子供の悪戯にご用心

 すらりと細い手足、肉付きの薄い腹部を露出した服装をする少年は、白龍の前に現れるなりこう宣言した。

「オイお前、白龍に似てるけど誰なんだ?」
「……はぁ?」

 後頭部から垂れ下がる大きな三つ編み、赤い釣り目、鋭い犬歯と、それより何よりこの憎たらしい表情。どこからどう見てもその少年は白龍もよく知るジュダルその人だった。
 しかし白龍がつい先刻まで昼餉を共にしていた男とは別人である。厳密に言うと、目の前にいる少年は確かにジュダルだが、白龍が知っているジュダルは成年の姿をしている。児童と呼ばれる年齢はとうに過ぎ、立派な大人の男になった。
 もう何年も見た目が変わらない男は背丈こそ伸びたが表情や性格は昔と寸分変わらない。だからこそ目の前にいる少年がジュダルであると、白龍は瞬時に理解できたのである。

「お前、誰?」
「俺は練白龍だ」
「白龍? 白龍はもっとこう、ちっこくて丸くて落ち着きのない……」

 目前に立つジュダルの出で立ちをよくよく観察すると、いつものジュダルとは少し異なっていた。服装の露出度に関しては言わずもがなだが、中東風の恰好ではなく洋装の雰囲気がある。

「あ、お菓子くれよ!」
「はぁ?」
「お菓子! 今日はハロウィーンなんだろ?」

 少年は橙色の桶のような入れ物を差し出し、ここに菓子を入れろと視線と言葉で訴えてきた。初対面相手に物乞いとは図々しい、恥知らずな奴である。

「ハロウィーン知らねえの? 仮装した子供が大人にお菓子を貰いに行く祭りだって、玉艶が言ってたんだぜ」
「玉艶……」
「俺の仮装似合うだろ? 一番かっこいい服にしてもらったんだぜ」

 彼は得意げな面持ちで背中に羽織った外套のような布きれを翻し、その鮮やかな裏地を見せつけてきた。
 いや、今は仮装だのハロウィーンだのはどうでもいいのだ。彼の口から飛び出した玉艶という名前について、白龍は頭がいっぱいだ。

「おい。大人のくせに菓子くれねーのかよ」

 子供は状況を理解していない。尚も桶を差し出し、物乞いをしてくる。
 白龍は暫しの逡巡ののち、ひとつの可能性を思いついた。

「貴様、玉艶が生きていた頃からやって来たのか」
「何言ってんだ?」
「先ほどから大きいお前の姿が見えない。同じ部屋に居た筈なのに」



 白龍とジュダルは昼餉ののち、ほんの僅かの間だけ午睡を取ることにした。なんでも西洋では先日、昼餉の後に短時間の仮眠を取ることで仕事の効率が上がるという研究結果が発表されたとかで、世界中で話題なのだ。
 そんな中、怠惰な生活に余念のないジュダルがこの話を聞きつけ、早速煌帝国内でも流行らそうと躍起になっているらしい。午睡を合法化し規律に加えようという魂胆なのだろう。
 ジュダルの思惑はいったんさておき、仕事の効率が上がるのであれば悪い話じゃない。今日の午後、二人で試してみようと十五分ほど昼寝をしていたのだ。場所は白龍の部屋で、昼休憩が終わる五分前には起きる約束をしていた。
 ところが白龍が目を覚ますと、そこに居たのは寝起きのジュダルでもなく、熟睡中のジュダルでもなく――

「お前、過去から来たのか」
「何言ってんだよ」
「玉艶は既に……いや、この話は止しておこうか」
 白龍は仮眠を取っていた長椅子から立ち上がり、あたりを見渡した。
 部屋はとくに荒らされたような形跡もなく、窓の鍵も掛かっていた。部屋のすべての扉、出入口、収納扉も閉まっている。
 ならこの子供はどこから入ってきたのか。
 白龍は感じた疑問を素直に子供へぶつけた。
「なんか昼寝してて、起きたらよぉ、この部屋に居て」
「……」
「はぁ、何? さっきからジロジロ見てきやがって。ハロウィーンなのにお菓子持ってないのかよ」
「……」
「ああ、もしかしてハロウィーンのことも知らない?」
 歩み寄ってきた子供は白龍の胸あたりの身長だ。話しかける際は当然、見上げる格好となる。
 しかし子供は初対面の大人に対する警戒心や緊張が微塵もないどころか、どこか横柄な態度でこう宣うのだ。
「ならイタズラ決定だなっ!」
 子供は空っぽの桶を床に放り捨て、あろうことか白龍の肩に飛びついてきたのである。
 あまりに突然のことで対処しきれなかった。真後ろにあった長椅子のおかげで盛大に尻餅をつくことは免れたが、それでも飛び掛かられた状態で横たわる格好となってしまった。

 子供は白龍の体の上で体重を移動させつつ、向かい合う格好で馬乗りになった。白い素肌が白龍の眼下に晒される。それだけでなく、体を密着させてこう嘯くのだ。
「なあでっかい白龍、どんなイタズラがいい?」
「……は」
 声がするほうに顔を向けると、口元にたっぷりと笑みを湛えた子供がそこに居た。子供らしからぬ卑しい表情に、自然と顔が強張る。
「トリックオアトリートって言うらしいぜ」
「ど、どこの言語だ」
「ハハ。なぁんも知らねえんだな、でっかい白龍は」
 大人を舐め腐った態度に苛立ちが募るが、今はそれどころじゃない。
 柔らかい皮膚が首筋をなぞる。子供特有の柔らかい、滑らかな指先だ。妙なくすぐったさを感じつつ、何も考えないよう思考を無にした。
「誤魔化したって無駄だぜ」
 薄い唇から覗くのは真っ赤な舌先だ。
 彼は純粋無垢な子供なんかじゃない。まるで悪魔そのものだ。
「しょうがねえから、俺がたっぷり苛めてやるよ」
 幼げな輪郭に宿る表情は、どことなく大人びて見えた。



 最近の子供は誰も彼も『こう』なんだろうか。あるいは彼だけが特殊で、『こう』なってしまったんだろうか。確かめるすべはない。他に比較対象もないし、彼と同じ年代の子供を宮中では見かけない。
「俺さぁ、分かんだよね。そーゆうの!」
「……?」
 太ももが露出するような丈の短い下衣はどこで手に入れたのか、そして誰がこの子供に着せたのか。彼の保護者役、玉艶に対する恨みが思い起こされる心地だ。
 白くて細い太ももで白龍の胴体を挟むようにして跨ってきた子供は、相も変わらず卑しい笑みを浮かべている。まるで何かを暗喩するような、示唆に富んだ顔つきだ。
「さっきから俺の事エロい目で見てんだろ!」
「なっ」
「俺には分かんだぜ、だってさぁ」
 彼は浮かしていた腰を一旦下ろし、白龍の下腹部のあたりに座り込んだ。
「白龍のちんこでっかくなってんだもん! 笑える!」
「こ、このクソガキ……」
「あ? なんか言ったか?」
 彼は何もない空中から短い一本の杖を出現させた。それは白龍が堕転するより以前まで彼が愛用していた魔法の杖だ。白龍と結託してからは大杖を用いるようになったが、子供の頃の彼なら当然、それはまだ扱っていない。

「白龍がクソガキに発情する変態ムッツリスケベだって、宮中の連中に知らせてやろぉーっと!」

 ジュダルは得意の魔法で宙を飛んで、白嶺宮の上空から大声で叫ぶんだろうか。あるいは魔法道具の拡声器で流布するつもりか。
 いずれにせよ子供の好きにさせるつもりはない。
「おいっ、何すんだよ白龍!」
 彼はまだ場数を踏んでいない、しょせんは『子供』だ。魔法の杖を振るより先に腕を掴んで力づくで杖を手離してやれば、魔法なんかちっとも怖くないのだ。
 雷を落とすだとか、氷柱の雨を降らすとか、そういう多彩で攻撃力の高い魔法を使えるようになるのはもっと先の話。今のジュダルにはそれほどの魔法を扱える実力はない筈だ。白龍の記憶が正しければ。
「フン。大人を舐めてかかるからこうなる」
「腕いってえよ、離せって!」
「なら俺の言うこと聞くか?」
「う、うっせー!」
 手首をひねり上げ、ついでに左腕で首を軽く絞めてやった。赤子の手をひねるより容易い、とはまさにこのことである。
「降参降参! 死ぬって!」
 ジュダルは案の定堪え性がなく対人戦闘はいっとう不得手だった。この頃の彼は少し擦り剥くだけで痛い痛いと泣き喚く、単なる貧弱の、根性なしである。
「この程度で死ぬわけあるか、脆弱な」
「いってえんだよバカ! 離せって!」
「目上に対する言葉遣いがなってないな」
「悪かった、じゃねえや……すっスミマセン! スミマセンでした!」
 じたばたと暴れ回る体を押さえつけていたが、そこまで言わせて白龍はようやく拘束を解いた。解放された子供は息を吐き、殺されるかと思った、と小声で呟いていた。
 白龍は上体を起こしつつ、子供の様子を窺った。一応怪我だけはさせないよう手加減は大いにしたが、それでも反応は大袈裟なくらい痛がっていた。普段から鍛錬とは縁遠い生活をしているから、骨や筋肉は弱いのかもしれない。
「んだよ、さっきから……」
「別に。それよりなんだ、この破廉恥な服装は」
 腹部だけでなく袖も裾もない、訳の分からない布を身に着けている。もはや全裸で出歩くより恥ずかしいかもしれない。
「ふふん。俺に似合ってるだろ?」
「似合っているかどうかはともかく服を着ろ、みっともないぞ」
「あ? 勃起してたくせに言えた台詞かよ」
「もう一度絞めてやろうか?」
 睨みを利かせていた瞳はその一言でフイと逸らされた。やはり悪餓鬼にはある程度の痛みによる制裁は必要なのかもしれない。
「何、子供の俺にコーフンしてたんじゃねーのかよ」
「そういうわけじゃ……」
「じゃあどういうワケ?」

 再び白龍のほうに向き直ったジュダルが上目で問うてきた。今度は馬乗りにはならず控えめに椅子の端に腰かけ、振り向きざまに真後ろに座る白龍の顔を覗き込む。その仕草はあどけない子供のようだ。
「ジュダルにもそういう、子供の時代があったんだと……少し感慨深い気持ちになって」
「感慨深い?」
「俺の知ってるジュダルはもう大人だから。しかも可愛げがない」
 剥き出しの背中に触れると、目の前の細い肩がびくりと跳ねた。
「こんなに敏感でもないし」
「うっせーな! 急に触るからだろっ」
「こんな無邪気でもないし」
「無邪気? 俺がかぁ?」
 ケラケラと笑う顔を掴んで無理やり向かせると、まあるい目が白龍の藍色を見つめた。
「んだよ白龍のくせに!」
「ほら、そうやって大人を甘く見るからだ」

 小さい顎を掴んで上を向かせた瞬間に、唇に吸い付いてやった。柔らかくて小ぶりな口は、ひくひくと驚いたように震えている。妙にマセた態度を取るくせに、こういうところは初心らしい。
 至近距離だというのに見開かれた紅が白龍の顔を映していた。冷静で淡々とした視線に当てられた瞳はその後すぐに閉じられて見えなくなってしまう。
「んっ! んんー!」
 俄かに抵抗する小さい舌を啜って、柔らかいだけの唇を噛んだ。半開きになったままの口からは唾液が垂れているだろうが、今はそんなのお構いなしだ。
 体を引き寄せたまま長椅子の座面に子供の体を押し付けて、その流れで呼吸を奪い続けた。すると暫くしないうちに胸のあたりを強く叩かれるので、仕方なく口を離した。
「あ、な、何、いまの……」
「はは。逃げたければ今のうちに俺を殴って逃げればいい」
「そ、そんなの、できるわけ……」
 顔の横に手をついたまま白龍がそう嘯く。子供は真っ赤な顔を隠そうともせず、吸われ過ぎて赤くなった唇に自身の手で触れていた。
「な、なんだよ、今の」
「接吻だ。知らないか?」
「しっ知ってるし!」
 ますます顔を赤くする子供は喚きながら答えた。
「でも白龍、そんなキャラじゃねーだろ。その、俺に……」
「将来の俺とお前は毎晩ちちくりあっているが」
「……へっ?」
「なんてな」
 白龍は声を唇に乗せながら、再び眼下の四肢に手を伸ばしていた。今度は拘束するのではなく、全身をまさぐるように触れていった。
 触られながら、子供は案の定擽ったそうに身もだえている。時折場にそぐわない大声で笑い声を上げたり、裏声が出たりと、反応は様々だ。
「ジュダル、お前は菓子を持ってないのか?」
「へ、えっ?」
「ほらさっき言ってただろう。菓子を持ってないからイタズラがどうとか」
 白龍はその奇祭の知識は皆無だが、彼の発していた情報から察するに。お菓子が貰えない人間は相手に悪戯をしても許されるらしく、悪戯の内容や裁量は個人に任されるらしい。
「ならお前は持ってないのか? 俺にはくれないのか?」
「こっ子供が大人にやる菓子なんかねーよ!」
「お前みたいな子供が居てたまるか」
「へっ変なトコ触んなよっ、俺は持ってない! もう全部食っちまったからっ!」
 下衣のポケットも全部探ったが飴玉ひとつすら出てこなかった。
「なら俺もイタズラとやらをする権利があるんだな?」
「そんな権利ねーよっ、あ、おい! 服そんな引っ張ったら破れるって!」
 申し訳程度に身に着けている布が服だという。こんな布きれごときを服と見做すのは無理があるのではないか。
 そんな考え事をしているとつい、力加減を誤ってしまう。縫製が安っぽい布きれはいとも簡単に裂けて、あるいは釦が外れてしまうのだ。
「……悪い」
「悪いって思ってねーだろ!」
「あとで縫って返そう。それよりどういう構造なんだ、これは」
 首元に巻いていた紫の布紐だけはそのままで、丈の短い羽織とその下の服は襟が破れてしまった。肩から羽織っている外套のような布は散々踏みつけにして、あるは敷き布代わりにしているので見るも無残な姿に変わり果てている。

 皺くちゃの布からは一旦意識を逸らし、その真上にある顔を見た。その表情が語る感情は羞恥か屈辱か、あるいは何だろう。真っ赤な目元は今にも泣きだしそうだ。
「どうした、今更恥ずかしくなってきたか」
「は、白龍のくせに! ムカつく!」
 再び暴れだそうとする腕を押さえつけて、真正面から見下ろした。涙の膜が張っている瞳は艶々と輝いている。まるで何かを期待しているかのようだ。
「何をされようとしてるのか、分かってるのか?」
「うん? 何をって?」
「だから、その……」
「……」
 爛々と輝く目の色から察するに、この子供は本気で何も分かっていないのかもしれない。
 やけに艶やかに見える目元も大人びた表情も色気のある肌色も、全部は白龍の視点でそう見えているだけだ。子供は本気で大人の白龍を誘う気などさらさらない。
 ただ、子供とて何も知らないわけはない。とくにジュダルは同年代の中でもとりわけ賢く、耳聡く、何より大人のマネをし、背伸びをしたがる。
 だから興味がないと言えば嘘になるのだ。幼気な赤色の虹彩にはチラチラと好奇心が見え隠れしている。白龍は少年の心に芽吹いたその変化を見逃さなかった。
「……さっきの続き、みたいなことか?」
「まあ、平たく言えばそうだ」
「俺、まだ子供だけど」
「俺が知ってるジュダルは二十一歳の立派な大人だ」
「に、にじゅう……」
 ぎょっとするジュダルに白龍が微笑みかけると、彼は不貞腐れた表情を浮かべた。
「おっ俺みたいな子供で務まるかどうか知らねーよ?」
「大丈夫だ。初心なお前も久々に見てみたい」
「ひ、久々って……?」

 ジュダルが疑問を投げかけるよりも先に白龍が覆い被さって、最後まで声にならなかった。



はだけた布の合間から見える青白い肌に吸い付くと、途端に桃色に染まるさまが見ていて小気味良い。痕は残さぬように吸ったり舐めたりすると皮膚の下が疼くんだろうか、ぶるぶると震える体は鮮やかに色づいてゆくのだ。汗ばんだ脇腹のあたりに手を這わすと、あっと驚いたような声が聞こえた。
「く、擽ったいだけだ!」
「そうか」
「あっやだ、やっ」
「これも擽ったいだけか」
 薄っぺらい布を捲り上げて、肉のついていない胸の頂きを指で摘まんだ。薄茶色の小さい粒はまだ柔らかく、少し摘まんだだけで形がひしゃげる。
「そんなとこ触っても、なっ、なんもねーぞ! 女じゃあるまいし……!」
「そうか」
「そ、そこは擽ったいから、だ、だめだ!」
 丈の短い下衣から露出したままの鼠径部を撫でると、押さえつけていた太ももがじたばたと暴れる。悪かった、と悪びれない声で白龍が答えると、素足が宙でふわふわと彷徨うような動きを見せた。
「なあ。でっかい白龍はさっきから俺に何してんの?」
「何だと思う?」
 質問に質問で返しつつ、白龍は素肌の太もも、その内側に触れた。
「んー……エロいこと?」
「そうだな」
「そうだな、って。大人のくせに!」
「お前だって子供のくせに期待してるだろ」
 手を少し上へずらすと、僅かに兆し始めている性器の感触が伝わってくる。手のひらで弧を描くようにその部分を撫でつつ、反応を窺った。
「あ……」
「なあ、これはどうやって脱がすんだ?」
 腰のあたりに巻かれた紫色の帯は金具によって固定されている。が、その金具の外し方がさっぱり分からない。異国の服装なんだろうが、白龍はそれを見たことはなかった。
「へへ。しょうがねーから俺が教えてやる」

 ジュダルは上体だけを起こし、金具を器用に外し始めた。カチャカチャと音を鳴らしつつ容易に紐を解いた彼は、得意げな顔を浮かべて下衣から引き抜いた帯を見せつけてきた。
「な? 簡単だろ?」
「ああ。これで脱がせられる」
「は、えっ?」
 子供は大層頭が悪いのかもしれない。自らそれを解いておいていざ脱がされるとなると慌てふためくのだから興味深い。想像力が足りないのだろうか。
「おっ俺、男だって!」
「見りゃ分かる」
「じゃ、じゃあなんで」
 すんなりと服を脱がせば露わになるのは一糸纏わぬ下半身のみだ。まだ下の毛も生えていない子供のそれは、見てくれこそ幼い。
「精通はもう済んでるか?」
「あゃ、う?」
「まさかそんなことも知らないのか」
 指で擦るときちんと反応を示して硬くなってくる。大きさは年相応に小ぶりだ。指で包んで少し上下に擦ってやる。
 見た目は子供でもれっきとした男の体だ。そこを刺激すれば快感を得られるのは共通で、いくら生意気な子供だろうが変わりはない。
「んっ、あ、し、知ってるし!」
「そうか。その様子だともう済んでるようだな」
「そ、それはっ」
 とろん、と蕩けた瞳が白龍の手に包まれた性器をじっと見つめていた。まだ子供とはいえ性感は備わっている。擦れば気持ちが良くなるし、出るものは出るんだろう。
「あう、う、はくりゅ」
「うん?」
 名を呼ばれたと思えば、着物の裾を控えめに握られた。
「さっきのちゅー、もっかい……」
 舌を突き出して喘ぐ子供は、しきりに接吻を求めてきた。子供らしからぬ色気を放つ少年に、白龍は無意識のうちに視線が釘付けになっていた。



 相も変わらずジュダルはとことん快楽に弱いらしい。
 彼はとにかく気持ちのいいことが好きだ。それは性感だけでなく、単に心地いいこと、楽しいこと、ラクなこと、快いこと、すべての正の感覚を意味する。だから、たとえば美味い飯を食うことやふかふかの寝台で眠ることもとくべつ好きだ。そしてそのうちのひとつに、性行為も含まれている。

 彼は中でも性的快楽を得ることに目がなかった。それでいて好奇心も旺盛で、青天井の体力なんか持たないくせに行為の続きを強請っては、毎晩のように気を失っていた。気を失うまで他人を抱く側にも非はあるのかもしれないが、ジュダルがしつこいのが悪いのだ。
 その悪癖はいつから根差したものなのか、白龍はもう思い出せなくなっていた。女とするより白龍にされるほうが好きだと囁かれた日から、彼は明らかに変わっていったと思う。

 だが、子供のジュダルを見ていて白龍は少し思い直してしまった。ジュダルには最初から『その才能』があって、気持ちのいいことには夢中になってしまうのも仕方ないのかもしれない。
 それは他人より感覚器官が鋭敏で、とくに快楽を拾うことが得意なうえ、他人を誑かすのが上手いのだ。ジュダルの才能は白龍が教えたわけでなく、生まれ持った特性なのかもしれない。



「んむ、う」
 子供は夢中になって短い舌を伸ばし、舌を絡ませるような接吻をせがんでくる。大人びた風貌に似つかわしい幼気な仕草だ。思わず意地悪心が芽生えてしまうのを何とか堪えていたが、少々なら許されるのではないか、と。魔が差してしまった。
「アっや、う!」
 性器の先端部分に爪を押し当てて抉ってやった。彼は口をすぐさま離して、意味のない母音を発し始めた。
「やぁ、う! あっ、あ」
「はは。ここが弱いか」
「そこだめっ、はくりゅう、おねが」
 もっかいさっきのつづき、と舌足らずな声が強請ってくる。何を、とは言わない。言わせても良かったが、それより衝動が勝ってしまった。



「んふ、う、う」
 唇をくっつけると蕩けそうなほど熱い舌が口の中を舐めてくる。もっと、もっと、と言いたげな両腕が肩にしがみついてきて、初めてこの子供の素直な部分が垣間見えた気がした。

 ジュダルはとにかく口が悪い。それは他人に甘えるだとか、弱い部分を見せるだとか、助けを乞うだとか、そうした他人の手を借りる行動から遠ざかる為の防衛手段なのかもしれない。誰かを頼ることを知らないどころか、それが悪だとさえ思っている。何故なら彼は他人の懐に入ることはあれど、自らの懐に踏み込まれるのを恐れるきらいがあるからだ。
 そんな彼の、ほんの少し甘えたな部分。貴重な一面はいとも容易く開示されて、白龍の眼下に晒された。ジュダルの柔らかい懐を踏み荒らすかのように、熱い口腔に舌を差し伸ばすのだ。すると彼も呼応し、同じように舌を伸ばしてくる。
「んっ、ッ、ん!」
 直後、腕の中に閉じ込めていた体が戦慄いた。びく、びく、と何度も跳ね上がる腰を押さえつけて、手の中に収めていたぬくもりの、とある部分を探す。それは言わずもがな尿道口だ。
「もう出そうか?」
「あ、ッおれ、まだ……!」
 ジュダルは何かを言いかけたのち、背中を反らしてのたうった。声は熱い吐息に変わり、小ぶりな唇はてらてらと唾液で濡れている。
「あれ? おかしいな」
 白龍は右の手のひらを見遣って、不思議に思った。そこにあると思っていた感触がなかったのである。

「だから、まだだって言ってんだろ……」

 子供は何とも複雑そうな表情を浮かべて白龍を見上げていた。赤くなったまま硬直した彼は、おもむろに腕で目元を覆っている。
「ああ、『まだ』ってそういう……」
「イチから言わせんなよ! この変態野郎!」
 尤もすぎる主張に対して反論できない白龍をよそに、ジュダルは赤いままの顔で自身の下半身を見遣った。
「ああもう、ムカムカしたらまた……」
「え?」
 一度萎えた筈の性器が再び芯を持ち始めていた。

 大きいほうのジュダルも以前口にしていたことだが、男の体とは摩訶不思議なことに、射精を伴わない快感を得ると何度でも絶頂を味わえるんだという。白龍には経験のないことだが、それは一度なってしまうと癖になるようで、女の体なんかじゃ満足できなくなる、ともいう。
「これ、暫く収まらなくなるんだ。変だよな」
「……別に、おかしなことではないと思う」
「そっそうなのか?」
 ジュダルは少し安心したような声で白龍に尋ねた。
「大きいほうのお前が言っていた。あいつもよく、そうなるんだそうだ」
「へえ。大人の俺もそうなのか」
「あ、ああ」
「案外みんなそんなモンなのか?」
「いや、ううん……少なくとも俺はならないな……」
 強烈な性体験を得られるその現象は、人に打ち明けるには少々憚られるし安心できる内容じゃない。そのことを婉曲に伝えたかったが、うまく説明が出来ず結局理解はしてもらえなかった。
「俺以外にもそうなる奴が居るならちょっと安心したかも」
「安心?」
「だってさ、ずーっとドキドキして収まらなくなるから。俺の体、どっか変なのかと思ってて」
 ジュダルがおもむろに素足を絡めてきて、さっきのもっかい、と強請ってくる。

 だがこれ以上は良くないと、白龍は直感で判断していた。なんでも、癖になると女体を相手にしても射精に至れないとか、尻を使わないと達せなくなるとか、男性器がただのお飾りになるとか、変な噂しか耳にしないのだ。そんな恐ろしい現象を子供に強いてしまったら、彼の将来が危ぶまれる。この件が彼にとっての人生の汚点になりかねない。
「二度目は駄目だ」
「なんで?」
 すげー気持ちいいのに、と残念がる子供は唇を尖らせて文句を垂れている。
「もういいだろう。疲れるだけだ」
「まー確かに、ちょっと眠いけど……」
 ふわ、と欠伸を漏らしながら、ジュダルがそう溢した。赤く腫れた目尻を擦り、眠いとぼやく。
「白龍も寝ようぜ」
「おっ俺はいい。さっきまで寝てたから」
「いいじゃんいくらでも! 俺は何時間でも眠れるぜ」
 ジュダルは白龍の体を引き寄せて、胸元に頬を擦り寄せながら目蓋を閉じた。

 こういうときだけはあどけない顔をする。少年のいじらしい仕草はもはや罪深いとも言えるだろう。こんなことなら強請られるままに好き勝手しておけば良かったかもしれないと、後悔の念すら募ってくる。
 いや、中途半端に手を出してしまった自分が愚か者だった。なんの誤作動か知らないが、この子供はいずれ元の世界に帰る筈だ。そうなったら、元の世界で途方に暮れる羽目になるのは彼のほうだ。自分は悪い癖を子供に教え込ませようとした、ただの悪い大人になってしまう。
「……しょうがないな」
「ふふ。白龍は大人なのに子供体温だな」
「ちゃんと服を着ないお前が冷えてるだけだろう」
 白龍はジュダルの要望どおり、長椅子の上ではあるものの共に眠ることにした。脱がした服は元通りに着せ直し、破いてしまった服はもっと別の、布面積の広い服に着替え直させた。
 まどろむ子供の着せ替えは案外簡単だった。無駄に抵抗されるよりよほどいい。赤らんだ肌を視界に入れても何も考えないよう心を無にし、着替えを終わらせた。
 ちょうどそのころには白龍も少々疲れたせいで眠気を感じつつあった。子供を一人で寝かせるより大人が隣に居たほうがいいだろう。公務は既に始まっていた時間だが、自室で調べ物をしていたとでも後から言い訳すればどうにかなる。

 そういうことにして、白龍は一旦目を閉じることにした。



 その後少し経ってから、白龍は再び目を覚ました。

 が、自身の視界に一人の男の顔が至近距離にあったので、思わず慄いて素っ頓狂な声を上げてしまった。

「んだよ白りゅ……あ?」
 驚いたのは白龍だけじゃない。白龍と同じような驚き方をするジュダルが、白龍の目の前に居た。
「でっかい白龍が居る」
「えらく大きくなったな、ジュダル」
「……」
 お互いの顔を見合わせて、もしかして元に戻った? と声を合わせた。
「もしかして白龍も? その理論でいくと小さい俺に会ったのか?」
「ということはお前は幼少期の俺……」
「しかもあれだぜ。ハロウィーンとかいう奇祭をやっててよぉ。ちっこい白龍も変な服着てたぜ」
「お前もだジュダル。珍妙で破廉恥な格好をしていたぞ」
「ハァ!?」
 大声を上げたジュダルは思わず白龍の肩に掴みかかり、威勢よく質問を繰り出した。
「珍妙で破廉恥ってなんだよ!」
「フン。想像に任せる」
「くそっ許せねえ、ガキの俺!」
 過去の自分に怒ってどうするんだと白龍は異論を唱えたが、彼の耳には入っていない。
「何を見たか知らねえが記憶から消しとけよ、いいな」
「じゃあお前も幼少期の俺の姿は忘れろ。きっと奇祭に乗じて仮装していたんだろう」
「おう、結構似合ってたぜ?」
「止めろ、聞きたくない」
 お互いに見られたくないものを見られてしまった。これではおあいこだ。せめて見たことは口外せず忘れたことにしよう、ということでこの件は一旦落着だ。
 そして、何故かジュダルだけが珍装姿の自身と入れ替わってしまったことについてだが。二人の間でこれ以上話題に出さないことにした。考えたところで答えは出ないし、あまり公に出来ないことを、白龍は小さいジュダルにしてしまったからだ。

 白龍はその日以来昼寝をしなくなったし、ジュダルも暫くは午睡を控えるようになったらしい。その理由について、誰が尋ねても二人は決して教えてくれないそうだ。