものか分からない体液で唇を濡らした男は、ルルーシュの体に覆い被さった。
「尻の奥を」
「うん」
「ゆ、指で」
 その言葉を聞き入れたスザクは、ルルーシュの身に着ける衣類を下着ごと脱がせた。腰を浮かせて脱がせるのを手伝ってやると、何がおかしいのか彼はくすりと笑った。
 スザクの手のひらが下肢を這い回るのを、ルルーシュは息を止めて見つめた。触れられた箇所が燃えるように熱くなる。気が付いたら全身真っ赤に色づいていて、さあ召し上がれと言わんばかりに艶やかな肌色をしていた。

 太腿を撫でていた男は不意に綺麗だね、と呟いた。
 体育の授業だったり着替えだったり、それこそ小さい頃は一緒に風呂も入った。最近だと修学旅行で入浴時間が重なり、一緒にシャワーを浴びた。彼に裸を見られることには何の抵抗感も恥じらいもなかった。彼もルルーシュの裸を見ようが恥じらう素振りもなかった。
 しかし今のスザクはルルーシュの体を、そういった対象として見ている。健全に見えていたものが不健全に見える。ルルーシュの体を見て綺麗だね、なんて言ったこともないくせに、スザクはしみじみとした面持ちでそう漏らした。
 同時にスザクもルルーシュに被さった体を少し離して、服を脱ぎ散らかした。ルルーシュの白すぎる肌に比べて健康的に日焼けした肌からは、血潮のにおいがする。自分より一回り逞しい腕や胸板に、うっとりした。
「僕の指、フェラするみたいに舐めて」
「え?」
 腰に当たる彼の陰茎は、先ほどのルルーシュのように軽く勃起していた。その感触に羞恥を覚えていると突然発せられた言葉に、理解が追いつかない。
 目の前に突き出された人差し指とスザクの顔を見比べたルルーシュは、なおも顔の周りに疑問符を浮かべていた。
「分かってるくせに、知らないふりしないで」
 唇に押し付けられた指を、恐る恐る口内へ招き入れた。なんとなく意図を察したルルーシュは、突き入れられた指に唾液をまぶした。
 経験はなさそうだが知識だけは豊富そうだと、リヴァルに以前評されたことがある。その失礼な物言いにルルーシュは苦言を呈したが、否定はしなかった。彼の言うことはあながち間違いでもなかったからだ。
 口淫、オーラルセックス、あるいはフェラチオと呼ばれる行為が何なのかは知っている。あくまでそれは知識としてだけで、ああすると男は喜ぶとか、こうすると上手くできるとか、そういう作法は心得ていない。されるがままにルルーシュは、口腔を愛撫する指に舌を絡めた。
「ルルーシュはそんなふうに舐めるんだ」
 何をとは、言わずもがなである。始終何かを妄想していたらしい彼は、にやついた顔でルルーシュを見つめていた。
 ちろちろと動かしていた舌を人差し指と中指で挟まれ、ざらついた表面を擽られる。それをされると力が抜けてしまって、口に溜まっていた唾液がシーツに垂れた。

 もういいよ、という言葉が合図になって、口から指が引き抜かれた。
 同時に体を反転させられ、尻だけを突き出すような体勢にさせられる。端的に言っても惨めで恥ずかしくて、叫び出したいほど悔しい。自分でも見たことのないような場所を、彼の目前で無様に晒している。さぞ支配欲と嗜虐心で高揚しているであろう男の心中を想像して、恨めしく思った。
 背中に覆い被さるスザクの荒い呼吸音が耳に悪い。

 尻に宛てがわれた指が穴に捩じ込まれて、焼き切れそうなほど痛い。夢ではあんなにふわふわと心地よかったのに、これだと話が違うじゃないか。ルルーシュは内心そう憤慨したが、それは恐らくルルーシュが未経験だったからそういう夢をみただけだ。体を真っ二つに裂かれるような痛みを伴うことなど、経験してみなければ分かりようもない。
 体内を圧迫する指に気を取られながら、ルルーシュは先ほどから抱いていた疑問を口に出した。
「友達、はこういうことを、するのか」
「しないと思うけど」
「じゃあなんで、お前は」
 首を捩らせて、ルルーシュはそう尋ねた。米神には痛みのせいで浮いた脂汗が浮かび、涙と混ざって頬を伝う。
「君、最近僕に余所余所しかっただろう。そういう目で見てたのがバレたのかと思って」
「え、あ」
 増やされた指がある一点を掠めるとき、ルルーシュの体はぴくりと脈打った。その些細な体の変化を、スザクは見逃さない。執拗にその箇所を抉ろうとしてくるから、ルルーシュは知らずうちに逃げ腰になる。
「ルルーシュは自分に向けられる好意には疎いから、やっぱり気づいてなかったんだね」
「うあ、あ」
 ずり上がる腰を捕まえて、なおも彼はぐちぐちと音を立てながら弱い箇所を捏ねた。
「僕たち、両想いだよ」
「あ、ん」
「夢にまでみるってことは、僕にこうされたかったんだ」
 いつの間にか増えていた三本の指が粘膜を擦って、同時に萎えていた陰茎も握られる。下半身から耳慣れない水音が絶え間なく響いて、耳を塞ぎたかった。やたらと饒舌なスザクのお喋りも、ルルーシュはもう聞きたくなかった。
「これから何をされたい?」
「は、ぁ、あ」
 指三本で腹側の粘膜を押し潰されると、目の前が真っ白になった。頭の芯まで焼き切れそうな感覚に、ルルーシュは頭を振り乱して抵抗した。汗と涙が雨のように飛び散って、シーツに水滴の跡が残る。それらをかき集めるように、指先はシーツを掻きむしって止まない。
 体内を蠢く指はルルーシュを虐め抜いた。一際泣き叫ぶ場所を捕らえて、握り潰すように指圧する。泣きじゃくるルルーシュが垣間見たスザクの表情は、恍惚とした笑みだった。
「夢の続きをしてあげるよ。何をされたい?」
「あ、あ! ん、う」
「ほら、言って」
「っあ、ア、ん!」
 耳の裏へ吹きかけるように囁かれた台詞は、じわじわとルルーシュの理性を蝕んだ。彼の言いなりになるように口を開いたが、しかし漏れるのは嬌声ばかりで思うように言葉が出ない。
「言って」

 強引な物言いは、まるでかつての彼そのものだった。言葉だけでなく、今まさにルルーシュを組み敷く腕の力だって、スザクが一番嫌う弱い者イジメの類だ。強い言葉や力だけで相手をねじ伏せるやり方は、平素の彼が一番嫌うやり口だった。
 昔の身勝手で我儘なスザクは成長の段階で失われたのではなく、今のスザクの中でも生き続けていた。彼はただ、物分かりの良い子供を演じていた、もしくはかつての自分を封じ込めていただけに過ぎなかったのだ。その本性は八年前と寸分も変わらず、今は生身のルルーシュに牙を立てている。

「言えって」
 スザクは左手の親指を穴の縁に添えて、入り口の薄皮を捲った。親指の爪は捲られた粘膜の内側をなぞり、そのまま内部に押し入ろうとする。四本目の指が挿入されようとするところで、ルルーシュが声を上げた。
「早く、お前のが欲しい、早く!」
「僕のがいいの」
「っあ、ああ、スザクがいい、スザクが」
「どうして僕なの」
「す、好きだから、いい」
 考える前に滑り落ちた告白は輪郭もあやふやで現実味がない。むしろ言葉にして初めてルルーシュは、ああ自分はスザクのことが好きだったのか、と自覚できた。
「この体、お前の好きに、してくれ、していい」
 ルルーシュは誘うように腰を揺らして、顔を赤らめた。
 親指は縁の周辺をなぞり、時たま悪戯に内部へ入り込もうとする。そのたびにルルーシュは泣き叫びながらスザクに乞うた。背後でそれを聞いている男の表情は見えやしない。
「想像以上にやらしいな、君は」
 男のくせに女のようだと、淫乱だと謗られる。それだけで腹の底が熱くなり、背筋が震えた。

 スザクはもっと優しくて、お利口で、優等生で、真面目な奴だと思ってた。ルルーシュの夢に出てきた男とは似て非なる存在であると信じていた。
 ルルーシュの背後で下半身をまさぐる彼の手つきは、まさしく夢に出てきた男と同じだった。今この瞬間だって、彼はまだ開ききっていない後孔に陰茎を捻じ込もうとしている。そんな暴挙に対し、ただひたすら泣きじゃくってシーツを掻き毟り、痛みを誤魔化すしかなす術はない。
 獰猛な双眸と視線が合うのを想像したルルーシュは恐怖と同時に、しかし微かな興奮と期待を覚えていた。