左右非対称性の作り方

 僕と彼は自他共に認めるほど何から何まで正反対だ。

 きめ細やかな白磁の肌を持つ彼は、そのシャープな輪郭からは男性らしさが感じられず、むしろ女性的な印象すら与える。その左右対称過ぎる顔のパーツは、神様が気まぐれで配置したのではないかというほど均等に整っていた。真っ黒の長い睫毛に縁取られた真ん中に、艶やかに光を放つアメジストなような瞳が嵌め込まれており、それはどこか人形じみている。あまり物を語らない桜色の唇が儚さを孕み、人々の視線を自然と集めてしまう。丸みのない頬や一直線に通った鼻筋は年相応な青年のものであったが、そんな要素ですら彼をより作り物じみた雰囲気を助長させる。烏の濡れ羽色の頭髪は自然光のもとではきらきらと輝き、風にそよぐだけで絵になる。日焼けをまだ知らない白い肌とのコントラストが、もはや芸術的であった。

 人の見た目の美醜にあまり拘りもなく疎いスザクですら、ルルーシュの見た目は間違いなく美しい部類に入ると直感した。
 自分の身なりに気を使うのは何も女だけではない。男だって、毎朝髭を剃って髪の毛を整髪剤で整えて、清潔感を演出することに勤しんでいるのだ。だがそれはあくまで自分で設計した、作られた格好良さや清潔感である。それは自分が生まれつき持ち合わせた素材から研究し、生み出された英知の結晶なのだ。そうやって自分を磨きプロデュースすることに余念のない男性は格好良いと思うし、スザクは純粋に尊敬していた。そもそもスザクは、そういった人の努力を馬鹿にしたり嘲笑う性分は元来持ち合わせていない。だがそれでも、人からどう見られるか、そしてどう見られたいかという理想に近づくために努力を惜しまない人間にはとくに、心の内で称賛していた。これはスザク自身、人からどう見られたいかという理想が希薄で、かつ自分のことには無頓着であることが原因だったのかもしれない。そうは言っても、スザクだってれっきとした男子高校生である。寝癖はそのままで顔も洗わず無精髭を生やして学校に行ったりは、もちろんしない。必要最低限の身だしなみは整えるし、鏡に映る自分の顔に向かって微笑んでみせたりもする。でもそれは決してお洒落したいというませた動機からくる行動では断じてない、恐らく。それは単純に、他人から見てだらしない人間だと思われないようにするためには必要なことであると、割り切っているからやっていることである。スザクは前述したとおりあまり意識しないが、人は見た目が九割で、残りの一割が中身だと宣う者も存在するらしい。ならばせめて程々に、どこに出ても恥ずかしくないくらいには整えていたほうが、得することは少ないが損することは絶対ないのだ。だから余計に、自分の見た目を気にかけ手入れを怠らない世の男女には敬意すら感じてしまう。とくに容姿磨きに気合いを入れ、どちらが似合うだのどれが可愛いだのと尋ねてくる女の子なんかは、みな健気で可愛らしいとスザクは思っている。それが自己満足であろうと、自分の理想のために努力する姿勢は立派で、スザクにとっては見習わなければならない部分でもある。

 だがそんな中で、ルルーシュだけは異質であった。
 彼はさして美容や流行り、風俗に興味がない素振りなのに、目立ちたがりでない内面とは裏腹に外面は随分と華美で麗しいと形容されていた。スザクと同じく見た目に頓着のなさそうな彼の素振りから、それは明らかに無加工の、彼自身が元来持ち合わせている素材そのものが魅せる美しさなのだ。世の男性が雑誌やインターネットで情報をかき集め、自己研究に勤しんでいるというのに、ルルーシュはその努力を蹴落とす勢いでその華やかさを隠そうともしない。否、彼自身その美しさに気がついていない可能性すらある。だから無遠慮で、無防備であるほど、彼の素材自体の美しさが際立つのであろう。

 テレビや雑誌によく映るモデルなんかは、みんな格好良いなあと月並みな感想は持つものの、じゃあ具体的にどこが好きだとか、どのモデルが好みだとか、そういう話になると口ごもってしまう。スポットライトの下で脚光を浴びるこのような職種の人間には、良くも悪くもみな同じようにしか見えず、個々人の違いが判別できないのだ。
 だから、スポットライトも当たらず自分の美しさにいまいち自覚のないルルーシュが、巷で量産されがちな格好良さや可愛らしさのどれにも該当しない、唯一無二の美しさを持っていることが、彼をより異質な存在へと昇華させるのだ。
 彼は道端で咲くには派手すぎるし、宝石の原石にしてはあまりに磨きがかかり過ぎていた。

 スザクですら、純粋にルルーシュは一般的に美しいと比喩されるタイプだと感じた。だから人の容姿や美的感覚に鋭い年頃の女たちにしてみれば、ルルーシュの見た目には大層骨抜きにされ、夢中になってしまうのも仕方ない。ルルーシュがそこにいるだけで周囲の女子生徒はみな、彼に熱っぽい視線を向けるのだ。
 何をやっても様になるというのは、同性として正直羨ましいところだ。様になるというか、完全に本人の意識の外で、そうなってしまうのだ。まったく嫌味たらしい罪深い男であると世の男性諸君は一概に思うだろうが、そこまで圧倒的な差を見せつけられるとこちらとしても、こればかりはどうしようもないと諦めもつくのである。
 自分があんな風に、街を歩けば女性に振り返られ、ちらちらと色艶めいた目線でちくちくと肌を刺され続けるというのはなかなか耐え難いものかもしれないが、やはり羨ましいものだ。可愛い女の子に告白されるというベタなシチュエーションにも憧れるし、とっかえひっかえで彼女を変えて、ハーレム気分というのを味わってみたい。男なら誰もが一度は夢想することであろう。彼のあの美貌ならそんなことも容易いだろうに、しかしそのような浮ついた話は一度として流れたことはなかった。

 あまり目立ちたがりでもないが、陰気臭い性格でもない。人当たりの良さそうな微笑みを浮かべて級友と会話を交わし、時には冗談を言ったりして笑わせたりもする。人間臭さのない見た目とは正反対に、内側はごく普通の学生そのものだった。課題の提出期限をしれっと破るし、忘れ物もするし、授業中に居眠りを決め込んだりもする。それどころかたびたび授業をサボり、クラスメイトで同じ生徒会に所属するリヴァルとどこかへ抜けだしたり、その素行はあまり褒められたものではなかった。
 そんなふうに、案外自由奔放な性格であったがとくに仲の良い人間だったり特定のグループに所属して行動を共にするような仲間を、彼は作ろうとしなかった。

 当たり障りなくクラスメイトと接し、とくにトラブルもなく円滑に人間関係を築く彼は器用貧乏にも見える。
 最初はルルーシュのことを、周囲の者はそう評価する。しかしその実よく観察してみると、彼は他者にこれ以上踏み込まれたくないという明確なラインを持っており、そこを踏まれる前に自ら身を引いて、適度な距離を置こうとしているのだ。相当気を張っていなければ、そんな芸当は早々できないであろう。そのことから彼は隠しているだけで、大層頭が良く口の達者な男であることは容易に察することができた。能ある鷹は爪を隠すと言うが、彼に至っては鷹であることすら隠し雀の振りをしているようなものだ。
 なぜルルーシュが透明の壁を自らの周りに築き、そうやって他者の介入を拒むのかはスザクの想像に難い。だがそのようなルルーシュの謎な一面もまた、彼を飾り立てるチャームのひとつに他ならない。



「今から物理の追認試験を受けてもらう者の名前を挙げる。今回は二名だ」
 教室中がざわざわとさざめき、みな青い顔をして隣近所と顔を目配せをした。落ち着きなく、絶対自分のことだと騒ぐ者やどこか余裕の表情を浮かべる者、その反応は千差万別である。
 かくいうスザクは涼しい表情を顔に貼りつけているものの、内心は叫びだしたいほど不安に駆られていた。

 先日行われた期末テストの、とくに物理が著しく点数が悪かった。どこに出しても恥ずかしいその結果に、鞄の奥底に仕舞ってしまった解答用紙はもうどこにいったのか記憶にない。それほどまでに直視し難く、現実から抹消したい成績に戦々恐々とするのも無理はないのだ。とくに理数系の科目が大の苦手であったから、理科や数学の要素を一緒くたにしたこの物理という科目はスザクにとって悪夢でしかなかった。
 だからといって、スザクも丸腰でペーパーテストに挑んだわけではない。勉強の得意な級友たちに囲まれ、みっちり物理の基礎を叩き込まれた上に、できるだけ平常点を稼ごうと提出物はすべからく提出期限内に出し終えた。授業内容を理解できているかはともかく、居眠りは一度もしなかった。傍から見れば優秀過ぎるその授業姿勢に、このペーパーテストの内容も情状酌量ということでどうか、救われていてほしい。

「追試は枢木とランペルージ、お前たち二人に受けてもらう」

 その瞬間、教室中にどっと笑い声があがった。

「よりによってこの二人かよ!」
「なんか意外なコンビだね~」
「異質な組み合わせっていうかさ、でもなんか分かるわあ」
 周囲が好き勝手に所感を述べ始めるが、スザクの心中はもうそれどころではなかった。
 試験前、あれだけ己に張り付いてみっちりと勉強を教えてくれた級友たちに、これでは申し訳が立たない。恐る恐る彼らのほうへ視線を向けると、スザクの思いなぞいざ知らず、彼らは腹を抱えて笑っていたものだから拍子抜けした。俺たちがせっかく時間を割いて教えてやったのに、と非難され怒られるものだとてっきり予想していたものだから、そんな楽しむような反応が意外で肩透かしを食らった気分である。そしてそれと同時に、彼らの寛容さにスザクは改めて感謝した。
 スザクにしてみれば今までの定期試験の中ではそこそこに頑張ったほうであったから、この結果には些か納得がいかない。一体どういう裁量で追認試験を受けるべき生徒を選定しているのか、抗議したいところである。

 スザクと同時に名前を呼ばれた彼は、スザクよりずっと後方の座席に座っていた。スザクはそちらのほうへ肩越しにちらりと視線を向けると、彼は随分不機嫌そうな表情で頬杖をついていた。おそらくこの結果に得心がいっていないのであろう。同情すると同時に、この状況に関してスザク自身も納得ができずにいたから少し共感もした。
「ルルーシュ、また追試?ツイてないね」
「まーあれだけ授業サボってりゃ、当然っしょ」
「……うるさいな」
 彼とその周りの生徒が揶揄うと、あからさまに不機嫌そうな声を発していた。生徒のそんな発言に対し肯定はせずとも、否定も反論もしていないあたり授業態度の悪さ、つまり平常点の低さが追認試験の要因であることは彼自身重々承知しているのだろう。彼が不機嫌な声音なのは、生徒らの指摘が寸分狂わず的を得ていて彼の図星だったからだ。
 言われてみれば確かに、ルルーシュは特別この物理の授業でしょっちゅう抜け出していた記憶がある。この授業は教師の教え方や説明が生徒からは大変不評で、不人気な授業のひとつであった。抑揚のない平坦な説明で進行するつまらない授業内容に加えに、大量の板書や提出物課題が課せられ、生徒らはみな口を揃えて”物理さえなければ”と愚痴を溢すのだ。その眠たく長ったらしい説明口調を一部の者はお経だと皮肉っていたが、スザクにしてみればそれは呪詛とさして変わらない。
 大学のように教授や講義内容の評判を他者から伺い講義を選択できれば良いものの、ここは高等部で研究機関ではない。興味のある分野の知識や造詣を深める場でなく、あらゆる分野の基礎知識を学ぶ場なのだ。だから基本的に主要五教科である国語、数学、理科、社会、英語は必修科目で、授業を受ける義務が生徒にはある。一科目でも赤点を取り、追認試験や追加課題、補講でも規定の点数を満たせなかった場合は進級や卒業が不可能となるのだ。この物理という科目は大きな分類では理科にカテゴライズされるため、つまりはアッシュフォード学園高等部に在籍する以上は避けて通れない道だ。だからスザクなりにこの科目を攻略しようともちろん努力はしたものの、惜しくも実らなかったようだ。
「追認試験の問題自体はさほど難易度は高くないから、恐らく大丈夫だろう。ランペルージには特別課題を用意している。二人は放課後、物理の実験室に来るように」
 前者の”恐らく大丈夫”はスザク対する言葉であろう。定期試験のスザクの解答を採点した教師は己の理解度を把握しているから、それに見合った問題を作ってくれているのだ。授業内容やそのやり方に不平不満を募らせる生徒は数多いるが、その教師本人は落ちこぼれた生徒に情状酌量の余地をくれたり、何かと救済措置を残してくれるのだ。少々堅物で融通の利かない印象をどうしても抱きがちだが生徒目線で物を考えてくれる柔軟な一面も多く、実態は不明瞭だが密かなファンも結構いるらしい。スザクもファンと呼べるほどではないが、教師本人に悪い印象は持っていない。
「特別課題ってなんだろうね」
「さあ……。ランペルージには、筆記テスト受けさせても意味ねえって判断なんだろ」
 周囲の生徒がひそひそと声を潜ませて会話していた。彼らには悪いが、スザクの耳にはその会話はばっちりと耳に届いている。

 彼は素行こそ悪いものの、頭はすこぶる良かった。大してまともに授業も受けず居眠りを繰り返しているというのに、先日スザクが大敗した定期試験で彼は相当上位の成績を収めていたそうだ。よっぽど物覚えが良くスポンジのように物事を吸収する脳みそなのか、大変勉強の効率が良いのか、記憶力が人間離れし過ぎているのか、このうちのどれかかもしれないし全て当てはまっているのかもしれない。その真相をスザクは知らないが、時代が違えば彼は神童と呼ばれ崇められていたかもしれない。それほどまでに頭が良いのに、いや良いからこそそれ以外の部分で徹底的に手を抜くため、平常点と試験点数を合算すると全体の成績自体は中の上そこそこ、という程度に留まる。だから教師陣はそんな才能を秘めた彼の成績を上げさせてやりたいと、躍起になっていたのかあるいは才能を腐らせていた不真面目な彼を、人間として嫌っていたのかもしれない。

 放課後になって、スザクは言いつけられたとおり物理実験室へ足を運んだ。
 化学薬品を扱わないその教室は薬臭さこそないものの、校舎の北側に教室が面しているせいかじめじめしていてどれだけ掃除しても埃臭い。そのうえ昼間でもあまり日差しが良くなく、部屋は夜明け前かのように一日中薄暗かった。
 そんな陰鬱とした教室に、ぽつんと人影が扉の覗き窓から見える。顔には影が射し込み判別がつかないが、その人物は明らかに男子生徒用の制服を身に付けている。放課後の時間にわざわざこの教室に訪れる生徒など、スザクが自分以外で思い当たるのはただ一人しかいない。

「電気くらい、つけなよ」
 立て付けの悪い引き戸を押しながら、スザクは中の人物へぶっきらぼうに声をかけた。出入り口の隣にある蛍光灯のスイッチを押してやれば暗かった教室が途端に明るくなり、待ちくたびれて退屈そうにしていた彼の顔もよく見えた。
「ああ……。電気のスイッチの場所、分からなかったから」
「……ふうん」
 スザクもルルーシュもそれきり黙ってしまって、短い会話は終わった。
 ルルーシュは教室の扉から見て後方の窓側の席に座っていた。彼の真横に座るのも気まずい気がして、スザクは少し距離を開けた教室前方の真ん中の席に着いた。大して教室内でも会話をしたことがなく、特段仲が良いわけでも悪いわけでもなかった。だがスザクにとってもルルーシュにとっても互いのことに、どこか掴み所がなく話しにくい、取っ付きにくい人間だと意識をしていた。そんな根拠のない認識をお互い持ち合っているのだと意識すると、人間とは不思議なことに苦手意識が芽生えてしまうのだ。きっと自分と彼は相性が良くない、正反対な性格だから価値観も合わない、だから関わらないほうが良いのだ、といった類いの見方にどんどん傾倒していく。殆ど喋ったことも関わりもないのに表面的なイメージと自らの思い込みだけで作られてしまった曖昧なその認識は、作られたばかりだと瓦解するのは容易だが時間が経てば経つほど曖昧なものから強固なものへと変化する。そしてスザクもルルーシュもこの時点でそれなりに苦手意識を固めてしまっていて、自発的に干渉することをなかなかに避けていたのだ。
 日光を注がない窓の向こうからは運動部の掛け声が聞こえて、自分も体を思い切り動かしたいなあと漠然に思った。

 スザクは勉強こそ不得手なものの、運動は大の得意であった。球技や水泳、陸上競技や器械体操など、体力が伴おうと技巧性を必要とされようとあらかたの競技はこなすことができた。体を動かすことに関しては何でも器用に行えた分、お前は脳みそまで筋肉で出来ているんだと揶揄られたことはもう数えきれないほどある。
 そんなスザクは人間関係を築くのも得意なほうであった。口が達者だとか、ルルーシュのように特別美形であるととか、そういった突出した才能は持ち合わせていない。人より少し正義感が強く真面目であるという以外、ごくごく普通の男子高校性であるとスザクは自分のことをそう分析していた。女の子はみんな可愛いしなんだかいい匂いもするし柔らかそうで、男の子は意中の女の子を振り向かせたくて努力していたりするのが格好よくて、でも時たま空回りもして面白い。そういう所感を正直に述べると、スザクの発言に例外なくみな嬉しそうにしたり笑ってくれる。そんな反応を見れるとスザクも嬉しくなるから、憚ることなくいろんな人にそう伝える癖が自然とついていた。見た目だけでなく内面でも、ここが好きだなあとか良いなあと思った箇所を伝えることもある。あなたはお世辞が上手いのねと言われることもあるが、大抵はみな満更でもないのだ。そうやって人を褒めていると自然と人が集まってきて、交遊関係が育まれる。周囲からはスザクのことを天然の女たらしだと茶化す者も居るがスザク自身そんなつもりは毛頭ない。ただ純粋に思ったことや印象を口にしているだけで、口説いたりたぶらかす意図は一切ないのだ。

 少し遅れて、物理の担当教師がようやく教室へやって来た。その瞬間スザクとルルーシュの間に漂っていた、なんとなく居心地の悪いような息のしづらい雰囲気は霧散しスザクは胸を撫で下ろした。
 スザクには教師から宣言されていたとおり、難易度のあまり高くない問題を集めた試験プリントが配布された。応用力の試されないその問題郡はスザクでもなんとか解けるもので、半刻も要さずに試験を終えてしまった。これも定期試験前にみっちりと自分をしごいてくれた友人たちのおかげだと、心の中でしつくしても足りないほどの感謝をした。
 一方特別課題とやらを課せられていたルルーシュはというと、これまで溜めていた提出物を全て書き直しさせられていた上に試験範囲を整理したノートの提出を条件にされていた。苦い顔を浮かべた彼に半分同情しつつ、半分は自業自得であるとスザクは納得した。

 アッシュフォード学園では、全ての生徒が何かしらの部活動もしくは委員会に所属することが義務付けられている。スザクも例外なくその規則が適用されるのだが、入学当初は何の部活動に入ろうかとしばらくのうちは決めかねていた。できれば体を動かせる運動部が良かったが、どうせなら様々な種目で運動がしたかった。今週はサッカーで来週はバレー、その次は水泳で、といった具合に色んな競技を楽しみたかったのだ。我ながら我儘な性分であるとスザクはひしひし感じていた。しかしそれでも何かひとつの部活動に入部してしまうと、当然ながら基本的にその競技しかできないというのが、スザクにとって大層つまらない。あるひとつに絞ってその分野を極めるより、あらゆる競技を浅く広く体験したかったスザクには決断が難しかったのだ。
 強いて挙げるなら様々な種目が内に含まれている陸上部だろうか。入部希望届けの提出期限が差し迫る最中、その事件は起こった。
 生徒会室で飼っているらしい猫が脱走し、学園内で逃亡したという。その猫を見つけ次第、誰でもいいから捕まえてくれという校内放送が鳴り響くのと、スザクの目の前を猫が走り去るのは同時だった。無事に猫を捕まえ保護したスザクは生徒会長直々に、まだ部活が決まっていないのなら生徒会に来てくれないかと勧誘されたのだ。なんでも、さして忙しくもない生徒会なら兼部も可能であるらしい。それを聞いたスザクは二つ返事でそれを了承した。

 本日何度目になるか分からないスリーポイントシュートが決まり、体育館は歓声で揺れた。
「スザク、今日は絶好調だな」
「そう? 君もアウト取らせまくってたじゃないか」
 汗にまみれた手でハイタッチを交わし、声をかけ合ってそれぞれのポジションについた。
「来週の試合の補欠も頼むぜ」
「任せてよ」

 スザクは兼部が可能という利点から生徒会に所属したものの、結局どの部活にも入部することはなかった。その代わりこうして様々な部活の練習試合などで人数合わせのために、補欠やピンチヒッターとして顔を出しているのだ。持ち前の運動神経のおかげであらゆる部活動から声をかけられ、引っ張り凧であった。時期によっては毎週末何かしらの練習試合に顔を出しているような状況になることも多く、忙しくはあるがそれなりに充実していて楽しい。

 思いの外、スザクは追認試験をさっさと終えてしまえたため残り少ない課外時間ではあるが、来週末に助っ人を頼まれていたバスケ部の練習に参加していた。体の動かし方やポジション、ルールをおさらいするためにもこうして特別に、練習へ混ぜてもらえることが多い。そしてそのたびにうちの部活へ入らないかと部員や顧問から勧誘を受けるが、一度としてそれを受けたことはなかった。ひとつに絞らず、どっちかずであるもののこうして活動するほうがスザク自身、性に合っていると思っているのだ。





「枢木」

 スザクは学校へ登校しまずすることと言えば、教室で既にいる級友と挨拶を交わすことである。そして昨日見たテレビの話や今朝のニュース、本日提出の課題の話などで話題を広げる。ごく普通の学生にありがちな会話と、朝の風景である。
 そんないつもどおりの朝に、意外な相手から名前を呼ばれた。
「何か用?」
 ルルーシュは一枚の紙を持って、スザクの席へ近寄ってきた。その紙はスザクには随分と見覚えのある、昨日受けた追認試験の解答用紙であった。スザクが登校する前にこの教室へやって来た物理の教師が、この用紙をルルーシュへ託したのだろう。
「わざわざどうも。……えっと」
 スザクは礼を述べたあと、その続きを言い出せなかった。どう言い出せばいいのか分からなかったのだ。それをわざわざ尋ねるのも何だか気恥ずかしく、口ごもってしまった。廊下の木目に這わせた視線が所在なさげにうろうろとさ迷い、目前の彼と目線を合わせられない。
「ルルーシュでいい」
 なんと呼べばいいのか分からなかったスザクの心中を瞬時に汲み取ったルルーシュは、口早にそう告げた。
「あ、ありがとう、えっと……ルルーシュ」
「ああ」
 涼しげな表情でスザクの礼を受けた彼は、手にあったプリントを差し出した。スザクは差し向けられたその紙を手に取ると、ルルーシュの冷たい指が手の甲に当たったのを感じた。
 ルルーシュはもう用が済んだと言わんばかりに、無言でその場を立ち去った。窓際で朝日を浴びる彼の輪郭は相変わらず冷たげで、彫刻のようだった。
「珍しいな、あいつがスザクに声かけるなんて」
 近くにいた級友が声を潜ませて、スザクにそんな感想を述べた。すると別の生徒も便乗して、分かる分かると共感をしてきた。あまり大きな声になると本人に聞こえそうだから、正直なところスザクは勘弁してほしかった。あからさまな悪口ではないかもしれないが、彼に聞かれるとあまりいい印象を持たれる内容ではないはずだ。
「お前ら仲悪いの?」
「いや、別に」
 スザクは曖昧に微笑み返した。仲が良いも悪いも、そもそもろくに話したことがないのだ。スザクはルルーシュの名前をどう呼べばいいかすら分からなかったのだから、初対面も同然なのかもしれない。
「でもなんとなく、相性悪そうだな」
「そうなのかなあ」
 スザクはとぼけてみたものの、実は心中でそう思っていたものだから、客観的に鑑みてもやはりそうなのだろうかと推測した。ルルーシュに対する印象はてっきり自分の先入観や思い込みだと考えていた。
「何かと正反対だしさ」
「やっぱり?」
 ルルーシュとスザクは正反対であるというのはスザク自身も感じていたことだから、思わず友人の発言に同意した。

 ルルーシュは内面は落ち着いているものの、外見は華やかで凛としている。その風貌から近寄ってくる女性も多く、学園内を歩くだけで女子生徒らに振り向かれることもあるらしいと、スザクは噂好きの女子から聞いたことがある。そんな、”振り向かれる”タイプのルルーシュに対してスザクは言うとするなら”惹き付ける”タイプなのだろう。周囲から突出するほど麗しい見た目を持っていないものの人好きのする朗らかな笑顔と、他人の長所を見つけるのが上手く、素直に人を褒めることができる素直な彼の心根に惹かれる人間が多いのだ。
 そして人間関係の構築の仕方も、二人は正反対である。ルルーシュは自分から無闇に他者へ近寄ろうとしないし、近寄ってくる者からは近寄られた分だけ自ら下がろうとする。そうやって人との距離感の均衡を保とうとするのに対し、スザクは己に近寄る人たちを拒まず迎え入れるのだ。それはつまり、ルルーシュは他者からの悪意に鋭い代わりに好意に鈍く、スザクは好意に鋭い代わりに悪意に鈍い、という証明なのかもしれない。
 そういった人としての本質がスザクとルルーシュは根本から相反しており、そういう点から考えるにスザクの級友たちは”相性が悪そう”と例えたのだ。
 確かに可能性としてそれは充分ありえるし、それがたとえ間違っていようと個人の憶測なのだ。スザク自身もそう言われてみればそうかもしれない、とますますルルーシュへの苦手意識を無意識のうちに強固にしていくのである。





 枝毛のないさらさらとした髪の毛の束を、愛しそうな手つきで撫でて指に絡めてやる。艶やかな黒髪はするりと指の間から滑り落ち、形状記憶でもなされているのかというほどすんなり元の位置へ戻ってしまった。生まれつき癖毛の自分にとって、このように癖のつかない直毛が羨ましくて仕方ない。長い前髪をかき上げると常にない玉の汗粒が浮かび上がっていて、色素の薄い額を湿らせていた。
 そんなところを舐めてもあまり気持ちよくないと以前から何度も伝えているが、彼は毎回しつこく止めようとしない。諦めたのはやはり自分の方で、いつからかその行動を咎めるのはやめにしていた。
 竿を持ち上げて睾丸に舌を這わす彼の、視覚的な色気に気をやられそうになった。裏筋を指でなぞられるとつい目下にある頭皮に爪を立ててしまって、まるで情けない。
「もういいよ」
「ん」
 彼はそこから唇を離し、シーツに背中を預けた。

 スザクの記憶では、着の身着のままベッドに転がり込んでいたはずだった。しかしいつの間にか二人とも制服も下着もベッドの下に放り捨てているあたり、どれだけ自分に余裕がなかったのか突き付けられた気がして恥ずかしい。
「今朝の会話、痛快過ぎて笑い転げそうになった」
「だって、呼び方決めてなかったし」
 スザクはベッドにしどけなく横たわるルルーシュの体に、そっと覆い被さった。
 ルルーシュの閉じた脚を開かせ、その間に体を割り込ませる。そうするとルルーシュは嫌でも脚を閉じれなくなる上に、スザクからは彼の恥ずかしい場所や本人も直接見たことのない場所まで丸見えになるのだ。
「ルルーシュと僕、相性が悪そうに見えるんだって」
 股を大きく開いた格好にさせられているなのに、それに関して彼はとくに恥じらいもせず平然とスザクと会話を続ける。
「へえ」
 ルルーシュは愉快そうに相槌を打った。くすくすと笑う彼の表情は小悪魔のようで、大層魅力的だ。
「……ねえ、もう入れていいよね?」
 こうやって目の前にご馳走を差し出されているのにまだありつけないスザクは、痺れを切らしてそう尋ねた。ルルーシュは頬を少し染めて、控えめに頷いた。
 何度も体を重ねているうちにルルーシュも随分と慣れたようで、初めの頃ほどの恥じらいや緊張がなくなってはきている。だが、こうして言葉で直接的に行為を示したりすると恥じらいの抜けきらない部分が刺激されるのか、彼はうぶな反応をしてくれる。床にはもう慣れているはずなのに時折純情ぶった様子を覗かせるという矛盾が、スザクを官能的な気分にさせるのだ。

 どれだけ慣らしても、最初入れるときだけはどうしても内臓が苦しい。それは痛みこそないものの圧迫感だけは拭いきれないのだと、ルルーシュは以前話していた。そして、閉じきった部分を無理やり捩り開けられる不快感と快感が堪らないのだとも、言っていた。
「プリント渡したときにさあ」
「っ、ん……何……?」
 媚肉の奥を軽く揺すりながら、スザクは唐突に話をし始めた。
 それは今朝、ルルーシュから追認試験の解答用紙を手渡された時のことである。プリントをルルーシュの手から受け取る際、スザクは手の甲と彼の指が不自然に当たったことを回想していた。なぜスザクがそのような細かいことまで覚えているのかというと、今日一日、学園内でスザクがルルーシュと交わした会話や接触はあれきりだったからである。
「僕の手を指で撫でたの、わざとだよね」
「……知ら、ない」
「とぼけてると、君の可愛いところいじめるよ」
 スザクはそう告げるとルルーシュの腰を乱暴に掴み上げた。そうして言外にほののめかしたその部分、腸の一番奥の窪みを掠めてやった。
「っあ、ぁ! やめ、…言うから、っ!」
 ルルーシュは頭を振り乱して抵抗し、そう叫んだ。

 結腸と呼ばれるらしいその部分は体のどの部分よりも気が狂うほど好いらしく、気持ち良すぎて苦しいほどらしい。実際そこを突かれると事後彼は、可哀想なほど声が掠れ足腰が立たなくなってしまう有り様であった。だからよっぽどのことがない限りそこは触れないようにしていたし、そもそもルルーシュが怖いと言ってなかなか許してくれない。だがたまにこうやって、たとえば彼が何やら思惑や魂胆を己に隠そうとするとき、スザクはついついそれを吐かせるために敏感なここを苛めてしまう悪癖があった。今のところ大きなトラブルや喧嘩の種にはなっていないが、そろそろやめたほうがいいとは常々思っている。だがそもそも己に下手くそな隠し事をするルルーシュが悪いのだ。

 乱した息を整え、ルルーシュは潤んだ瞳でこちらを見上げた。
「お前を少し、からかってやろうと思って」
 そう言い終えると、彼はばつの悪そうな表情をして視線を背けた。
「そもそもこんなごっこ遊び、君がやろうって言い出したのに」
「スザクお前だって、なんだかんだで楽しんでるだろ」
「……否定はしないけど」

 アッシュフォード学園に通うルルーシュの元へ編入してきたのはスザクであった。元々交際していた二人であったが、ルルーシュはスザクが編入するに際し、ちょっとした出来心である決め事を設けた。それは、”学園内ではあまり仲良くない振りをしよう”という下らないものだった。スザクとしては、せっかくルルーシュと同じ学校に通えるのだから一緒に過ごしたい。そう思うのは当然の流れであったから、そんなことをして何が楽しいんだと彼の案に猛抗議した。だがルルーシュは騙されたと思って付き合ってくれと言うばかりで、なら少しだけ、と渋々折れたのはスザクの方であった。

 しかしルルーシュがそんな謀を企てた理由を、スザクはすぐに直感することになる。
 スザクは比較的誰にでも話しかけるタイプであったから、編入生といえどすぐにクラス内でも友人ができて居場所も確立された。女の子には何かと可愛いね、綺麗だねと声をかけるものだから天然タラシという不名誉な烙印まで押された。
 そんな折、スザクはルルーシュに対してはあからさまに話しかけようとしなかった。そのようなスザクの振る舞いを見た周囲は、ルルーシュのことあんまり好きじゃないのかと尋ねてくるのだ。好き嫌いどころか彼とは交際までしているのだがそんなことはおくびにも出さず、しれっと”なんか近寄りがたくて”と答えてやった。スザクの回答を聞いた者は、意外そうな反応をする場合もあったが大抵は納得するような、腑に落ちたような反応を返してくるのだ。スザクとルルーシュの二人は人間性が正反対な気がするから、スザク自身がルルーシュとは相性悪いんだって直感してるんじゃない、と偉そうな感想まで貰ったこともある。その日の放課後にしたルルーシュとのセックスは、これまでにないほど気持ちが良かった。

 だから二人は仲の良い気配も匂わせもせず、ただひたすら他人の振りに徹し続けた。同じ教室内でごく自然に、しかし頑なに距離を置き続ける二人を周囲は比較分析し、そしてみな口を揃えて同じようなことを言うのだ。二人は仲悪そう、性格が正反対だから一緒にいると疲れそうだし無理して仲良くなる必要もないよ、水と油みたいに相性が悪そうだね、と見当違いな推察をするのだ。
 この二人が実は交際していて何度も体を重ね合う関係だと、誰が想像できようか。
 よもやその”他人行儀”な関係は彼らの演技であり、周囲から見える二人の印象と事実とのギャップを嘲笑っているのだと、予想はつくまい。





 だから今日も二人は、ちょっと気まずいクラスメイトの振りをして一日を過ごすのだ。

 その日の次の授業は体育であった。男子も女子も体操着に着替えるためにそれぞれの更衣室に向かう。女子は運動場でソフトボール、男子は体育館でバレーボールの予定だ。
 だがスザクはあろうことか体育館に着いた瞬間、体育館シューズを持ってきていないことに気付いた。周囲からは間抜けかよと遠慮なく野次られ羞恥を感じつつ、授業開始まで残り五分であることを示す時計を確認した。もう少し時間があれば他のクラスへ借りに行くことも出来たが、授業の開始ギリギリに他教室へ駆け込むのはさすがにその学級や教師にしてみれば迷惑だろう。
「更衣室の鍵、誰が持ってる?」
「そーいえばさっき、ルルーシュが更衣室に忘れ物取りに行くって言ってたから持ってるんじゃね」
「そうなんだ、ありがとう」
 二人で仲良く裸足バレーだなあという揶揄い文句を背中に受けながら、スザクは更衣室へ全速力で戻った。


 体育委員が戸締まりを管理している更衣室は鍵が開いていた。すんなりとそこへ入ると、先ほど男子生徒が教えてくれたとおりルルーシュが居た。
「どうした」
 スザクの姿を視界に捉えたルルーシュは、そこにスザクが居るのが意外だという様子で声を発した。
「体育館シューズを忘れちゃって……あっ、あった」
 ロッカーに入れっぱなしだった目当てのそれを今度こそ手に取ると、次はスザクがルルーシュへ質問する番だった。
「ルルーシュこそどうしてここに?」
「お前と同じで体育館シューズを忘れたんだが、更衣室にもない。たぶん、家に忘れた」
「裸足バレー……」
「……俺はもういいから、お前は行けって」
 え、と声を発したスザクを知らんぷりして、ルルーシュはスザクを手で追い払うような仕草をした。
「サボり癖は良くないよ、ちゃんと出席しなきゃ。なんなら僕のシューズ貸そうか」
「いいから。というかそれだとシューズに名前書いてあるんだから即行でバレるだろうが」
「あ、そっか……」

 スザクが己の計画が破綻していることに気づくのと、授業開始のチャイムが校舎に鳴り響くのは同時であった。

「俺なんかに構うから遅刻するはめになるんだ」
 呆れたような顔を浮かべるルルーシュに、スザクは少しむかっ腹が立った。

 ルルーシュは元来運動嫌いではあるが、それは体力や筋力が平均よりも劣っているせいであり、体を動かすセンスは悪くない。元々彼は器用な性分であるから、本日の予定であるバレーなんかではボールを操る技術は目を見張るものがあるに違いないのだ。そして、それよりもっと単純な話、常日頃何かと授業を抜け出しサボるルルーシュの素行の悪さを、スザクはあまり良くは思っていなかった。彼のそんな擦れた振る舞いが、スザクの愚直なほど真面目な精神を逆撫でするのは容易かった。


 スザクは更衣室の鍵を内側から閉め、蛍光灯の電気を全て消した。音さえ立てなければ、外から見れば無人の更衣室だと勘違いされそうである。
「なら、僕もサボっちゃおうかな」
「え?」
 更衣室の中央に置かれてある背凭れのないベンチに、スザクが座った。スザクの手には更衣室の鍵が握られており、これでは誰も外から解錠することはできない。
「おいでルルーシュ」
 スザクは微笑みながら、自らの脚を手のひらで叩いた。




 ルルーシュは体操着のシャツの裾を噛みながら、必死に上がりそうになる声を喉奥で押し殺していた。
 いくら密室といえど所詮は扉一枚、壁一枚で区切られた部屋である。大きな声を出せば廊下に漏れてしまう恐れがあると、スザクが耳元でそう低く囁いてやればルルーシュは肩を震わせながらそうしたのだ。廊下の向こうの人気に警戒し心底怯える姿は捕食される小動物を彷彿とさせ、スザクの溜飲を下げた。
「立って、ベンチに手をついて。……そう、それでお尻こっちに向けてごらん」
 そう命令したスザクはルルーシュの下着ごとハーフパンツをずり下ろしてやった。外気に触れた彼の肌は本能的に鳥肌を立てていて、そんな色気のない反応に思わずくすりと笑った。
「何もないから、僕がするね」
 スザクのその言葉を聞いたルルーシュは首を左右に振って拒否の意を示したが、スザクがその意思を尊重することはなかった。拒絶するルルーシュの反応を視界に入れながら色のない蕾に舌を這わすと、途端に背中や肩をわなつかせるのだから彼の体はどこまでも正直なのだ。ちゅくちゅくと音を立てながら舌や指で可愛がると、ルルーシュはもう堪えきれなくなったのか膝が笑い始める。いつも以上に敏感な彼の反応を見咎めたスザクは、普段とは異なるこの場所と状況のせいで知らずうちに興奮しているのだろうかと予想した。

 充分に解せたとは言い難いが無理なことはないだろうという希望的観測を持って、ルルーシュの腰を引き寄せた。桃色に染まった肌はとうの前からスザクの肉棒を期待していたと物語っているのだ。そろそろ頃合いかと見計らい、濡れそぼった穴に先端を押し付けた。

「おーいスザク、ルルーシュー! 居ないのかー?」

 扉の向こうから聞き覚えのある声が聞こえて、体が跳ねた。思わず出そうになった声を寸のところで堪え、先ほどまでぜえぜえと荒く立てていた息を落ち着かせる。
 覆い被さろうとしていた彼の腕はぶるぶると震え、耳まで真っ赤になっているのがスザクからはよく見えた。だからほんの少し、悪戯心が芽生えてしまったのだ。

 ルルーシュの背に乗っかると、背中越しだというのに彼の心拍音がスザクの胸にまで響いてきて、こっちまで緊張してくる。ルルーシュのくわえていたシャツの裾を口から外し、スザクは代わりに右の手のひらでルルーシュの口元を覆った。唾液や涙、汗で肌がべたべたになっているのが容易に伝わる。
 背後から馬乗りになったスザクはルルーシュの耳の後ろに唇を寄せて、吐息のようなか細い声で囁いた。
「声、我慢してね」

 ゆっくり腰を押し進めると、腕の下の体は一瞬暴れる素振りを見せたがそれもすぐに収まった。扉の向こうからまた、別の人間の声が聞こえてきたからだ。

「電気消えてるし、鍵閉まってるとか」
「え、まじで?」
 そんな会話が聞こえて、誰かが更衣室の引き戸を開けようとする音がすぐそこで聞こえる。

「……ぃ、ァ……、っ!」
 蚊の鳴くような喘ぎ声を溢しつつ、ルルーシュは声も息も必死に殺していた。
 いつもよりおざなりに慣らしたせいで刺激が強いのであろう。常になく精を搾り取ろうとする壁の動きに、スザクも歯を食いしばった。
 腕に力が入らず上半身が崩れ落ちそうなルルーシュを見かねて、スザクは胸に腕を回し支えてやった。そのついでに乳頭を指で弄ってやると、ルルーシュの唇に被せていた手のひらをかぶりと噛まれてしまった。それ以上余計なことはするなという、分かりやすい彼からの主張を今度こそスザクは受け取った。

「ほんとだ、鍵閉まってる」
「じゃあどこ行ったんだよあの二人は」
「どっかでフケってるとか?」
「えー?あいつらって仲良かったっけ」

 仲が良いも何も、扉一枚を隔てた向こうで性交に耽っているのだから、自分達がどれだけ異常なのかを再認識させられる。

 ようやく根元まで収まった肉を馴染ませるため、スザクは軽く腰を揺すった。
「ぅ……、ぁ……」
 小さな振動でもひどく感じてしまう彼の体は悲鳴をあげ、もう限界だと暗に知らせていた。

 二人分の足音がようやく遠ざかり、間もなくして人の気配が消え失せた。
 とんだアクシデントではあったが、そもそも学校で性行為を行うことを誰も想定していないのだから、いつ誰がここへやって来てもおかしくないのだ。わざわざ自分達を探しに来てくれた彼らに少し申し訳なくもなるが、それよりも今は胸の下で震える健気な体を可愛がってやりたい。
 仕切り直しといきたいところだが、やはり薄ぺらい扉ではさして防音の効果はないだろう。彼には酷なことではあるかもしれないが、今回だけは声を抑えてもらわねばならない。スザクとしては、肩を震わせながら嬌声を堪えるいたいけなルルーシュの姿にひどく興奮するのだから、このようなシチュエーションも大歓迎ではある。
「この変態、馬鹿が」
 色艶めいた扇情的な瞳には不釣り合いな罵詈雑言にすら、スザクは胸が高鳴って仕方ないのだ。





 教室へ戻ってきた男子生徒らに授業はどうしたんだと、スザクとルルーシュは質問攻めに遭った。ことさら素行に関してだけは優等生であったスザクは、とくに詰め寄られるはめとなった。
 あのあと汚れた体操着から制服に着替え更衣室を後にした二人は、体育館に備え付けられてある靴箱に更衣室の鍵を置いて自分達の教室へしれっと戻っていた。きちんと更衣室で汚した部分は綺麗に元通りにし、臭いが籠っていたら大変だと換気も済ませ施錠もした。
「お前らどこほっついてたんだよ」
「ちょっと、ね?」
 スザクは困ったように笑いながら、ルルーシュの方を見遣って苦しい言い訳をした。そもそも事を仕掛けたのはスザクだったのだから、これは自分が被るべき説明責任なのである。
「お前らがつるんでるとか珍しいな」
 ルルーシュにもその言葉は聞こえているだろうに、相変わらずふんとそっぽを向いて、こちらを見ようともしない。この場はお前が何とかしろと遠回しに言われている気がして、スザクは肩を竦めた。

「二人とも、なんか仲悪いのかなって思ってたからこっちも気使ってたけど、そうでもないんだな」
 スザクの友人が何てことないようにそう告げて、スザクとルルーシュの顔を交互に見遣った。
 自分達はそんな風に思われていたのかと驚くと同時に、要らぬ心配をかけていたようで罪悪感も沸いた。やはり不用意に嘘はつくものでないと、身をもって実感する。

 スザクとルルーシュは遠く離れた座席からどちらからともなく目配せして、悪戯っぽい笑みを浮かべた。誰の目から見てもこの二人は似た者同士であると、その表情は周囲に知らしめていたのだ。



 完