子供の悪戯にご用心2

 その子供はジュダルの知っている人と瓜二つだった。が、明らかにジュダルの知っている人と異なる部分があった。
 顔の左半分に走る火傷痕はまったく同じだったが、細長い手足や丸い輪郭、大きな瞳なんかはまるで違う。ジュダルの知っている人の顔はもっと青年らしさのある、凛とした横顔とまっすぐ通った鼻梁を持つ男だ。こんなちんちくりんの餓鬼なんかじゃあない。
 ない筈なのだが、ジュダルの知っている人とその餓鬼は同一人物だとはっきり分かった。なんせジュダルの記憶にある少年と目の前にいる餓鬼が瓜二つだったからだ。
「白龍お前、なんで小さくなってんだ?」
 だからジュダルの口から出た疑問は、この状況を先回りして理解した『答え』だった。
「しっ神官殿こそ、どうしてそんな大きくなってるんですか……!」
 怖気づく子供は後ずさりし、部屋の奥に逃げ込もうとする。暗がりの部屋の隅で立ちすくむ少年は、その出で立ちこそ珍妙だったが――今は服装についてとやかく言っている場合じゃない。
「俺が大きくなったんじゃねーよ、お前が小さくなってんだ」
「ちっ違いますよ! だってこの部屋は正真正銘、貴方の部屋で……」
「お、俺の部屋?」
 ジュダルは指摘されて思わず周囲を見渡した。言われるまで気づかなかったが確かに、部屋の間取りは自分の部屋と同一だ。しかし置かれている家具や調度品、絨毯の柄も布団の大きさも、今使用している物と異なる。
「なんか懐かしいな、この部屋……」
「な、懐かしい?」
 知っているのは間取りだけじゃない。絨毯の柄も、窓掛け布の色も、雑然と置かれた調度品も、ジュダルは見たことがあった。
 ずいぶん昔に私物化していた品々はどこかの国から奪った物か献上された品かは知らないが、とにかく物が多い部屋だった。しかし大人になってからはもう少し部屋を片付けろと白龍に叱られて、埃を被っていた家具類はすべて断捨離したのだ。だからジュダルの部屋はこの頃に比べて幾分かは整理整頓されている。
「ああ。昔の俺の部屋じゃねーか。てことはなんだ、俺は過去に飛ばされた? そういう種類の夢?」
「な、何を言ってるんですか……」
「うん、夢だなこれは」
「神官殿?」

 つまりおかしいのは自分で、正常なのは目の前に居る少年ということか。
 この世界にとって異質なのは自分自身であろうとジュダルは推測し、そして眠っている間の夢だということにした。
 何故なら難しいことを考えたくなかったからである。
「その呼び方、懐かしいな」
「貴方は神官殿……のように見えますが、人違いなのでしょうか?」
 うろたえる少年に対し、ジュダルは可笑しそうに笑って答えた。
「今の俺に神官の肩書はねーよ」
「というと?」
「ただの『ジュダル』だ。もうアル・サーメンとも手を切った。だから俺のことは名前で呼べ」
「えっと……」
 未だに状況が飲み込めずたじろぐ子供に、ジュダルは焦れったくなって手招きした。おそるおそるジュダルの元へと近寄る少年の細っこい手首を掴み、そして無理やり引き寄せた。怯えた表情を覗き込んで、ことさら優しい声を使って問いかける。
「白龍のその格好は何? いつもの道着は?」
「えと」
「いいから答えろ」
 この頃の白龍といえば、いつも同じような格好をしていた筈だ。昔は煌びやかで派手な着物をよく身に着けていたが、兄二人を亡くしてからはすっかり地味になってしまった。次代の跡継ぎとして祀り上げられていた長男、そして次男と、次々と後ろ盾を失ったから仕方ないのかもしれない。母親に裏切られた少年に待っていたのは長きに渡る孤独と怒りを飼い慣らすことであった。
 長い沈黙の後、先に口を開いたのは白龍のほうだった。重い唇が開いた途端、ジュダルの耳に届いたのは聞き慣れない単語であった。
「きょ、今日はハロウィーンという祭事が宮中で開催されていて……」
「ハロ……?」
「おっお菓子を頂けないと悪戯するんですよ」
「悪戯……」
 白龍はおずおずと状況を説明してくれた。が、いかんせん珍妙な格好が可笑しくて話が頭に入ってこない。
 橙色の外套のような布を背中に肩に羽織って、短い丈の服を着ている。普段の白龍の格好とは正反対だ。なんだか直視するのも憚られるような、妙な気分になる。
「今の神官殿……ジュダルは大人、なのですか? それともそういう、成長を促す魔法があるんですか?」
「いや、魔法じゃなくてこれは夢だ。俺が見てる悪い夢」
「もう……また変なことを仰る……」
 白龍は呆れた顔色を浮かべていた。

 この白龍は自分の都合の良い妄想、幻覚である。そうでないとあの白龍が、こんな珍奇で破廉恥な格好をする筈ないのだ。
 ジュダルは心の中で自分にそう言い聞かせ、白龍に再び向き直った。
「で、何だ。お菓子とか悪戯とかって」
「ハロウィーンでは、大人が子供にお菓子をあげなきゃいけないそうです」
「んだよそれ。子供だからって物乞いが許されるのか?」
「そっそんなつもりじゃ……!」
 どういう理屈か知らないが、そういう奇祭を宮中では執り行っているらしい。ジュダルが幼少期の頃はそんな祭事を聞いたこともなかったが、世界が異なればそういうこともあるんだろうか。いや、これはそもそも夢だから深く考えないほうがいいかもしれない。
「悪いが俺は菓子なんて持ち合わせちゃいねーよ」
「じゃ、じゃあ悪戯します」
「はぁ」

 どもりながら身を寄せてきた白龍は、同じくその場に立ちすくむジュダルの目の前まで近づいた。しかし白龍はジュダルの顔を見上げたまま、一切動かなくなってしまったのである。
 普段のひらひらした布の服ではない、洋装に身を包んだ白龍の姿は新鮮だ。それに、なかなか似合っている。やたらと丈の短い下衣は誰の趣味か知らないが、特に少しだけ露出した太腿の曲線は艶めかしく見えた。
 どことなく子供らしからぬ色気を放つ子供は自身がどういう目で見られているかなど、当然無自覚だ。惜しげもなくジュダルの視界に晒される細腕や脚の曲線は、男をその気にさせるには充分過ぎたのである。

「なあ白龍、その服は誰に選んでもらったんだ?」
「この仮装はぎょくえ……母上に選んで頂きました」
「ああ、あの女か」
 当時は勿論彼女は存命している。そう遠くない未来で白龍とジュダルは結託し彼女を誅殺するのだが、ここでその話をするのは止しておこう。これは夢とは言え、数年後に取っておくべき『お楽しみ』だ。
「俺は下品だから嫌だと断ったんですが、神官殿に着ろと言われて」
「へえ。でも結構似合ってると思うぜ?」
「こっこれのどこが……」

 丈の短い下衣の下には、逆に丈の長い靴下を履いている。太ももの半分ほどを覆う薄い布は紐のような物で脚に固定されているようだ。機能性を考えれば合理的なのかもしれないが、視覚的にそれはどうなんだと思わなくもない。
「確かに煌では見かけない格好だけどよ、レームで似たような服を見たことあるぜ」
「お、俺はこんな子供っぽい服……」
「まあまあ。もうちょいよく見せてみ?」
 傍にある一人用の椅子に腰かけたジュダルは、白龍の腕を掴んで目の前に立たせた。白龍は動揺しつつも大きくなったジュダルには純粋に興味があるようで、まじまじと顔を見つめている。
「大人になった神官殿は今とあまり変わりませんね」
「んなこたぁねーだろ。ほら、よく見てみ? 昔よりもカッコよくなったろ?」
「違いが分かりません」
 一切淀みなくはっきりと告げられ、ジュダルは内心頭を抱えた。が、こんなことで動揺しちゃいられない。昔の白龍は冗談は通じないしつまらない子供だったのだ。鉄面皮のような硬い表情なんかは見ていて懐かしい気すらしてくる。
「この脚の紐はなんだ?」
「そっくすがーたーと言うらしいです。靴下がずれないように固定する道具だそうですが」
「ふうん」
「あっ、ちょっと! 引っ張らないでください!」
 伸縮性のある紐は引っ張っても千切れそうにない。むしろ彼の脚に食い込んでしまう程度には頑丈な造りだ。

 まだ肉付きの薄い、小ぶりな臀部に手を伸ばした。彼は自分の体がどのような目で見られ、何をされようとしているか、よく分かっていない様子だ。尻を揉んでも不思議そうな顔をするだけなので、もう少し踏み込んでみることにする。
 服の上から尻の谷間に指を食い込ませ、肛門のあたりを押し込んだ。彼は一瞬息を詰まらせてジュダルの顔を見つめたあと、訝し気な表情をしてみせる。
「あの、さっきから何を……?」
「まだまだ体が出来上がってねぇなって」
「しょ、精進します」
 変なところで真面目な奴だ。身体検査でもないのに、彼は下唇を噛んで触られることを我慢していた。
 なら、どこまで我慢出来るんだろうか。
 ジュダルの中で沸いた疑問を解決する方法はひとつだ。
「まだまだ柔らけえな」
「あ、あの」
「んだよ」
「く、擽ったいです」
 手を下にずらして丈の短い布を捲り、その下に待ち構えている素肌に触れた。さすがに違和感を覚えた少年は身じろいで、ジュダルと距離を取ろうとする。しかしジュダルだってそうされることを織り込み済みだ。
 腰を引き寄せて距離をさらに縮めると、ほのかに甘い香りが漂った。お菓子の匂いだろうか。子供っぽくて甘ったるい、彼に似合わない匂いだ。
「ああこれ、下に何も穿いてねーのか」
「あっジュダル、やだっ、やだ!」
 短い裾の下から手のひらを差し込むと、柔らかい尻たぶに直接触れることができた。弾力のある肉の感触を楽しみつつ反応を窺ってみる。
「やめっ、あ、何し」
「ちっせえし柔らけー」
「やっ、へんたいっ! ジュダルの変態!」
「アハハ。悪かったな、変態でよー」
 白龍はジュダルの顔を睨みつけ凄んでみるが、ちっとも迫力はない。既に浮かんでいた涙のせいでむしろ色っぽく見える。
 白龍はジュダルの肩を掴み、体を引き離そうと躍起になった。が、それ以上の力で腰を掴まれて身動きが取れないようだ。いつもの白龍相手じゃ腕力勝負で勝ち目がないジュダルにとって、これは気味のいい話である。いくら子供の姿とはいえ、白龍をねじ伏せられる折角のチャンスだ。
「やだっ、いやです! 誰か呼びますよ!」
「おうおう、呼べるもんなら呼んでみやがれ」
 今度は白龍を床の上に引き倒し、ジュダルがその上に馬乗りになった。背中を強かに打ち付けた彼はうう、とうめき声を上げたのち、痛みで動けなくなっている。
 それを隙だと捉えたジュダルは容赦なく上の服を脱がそうとした。が、構造が分からない。小さい襟は釦や紐で留められているようだが、解き方が想像つかないのだ。なので裾を捲り上げて胸元を露出させ、そこで露わになる小さな突起を摘まむことにした。
「あっや、う!」
「んだよ、キモチイのか?」
「ちがっ、違う! 痛いんですっ」
 ぐにぐにと指先で摘まんで形を変えつつ、硬くなってゆく乳首を見た。ここの開発には時間がかかることを知っていたジュダルは、痛がる子供の反応を他所に、骨の浮き出た脇腹を撫で上げた。
「ひっ」
「はは。可愛いなぁ白龍は」
「やだ、気持ち悪い、離してください!」

 脚を開かせて股座にしゃがみ込んだら、彼は脚が閉じられなくなる。空中でばたつく脚は一旦無視することにして、丈の短い下衣の裾をたくし上げた。
「あーいい気味だぜ。俺の上に乗っかってニヤつくお前には心底ムカついてたからよ。たまにはこういうのも悪くない」
「おっ俺は神官殿に、そのような無体を働いたことは……!」
「大人の俺たちはそーゆう関係なの。ガキんちょの白龍には分かんねえと思うけどな!」
 膝の裏を持ち上げれば柔らかい股関節が曲げられて、彼の局部がよく見渡せる。布に覆われたそこは想像するしかないが、きっと下の毛も生え揃っていない筈だ。
「脱がし方分かんねえから破ってもいいか?」
「だっ駄目です! これは借り物で、あとでお返ししないと」
「じゃあ自分で脱げよ」
「で、でも」
 さすがに下を脱いだらどんな目に遭うか、いくら初心で純粋な白龍でも薄っすら想像はつくんだろう。ここまでされておいて抵抗なく服を脱いでくれたら、それはそれで楽なのだが。
「オラ、ぐずぐずしてねーでさっさとしろ」
「う……」
 彼はおどおどと怖気づきながら、服の真ん中あたりに付属している小さい金具を取り外していた。
「それはなんだ?」
「じっぱーとほっく、だそうです」
「ふうん」
 微かな物音が聞こえた後、彼は腰の部分を掴んで太もものあたりまでずり下ろしてみせた。まろび出る性器はジュダルの予想どおりまだ幼く小ぶりだ。それでいて下の毛はまだ生えてもいない。つるりとしている臍の下を指でなぞると、皮膚が粟立った。
「白龍、ここ擦ったら白いの出るか?」
「へっ」
「だから、精通はしてんのかって聞いてんだよ」

 ジュダルが無遠慮に性器を握り込むと、白龍は当然驚くどころか激怒した。
「なっ何やってんですか、ちょ、離して、離してくださいってば!」
「うっせーな、ちったぁ我慢しろよ」
「嫌ですこれっ、やだっ、嫌だ!」
「どうせすぐ良くなるんだから」
 指先で摘まんだ性器を軽く握って、上下に擦った。色素の薄いつるりとした先端を親指で弄りつつ、手筒で軽く上下に揺すってやったのだ。無論、彼は嫌だ嫌だと首を振り乱して抵抗を繰り返していた。
 とはいえ、変化はあっという間だ。あれだけ力強く蹴り上げてきた脚も突っぱねていた腕も、どんどん弱々しく、力が無くなってゆくのだ。愉快なほどの変わり様に、ジュダルもついつい口角が上がってしまう。
「ほうら、もう先端がぬるぬるしてきた」
「あッや、う!」
「ハハ、エロい声」
 びくびくと跳ね回る腰を押さえつけて性器を何度も擦ると、子供は息を上げて泣きじゃくるのだ。先ほどまでの威勢はどうした、もっと言い返してみろと煽っても、彼は目に涙を浮かべるだけで何も言ってこない。艶っぽい声と息を漏らして、藍色の瞳を濡らすばかりだ。
「精通はまだか? 答えろよ」
「やらっ、あ! いやっ、やァ」
「おい、答えねえとこのままいかせるからな」
 脅し文句とともに答えを吐き出させようとするが、白龍も頑固なたちだ。唇を噛んで何かを堪えつつ、しきりに首を振って何かを否定するような動きをする。
「ゆ、ゆるし、やだ、やだっ」
「ほらほら、このままだとすぐいっちまうぞ?」
「あっん、あ! やっう、う、あ」
 嫌だ嫌だと首を振り乱しながら見悶える様子ははっきり言って卑猥だ。気持ちが良くて仕方ないくせに、自分の心に嘘を吐いてまで否定してくる。彼の意地とプライドが快楽を認めないんだろう。

 ジュダルはますます面白くなって、さらに力を強めて擦り上げた。するとどうだ。少年はひときわ大きな声を上げて背中を反らせたあと、脱力してしまったのだ。
「アハハ、いったのか白龍! 何も出てねえぞ!」
「やぁ、うぅ……」
「ったくよぉ、手間かけさせやがって。お前まだまだガキなんだな!」

 ジュダルはようやく性器から手を離したが、それはまだ萎えておらず、熱を保ったままだった。しかも鈴口がぱくぱくと開閉している。ジュダルは白龍の性器を凝視したまま首を傾げた。
「んだよ。まだいってなかったのか?」
「あぅ、や」
「きちんといけるまで俺が手伝ってやろうかぁ? ん?」
 言うが早いがジュダルは性器を握り直し、力を込めてそれを擦り続けた。白龍が大粒の涙を流して止めてくれと何度も懇願したが、すべて聞き入れるつもりはなかった。
「白龍はおちんちん擦られてキモチイもんな~!」
「アっ、あ、ん! んっ、あ、ひッイ!」
 その瞬間、びくりと腰が跳ね上がった。同時に性器から何かが噴き出して、ジュダルの胸のあたりにまで飛び散ったのだ。
 ついでに手のひらもどろどろに汚れてしまった。
「白龍お前、今のって」
 ジュダルがまさかと思うよりも先に、白龍が泣き腫らした顔のままで声を上げた。
「いっ今の、な、なに……?」
「すげえ、出たじゃん」
 指にこびりつく白い液体を見つめながら、ジュダルはおもむろにそれの匂いを嗅いでみた。
「うん、精液だなコレは」
「は……」
「おめでとう白龍。お前も立派な男の仲間入りだ」

 ジュダルは汚れてないほうの手で白龍の頭を撫でた。湿った髪の毛は汗の所為だろう。汗ばんだ額にはいくつもの毛が張り付いている。
 白龍は息を整えつつ、小さな声でブツブツと何かを呟き始めた。いったい何を言い出したのか。ジュダルが興味本位で口元に耳を寄せると、それを好機と睨んだのだろう。白龍が、それまで投げ出していた脚を思い切り振ってジュダルの胴体目がけて大蹴りを食らわしたのだ。

「てッめ、こんのクソガキ……!」
 床の上にひっくり返ったジュダルはその後も白龍の猛追に遭い、首を絞められたり肩を思い切り揺さぶられたりした。子供は力加減を知らないらしい。あるいは力加減は無用だと思っているのだろう。

「死ぬ! 死ぬって!」
「今すぐここで死んでください、神官殿!」
「うっ、どこかで聞いたことがあるようなないような台詞……」
 床に横たわるジュダルに白龍が飛び乗り、一切容赦のない殴打と蹴りを加え、鉄拳制裁を幾度も与えた。情けない話だが次第にジュダルの意識は薄れてゆき、視界が白っぽくなっていた。
 子供相手になすすべもなく気を失う寸前。ジュダルが最後に見た光景は、ジュダルの手によって半裸にされたとは思えないほどの、怒りと羞恥心に染まった白龍の表情であった。



 次に目を覚ますと、そこにはひどく見覚えのある景色が広がっていた。ジュダルがよく知っている白龍の部屋だ。子供の頃じゃない、今現在の部屋である。
「も、元に戻ったのか、俺」
 いや、あれは夢だったかもしれない。服や手のひらを一応確認してみたが汚れのようなものは付着しておらず、綺麗なままだ。匂いもない。
「なんだ、どうかしたかジュダル」
 至近距離にあった白龍の顔と目が合った。白龍がジュダルの顔を覗き込むような大勢で尋ねてきたので、驚きのあまり思わずのけ反って大声を出してしまった。
「いや、なんか変な夢を……みたような……」
「……そうか」
 白龍は妙な間を空けて相槌を寄越してきた。目が合わない。彼は居心地悪そうに後頭部を掻きながらそっぽを向いている。
 もしかしたら白龍も夢見が悪かったんだろうか。
 二人して午睡なんて慣れないことをするもんじゃない。いや、もう暫くの間は夜以外で睡眠を取るのは止めにしたほうがいいかもしれない。でないとまた、あの悪夢のような夢の続きを見てしまいそうだ。

「あれは夢、だよな……?」
「何の話だ」
「いや、なんでもない」

 あれが夢じゃないと自分は本物の変態になってしまう。散々小さい白龍に罵倒されてしまったが、夢だから全部許されると思っていたのだ。
「そういやさっき、小さいジュダルが現れて」
「ち、小さい俺?」
「あ、ああ……ハロウィーンがどうとかと言っていた。白昼夢だったかもしれない」
「は、ハロウィーン……」

 この話題はあまり深堀りしないほうがいいかもしれない。
 何となく直観でそう判断したジュダルは、白龍とともにこの件について以後一切触れないことにした。