アジサイの便りにご注意

 燃えるように熱い体を冷ましたくて息を吐き出せば、なぜかルルーシュの意とは反して体感温度はぐんと上がっていた。湿っぽい吐息は自分のものであるはずなのに、それは自分のものではないような、不思議な感じだ。
 己の背中を抱える彼の腕は自分と違って一回りも逞しい。汗の粒が浮いたその肌は健康的に日焼けしていて、なのにひどく扇情的だ。まるで誘われるようにそこへ頬を擦り付けると、己の唾液で湿っている彼の唇が柔らかく綻ぶ。彼は愛らしいものを見守るように微笑んだだけなのに、ルルーシュの心はそれだけで満たされた。
 ぼんやりと見蕩れていると同時に、中で小刻みに律動する肉が僅かに膨らんだように感じた。そんな些細な刺激にすら思わず、あっと声を出してしまうと、背中を優しく撫でられた。
「一旦、抜こうか」
 彼の提案に頷いたルルーシュは、穴から栓が抜けてゆく刺激にじっと耐えた。括約筋から陰茎を抜かれるときの排泄感に、未だルルーシュの体が慣れないからだ。
「疲れた?」
「少し…」
 そう答えるルルーシュの額へ、男は唇で優しく触れた。
 ルルーシュが疲れた素振りを見せると、彼はルルーシュの体を味わうように接吻を施すことがある。それは唾液を肌にまぶすような接吻というよりも、唇で肌を撫でるような接触と表現するほうが正しい。そんな物好きな彼は今日も飽きることなく、汗で湿った額の感触をその唇で何度も確かめていた。
 汗で張り付く前髪をかき分けられると、鮮やかで涼しげな翡翠が目に入った。己の体を気遣うような視線はむしろ慈悲深い何かだ。
 二人は視線が絡み合ってしまえばどちらからともなく顔を寄せ、唇を擦り合わせた。いつもはかさついているそこが、今はルルーシュの唾液で湿っている。そんな当たり前の事実は何度体を重ねても慣れることなく、己の中に羞恥心という形で居座り続けているのだ。

 大して入り浸ってもいないはずなのに、この部屋の天井だけはひどく見覚えがある。それは自分がそれだけ、この男に抱かれているという証明になるのだろうか。
 だが己を組み敷くときの、色っぽい男の顔つきだけは何度見ても胸を震えさせた。
「もっかい、入れるよ」
「あ、ああ」
 つい先刻まで割り開かれていた場所は、すんなりと彼の陰茎を収めてしまった。ぽっかり空いた場所に再び埋められた栓は、やはり先程よりも硬度が増しているような気がする。
「……ん、ぁ…あ」
 律動し始めるとそれが快感だろうが不快感だろうが関係なく、ルルーシュは声が漏れた。どちらかといえば嬌声というより、喉の奥から押し出される呻き声に近い。
「もっと声、聞かせて」
「っん、ん…」
 これは気持ちいいとか痛いとかではなく、体内を揺すられるとそうなってしまう人体の摂理だ。そう説明しているのにも関わらず、彼はそういうときのルルーシュの声をしきりに聞きたがっていた。女のような甲高い声でもなければ色気もへったくれもないのに、変わった奴だと思った。
「そろそろ出そうか」
 彼はそんな提案をするとルルーシュの返答を待たずに、己の腹上で揺れる陰茎に触れた。彼の目に晒されると微かに芯を持ち始めるそこは、ルルーシュの意地悪な口先よりよっぽど素直過ぎてみっともない。しかしそうは言っても、そこを指で擦られながら尻の中を揺すられると、ルルーシュはあっという間に達してしまう。
「ぁ、スザク、も、でる」
「……うん」
 ルルーシュはスザクの手に全てを委ね、声も出さずその身を震わせた。

 週末にこうして、どちらかの家に赴いては行為に耽ることがあった。耽ると言っても、中を揺すられ、擦って、唇を合わせて、一度きり出すだけだ。スザクの手管は快楽をもたらすというよりも、ルルーシュをぬるま湯のような心地よさに浸らせてくれる。それはいつも憎らしいほど優しかった。
 ルルーシュの体を労ることに注力しているのであろうそのペースに、一度だけ問うたことがある。正直なところお前はそれで満足なのか、と。
 そうすると彼は、僕が好きでやってることだから、むしろこれが自分の本望なのだと答えた。スザクはてっきり好きな人には甘やかすより甘えたいタイプだと、ルルーシュは勝手に想像していた。だからそんな回答が少し意外で、そのやり取りは鮮明に覚えている。昔のあいつはもっと個人主義だったのに、と何度目になるか分からない感想を抱いた。

 また月曜日にと挨拶をして、スザクの部屋を出た。いつものことながら体はどこも痛くないし、むしろ出すものを出してすっきりしているくらいだ。スザクとそういうことをして、体に不調を感じたことは一度としてない。これも毎回甲斐甲斐しく己の世話をする男のおかげであろう。
 学生寮からルルーシュの住むクラブハウスに隣接する屋敷まで、距離はさほどない。そのまま家路に着こうかと考えたが、咲世子から使いを頼まれていたことをルルーシュはふと思い返し、踵を返した。


 色とりどりの花弁たちが顔を見せる駅前の花屋で、ルルーシュは足を止めていた。

 リビングのテーブルに飾っている花が萎れてしまったから、代わりに買ってきてくれと咲世子から頼まれたのが今朝の出来事だ。基本的に家事全般や買い物は彼女が一任することになっているが、そうはいっても家中の面倒を一人で見きれるはずもない。それより何より、彼女一人に雑用を押し付けることがルルーシュとしては申し訳がなく、自分にできることがあれば申し付けてくれと彼女には頼んである。だからこの花選びも、その一環だ。
 とは言うものの、花選びのセンスもなければインテリアコーディネートの趣味もない。決してこの頼みは初めてのことではなかったが、しかしルルーシュはそのたびに頭を悩ませていた。恐らくナナリーが、花選びで苦労する兄の姿を面白がっているのだろう。そういった小憎いところもまた可愛いと感じてしまうのは、盲目的な兄馬鹿と揶揄される所以なのかもしれない。

 ガーベラ、スイートピー、マーガレット、スイセン、カサブランカ。店先で客に買われるのを待つ花たちは、季節によってその種類が変わる。春の終わりが近い今の時期では春先の淡い花々とは異なり、花弁や葉が色濃く鮮やかなものがよく目につく。形も色も豊かなそれらに目を奪われていると、紫色の花弁がひしめく一角に気がついた。
「アジサイか…」
 六月、この日本における時期といえば梅雨である。ひとつきほど続く雨季にしばしば見かける、梅雨の代名詞とも言えるのがこの花だろう。
 ひとつひとつは小振りな花びらだが、それらが寄せ集まってみるとなかなか愛らしく美しい。土壌の成分で花びらの色が異なり、赤みがかった紫や淡い水色、濃い青紫など、濃淡や色味も様々であるのも特徴だろう。
 道端で咲いている印象が強いが、こうして鉢に植えれば室内でも観賞することができるらしい。
 ルルーシュは花瓶に活ける用の花を数種類、加えて鉢植えのアジサイを一株購入した。
「いつも有難うねえ」
「いえ、こちらこそ」
 この店は駅から一番近いこともあって、たびたび利用することがある。だから既に自分の顔は覚えられているらしく、愛想の良い女性店主にそう挨拶をされた。
「あっそうそう! お兄ちゃんに良いものあげるよ!」
 店主はそう言うなり店の奥へ駆けていった。慌ただしい人だな、と正直な感想を抱くと間もなくて彼女は再び現れた。先ほどは持っていなかったはずの小さな箱を抱えており、なるほどそれが彼女の言う”良いもの”らしい。
「いつもお花買ってくれるから、サービス」
「良いんですか?」
 店主に押し付けられたそれを、ルルーシュは半ば受け取らされる形となった。
「それ貰い物なんだけど、甘いものはどうも苦手でさ。横流しで悪いけど、良かったら貰ってやって」
「そうなんですね。有難うございます、お言葉に甘えて頂戴します」
 それは市販の既製品らしく、箱の裏面には中身の詳細が記載されている。包装やテープも剥がされた形跡が見当たらないため未開封だろう。また、品名は”チョコレート”となっていることから、彼女の甘いものが苦手、という話と辻褄が合う。消費期限は一年以上先の年月日が印字されているため、傷んでもいないだろう。販売元の社名やブランド名に見覚えはなかったが、元々そういう分野に詳しいわけでもないためさして気にすることもなかった。
 ルルーシュは貰った品物を鞄に仕舞い、植木鉢と生花の束を抱えながら帰路についた。








 それどうしたの、といつの間にか隣にいた男に声を掛けられたのは翌日のことだ。

 月曜日の六限がようやく終わり、今日の学校生活も残すところ帰りのホームルームのみとなった。掃除や帰りの準備などやることのなくなったクラスメイトの大半は雑談をして、担任が教室へやってくるのを待ちぼうけしている。春の終わりから夏の始めへと季節が移ろうとしているせいか、慣れない暑さでルルーシュを含めた教室全体の雰囲気がやけに気怠い。

 通学鞄に教科書を仕舞っていたルルーシュは、先週末に花屋で貰った品物がまだ入れっぱなしになっていることに気付いた。鞄の奥底で教科書類に押し退けられていた箱は上質な紙で作られているらしく、ちょっとやそっとの衝撃では型崩れすることはない。紙の表面にかすり傷程度は見られるものの、中身自体に影響はないだろう。
 新品同様のそれを掴んでまじまじと眺めていると、スザクが無遠慮に覗き込んできた。ずいぶんと気安い男は、不思議そうにルルーシュとその手にある箱を見比べている。
「貰ったんだ」
「また女子からのプレゼント?」
「そういうんじゃない」
 ルルーシュが手にしていた箱に向かって、スザクは指差した。
「じゃあ男子からの?」
「…なんでそうなるんだ」
 呆れた口調で返しながら、ルルーシュは箱に巻かれたサテンリボンを解いた。型崩れなく巻かれていたリボンは固く結ばれていたが、するりと簡単に解けた。
 箱を開けると紙の緩衝材に保護され包まれた一粒のチョコレートが、中央にちょこんと鎮座している。一目見て漠然と、高価そうだなと感じた。
 それはチョコレートというよりも、オモチャのビー玉に近い風貌だ。つるりと光沢を放つ表面に、ピンクの塗料を塗ったような色をしている。ルルーシュやスザクが普段目にするカカオ色のお菓子とは程遠い見た目だ。それはおおよそチョコレートとは言い難い食べ物だが、箱の裏面の商品名称の欄には”チョコレート”とはっきり記載されている。
「これ、チョコレートなの? すごいね」
「食べるか?」
 箱の底面を持ってスザクに差し出すと、あからさまに驚いた顔をされた。
「だってこれ、ルルーシュ宛のプレゼントだろう」
「別にいい。今は甘いものを食べる気分じゃない」
 スザクはプレゼントと言うが、これはそういった類いのものでは決してない。
 店の若い看板娘から頬を染めて贈られた物品なら考え物だが、これは気前のいい店主が常連客にオマケをしてくれただけだ。しかも店主いわく市販の貰い物だと言うのだから、下心もさして感じられない。
「えーっ。じゃあ、頂きます」
 緩衝材に包まれたそれを見た彼は、おそるおそるピンク色をした一粒を摘んだ。未知の食べ物を前にして不安と好奇心が入り混じっているらしく、何度か口に含むのを躊躇いつつも彼はやがてそれを口に入れ、ゆっくり咀嚼した。まるで作り物のような見た目だが、微かに鼻腔を擽るカカオの香りがルルーシュたちに嘘をつかない。
「甘っ…」
「はは。それは悪かった」
 別にスザクをだまくらかして変なものを食べさせようとしたわけではない。だからルルーシュは謝罪にならない謝罪をした。
「これボンボン? お酒入ってるのかな」
 口を動かすスザクはそう尋ねるから、もう一度箱の裏面を向けて成分表示に目を通した。
「いや、恐らくガナッシュだ」
「うーん、じゃあこの甘いのなんだろう」
「…せいぜい腹を下さないといいな」
「無責任だよルルーシュ」
 変なものを食わされた、毒味をさせられたとスザクは喚いていたが、ルルーシュは始終知らぬ振りを決め込んだ。







 帰りのホームルームが終われば、あとは各々の用事やクラブ、委員会活動に向かう。当然ルルーシュも例に漏れず生徒会室に向かうのが通例なのだが今日だけは、そうはいかないらしい。
「付き合わせちゃって本当にごめん、埋め合わせはいくらでもするから」
「いいって別に。お前のそれは今に始まったことじゃないし、俺も慣れてる」
「いや本当に、面目ないというか…」
 どうしても明日中に提出しなければならない課題を、スザクは今になってその存在を思い出したらしい。ブリタニアの歴史や風土などをテーマにしたレポートを作って、授業内で発表するという内容だそうだ。しかし残念なことにレポート用紙は真っ白のままで、それどころかテーマすら決まっていないという絶望的な状況だ。そんな中で、スザクがルルーシュに協力要請をしてきたのがつい先刻のことだった。
 学校の図書室を利用するのが一番理想的だが、課題の内容といえど私語を控えねばならない場所である。教室で居残りするにも、放課後になれば部活動以外での使用となると強制的に施錠されるルールとなっている。パソコンを使用できる教室も、スザクと同様に課題に追われた他学級、他学年の生徒らに占領されてしまっていた。もはや二進も三進もいかず話し合った結果、ルルーシュがスザクの部屋に赴いて課題を手伝ってやる運びとなった。
 この貸しは高くつくぞと心の中で皮肉りながら、ルルーシュは彼の部屋へ赴いたのだった。















「った…! 何するんだ、おい!」
「嘘ついてごめんね、ルルーシュ」
「は…?」
 連れられるままに部屋を訪ねたルルーシュは、突如としてベッドに突き飛ばされ、今に至る。
 つい先刻まで己の隣で談笑していた彼は、申し訳なさそうに眉を下げていた。

 スプリングと柔らかいシーツのおかげで怪我こそしていないものの、それでも体の痛みは確かだ。突然暴力的な振る舞いをする男を、ルルーシュは責めるように睨んだ。
「ねえ、なんでかな。体がさっきから、おかしくて」
 ルルーシュが怒りを露わにしようとそんなもの知らぬ存ぜぬというふうに、スザクはその細い手首をベッドに縫い付けた。きりきりと痛む手首には爪が食い込むほど固く握り込まれた彼の手があったが、その表情は今にも泣きだしそうだった。そんな顔をされると、いくらルルーシュだって怒鳴ればいいのか心配すればいいのか分からなくなる。ルルーシュの背中に伝う嫌な汗も、ばくばくと緊張で暴れる心臓も、スザクはきっと知りもしないくせに。
「ここ、触って」
 ルルーシュの右手を握ったスザクは、そのまま自らの股間に宛がわせた。
「お、まえ」
「さっきからずっと、こうなんだ。なんでだろう」
 中学生の保健体育でもあるまいし、なぜそんなことを己に聞くんだ。だいたいそんな場所、人に触らせるなんてはしたない。
 率直に思ったのはそんなことばかりだが、スザクの欲しい返答はきっとそうじゃない。その口調こそルルーシュへ問いかけるような優しさすら含んでいるがその実、ルルーシュに言わせたい言葉はきっとひとつしかないに決まっているのだ。つまりこれは誘導尋問である。

 ルルーシュが暫く黙り込んでいれば痺れを切らしたらしい。スザクは再びルルーシュに被さると、そのまま目の前にある唇に噛み付いた。
「んう、ん!」
「っ、ふ……」
 隙間から忍び込んでくる舌のぬめりに、ルルーシュは思わず声を上げた。唇から口腔の隅々まで舐め上げられるとそれだけで、全身が沸騰するかと思うくらいだ。大げさな反応を示すルルーシュがスザクと交わす接吻といえば唇をすり合わせるくらいで、口腔同士で交合するような激しいものはまだ知らなかったからだ。それが運の尽きだったのだ。作法も対処法も分からないルルーシュはただただ受け身に徹するのみで、彼の手管に翻弄されるしかなかった。
「んぁ、ん!」
 首の角度を変えるたびに混じり合う唾液はぬちぬちと卑猥な音を立てる。とくに舌根に溜まる唾液をぐじゅぐじゅと掻き回されると、気がどうにかなりそうだった。

 縮まる舌を絡め取られると、頭の芯が焼けていく心地がした。ここが気持ち良いんだよと教えられるように上顎を擽られると、目頭も熱くなった。まるで打てば響くかのように、ルルーシュの体は本人の意思とは関係なくひとつひとつの刺激を丁寧に拾い上げていくのだ。
「っん、ん! ん…!」
 スザクの右手が脇腹を這い上がり始めると、ルルーシュも釣られるように激しく抵抗した。このまま訳も分からずなし崩しに行為を進められるのは、感情論抜きにしてもお互いにとって良くない気がしたからだ。だが一番の理由は、スザクのいつにない乱暴な手つきがルルーシュにとってひどく恐ろしかったからだ。
 今日のスザクはルルーシュの名前を呼ぶことも、目を見つめることもしてくれない。
「ぷは、は、あ……」
 スザクはルルーシュの抵抗に不承不承といった面持ちで、ようやく唇を解放してやった。

 ぎらぎらとした野蛮な眼光に射抜かれた気がしたが、潤みきった視界ではろくに彼の表情も視認できない。戦慄く唇を必死に動かして言葉を紡ごうにも、舌が痺れてしまっては赤子の喃語のような音しか発せない。
 唇をいまだはくはくと動かす自分と顔を見合わせたスザクは、そんな様子を見かねたらしい。彼はルルーシュの頭を抱き寄せると、耳元でこう囁いた。
「ごめん」
「……」
 スザクはルルーシュに許しを乞うように、白々しくそんなことを言う。
「なんだかすごく、熱くて苦しくて」
「すごい汗だ。顔も真っ赤で…」
 こうして密着することで分かったことだが、スザクの額には玉のような汗粒が浮かび、首まで顔を真っ赤にしていた。それは興奮しているというよりも、高熱に浮かされた患者とでも説明されたほうが納得がいくほどだ。
 体調が悪いのかとルルーシュが問えば、彼はゆるく首を横に振った。
「僕は今から君に、ひどいことをするかもしれない」
「……それは困る」
「うん。だから、謝っておこうと思って」
 スザクは真っ赤な頬から汗を伝わせた。それは彼の目から流れる涙にも見え、見ているルルーシュのほうが辛い気持ちになった。
「でも僕がルルーシュに優しくしたいっていうのは本当なんだ。……信じてくれる?」
 彼は掬った己の右の指先に、恭しくキスをした。まるで主人に許しを乞う騎士のようでもあり、甘えたがりな恋人のようでもあった。その恥ずかしい台詞と仕草に目眩すら覚えながらも、不思議とどこか様になっているのを憎らしく思った。
 ベッドの上ではとびきり優しい彼が、ここまでルルーシュに情けないほど頼み込むとはよほどのことだろう。だが、濡れた瞳と温かい手に触れられれば、ルルーシュの出せる答えなど最初からひとつしか用意されていないのだ。
「し、信じる」
 空気を微かに振動させる声は、しっかりと彼の耳まで届いていたらしい。
 握られていた右手は重ね合わされ、再びシーツに押し付けられる。優しくしたいと言った傍から手加減なしに掴まれた手首は、相変わらずきりきりと痛む。痛覚に顔を顰めていると、やがて凶暴な舌によって再び口内を蹂躙されていった。

 胸から脇腹、背中を這う右手なんかはルルーシュの性欲を煽るためだけに動いているに違いない。胸なんかろくに触ったこともないくせに、今日はそこを弄くり倒したくて仕方ないらしい。
 乳首に舌を這わせる男の髪の毛を、いい加減にしろという意を込めてくしゃりとかき混ぜてやる。そうすると何を勘違いしたのか、彼はさらに機嫌良く乳頭を舐めしゃぶった。
「ぁ…、ん……」
 そんなところを弄られても正直、気持ちいのか良くないのか判断がつかない。むずむずとした言いようの感覚が走るが、これは恐らく擽ったいだけだ。
「できるだけ優しくしようって、思ってるんだけどね…」
 スザクは胸元で吐息を吹きかけるように、そんな独り言を漏らした。その不穏な響きには、さすがのルルーシュも嫌な予感を覚えざるを得ない。
 やがてその予感が的中したのか、ルルーシュの体は電流が走るように跳ね上がった。
「うあ、あ! なに、なにして、んっ!」
 彼が先端に舌を捩じ込みながら、歯を立てていたらしい。そうした状態で乳頭全体を唇で吸われると、ルルーシュはどうしようもないほど堪らなかった。
 背中が仰け反るたび、もっと吸ってくれと主張するかのように彼の口元へと胸を押し付けてしまう。シーツから離れた背筋は、羞恥による発汗でぐずぐずに濡れていた。
「いやらしい」
「ちが、これは、あ、ん!」
 それをいやらしいと揶揄されてしまえば、その気がなくともはしたないことをしているような背徳感にも陥らされる。
「優しくさせてよルルーシュ。僕をあんまり煽らないで」
 馬鹿の一つ覚えみたいに違う違うと首を振り乱しても、スザクはそれを目にも止めてくれない。
 こっちを見ろというふうに汗に濡れた栗毛をかき混ぜると、一瞬だけ翡翠がルルーシュのほうを見遣った。その色はとっくに情欲に蕩け、まるで別人のような目付きをしていた。


 下着も脱がされ、脚を大きく広げる格好にさせられ、ルルーシュは居た堪れなさで間もなく死にそうだ。だが脚を閉じることも恥じ入ることも許してくれなさそうな男は、相変わらず己の下半身を弄ぶことにご執心らしい。

 体内に埋め込まれた指は粘膜のなかで蠢き、腹側にあるらしい性感帯を掠める。ルルーシュはまだそこであまり性感を得られないのか、微弱な刺激しか拾わない。だから正直なところ、後ろを嵌められるより前を擦られたほうが刺激は強かった。
「も、しつこい……」
「入れていいの?」
「そんなこと、言ってない」
 今のスザクは、ルルーシュの主張を聞く耳は持たないらしい。
 腰を無遠慮に鷲掴みにされた刹那、ルルーシュは下腹部を見遣って思わず叫んだ。
「スザク待て、無理だそんなの、入らない、無理だ!」
「…大丈夫だよ」
「適当なことを言うな! せめて俺の目を見て言え!」
 スザクのそれは腹につきそうなほど膨らんで、充血している。これまでの性交で目にしていたものより遥かに凶暴でおぞましい。そんなものを捩じ込まれでもしたら、本当に己の体が裂けかねない。
「さっきはルルーシュに、できるだけ優しくするって言ったけどさ」
 ルルーシュの太股を撫でるスザクの目はどう見ても虚ろだ。理性が飛びかけているのであろう彼は、最後にこう告げた。
「ごめん。やっぱり、無理かもしれない」





 これはついぞ、今になってようやくルルーシュが分かったことである。スザクは普段ルルーシュと性交する際、最大限手加減していたらしい。
 らしい、というのはあくまでこれが、ルルーシュの憶測だからだ。しかしこの予想は高確率で的中しているだろう。なぜなら今この瞬間、ルルーシュは意識を何度も飛ばしかけるほどの猛烈な快楽に飲まれているからだ。

「ごめん、ごめんねルルーシュ、ごめんね」
 スザクの目尻から伝ったものが、汗なのか涙なのかはもう見当もつかない。行為中に泣く男なんて情けないぞと声を掛けようにも、口を開けば嬌声しか出てこないのだ。頭も体も馬鹿になったみたいで、恥ずかしいとかはしたないとか、そういった理性的な感情もずいぶん前に忘れてしまった。
「んあ、…っひ、う、ぁあ! ア、ん!」
「はあ、きもちい、きもちいね」
 男はうわ言のようにそう呟きながら、腰を打ち付けた。ストロークもリズムもめちゃくちゃで、ただルルーシュの一番弱い箇所を亀頭で擦り付けることにしか頭にないらしい。そうすると内壁が締まって気持ちが良いんだと、彼はうわ言のように言っていた。スザクはそれで気持ちが良いのかもしれないが、受け入れる側は堪ったもんじゃない。
 そう、言ってやりたいのに。
「あっ、やめ…! やぁ、ぁんっ! ひぃ、ア」
「すっごい声」
「ァ、あ! …っ、ッん! あぁ…っン、んう」
 唾液の滴る舌を差し伸ばされれば、ルルーシュは言われるまでもなくおずおずと口を開いた。先ほど流し込まれた唾液よりねっとりとして熱いそれは、すぐ口の中で溢れてしまう。訳も分からず彼の体液を飲み干しスザクの唇へ舌を伸ばすと、犬のようにしゃぶりつかれた。
「ん、ふう、んん、んっ! ン、ふぅ、っ!」
 顔の位置を固定するように、両耳を塞がれる。そうされると口腔に響く唾液の水音が耳の奥まで伝わり、気がおかしくなるのだ。同時に熱い肉茎で腹の内側を抉られでもすれば、今度こそもう意識が持たなくなる。
 射精を伴わない絶頂はこんなにも苦しいんだと、ルルーシュはこの時初めて知った。





「ルルーシュばっかり辛い思いさせて、ごめんね」
 重い目蓋を持ち上げると、涙声の男が情けなく、己の体にすり寄って泣いていた。
 いったいこれは何事だと混乱こそしたものの、体内に突き刺さったままの熱と、全裸の体、部屋の青臭い熱気と全身の怠さで、ルルーシュはようやく直前の記憶を巻き戻すことができた。
 スザクにのし掛かられめちゃくちゃにキスをされ、前立腺を容赦なく押し潰され、軽く意識を失っていたらしい。
「どこか痛くない? 気分とか、悪くない?」
「身体中が痛い。尻も痛い」
 スザクはルルーシュの言葉を受けて、またじわりと瞳に涙を溜めた。
 彼の無尽蔵過ぎる底なしの体力を鑑みれば、これが本来のペースなのかもしれない。だがそれに付き合う方の身がまず持つわけがないだろうと、ルルーシュは今度こそ頭まで痛くなった。
「泣くなよ、ほら」
「だ、だって」
 スザクの頬に触れるとそこは涙と汗でべたべたで、肌は火傷しそうなほど熱かった。
 己の手を取った彼は手のひらに口づけて、火照った頬を冷ますように擦り寄った。
「ルルーシュの手、冷たくて、きもちい」
 そのときだけは、ルルーシュのよく見知った優しい翡翠が浮かんでいた。先ほどの男はまるで別人のようであったが、これは紛れもなくスザク本人である。
「俺じゃお前に付き合いきれるかどうか、分からないけど」
「ルルーシュにしか頼めないんだ」
「そうか、それは困ったな」

 スザクはシーツに下ろされていた脚を再び抱え、股を大きく割り開かせた。ひんやりとした外気が太腿の内側に触れて、鳥肌が立つ。そんな小さな体の変化にも、スザクはきっと気付いているのだろうか。いや、それどころかルルーシュ本人も見たことのない場所まで、彼にとってはお見通しなのだろう。そう意識し始めると、体の奥が急に切なくなった。
「自分で脚、支えれる?」
「……こ、こうか」
 膝裏に自ら手を差し入れ、スザクに見えやすいような体勢になった。こんなはしたない恥ずかしい格好はもう二度と御免だ。

「ぁ…ん、う……」
 ずるずると中を焦らすようにゆっくりと往復する動きは息苦しさこそないが、むず痒い刺激が焦れったい。粘膜越しに脈打つ肉の形がしっかり伝わってくると、無意識のうちにそれを想像してしまって駄目だった。悪戯のように時折弱い箇所を当ててくるのが何よりも憎らしい。
 少々体勢には無理があるが、緩やかな挿送が続くと先ほどまで乱されていた呼吸をは自然と落ち着く。中を出入りする陰茎に意識を奪われていると、不意に突き抜けるような快感が再び、身体中を駆け巡った。
「っア、あぁ! ひぃ、や、やめ…っやだ! ぁ、や!」
 何かのスイッチでも入ったのか、彼は突然執拗に腹の内側を抉るように腰を使い始めた。前髪で隠れた顔はよく見えないが、ぜえぜえと荒々しい息遣いはとても苦しげであった。
 身も蓋もなく泣きじゃくりながら頭を振り乱すルルーシュを見遣ったスザクは、はっと正気を取り戻すように動きを止めた。
「ごめん、ごめんルルーシュ」
 どうやら先ほどよりも幾分か、理性を取り戻せるようにはなったらしい。その翡翠には冷静さを欠いた欲情が映し出されていたが、先刻に比べると落ち着いた色をしていた。だがそれを加味しても不安定すぎるスザクの情緒に振り回されっぱなしのルルーシュのほうが、先にどうかなりそうだ。

「ねえルルーシュ、ちょっと起き上がれる?」
 そう言われて上半身だけ起き上がったルルーシュはスザクに言われるまま、腕を引かれた。スザクは脚を伸ばして座った姿勢で、股座にルルーシュの尻を乗せた。
「え、ぁ、あ…?」
 自らの脚の間にルルーシュを座らせたスザクは、そのまま仰向けでシーツの上に寝転がってしまった。まるで先刻と真逆となった位置関係に、ルルーシュは訳も分からず不思議そうな顔を浮かべている。
「僕にキスして」
 己の頬に上った微かな熱は、スザクからはよく見渡せているのだろう。そんなことを癪に思いながら、彼へ頷いてみせた。
 ルルーシュは言われるままに前傾姿勢となり、スザクの顔に唇を寄せた。先ほどの苛烈なものはできない代わりに、柔い唇を何度もそこへ押し付けた。
「腰も動かしてごらん」
 スザクの不埒な手が尻たぶを揉み、太股を撫でた。

 それを合図に、ルルーシュは分からないなりにも控えめに腰を上げたり下げたりした。
 今日は散々彼の横暴によって腰を掴まれ揺さぶられた。そのせいで既に体はひどく怠く、とくに下半身なんかはろくに動かすことができない。へこへこと下手くそに揺らしていると、今度は目下にいるスザクに顎を掴まれた。
 こっちがおざなりになると今度は向こうが足りなくなる。ずっとそれの繰り返しであったが、スザクは物覚えの悪い子供をしつけるように、ルルーシュの体へしつこくそれを教え込んだ。
「もっとお尻動かして」
「ぁ、できな、っあ、あ」
「ルルーシュ、僕の体でオナニーしてるみたい」
「あ、変なこと、…っ言う、なっ!」
 罵倒するために開いたルルーシュの口からは唾液が滴る。それらは真下にいるスザクの胸元にぽつぽつと小雨のように垂れた。それをぼんやり見つめていると、また接吻をねだられる。とっくにふやけた唇同士をくっつけると、ルルーシュは雌犬のようにねっとりと彼の口を舐った。

 まるでこれは、スザクへの奉仕である。肉棒に貫かれた尻を淫らに揺らし、男の口としきりに唾液を交換するだけの、下品な奉仕だ。それは性的快感を求めるためではなく、彼の支配欲や嗜虐心を満たしてやるための行為だ。
 そう頭で分かっているつもりなのに、己の役立たずな陰茎を擦られると、それはもうどうしようもないくらい気持ちが良かった。下品な言葉で謗られると、目の奥が熱くなって堪らない気持ちになった。

 ルルーシュはスザクの腕の中で再び、意識を手放した。








 清潔なシーツと毛布にくるまれ微睡んでいると、頬の輪郭をなぞるように撫でられた気がした。
 薄く瞳を開けると、申し訳なさそうに眉を下げた男が、微笑んでいる。薄暗い部屋は光源が見当たらず、窓から差し込む鈍い明かりから察するにそれは月光であろう。
 放課後この男の部屋に訪れると強姦紛いのことを強いられ、少し眠って、今に至る。外の景色はすっかり夜更けの色に染まり、いったいどのくらいの間、己が気をやっていたのか定かではない。
「今、何時だ」
「二十三時。咲世子さんには、僕から連絡しておいたよ」

 昼間は汗ばむほどの日差しもこの時間帯にはとうに鳴りを潜め、涼しげな風が吹く。カーテンの隙間から靡く風はひんやりとして、火照った体には心地よい。
 シーツの冷たい部分を探し腕を伸ばすと、くすりと笑われた気がする。
「…もう、体は大丈夫なのか」
「えっと、お陰様で」
 スザクはばつが悪そうに頬を掻いた。
「僕より君のほうがよっぽど心配だよ。僕のせいだけど」
「そうだな」
 ルルーシュは手短にある枕に顔を埋め、再び微睡み始めた。
 もう体は怠く、恐らく腰も立たないだろう。今日はこのままスザクのベッドで、静かに夜を明かすことに決めた。
「…お前、我慢してたのか。その、普段から」
 スザクは何のことかと暫く目を瞬かせたが、ルルーシュのどこか言い淀む様子に察しがついたらしい。元に戻った頬の色を微かに上気させ、ぽつりと答えた。
「僕が好きでやってることだよ」
「……というと?」
「ルルーシュはあんまり、僕に甘えてくれないから」
 スザクがあんなに優しく接していたのは、やはりルルーシュを甘やかせるためだったらしい。
「自意識過剰だな」
 頼りの光源は月の光のみだ。そんな心許ない視界の中で、仄かに赤く染まった彼の肌はやけに目につく。
「俺はお前に甘やかされてばっかりだ」
 ルルーシュが吐息だけで笑うと、スザクは照れくさそうに微笑んだ。








 翌朝スザクが教室に着いたときには、もうすでにルルーシュは自分の席で大人しく座っていた。てっきりスザクはルルーシュが欠席すると見込んでいたらしく、ひどく驚いた様子で話し掛けてきた。
「体はもう大丈夫?」
「お陰様で絶不調だ」
 頬杖をつきながら、ルルーシュはスザクの問いかけをあしらった。

 あれから一晩、ルルーシュはクラブハウス横にある屋敷には戻らずスザクのベッドを占領し夜を明かした。一方のスザクは負い目もあるのか、とくに抗議することもなくリビングのソファで横になっていたらしい。
 翌早朝に起床したルルーシュはベッドの下にある脱ぎ散らかされた衣服を適当に身に着け、自分の足で屋敷まで一旦戻っていた。スザクは熟睡していてルルーシュが部屋から出ていく物音にすら気づかなかったようだ。屋敷に戻ってからはシャワーを浴びて着替えて登校したというのが事の顛末である。
「体育はさすがに無理だから、見学する」
「ご、ごめん……」

 項垂れるスザクを視界の端にやりながら、ルルーシュは通学鞄を探った。昨日の騒動の発端、その真犯人には、二人とも心当たりがあったからだ。
「やっぱりこれのせい?」
「だろうな」
 リボンはほどかれているが、ルルーシュは花屋で貰った件のチョコレートの空箱を机上に置いた。
 箱の底面には商品の成分が記載されており、その内容は何度読んでも至ってごく普通の、市販チョコレートである。スザクは酒のような甘さを感じたと言うが、記載によればそのような成分は含有されていない。
「でもあんなの、ルルーシュが食べるくらいなら僕で良かったよ」
「結果的に被害を被ってるのは俺も同様だが」
 腕を組んだルルーシュは隣に立つスザクを睨んだ。
「どちらにせよ、見知らぬ人に貰った物はむやみに口に入れないことだな」
 ルルーシュは適当にそう結論付けて、チョコレートの空箱をゴミ箱に放った。



 ルルーシュが花屋で購入したアジサイの鉢植えは咲世子やナナリーにえらく好評で、玄関の靴箱の上に飾られた。
 しかしルルーシュはその鉢植えを見かけるたび、とある苦々しい思い出を回想するはめとなったらしい。だがついぞ、彼の口からそれが語られることはなかったのである。