無題

 どこで覚えてきたかも知らない舌使いと、厭らしい目線。媚びるような上目はこちらの反応を窺いつつ、あるいはそれ自体が目的なのだろう――こちらを小馬鹿にする、むかつく表情をしていた。
 気に食わない。こいつの一挙一動が目に付いて、自分を苛つかせた。下半身に血が集まりつつあるのに頭の奥が熱くて仕方ない。腫れた唇の端から時折覗く真っ赤な舌の、肉厚さとか、感触とか。一度そうされたら二度と忘れられないであろう、濃厚な官能的刺激でもてなされる。それをされると頭が茹だって、何も考えられなくなるのだ。奴の手管に乗せられると、自分は情けないことに。
 だから汗に濡れた前髪を掴んで上を向かせたあと、めいっぱい、その口に押し込んでやった。余裕をこいて小細工するような奴だ。少々灸を据えたところで、彼にとっては痛くも痒くもないだろう。むしろ痛めつけられるくらいが好きかもしれない。
「あ、っう、ぐ、う」
 えずきながらしがみついてくる、あまりに痛々しいその姿。下半身に縋りつきながら何かを訴えようと必死に首を振って抵抗をしている。だが優位なのは圧倒的にこちら側。あちらに主導権が渡ることは絶対にない。
「んう、う! うう、ん」
 痙攣しているのは喉の天井のあたりだろうか。押し付けると奥がきゅうきゅうと収縮して、えずきながらも奉仕をしてくれている。具合のいい場所を狙って何度も当ててやると、彼はそのうちぼろぼろと大粒の涙を流し始めるのだ。これも媚びてるつもりか、同情を誘っているのか。
「ふう、んっ、う、う」
 涙と汗が混ざったものが頬から何度も滑り落ちていた。いい加減に目障りなので、ぐずぐずになった顔に腰を押し付けた。喉奥の粘膜の、吸いついてくるような感触が少し奇妙だが、悪くはない。
「ん! んっ、ん! んー!」
 しがみついていた両手が、今度は服を引っ張ったり腕を抓ったりと暴れ始めた。何も詰まってないくせに重たい頭が何度も揺れて、なかなか大人しく好きにさせてくれない。
 コイツを懐柔させるのは厄介だ。反骨精神の塊のような男で、ねじ伏せようとしたら却ってしっぺ返しに遭いかねない。だから常に手綱はこちらが握っているのだと、体に、心に、教え込んでやる必要がある。
「……うるさいな」
「んふ、っう、う」
 動き回る両手首を掴んで、腰の動きを緩めてやった。真っ赤に腫れた目を拭うこともできず、彼はただ迷子のように、こちらを見つめていた。
「何だその目は。言いたいことがあるなら言え」
「んぅ、う」
「ああそうか。喋れないか」
 濡れた唇から一息で陰茎を抜き取ってやった。ずるりと糸を引くそれは、グロテスクな色合いだった。喉奥まで埋め込まれていた栓が抜けたせいか、彼はひどく咳き込んでいる。唇から伸びる唾液の糸が繋がったままだったが、そんなことを気にする余裕もないのだろう。蹲る体を無理やり起こして、肩を叩いた。
 数度噎せたあと、涙が張った瞳で再びこちらを見つめてきた。その生意気な目は何なんだと、何度も問うているのだが。彼は素直に答えようとしない。
「後ろを向け」
「……あ」
 肩を掴んで、寝台にうつ伏せに寝かせてやった。ぴったり閉じた脚は無理やり開かせて、下がろうとする腰は持ち上げる。ここまでしないと言いなりにならない体にはほとほと呆れるし苛つくが、相手が相手だから仕方ない。
「入れるぞ」
「あ、っま、待て、あ」
 腕を突っ張って暴れようったって、もう遅い。先に解してあった穴の周りを指で広げて、まだ乾いていないか、濡れているかどうか確認する。赤く色づく内臓が見えて、指先が湿った。ひくつく穴は出口の役目しか果たさないだろうが、こいつの臓器は少し勝手が違うのだ。少し触れただけで期待するみたいに雄を誘う。
「まっ、て、はくりゅ、あ」
「黙って喘いでろ」
 首の後ろを押さえながら腰を掴むと、自然と雌犬のような体勢に移る。腰だけを高く上げた格好でいやだいやだと泣きじゃくる様子は、はっきり言ってあざとい。目に悪い。そうしてくれと誘ってるようにしか見えない。
「ッ、あ! うう、ん! んっあ、あ!」
「……締め過ぎだ、動けん」
「あっ、ッ…むり、これっ……」
「無理じゃない。緩めろ」
 尻たぶを叩きながら命令した。手に吸い付く皮膚の感触が汗ばむ頃には、痛いくらいの締め付けも多少ましになる。それどころかもどかしそうに腰を揺らす始末で、こいつをどうしてやろうかと思い悩む。あまつさえ自分を差し置いて、一人で善がろうと思うなんてまだまだ早い。鞘役は竿への奉仕に徹してこそだ。
「んっ、あ、まだ、まだだめって、あ」
「うるさいな……」
「ッあ、それ、それ、あ!」
 柔らかい肉を抓り上げて、抜き差しを開始した。先ほどより解れた肉がきゅうきゅうと、甘く締め付けてくる。穴の周りを指で広げると、少し捲れていたピンク色の皮が見えて、指で内側へ押し込んでやった。彼は泣きじゃくりながら止めてくれ、と懇願してくる。
「いくっ、いくからぁ、それ」
「なら我慢しろ」
「イっ、むり、むりい、ア、い」
 くちゃくちゃと中を掻き回しながら揺すると、彼は激しく善がって暴れ始める。いく、いく、とわざとらしく何度も連呼するのだ。
 射精しないよう陰茎の根本を指で縛り、汗の浮いた背中に覆い被さると、喘ぎに泣き声が混ざるようになる。耳に悪い声だ。そういう声を出されると、もっと手酷く扱いたくなる。
「あっ、あう、う! ゃ、やだぁ、あ」
 嫌だ嫌だと叫びながらも性器はぱんぱんに腫れていて、説得力に欠ける。彼はいつもそうだ。
 対話というより一方的な暴力じみた性交の中で見えてくるのはジュダルの中にあるもうひとつの本性だ。浮き上がってくる反骨精神を性的快感で塗り潰し、体を言いなりにさせ、理性を踏み躙る。そうした行為の中で暴かれる彼の本性はか弱くも愛らしい。普段の威勢からは想像もつかぬほど、いじらしい性だ。
「あゃ、うう、あ! あ、あ」
「いつもの減らず口はどうした、ジュダル」
「やら、あう、ん、んっ」
「もっと俺を楽しませろ」
 後頭部の毛を引っ張り、顔を上げさせた。至近距離まで近づいて目を合わせる。涙で輪郭がぼやけた瞳がゆっくりと瞬き、それから小さな声でこう囁くのだ。
「……うるせえ、バーカ、ゴーカン野郎……」



未完