情痴の芽生え

 夜の帳もすっかり降りた時分、金曜日の夜はいつもよりほんの少し夜更かししたって許される、週に一度の特別な日だ。溜めていた録画を消化するも良し、クリアできていないゲームのセーブデータを進めるも良し、友達との長電話に付き合うも良し。あるいは、付き合って間もない恋人を自分の部屋に招くのも良しだ。
 しかしルルーシュはせっかくの金曜日だというのに、部屋に戻ってからとくに何もせず、ベッドに倒れ込んだまま深く眠っていた。隣には付き合って間もない恋人が居るにも関わらず、だ。
 二人はいわゆるお家デート真っ最中なのだが、恋人を一人放置して先に寝てしまう彼氏というのは最低最悪の部類に入るだろう。巷の垢抜けた女子高生が聞けば非難されるに違いないし、男に厳しい相手だと即日振られるのは確実だ。

 しかしルルーシュにも深い深い事情があった。今週に入ってからつい昨日まで追加課題に次ぐ追加課題の嵐で、ろくに睡眠を取れていなかったのだ。ショートタイムスリーパーである自覚があったルルーシュでさえ耐えられない過酷な日々は、もはや連日徹夜という状態に近かった。
 一般的に、年が若い者ほど長い睡眠時間が要求される。まだ十七、十八という年齢のルルーシュにとっては到底足りない睡眠時間だった。それゆえ、肉体が悲鳴を上げるまで大した時間を要さなかった。

 もちろんルルーシュだって恋人には、今日は家に帰って寝たいから、と正直に言って断りを入れていた。目の下には隈ができていたし、万全ではない体調の自分を見れば、さすがに”彼”だってなら仕方ないね、と許してくれるだろう。そう思っていた矢先、なぜか彼はそれでもいいから、と駄々をこねてルルーシュに付いてきたのだ。
 どうしても傍に居たいんだと懇願されれば、折れるのはルルーシュのほうだった。付き合いたての恋人からの要望ということもあるし、惚れた弱みもある。

 ルルーシュもう寝ちゃうの? と寂しげな声が聞こえた。先に事情を説明していたのはルルーシュのほうなのに、なんだか罪悪感が募る。
 ベッドの下にしゃがんでいた彼は、上目でこちらを見つめていた。緑の瞳はまだまだ甘え足りないと、もっと構ってほしいと訴えて止まない。
 物寂しい表情に胸を打たれて思わず右手を翳すと、彼はその手を取った。そうして腕を手繰り寄せたかと思えば、あったかいね、と囁いて縋り付いてくる。暴力的な可愛らしさと庇護欲を煽られ、あまりの衝撃に頭が真っ白になった。
 ああでも、申し訳ない。ルルーシュは心の中で何度も彼に謝った。声に出して言えたら良かったが、もうそんな気力も沸かなかった。ベッドに沈んだ四肢は動きそうにもないし、視界もどんどん狭まりぼやけてくる。愛らしい緑の瞳も茶色の猫毛も柔らかい輪郭も、ルルーシュの大好きな彼の姿形が朧げになってゆくのだ。
「おやすみルルーシュ」
 優しいアルトの声音が鼓膜を揺らしたのが、ルルーシュの最後の記憶だった。


 ルルーシュとスザクが付き合いだしたのは三ヶ月ほど前のことだ。
 最初はちょっとした違和感から始まり、違和感は徐々にそういう意識に変化していった。なんだか最近、スザクが格好良く見える。可愛く見える。そんな違和感や意識が積み重なって、やがて恋心が芽生えた。唇はどんな味がするんだろう、あの汗はどんなにおいがするんだろう。綺麗なだけの恋慕に劣情が混ざるのは時間の問題だった。
 これでは自分がスザクをどうにかしてしまいそうだと、時折おかしな衝動に駆られていたルルーシュは勢いで告白をした。スザクを傷つける前にスザクの方から嫌われるか、離れられる方がよっぽどマシだと思ったからだ。
「僕もルルーシュのこと、好きだったんだけど…」
 顔を真っ赤にした彼に衝撃の告白をされたあの瞬間、間違いなく自分は世界で一番幸せな男だったに違いない。そう自負するくらい、あの時のスザクの表情は筆舌に尽くし難いほど美しく、清らかで、可憐で、エロかった。

 その後の事の顛末はひどいものだった。主にルルーシュの所業が、である。
 その日の放課後、ルルーシュはスザクを部屋に連れ込んで、それはもう書ききれないほど滅茶苦茶に犯してやった。スザクは幼い頃から今でも泣き虫で、行為の最中は始終涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしていた。
 彼には過去付き合ったことのある女性が居たらしいが、男性と性行するのは初めてだったらしい。だからもう女とは二度とセックスできなくなるくらい、目一杯可愛がって甚振ってよがらせた。陰茎が使い物にならなくなるまで扱いてやったときの、悲痛な叫びと淫らな表情は何よりも最高だった。
 ちなみにルルーシュは性行自体初めてだったが、そこは持ち前の器用さと知識量でカバーした。スザクには初めてのくせになんで、どうして、と非難されたが、おおよそ彼の体が過敏過ぎたのが手助けになった。打てば響くような体をしていたスザクが悪いのだ。

 そんなこんながあって、時にはスザクに泣かれたり暴言を吐かれたりすることもあるが、二人は順風満帆の交際を続けていた。
 付き合うまでは知らなかった意外な一面を知れて惚れ直したり、時には独占欲や嫉妬心で情緒が不安定にもなる。しかしスザクは愛想を尽かすことなく、ルルーシュのことが好きだと言葉や行動で健気に示してくれた。

 優しい穏やかな緑の瞳と愛らしい猫毛を持ち、生真面目で少し融通が利かなかったり、あるいはほんの少し天然だったり。その容姿と性格にそぐわずベッドの上では激しく乱れる恋人の存在は、ルルーシュにとって何よりも幸せだった。
 しかし交際三ヶ月を迎えた今日この頃、スザクの身にある変化が起きていた。
 太ったとか背が伸びたとか目が悪くなったとか、外因的な変化ではない。それはルルーシュにしか知りえない、内因的な変化であった。


 ルルーシュは夏季休業前の時期に差し掛かった今、溜まりに溜まったツケ、つまりサボった授業や実習の補講や追加課題に追われ始めていた。周囲からはまたルルーシュが痛い目に遭ってるよ、なんて嘲笑されたり、一部の層からはルルーシュを英雄視する声もある。どれもありがた迷惑な話であるが、そんな揶揄はとっくに慣れていた。
 しかし今回の課題ラッシュ期間は、今までにない状況が待ち構えていた。

 顕微鏡でアメーバだのミドリムシだのを観察してスケッチするレポートを提出し終え、実験室から退室したとき。あるいは、体育のバスケでスリーポイントシュートの回数を数えるテストの後、体育館を出たとき。溜めに溜めたワークの束を提出し、担当教諭の説教を聞き終え、職員室から出たとき。
「ルルーシュ、帰ろっか」
 必ず毎回ではない。だが高確率で、スザクが廊下で一人、待っていることがあった。
「別に待たなくても…」
「だって今日は夕飯、ご馳走してくれる約束だっただろ?」
 彼はなんてことないように、笑って答えていた。
 窓から差し込む光はとっくに赤い西日に変わっていて、色の濃い影が足元に伸びていた。どのくらいの時間、彼に待たせていたんだろう。
「いつもすまない」
「わっ」
 橙色に染まる頬に唇を押し付けると、呆けた顔をしてスザクがこちらを見上げた。微かに潤んだ緑が揺らめいて、ルルーシュの顔を映している。
「う、うん…」
 スザクは緩んだ口元を隠しもせず、先ほどルルーシュが唇で触れた部分に指で触れていた。


 その蕩けた表情に、ルルーシュは違和感を覚えた。

 ルルーシュの知っているスザクは泣き虫で照れ屋な面もあるが、もっと気が強く勝ち気で、ルルーシュに劣らないほど負けず嫌いな男だったはずだ。
 今しがたの頬への接吻だって、学校なんだから誰が見てるか分からないだろう、と叱ってくるのが関の山だと思っていた。実際、過去にそうしたことで米神を思い切り殴打されたこともある。あれはなかなかに強烈な右アッパーだった。
 些か力加減のない照れ隠しが常態化していたし、それがスザクなりの愛情表現なんだろう、とすら思っていた。
 だから突然、今までにない可愛らしい仕草をされるとルルーシュだって調子が狂ってしまう。あるいは、それも計算のうちなのだろうか。


 スザクの異変はそれからずっと続いた。否、これは異変というよりもデレ期だ。
 例えば、キスをしてやったときだ。今までだと、もうお終い! と言わんばかりに体を突き放されていた。染まった頬の熱から察するにスザクは本気で嫌がっていないだろうから、あれは形だけの抵抗だろう。
 しかし最近ではキスして唇を離したあと、きょとんとした緑が静かに瞬くだけなのだ。もう終わり? と物足りなさそうに揺れる虹彩と湿った唇が、やけに色っぽいのも質が悪い。
 ルルーシュが敢えて意地悪で、物足りないのか? と問うと顔を赤らめながら否定してくるから、根本的なところは変わっていないようだった。

 それでもスザクの仕草や雰囲気はここ数日で、段違いに変化していた。原因は分からないし、そもそもルルーシュの頭か目がおかしくなっただけかもしれない。

「今日の放課後、久しぶりにルルーシュの家、行きたいな」
 ルルーシュだってれっきとした男だ。出来たばかりの恋人に懇願されれば二つ返事で快諾してやりたい。
 しかし運の悪いことに、今週はろくに睡眠時間を確保できていない。今朝は目の下に隈が出来ていたし、顔色も優れない。学校へ登校するだけで正直やっと、という有様だ。
「ごめん、来週でも良いか? 今週はほら、俺ずっと寝不足で」
「別にいいよ。僕は気にしないから」
「ああすまない、じゃあ来週…」
「今晩は何だったら、添い寝でもしてあげよっか」
「……いや、だからその」
 話がどうやら通じていなかった。

 それから数分に及ぶ押し問答の末、根負けしたのはルルーシュであった。結果として、スザクはルルーシュの後にくっつくような形で部屋に上がり込むことに成功したのだ。
 そして冒頭の流れである。

 とろとろと心地よい眠りに誘われる間際、スザクの様子がここのところおかしい理由を、ルルーシュは自分なりに考えていた。
 時期やタイミングを鑑みると恐らく、スザクはルルーシュに構ってもらえなくて寂しかったのだろうか、とひとつの可能性が浮かんだ。
 忙しいからって、スザクとの会話や一緒に過ごす時間をおざなりにしていたことに、ルルーシュは痛いほど心当たりがある。故意か無意識かは図りかねるが、彼はルルーシュの気を引こうとしていつもと少し違う反応や仕草をしていたのだろう。そう考えれば、少々ルルーシュにとって都合の良い妄想かもしれないが、辻褄が合う。


「ん……」
 体がなんだか火照っているような、ぽかぽかと温かくなってるような。
 そんな気がして、一瞬意識が浮上した。
「……」
 冷房はつけているはずだし、分厚い羽毛布団も押入れに収納している。なのにこの妙な熱さと、妙に早い鼓動は一体何なんだろう。
「っ、ん…?」
 違和感の正体を探ろうにも、目を開けることすら億劫なルルーシュは微かに身じろぎだけした。しかし、仰向けにしていた体を横たえようとしたとき、なぜか下半身だけが上手く動かない。
 何かに押さえつけられているような、あるいは脚の間に何かが挟まっていて、動かせなかった。

「は…? あ……?」
 下半身の違和感に気づいた途端、腰のあたりと股間に甘い痺れが走った。ついでに股間に何か温かい、具体的には人肌くらいの温さの、ぬめった感触がした。
 少し状況を整理しよう。
 ルルーシュは自室にスザクを呼んだ。しかしルルーシュはここ数日ひどい寝不足だったため、起きているスザクを放ってベッドで一人熟睡していた。
 体の火照りを感じて意識が浮上すると、股間に妖しい感触を覚えた。生まれて初めての感触ではない。ここ最近になってから何度か経験したことのあるものだ。
 もしや、これは……。

「あれ、るるーしゅ、起きちゃった…?」
 目を見開いたルルーシュは己の下腹部に視線をやると、スザクと目が合った。当たってほしくなかった予想は大当たりである。
「もうちょっと、寝てていい、よ」
 膨らみ始めていた陰茎に銜えたスザクはそれだけ言い残して、奉仕をし始めた。彼の厚い唇に肉棒が包まれ、ゆるいストロークで何度も出入りしている。
 ぼんやりとその様子を静観していたルルーシュであったが、いやこれは良くないだろうとかぶりを振った。

 恋人に寝込みを襲われ、目が覚めると口淫を施されており、よく見るとなぜかスザクは半裸で、ルルーシュ自身も服が盛大に肌蹴ていた。
 相手がスザクじゃなかったら間違いなく強姦として通報しているところだ。
「おいスザク、説明しろ」
 やや低い声を出しながら、無理やり前髪を掴んで上を向かせた。スザクの唇から伸びる銀の糸は陰茎の先端と繋がっていて、やがてぷつりと千切れた。
「なんでこんなことしてるんだ」
 スザクの瞳はまるで迷子の幼子のように、不安に揺れていた。幼い瞳とは正反対な目下の惨状はあまりにも似つかわしかった。
「だ、だって、僕…」
「……」
「……ぜんぶルルーシュのせいだよ、君がこんな風にするから」
 スザクが独白し始めた瞬間、目尻からちらちらと光るものが見えた。あ、と思った頃にはもう手遅れで、彼は顔をくしゃりと歪ませながら泣き始めた。
「な、泣くことないだろ…」
 激しく動揺するルルーシュを見つめたスザクはずる、と鼻水を啜って、言葉を連ねた。
「僕の体、おかしくなったんだよ、君のせい」
「……病気か?」
「…病気かもね」
 むっと頬を膨らませ、眉を釣り上げるスザクは怒っているつもりらしい。が、ぽってり腫れた唇と濡れた目尻のせいで今ひとつ覇気に欠ける。小動物の威嚇のようだった。
 だがスザクの口から出た”病気”という不穏な言葉は、さすがのルルーシュも底しれず不安になる。
「まさか…性病…」
「ふん」
 すっかり臍を曲げてしまったスザクはルルーシュを無視したかと思えば、中断していた性器の愛撫を再開し始めたのだ。
 彼は大きく口を開いてあむ、と亀頭を銜え、そのままずるずると根本付近まで口内に収めてしまった。口腔の奥に亀頭が擦れるたびに腰が重くなって、正常な思考力が奪われてゆく。
 このままでは駄目だと思うのに、雄としての本能が流されてしまえ、というもう一人の自分の囁きが聞こえてくる。しかし、心が通じ合わないまま体を繋げることだけはしたくなかった。
「また大きくなった。僕の泣き顔で興奮してるんだろ?」
「おっお前な…!」

 スザクがどうしてこんなに機嫌が悪くて、なのに体を求めてくる理由が全く分からない。それとも自分の体は性欲処理機とでも思っているのだろうか。
 ルルーシュは依然としてむくれ面を貼り付けた恋人を見つめた。
「君が僕に、色々教え込んだじゃないか」
「……」
 仰向けの状態から肘だけで上半身を支えていたルルーシュの体へ、スザクが覆い被さるように跨った。部屋の照明を背に受けたスザクの体からは、噎せ返るほどの色香が漂っていた。
 彼の穿いている灰色のボクサーパンツは、股間の部分だけ布地が濃く変色している。ゆるく膨らんだそこは、雄が反応している証拠だ。スザクは勿体ぶるように、ゆっくり下着のゴムに指をかけた。
「……見て。君のせいだ」
 下着の圧迫から開放された陰茎はふるりと溢れて、先端から伝っていた雫がルルーシュの腹に散った。触れていないはずなのにすっかり勃起していたそれは、ルルーシュの視線を受けてさらに膨らんだように見えた。
「最後にセックスしたの、いつだったか覚えてる?」
「えっと…一週間…」
「十日前だよ」
 スザクはルルーシュを詰るかのように、さらに距離を詰めた。微かに染まったスザクの頬は怒りからか、羞恥なのか、あるいは両方か、それとも。
「今週に入ってからずっと、体がおかしかったんだ」
「それは…」
「寝る前になるとね、お尻の奥が寂しくなって、口も寂しくて、しょうがなかっ、た……」
 言葉尻が震えている。
 スザクの顔を見つめると、あれだけ泣き腫らした目尻には再び涙が浮かんでいた。
「こんなこと、なかったのに」
「……目、擦ったら腫れるだろ」
 溢れる雫を手の甲で拭う乱雑な動作を、ルルーシュが制した。
 汗と涙で湿った頬を撫でてやれば、ぐずぐずになった涙腺からは止めどなく水滴が溢れていった。いくらなんでも泣き虫過ぎないかとルルーシュが呆れると、スザクは意地悪、とだけ囁いた。



 許容量を大幅に超えた快楽を前にした人間は、ここまで理性を飛ばしてしまうものなのか。ルルーシュは腕の下で泣きじゃくる男を見つめながら、どこか冷静に分析していた。
 無理、死んじゃう、死ぬ、死ぬ! と連呼し続ける男は活きの良い魚のように、シーツの上でしきりにのたうち回った。そんなに暴れたら動きにくいし、第一お前も疲れるだろうと声を掛けてやるが、とうにそんな余裕もないらしい。
「そういえば、胸も感じるようになったのか」
 ルルーシュがなんの気無しにそう尋ねて、平たい胸の飾りを抓った。
 途端に背筋を弓なりにしならせて喘ぐから、きっと気持ちが良いのだろう。嫌だ嫌だと言うわりに胸を突き出すさまが滑稽で、嗜虐心を大いに煽ってくれる。
「い、いきた、あ! んぁ、あ…ッいく、いかせてえ…」
「好きにすればいいよ」
「前、触…って、ねえ、アっん、おねが、あ」
「触る必要、ないだろ」
 指で輪を作り、根本を挟んでやる。それだけでスザクはあーとかうーとか間延びした声を発して、やはり嫌だ止めてくれと駄々をこねる。
「へんたい、っこの、あっ… ひ、あ…あ、っん…!」
「はは、すごいじゃないかスザク」
 びくびくと大袈裟に揺れる腰を押さえつけて、ルルーシュは笑った。
「たすけ、助けて、っるる…あ、やあ、ア! んっ、ん…ッひぁ」
「それは、聞けないお願いだな」
「やだ、ア、っあん、ん! あ、るるーしゅ、おねがい…やだあ、アっあ!」
 陰茎の根本を絞る手と腕に、スザクが両手を真っ直ぐ伸ばして縋り付いた。拘束を解いてくれ、離してくれというメッセージなのだろう。
「スザク、痛いだろ」
「だ、って、ぁんッ、やっやだ、だしたい、しゃせい、させて、アん、んっあ、ひ…ッ」
 気がつけば、カリカリと皮膚に爪を立てられていた。まるで子猫の爪研ぎのような可愛らしい抵抗だったが、今のスザクにできる精一杯の抗議だったらしい。
「人の寝込みを襲う奴には躾が、な」
「ッアう、あ、ごめんなさ、ごめ、やっあ! まっ、や…ッごめ、ゆるし、ひッア、ん」
「お前にとってはご褒美だろ」
「も、もおやらな、んッ! …あ、かってに、ふぇらしな、いから、や…うぁ、ごめ」
 勝手にフェラしないから、ごめんなさい。弁明にしては酷すぎる内容にルルーシュは呆れるどころか、興奮していた。正気の彼からじゃ到底聞けない、頭のネジがぶっとんだ発言だ。
「なんだって?」
「だ、だからぁ、っあ! やらしいこと、っして、ごめんなさ、…ゆる、ゆるし…」
「ふうん。他に謝ることは?」
 ルルーシュも段々楽しくなってきて、ばかになったスザクにあれこれ聞いてみてやった。
「ぼ、ぼくが、んっ、るるしゅと、せ、せっくす、しっしたくて、はう、あ…あ、ん」
「はは、淫乱でごめんなさいって?」
「うあ、ッん…うん、い、いんらんで、っアん、っあ…! ごめ、ごめんな、さ…!」
 本人も何を口走っているのか、もはや分かっていないのだろう。
 些か頭の悪い謝罪内容に苦笑しつつ、ルルーシュは内部を揺するような動きから打ち付けるような動きに変えた。それはつまり自分の快楽を重視するやり方で、受け入れる側の負担は増大する。
「ッあ! あ、ああ! しぬ、しぬ! んあ、ひッあぁ! だめっしんじゃ、う、ひン、んっあ、あん!」
 腹の中側にある彼の泣き所を擦ってやると、痙攣していた体が突如固まった。
「ひぃ、ッ……! っ、ぁ、はう、…っあ…!」
 がくがくと揺れていた両足はぴくんと硬直したあと、爪先が丸まってシーツをしきりに引っ掻き始めた。塞き止めてある陰茎の先端からは先走りが滲むのみで、精液らしいものは見当たらない。
 同時に直腸の奥がぎゅうぎゅうと締め付けて、まるでルルーシュの陰茎から精液を搾り取るような動きをし始めた。
「っ、は、あ…」
「あ、あ! は、あー…ッあ、あ…」
 焦点の合わない瞳は空を仰ぎ、呆然とした面持ちで快楽の波に流されているようだった。
「きもち、あ…。きもちい、はあ、あ、ん…」
 素直な感想を漏らす彼の表情は恍惚としていた。嫌だ嫌だと泣き喚くわりに、満更でもないのだ。

 ようやく表れた本音の内容に興奮していた。スザクの倒錯的な姿に夢中になっていた。オーガズムの余韻に浸る表情がエロすぎた。
 だからルルーシュはついうっかり、失念していたのだ。
「るる、しゅ…今……中で、出した…?」
「ご、ごめん…」
 ぴくぴくと痙攣する内太腿の筋を労るように撫でつつ、ルルーシュは平謝りした。

 ひとまず息を整える必要がある。
 スザクの腰を支えながら、ルルーシュは萎えた肉茎を引き抜いた。ぱくぱくと収縮を繰り返す穴からは白い粘液が溢れて、双丘の狭間を伝ったあと、シーツに染み込んだ。
 目に悪い光景だなと罪悪感を覚えつつ、心のどこかでは達成感に満ちていた。最低な感想である。


 ウェットティッシュをいくつか手に取ってあらゆる所を拭っていると、スザクが不意に声を掛けてきた。喘ぎっ放しだった喉からはか細い音しか出ないようだが、それでもルルーシュの耳にははっきりと届いた。
「もっかい…」
「え?」
 はっきりと届いていたが、聞き間違いだったかもしれない。
 言葉はしっかり聞こえていたはずなのに、ルルーシュは反射的に尋ね返していた。
「…もっかい、やろう」
「いや、俺はもう」
 何がとは言わないが、残弾は空っぽで、今日はもう補充される見込みがない。
「僕が口で、勃たせてあげる…」
「待て、ちょっ、おい! 俺はもう無理だ!」
 そういえばすっかり失念していた。
 スザクは底無しの体力馬鹿だ。そしてルルーシュは正反対の、体力が人並み以下の人間だ。この場で圧倒的に分が悪いのはルルーシュである。

 先刻までの恥じらいと慎ましさに満ちたスザクはどこに行ったんだ。泣きそうになるのは、今度はルルーシュの番であった。