犬は我慢ができない

 荒い息遣いと、くぐもった声と、耳障りな水音がやけに響く。

 つい先ほどまでアッサムティーとワッフルの甘く香ばしい匂いに二人は包まれていたはずだった。しかし今では、午後の昼下がりには似つかわしくない精液独特の青臭さが纏わりついて離れなかった。絨毯にまた染みができてしまうかもしれない、と湯だった頭の中の冷静な部分でぼんやりと思った。
「考え事が好きなんだね、ルルーシュ。嫉妬しちゃうな」
「んむ……、っく、ん…っ、ン……、」
 まだ日の高いうちからこんな、騎士にオーラルセックスを強いられる皇帝なんぞ世界中くまなく探しても自分くらいしかいないだろう。
 ふやけきった脳内で思いつくのはそんなくだらないことばかりだった。




 事の発端は数十分前まで遡る。
 今日は午前中に会議資料のチェックをあらかた終えていたルルーシュは自室に親友のスザクを招き、手作りの焼き菓子を振る舞った。なぜ突然僕にお菓子を?という疑問をスザクは抱いていたようだったが無理もない。

 インターネットに接続できるプライベート用のタブレット端末を、神聖ブリタニア帝国の皇帝であるルルーシュは所有している。世界情勢から国民の暮らしぶりや流行りなどの、宮殿で篭りきりではなかなか得られない情報を収集することが最近の密かな習慣になっていた。そのタブレットひとつで芸能や音楽、芸術、世俗の暮らしや様子が手に取るように分かり、それらに殆ど触れたことのないルルーシュにとってそれらは未知の世界同然である。知らないものをたくさん見せてくれる端末を、ルルーシュは大変重宝した。
 いつものようにインターネットブラウジングをしていた彼の目に「中高生の女の子が大好きなスイーツ特集!」という鮮やかなバナーリンク広告が留まった。ルルーシュの指はバナーリンクへ引き寄せられ、気が付いたらリンク先のキュレーションメディア記事を熱心に読み込んでいた。

 中高生の女の子、というワードから彼が真っ先に思い浮かべたのは、愛する妹・ナナリーのことである。幼い頃から足と目を患い不自由にしていた妹を、彼女の兄であるルルーシュは面倒を見続け溺愛していた。つい最近では、懸命な治療が功を奏したのか、生まれつき悪かった目の視力が回復し始めたところだった。世界の色を知らない愛妹のために、ルルーシュは様々なものを見せてやりたいとずっと考えていた。
 記事を読み込んでいるうちに、ナナリーに食事を作ることはあれどこのような菓子を作ることは殆どしたことがなかったということにルルーシュは思い当たった。そういえばアフタヌーンに出す茶請けは、国内で美味しいと評判のものを適当に取り寄せていただけだった。
 記事には若い女性に人気のカフェスイーツが紹介されており、生クリームと色とりどりのフルーツが散りばめられたパンケーキ、ふんわりとしたパステルカラーのマカロン、バニラビーンズ入りでクッキー生地を使用したシュークリームなどの色とりどりのスイーツが写真付きで記載されていた。なるほど、これが今の若い女性たちの「可愛い」の最前線か、と顎をさすりながらルルーシュは脳内の記憶のメモに書き写した。美しく盛られたスイーツを前に、目を輝かせながら頬を紅潮させるナナリーを想像し、これはなかなか悪くないとルルーシュは胸中でひとりごちた。

 この日を境に、かくしてルルーシュのスイーツ研究は始まったのである。

 料理と一括りに言っても、食事と菓子は根本的に作業も手間も全然違うのだ。普段の食事作りの場合、レシピ本に書かれてある手順を多少前後させてしまっても出来上がってしまえば大きな失敗にはならないし、雑な言い方をすれば煮たり焼いたりすれば大体のものは食べることができる。しかし菓子作りとなると、そう一筋縄ではいかない。材料の分量や混ぜ加減、焼くときの温度、時間……。使用する器具やオーブンの性能によっても出来上がりに差が生まれることもあり、台所の用事はたいていこなせてきたルルーシュは、初めて料理に苦戦をした。といっても、生地が膨らまないだとか生焼けだとかそういった致命的な失敗はしておらず、むしろ成功している部類であろう。どうしても妥協できないのは彼が完璧主義で理想が高すぎる性格であるせいだ。
 どこの一流パティスリーにも引けをとらない完璧なスイーツをナナリーに振る舞いたい――その一心でルルーシュは菓子作りに精を出した。当初の目的から多少逸れているような気もしなくはないが、妹を幸せにするためなら手段は選ばないのが彼のポリシーである。

 そして菓子作りの試作品の味見係りとして、ここ毎日のようにスザクを自室へ招き、ルルーシュはスザクに手ずから作ったものをあれこれ食べさせた。ルルーシュがお菓子作りを、と当初は大層驚かれたが、経緯を説明すると苦笑しながらも察しの良い彼は納得してくれた。
 ルルーシュは、見た目は変じゃないか、変な味はしないか、香りはどうだ、と質問責めにしてしまったがスザクはどれも美味しい美味しいと言って頬を綻ばせた。この短期間でルルーシュが分かったことであるが、スザクはたぶん、こういう洒落た洋菓子にはあまり詳しくないのだろう。フィナンシェやショコラやフロンランタンやら、名前を出しても彼はいまいちピンときていない素振りだ。焼き菓子の違いにはあまり関心がなく、それどころか口に入れば何でもいいと、料理の味にそこまで頓着しないふうでもあった。そんな彼であったが、ルルーシュの手作りの菓子を食べればとっても美味しかったよと毎回感想を述べてくれた。

 菓子作りに専念し始めてから2週間ほど経つと、元々手先は器用な部類であったルルーシュはかなり手ごたえを感じ始めていた。だいぶ菓子のレパートリーも増えてきたし、見た目もそこそこ上手くできていると自負している。来週あたりにでもナナリーを招いて練習の成果を発揮しようか。
 元々料理が得意で趣味でもあったルルーシュは、宮殿を設計する際にどうしてもと頼み込んで自室の隣に手狭ではあるがキッチンスペースを設けてもらっていたのだ。こうやって誰かのために食事を作って食べてもらうことが、彼なりの息抜きの方法であったからだ。
 だがそうは言っても多忙な皇帝の身ではキッチンスペースに入り浸る時間はかなり限られ、食事を作る頻度は少ない。そのため食料は備蓄すれば全て腐らせかねないので、宮殿内にある調理施設へ皇帝自らの足で赴き材料や調味料を拝借していた。菓子作りではほぼ毎回用いられる小麦粉、バター、卵、砂糖……といった材料をここ最近ではよく取り寄せていることから、宮殿専属のシェフたちの間で「皇帝は最近スイーツ作りにお熱らしい」という噂でもちきりだ。

 今日も午後にスザクを自室に招き、ルルーシュは菓子を振る舞っていた。昨晩に予め生地だけ下ごしらえしておいたワッフルを昼に焼いて、スザクに試食してもらった。ワッフルと一口で言っても見た目や味にはさまざまな種類があるらしい。チョコやクルミを生地に練り込んだり、シロップやグレーズを塗ったり、アレンジの幅が広いのもワッフルの特徴であった。ルルーシュはワッフルを焼くのは今日が初めてであったので、とりあえずオーソドックスなバター味で焼き、表面にシロップをかけざらめ糖をまぶした。外はさっくり、中はふんわりとしたそれをスザクはいたく気に入った様子で、口の端にざらめ糖をつけた彼は今日も美味しかったよと純粋な感想を伝えてくれた。
 午後の試食会もあっという間に終わり、洗い物を終えたルルーシュはテーブルへと戻った。スザクはまだティーカップに残っていたお茶を飲み、先ほど食していたワッフルの余韻に浸っている様子であった。
 ルルーシュはずっと考えていたナナリーのためのスイーツパーティーに、ここまで付き合ってくれたスザクももちろん招待するつもりでいた。来週にでもナナリーとお前も招いて茶会をしよう、と持ち掛けてみよう。ルルーシュはそう口を開こうとしたが、それを遮るようにスザクが話をし始めた。

「毎日こんなおいしいお菓子を食べさせてもらえるなんて、なんだか勿体ないよ」
 スザクはおもむろにソファから立ち上がり、ルルーシュのほうへ歩み寄った。

 あれはただの試作品で、スザクには味見をしてもらっているだけに過ぎなかった。そんなに改まって礼を言う必要はないし、むしろ毎日毎日付き合わせて悪い、とすらルルーシュは思っていた。むしろ部屋に招けば、忙しい仕事の合間を縫ってやって来てくれて律儀に感想までくれる彼にルルーシュは感謝していた。だからスザクのほうから礼を言われるとルルーシュはいつも、そんなことはないと謙遜した。

「最近のルルーシュ、甘くて良いにおい、する」

 スザクはそんな歯の浮くようなセリフをさらりと吐きながら、少し低い位置にある彼の黒髪に鼻先を埋めた。艶やかで清潔な印象がするルルーシュの髪の毛からはスザクと同じコンディショナーのにおいと、先ほど一緒に食べた焼き菓子の甘い香りがほんのり漂う。
「っおい、嗅ぐなって、こら近い」
 頭頂部から耳の裏まで鼻先を移動させたスザクには犬のようにすんすんと嗅ぎ回った。どさくさに紛れておでこや旋毛に接吻までされたルルーシュは、くすぐったさから逃げるように身を捩る。
 もうずいぶんと力を込めた両手でスザクの肩を押し返してはいるが、そんなルルーシュの照れ隠しのような抵抗は抵抗のうちに入らないと嘲笑うかのように、スザクの体はびくともしない。押し返すどころか、むしろスザクはルルーシュ側に体重を圧し掛けてにじり寄って来ており、こちら側の戦況はかなり不利だ。軍人で日々鍛えている彼に力勝負で勝てたことは、ルルーシュは一度としてない。
 平素の柔らかい印象とはやや異なる、威圧的な雰囲気を醸し出し始めた彼を前にして、ルルーシュは思わず後ずさってしまった。しかしそれを好機と言わんばかりに、その分スザクは距離を詰めてくる。
「照れてる」
「照れてないっ」
 まさに売り言葉に買い言葉である。しかしこの状況で、押されているのはルルーシュであるということは、火を見るよりも明らかだ。スザクに図星を突かれるも、ルルーシュのプライドがそれを認めるわけがなかった。
 圧倒的にスザクが有利な状況で小競り合いを続けた結果、とうとうルルーシュは壁際まで追い詰められた。スザクはルルーシュの頭の横に両手をつき、初心な彼に逃げられないよう囲ってしまった。
 腕力も上背もルルーシュよりスザクのほうが有利である。これは良くないと思った瞬間、唇がぶつかってきた。あまりのスザクの手の早さに、ルルーシュは呆気に取られた。茫然とするルルーシュを尻目に、スザクは焼き菓子の甘さがまだ残る彼のそれを食んだ。スザクはルルーシュの唇の合わせに舌を這わせ、固く閉じられたそこに隙間を開けるよう催促し始めた。まだ恥じらいが抜けきらないルルーシュは唇を引き結び、いじらしい抵抗を続けた。その抵抗はスザクにしてみればささやか過ぎるものである。
 スザクは右の手指で、ルルーシュの白い耳裏や首筋をことさら厭らしい手つきでなぞった。ルルーシュは夜のそれを彷彿とさせるスザクの手付きに思わず身を震わせた。
 その瞬間少し開いてしまった唇の隙間から、ルルーシュはスザクの舌先の侵入を許してしまった。

「んぅ、っんー!んン!」
 首筋を這い回っていた不埒な手が、ルルーシュの後ろ髪を引っ張った。強制的に上を向かされたと思えば、スザクは隙だらけのルルーシュに体重を乗せてきた。ただでさえ背中を壁に押し付けられていたルルーシュの体は、容赦なく覆い被さる男から本能的に逃げ場と酸素を求めた。スザクの執拗な舌先から逃れようと、ルルーシュは必死に首を動かした。
「っふ……ん、ぅ…」
 ルルーシュは目蓋を微かに持ち上げ、目前の発情男を睨み付けようとした。
 蕩けて熱を持ち始めた紫が、ぎらついた獰猛な翡翠と視線が重なる。
 至近距離で絡み合う視線に、先に耐え切れなくなったのはルルーシュであった。ルルーシュはまた目蓋を固く閉じ、自分の口内に溢れそうなほど溜まるスザクの唾液を嚥下した。
 それはまるで即効性の劇薬のようであった。ルルーシュから前後感覚も正確な判断力も理性も、根こそぎ奪おうとするのである。
 腰は反り、力の入らない膝が笑い始めた。思わずスザクの腕にしがみつくと鼻で笑われた気がした。
 目の前の男と一緒に食べたワッフルの味は、もう思い出せなかった。

 ようやく熱烈な口内の愛撫とスザクの腕から解放されたルルーシュは、壁に背中を預けたまま、ずるずると引きずるようにしゃがみこんでしまった。ルルーシュは潤む視界の中、スザクの股座越しに、ローテーブルに置かれた一組のティーカップを視認した。先ほどの穏やかな午後からどうしてこうなったんだろうと、ルルーシュは酸素の足りない頭で記憶を整理しようとした。びりびりと痺れる唇と舌に嫌気が差した。

 不意に目の前が暗くなると、頭上からカチャカチャと金属音が聞こえた。緩慢な動きでルルーシュが顔を上げると、普段とは別人のような、冷たい目をしたスザクと視線がぶつかった。
 大きな目と成人男性にしては丸みを帯びた頬、猫のような癖毛が相まって、男性にしては可愛らしく柔和な外見をしているのが平素の彼であった。目の前の男は確かにスザクであるにも関わらず、ルルーシュの記憶の中の彼とは似ても似つかない。
 表情がすべて抜け落ち、普段とは正反対な面構えをするスザクが何を考えているのかがまったく読めず、ルルーシュは思わず身構えた。濁った色をした翡翠は、そんな無防備なルルーシュを視界に捉え、ゆっくりと瞬いた。
 何か良くないことをされる気がする、とルルーシュは悟った。瞬間、突然無骨な手に顎を鷲掴まれ、受け身も取れぬまま目前の股間へと、己の口元を強引に引き寄せられた。

「この間教えただろう、君は頭が良いから覚えてるよね」

 目の前の凶暴な男は冷たく言い放った。口調だけは優しいが言っている内容は無茶苦茶だ。
 スザクは半立ちになった自らの陰茎の根本を支え、無理やり顔を上げさせているルルーシュの、色素の薄い唇に亀頭を押し付けた。恐怖と困惑で揺れる清らかなルルーシュの表情だけで、スザクは視覚的にくるものを感じ達しそうになった。鈴口からは透明の液が垂れ落ち、スザクはそれを彼の柔い唇に塗りつけた。
 先ほどまで甘い菓子を頬張っていたルルーシュの清潔で可憐なそれは、今スザクの醜い欲望で汚されようとしていた。

 膝立ちになったルルーシュは、言われるままそっと口を開いた。以前、歯を立てるのはいけないとこの男から教わったことを思い出し、言われたとおり歯が当たらぬよう口を大きく広げ、膨らんだ男根を受け入れる。スザクはルルーシュの頭を支えながらゆっくり腰を前後左右に動かして、彼の口内を性器に見立てて容赦なく犯した。口淫の作法も知識も無に等しいルルーシュは、己の頭を揺さぶる男の脚にしがみついて衝撃に耐えるしかなかった。
「んぐ、うぅ……!」
 ルルーシュは乱暴に前髪を掴まれた。毛根に走る痛みを堪えながら視線を上げると、雄の顔をしたスザクが視界に入った。獰猛な目つきで己を見下ろす彼は、ルルーシュに対する独占欲と支配欲、背徳感に溺れているようだった。

 スザクのこんな、ひどい顔は初めて見た。
 ルルーシュはスザクとのセックスの際、いつも羞恥に耐えられず目を瞑る癖があった。己をとことん辱める趣味を持っているらしいスザクは、目も当てられないほど下品な体位をルルーシュに強要することがしょっちゅうだ。自分の身体が今どうなっているか、この男に何をされているかを直視できない初心なルルーシュは、枕やクッションにしがみつくのが常であった。だから、この男がどんな顔で自分を犯しているのかなんてずっと知らなかったし、気にしたこともなかった。己を苛め泣かせる性癖を持つどうしようもない男の、初めて見た凶暴な面構えに、ルルーシュは初めて恐怖を感じ身震いした。

 顎のだるさにより閉まり切らなくなったルルーシュの唇からは、どちらのものか判別できないあらゆる液体が垂れ流しになっていた。無抵抗のまま揺さぶられていると、唐突にスザクはルルーシュの口腔から陰茎を引き抜いた。
 真っ赤に熟れて腫れぼったくなったルルーシュの唇からは唾液の糸が引いて、スザクの陰茎と繋がっていた。茫然とするルルーシュを気にも留めず、スザクは彼の唇を指先で撫でた。唾液の糸は呆気なく千切れ、雫が床に落ちる。

 スザクはなんの断りもなく無言で、ルルーシュの整った鼻筋や白い頬の柔らかな曲線に、ルルーシュの唾液でぬるつく陰茎を擦りつけ始めた。まるで己の顔面がスザクの自慰に使われているようだった。スザクはルルーシュの側頭部を鷲掴みにして、体液を伸ばすように腰をゆらゆらと動かした。
 充血した肉棒は火傷しそうなほど熱い。ルルーシュは、自分が今何をされているのか冷静に考えると、気がおかしくなりそうだった。

「綺麗だ」
「……っ、ひぃ………は…っ」
「どれだけ君は汚れても気高くて、美しいんだ。とっても、綺麗だよルルーシュ」

 こんな下品なことをされ、性的欲望を乱暴にぶつけられ、スザクの体液にまみれた自分のどこが美しいのだろうかと、ルルーシュは純粋に疑問に思った。彼はとうとう頭が沸いてしまったのだろうか。恍惚とした表情を浮かべたスザクはルルーシュのことを綺麗だと連呼し続けた。彼の体液で滑った部分はべたべたとして気持ち悪く、何より屈辱的で恥ずかしくて、ひたすら居たたまれなかった。ルルーシュはもうとっくに抵抗する気も失せて、ただ黙ってされるがままになっていた。

 そうしていると、紫の眼球にスザクの体液が入りそうになって、ルルーシュは思わず目蓋を閉じた。
 抵抗するような仕草が気に食わなかったのだろうか。ルルーシュは再びスザクに顎を掴まれ、乱暴に喉の奥まで剛直を埋め込まれた。先ほどよりも一回り大きくなったようなそれを、今度は根本までがっちり銜えこまされる。スザクの陰毛が鼻先に当たった。汗と雄の臭いが混ざった、なんとも形容しがたい臭いを吸い込んでしまい、ルルーシュは思わず眉を顰めた。ルルーシュのそのような仕草を見下ろしたスザクは、うっそりとほくそ笑んだ。酸欠で赤くなったルルーシュの耳の軟骨を指で擽りながら、彼はルルーシュに対して可愛いと呟いた。

 ルルーシュは喉の粘膜に何度も無遠慮に、腰を打ち付けられた。堪えきれず嘔吐感がせり上がり、生理的な涙が頬を滴り落ちるのを感じた。そんな視覚的要素も興奮の材料になるらしいスザクは、さらにピストンの速度を速める。スザクはルルーシュの喉奥にごちゅごちゅと音が鳴るほど、容赦なく亀頭を突いた。
 えずき始めたルルーシュの喉はひくひくと痙攣しスザクの亀頭を甘く刺激し、互いの体液で濡れそぼりふやけた唇は、スザクの陰茎を柔く包んだ。

 咥内で暴れ回る剛直は、いつの間にか先ほどよりもさらに質量を増していた。
 そろそろ限界が近いのだろうか。
 ルルーシュはそろりと視線を上げると、歯を食いしばり真っ赤な顔をするスザクが居た。こんな乱暴を恋人に働き、自分一人だけで善がってる男が少し滑稽に思えた。
 上顎や舌の粘膜に亀頭の張り出た部分を擦られると、ルルーシュは思わず腰をびくつかせてしまった。

「んぐっ…ぶ、んんっ!」
「はぁ、は、すご…っ、やばいかも、はあ…」
「ぅ、ンんっ!、っん!」
「も、でる…っ、!」
 後頭部をスザクの手でぎゅっと押さえつけられる。喉奥に生暖かい液体が、ぐちゅぐちゅと音を立てなすりつけられた。その間ずっと、ルルーシュはスザクの陰毛に鼻先を埋め、ふうふうと酸素を取り入れ衝撃にじっと耐えた。口はスザクの逸物を埋め込まれているので、鼻でしか呼吸ができないからだ。
 頭を押さえつけていた男の手からようやく解放されると、ルルーシュは己の口から彼の萎えたペニスを引き抜き、その場に蹲った。喉に絡みついた精液が気持ち悪いし、口で呼吸するたびに青臭さが鼻孔にせり上がってくる。ひいひいと肩で息をして、足りない酸素を体に取り入れることで精一杯になっていた。
 スザクはそんなことはお構いなしに、俯き泣きじゃくるルルーシュの前髪を左手で掻き上げ、右手で萎えた陰茎を擦り、管に残っていた残滓を額に垂らした。ルルーシュは一発ぶん殴ってやりたい衝動に駆られたが、完全に息切れした今の状態ではまず立ち上がることも困難だったため、それは叶わなかった。とにかくまずは落ち着いて、呼吸を整えることに集中した。


 地べたに蹲るルルーシュに目線を合わせて、膝を付いてしゃがんだスザクは、彼の背中を労わるように摩りながら言葉をかけた。
「ルルーシュ、ちょっと待ってて。すぐに水を持ってくるよ」
 ルルーシュはあまりのスザクの白々しさに呆れた。さきほどまで己にあんな酷い仕打ちをしてこの態度か。文句を言ってやろうと、ルルーシュは緩慢な動きで彼へと視線を向けた。
 すると驚くことに先ほどまでそこにあった、恐ろしいほどに獰猛な目つきは鳴りを潜め、いつもの人懐っこい印象を与える、透き通るような翡翠の目に戻っていたのだ。一瞬のうちに別人に成り代わったのかと、ルルーシュは驚きで目を見張った。
 そんなルルーシュの胸中はいざ知らず、いまだ口のきけない彼を見分したスザクは、喉の気持ち悪さが喋れない原因だと勘違いしたのか、今すぐお水を取りに行ってくるからね、と小走りでダイニングへ向かった。


「さっきのお前、おかしかったぞ」
「おかしいって、どういう風に?」
「どうって……」

 あのあと、レンジで温めたタオルと冷たい水を持ってきたスザクは、ルルーシュの顔や首、手指を手ずから拭ってやった。精液独特の臭いだけは口内に残って消えず、ルルーシュはどうしても我慢できなくて歯を磨いた。使った歯ブラシは捨ててしまった。

 諸々落ち着いたルルーシュは、ソファに腰かけているスザクの隣に座り、水を口に含みながらぽつぽつと、先ほどから引っ掛かっていることを尋ねた。
「なんだか、こわかった」
「……こわい?」
「殺されるのかと思った」
「まさか」
 冗談かとスザクは思ったが、ルルーシュのただならぬ表情と雰囲気に気圧された。先ほどまで無体を強いていたはずの張本人は、申し訳なさそうな、ばつの悪い幼子のような顔を作る。

 もともと童顔な顔の造型も相まって、そんな表情をされるとルルーシュはどうしても彼に詰め寄って追及できなくなる。これが惚れた弱みというのだろうか。いやしかしとルルーシュは心中でかぶりを振る。そうやって流され続けて結局痛い目を見るのは毎回自分なのだ。己に言い聞かせたルルーシュは心を鬼にし、会話を続けた。

「さっきのは、無自覚なのか」
「うーん、無自覚っていうか、セーブできなくなっちゃうっていうか」
 スザクはばつが悪そうに、視線を下げた。

「僕なりに、できるだけ優しくしてあげようって思って、努力はしているんだけど」
「……あれでか?」
 ルルーシュはスザクのあれが彼にとって無自覚ではないこと、しかもあんな振る舞いにも関わらずあれでも優しくしようとしている、という事実に驚愕した。
「ちょっと、最後まで話を聞いてくれよ!」
「はあ」
 ルルーシュは眉間の皺をますます深くして、溜息をついた。
 この体力馬鹿に振り回されていたら、そのうち腹上死しかねないと本気で思う。世界を総べる王が、部下とのセックスで腹上死し崩御…だなんてそんな不名誉極まりないことで歴史に名を残してたまるか。

「ルルーシュがあまりにも、その、魅力的だから」
「……」
 それが言い訳のつもりなのだろうか。突然己を口説き始めた男をルルーシュは心中で詰った。
「興奮しちゃって、何も考えられなくなって……。でもルルーシュも、ちょっと僕に乱暴にされるくらいが気持ちいいんじゃ、」
「ほざけ」
「……今のは、冗談だから。……その、僕が全部悪かったよ。でも、君に優しくしたいっていうのはほんとだから」
「へえ」

 なんだか相手にするのもばかばかしくなってきた。
 もしかすると今、自分たちはものすごく恥ずかしい幼稚な論争をしているのではないか、と徐々に冷静になってきていたルルーシュは思った。

「お前、自分のやったこと、本当に覚えているのか」
「覚えてるよ、覚えてる、だから今僕はものすごく、君に申し訳ない気持ちでいっぱいなんだよ」

 話し合いどころではなくこれではまるで、犬の躾じゃないか。ルルーシュは内心ひとりごちた。
 そんなルルーシュのどこか冷めた様子もスザクは気にせず、己の主張を必死に聞き入れてもらうべく、ルルーシュの手を取り詰め寄った。
「本当に本当だから!もう、次からは優しくするよ。絶対に、約束する。乱暴なことはしない。僕の目を見て、お願いだ」
「分かった、分かった!」
 うっすら涙の膜が張られ始めた翡翠に上目遣いで見つめられ、ルルーシュは居ても立っても居られなくなった。溜飲がいくらか下がってしまったルルーシュは、スザクに握られた手を無理やり解いてソファから立ち上がる。

「俺は執務室に戻って来週以降の予定を確認するから、お前はもう戻れ」
 スザクからは物言いたげな目を向けられたが、もう用はないという空気を出して彼を部屋から追い出した。



 1週間後、ルルーシュはナナリーとスザクを自室に呼んで三人で茶会を開いた。
 ナナリーは皇帝の実の妹という立場であるがゆえ、多忙な皇帝に代わり国の式典や国立施設の視察などを行うこともしばしばあった。日々多忙を極める皇帝に代わりいくつか仕事を負担させていたが、ナナリーが行う仕事の量も目に見えて日に日に増していき、ルルーシュは心苦しく思っていた。
 最近では1日顔を合わせることがない日も増えてくる程度には忙しくなっていたのだ。そんな中、この三人が揃うことができたのは奇跡とも言えるだろう。
 生まれつき患っていた目もようやく回復に向かい、見たことのないもので溢れる眩しい世界に、彼女は何にでも興味を示した。兄の代わりに公務をこなす彼女への感謝の気持ちを込めて、ルルーシュはここ数週間でめきめきと上達した菓子作りに精を出した。

「お菓子パーティーだなんて、お兄様たら可愛らしい」
「あはは。実はさ、ルルーシュのやつ、ずっと菓子作りの練習をしていたんだよ」
「まあ!」
 ダイニングで準備に取り掛かり始めたルルーシュの背中を指差して、スザクはナナリーにこっそりと耳打ちした。彼女は頬を紅潮させておかしそうに笑った。
「お二方とこんな風にゆっくりお話ができるの、わたしとっても嬉しいです」

 自室のローテーブルを囲むようにナナリーとスザクが座り、ルルーシュの料理を待った。スザクは何か手伝えることはあるかと声をかけたが、ルルーシュは予め下準備を昨夜から行っていたので、今は飾りつけや日持ちしないフルーツを切って盛り付ける程度の作業をすればいいだけであった。
 1時間もしないうちに、ルルーシュはワゴンに皿を乗せて二人の元に運んだ。食器も拘り抜いて選び抜き、本格的なケーキスタンドもわざわざこのために用意した。

「さあ、召し上がれナナリー、スザク」

 ナナリーは目を輝かせ、卓に並べられた菓子をきょろきょろ見渡した。驚きで両手を口元に当てて、落ち着きのない様子でルルーシュに尋ねた。
「お兄様、これは全部、食べられるのですか…?」
「ああ、もちろんだよ」
「まあ……!さすがお兄様です!こんな綺麗な、宝石箱のような食べ物があるなんて、わたし初めて知りました…。食べるのが、勿体ない」
 ナナリーは感激した様子で、ルルーシュの手作りの菓子を褒めちぎった。
「料理は見た目もだけど、味を楽しんでもらってこそ、だろう?もちろん味も俺が保障するさ、ぜひ食べてほしい」
「…!ありがとうございます、お兄様!」
 もはや茶会どころかスイーツビュッフェの様を呈しているが、ナナリーが大変喜んでくれたので良しとしよう、とルルーシュは納得した。この日のために今日まで付き合わせてきたスザクにも、もちろん感謝している。ルルーシュは二人に取り皿とフォーク、スプーンを渡し、好きなだけ食べてもらった。

「ナナリー、どれが一番好きだった?」
 ルルーシュはどこか緊張した面持ちでナナリーに尋ねた。
「ううん…。どれもすごくおいしくて、一番を決めるなんて難しいのですが…。……この丸い、ピンク色のお菓子がわたしは好きです」
「ああ、それはマカロンというお菓子だよ」
「まかろん?初めて聞きました」
「最近国内で流行のお菓子だそうだよ。今度、また作って食べよう」
「ありがとうございます、お兄様!スザクさんは、どれが一番お好みでしたか?」
 ナナリーは視線をスザクのほうへ向けた。
「うーん、そうだなあ…。僕は、このフィナンシェが好きだなあ」
「あっそれ、わたしもとっても好きでした」
 スザクが挙げたその焼き菓子は、ルルーシュが一番苦戦した菓子のひとつで、スザクに一番食べてもらったものであった。焼き菓子の種類や違いにはいまいち疎い彼であったがそういう面には目敏いのだろうか、スザクは分かっていて名前を挙げたのかもしれない。

 それからは最近の出来事、世俗のこと、公務の話。わずかな時間ではあったが久しぶりに三人でこうやって茶を飲み交わしながらゆっくり話ができて大変有意義な時間を過ごせた。
 このあとすぐ、ナナリーは公務が控えてあったため、茶会はお開きとなった。自分の都合でせっかくの機会が短いものとなってしまったのに後片付けも手伝えないなんて、とナナリーは嘆いていたが、じゃあ今度はナナリーが主催でお茶をしようとスザクが提案し、和やかな雰囲気のまま三人は解散となった。

 そのあとはとくに用のなかったスザクは、ルルーシュとともに食器や台所用具の水洗いを手伝った。二人は使用した食器類を綺麗にして、ひととおり片付けを終えた。
「すまないな、付き合わせてしまって」
「いいんだよ、タダでこんな美味しいもの食べさせてもらったんだし。この程度の働きじゃお礼にもならないけどね」
「じゃあ、ナナリーだけじゃなく今度はスザクにも主催をしてもらおう」
「ええ、どうしよう。あんまり期待しないでね」
 時計を見るともう夕方の時刻を示しており、いつの間にか日は傾き始めていた。


「じゃあ俺はそろそろ入浴を済ませてくる。付き合ってくれてありがとう、スザク」
 ルルーシュは来客である彼を先に自室から退室させようと思い、スザクに背を向け、扉のほうへ向かった。
 が、突然スザクに後ろから肩を掴まれ、驚いたルルーシュはバランスを崩して転倒しかけた。
 スザクはルルーシュに対しごめん、といつもらしくなく平謝りをした。
 一体なんなんだと少々苛立ちながらルルーシュは背後の男を振り返る。すると、視線を床に彷徨わせ何かを言おうか言うまいかと、珍しく言い淀んでいるようすのスザクがそこにいた。
 しばらくそうして、何か言いたげなようすのスザクを根気強く待ってやった。
 しかしとうとう痺れを切らしたルルーシュは、一体どうしたんだと、スザクに言葉の先を催促するふうに問いかけた。ルルーシュの焦れた声に反応し、ようやく決心したらしい彼は、紅潮した顔を勢いよく上げルルーシュの目を見つめた。

「あのさ、嫌なら断ってくれても構わないんだけど…、」




「もういいって、言ってるだ、ろ…ッ!っあ、ひァ…っ!」
「まだ早いって、もうちょっとローション足すからいい子にしてて」
「うぅ、あ…ん!ンん!やだ、そこ、……っ!ひっ……!」

 少し横暴な気のある彼から「優しくする」宣言を受けた数日後、言うが早いが二人はスザクのベッドで睦み合っていた。

 ナナリーと三人で茶会を開いた日、スザクはルルーシュを唐突に呼び止め、「明日の夜、僕の部屋に来てくれないか」と頬を染めて誘ってきたのである。スザクの表情と雰囲気から、いくら鈍感と指摘されるルルーシュでも、つまり、そういう類のお誘いなんだと察した。セックスのときは毎回スザクに押し倒され拘束され、どうしようもないほどなし崩しで始められていた。改まって日時を指定される経験が殆どなかったルルーシュは、その日一日中意識しっ放しになってしまい、夜が更けるまでスザクの顔をまともに見ることができなかった。

 きちんと君が感じているかどうか反応を見なきゃいけないだろう、というスザクのそれらしい提案のもと、ルルーシュは仰向けの体勢を取らされていた。ルルーシュの片脚はスザクの肩に乗せられ、大きく広げられた股からはつまり、下半身のあれそれが丸見えな状態であった。スザクはそんなことはお構いなしに、じっくり優しく丹念に、ルルーシュからすれば執拗に、穴を解されていた。時間にすればどのくらいか、既に前後不覚な状態のルルーシュには全く見当がつかなかったが、普段よりかは確実に倍以上の時間をかけて、敏感な箇所を弄り回されていた。
 日常的に犯されて好き勝手にされていたルルーシュの身体は、さして時間もかからずあっという間に解けた。もうとっくに後ろの穴は性器同然に成り下がるほどスザクの手で開発されており、今のルルーシュの穴は痛々しいほど、何かを待ちわびるように収縮を繰り返していた。
 それなのに今更、怯える生娘を相手にするような、丁寧すぎる手付きで解され続けるというのはルルーシュにとって地獄に近かった。

「しつこ、い…っぁ!ン、もういい、早く…っ!」
「ルルーシュってば、もう…」
 スザクは困った顔をして、ルルーシュの慎ましい穴を蹂躙していた指三本を引き抜いた。
 ルルーシュの口から何度も繰り返される健気な強請りにようやく耳を傾けたスザクは、真っ赤な顔をして溜息をついた。スザクの額には玉のような汗が浮かび、ルルーシュの腹や胸にぽつぽつと滴り落ちた。
「僕は、優しくするって、言ったのに…」

 本当にスザクは真面目で馬鹿正直で、愚直で、不器用で、臆病な奴だとルルーシュは思う。この分からず屋、と罵ってやりたくなった。

 まだ下着も脱いでいないスザクの股間は、布の下で大きく主張していた。先走りが滲んでいるのであろう、その部分だけ布の色が変わっていた。
 いつもは使わないスキンを用意している最中のスザクの腕を引っ張り、ルルーシュは己の胸に彼の体を引き寄せた。スザクの額に浮かぶ玉の汗を、ルルーシュは一粒舐め取った。予想通りしょっぱくて別段美味しいものでもないが、ルルーシュは夢中になってスザクの汗を舐めた。
 ルルーシュは、いつか彼にされたように、スザクの愛らしい栗毛に顔を埋めて息を吸った。スザクの汗や体臭で肺が満たされるのを感じた。
 スザクはルルーシュの突然の行動の意図が読めず、困惑した様子で、ルルーシュの胸に頬をぴったりとくっつけていた。上目遣いでじっと大人しくしているスザクの様子が、主人からの指示を待つ犬のようだとルルーシュは思った。

「なんだその目」
「……ルルーシュの心臓、どきどきしてる」
「…期待してるから、な」
「期待?」
「早く…挿れてほしくて」

 ルルーシュの誘い文句を聞くや否や、スザクは突然ルルーシュの体から起き上がって、彼の腕をシーツに縫い付けた。ルルーシュは痛みで顔を顰めたが、とくに抵抗を示すことはなかった。
 スザクは俯いて、肩でふうふうと深呼吸している。前髪で顔が隠れて、表情を伺うことはできない。スザクを憐れむように、罪を許すように、ルルーシュは眉を下げ優しい表情で囁いた。
「本当に、この馬鹿」

 ルルーシュの発言に反応し顔を上げたスザクは、困惑と怯えと興奮が入り混じった、難しい表情をしていた。悩ましげに目尻が下がり荒い呼吸を繰り返す彼は、目前の御馳走を我慢する飢えた獣のように見えた。
「ルルーシュのほうこそ、なんでそんなこと、言うの」
「何度も恥ずかしいことを言わせるなよ」
「僕は、僕は……君に優しくしたくて、なのに」
 ルルーシュの腕を拘束していたスザクの手にはとうに力が入っていなかった。ルルーシュはそれをそっと解いた。
 何かを必死に堪えるように、苦しげに歪むスザクの頬を両手で覆い、彼の唇に自分のものを重ねた。驚きでスザクの目が瞬き、彼の睫毛がルルーシュの頬に当たってくすぐったかった。
「もう、伝わった。お前が俺に優しくしたいって気持ちは十分分かった。よく我慢したな」



 こんなはしたないこと、絶対二度としてやらないとルルーシュは誓った。
「じゅうぶん我慢した褒美だ、ほら。好きなようにしろ」
 ルルーシュは自らの両脚をスザクの腰に巻き付けて、引き寄せた。
「ル、ルルー、シュ……っ」

 スザクは真面目で愚直で不器用で臆病で、それから、泣き虫だ。
 ぽろぽろと翡翠から流れる雫を、ルルーシュは勿体ないと言わんばかりに丁寧に指で拭ってやった。

 ルルーシュは左ひじをついて上半身を起こし、右腕を伸ばしてスザクのボクサーパンツのゴムに指をかけた。そのままずり下げると、童顔なスザクには不釣り合いな、血管の浮いた剛直が飛び出て一瞬怯みそうになるのが、自分でも分かった。でもなぜだか、ルルーシュはそこから視線を逸らせずにいた。己の身体を貫き啼かせる凶暴なそれを見詰めて、ルルーシュは無意識のうちに唾をごくりと嚥下した。そうしていると、彼の雄々しい先端からはぷつりと先走りの汁が滲んだ。スザクはそこでようやく我に返って、己の下着に指をかけていたルルーシュの、細い手首を掴んだ。

 スザクが照れた表情で上から覆い被さってきたので、ルルーシュはそれに応えるように、スザクの首に自ら腕を回した。どちらからともなく額を合わせて、誰にも聞かれるわけもないのに、ひそひそと声を潜めて言葉を交わした。
「そんな熱烈に見られると、恥ずかしいよ」
「こないだそれを無理やり咥えさせたのは誰だ」
「もう、その話はここではしないでよ」
 くすくすと笑い合うと、お互いの唇を啄むようにキスをした。
 スザクはルルーシュの唇に夢中になりながら自らの陰茎を掴んで、散々解した彼の後孔に宛がった。

「……っあ!?ア、ひぃ、ア!ぅン、んーっ!!!」
 スザクはルルーシュの腹の奥、結腸の部分まで一気に串刺しにした。
 ルルーシュは衝撃に耐えようとし、思わずスザクの背中に爪を立てたが、白い首を仰け反らせ絶叫しながら呆気なく果てた。ルルーシュの口から粘度の高い唾液がどろりと零れるのが見えて、スザクは吸い寄せられるようにそれを啜った。
 ルルーシュの呼吸が整うのを見計らってから、スザクはゆっくりと、ルルーシュの内壁に陰茎を馴染ませるように抽挿を始めた。

 腰を動かしながらスザクはルルーシュの右手を掴み、それを彼の胸元に添えた。
「自分で胸、弄ってみて」
 冗談じゃない、とルルーシュは首を左右に振った。ルルーシュの艶やかな黒髪が真っ白なスーツの上でぱさぱさと音を立てる。
 スザクはルルーシュの手を握り込み、彼の手を使って乳頭を弄繰り回し始めた。親指と中指で乳首を挟み、人差し指で先端の敏感な部分を押し潰すと、ルルーシュはもう堪らないという顔をして、肩を震わせ善がった。
「こうするんだよ、分かった?」
 スザクは意地の悪い顔をしながら囁いた。ルルーシュは唇を噛んで羞恥に耐えていた。
 そっと手を離してやれば、顔を真っ赤にし、瞳に涙の膜を張らせたルルーシュは、たどたどしい拙い手つきではあったが自ら尖りを弄り始めた。上手だよ、と褒めてキスしてやれば、彼の指の動きはますます大胆になって、スザクを興奮させた。

「もう僕、っむりかも、」
「ん……んん、アッ…おれ、も」
 歯を食いしばって射精感をやり過ごす愛しい男――スザクの、汗が滴る顎にルルーシュはキスをした。
 その瞬間、中の剛直が弾けたのを感じルルーシュは愛しさで胸がいっぱいになって、後を追うように続けて達し、意識を手放した。




 目を覚ますと、自分の部屋のものではないがしかし、どこか見慣れた天井が視界に入った。
(そういえば俺、今はスザクの部屋にいるんだったか……)

 身じろぎすると、隣でルルーシュの寝顔を盗み見していたのであろう翡翠の瞳と視線が絡み合った。
 自分の体は綺麗さっぱりで下着一枚だけ身に着けられており、シーツはすっかり新しいものになっていた。また自分は事後の処理や世話を全て彼に任せてしまったのかという申し訳なさと、自分の与り知らぬところで己の体を好きなようにされているのかという羞恥が綯い交ぜになった。
「僕が好きでやってるから気にしないで」
 ルルーシュの考えていたことにスザクは目ざとく気づいて、まるでルルーシュの心を読むかのように答えた。
「警戒心の強い君が、僕に全て任せてくれているんだって実感すると、とても嬉しくなる」

 またこの男はそういう吐きそうなほど甘ったるい言葉で、己を誑かそうとする。
 うっすら朱の差した己の頬を見てご満悦な表情のスザクを前にすると、そんな憎まれ口もルルーシュは叩けなくなった。

「今日のルルーシュ、すっごい可愛くて、僕困っちゃうな」
「お前は相変わらず、どうしようもないくらい情けないけどな」
「ひどいなあ」
「そういうところも好ましく思っている、という意味だ」
 スザクは目を丸くして暫く黙り込んだかと思えば、頭を抱えて、あーとかうーとか、意味のない音を呻き始めた。どうやらルルーシュの意趣返しは見事成功したようである。ルルーシュはふふんと得意げな顔を作り、顔の赤いスザクを見返してやった。


「好きだなあ、ルルーシュのこと」
「お前、今更気づいたのか?」
「まさか!」
 君のことが大好きだ、愛している、と雄弁に語る瞳がルルーシュの心の臓を鷲掴みにする。どちらからともなく唇を寄せ合い、ちゅ、とリップ音を立てて顔を離した。
 幸せな気分に浸りながらスザクとルルーシュは、ますます重くなる目蓋に抗うことなく、ゆっくりと深い眠りに落ちたのであった。