用法を守ってお使いください

 さんさんと照りつける日差しがアスファルトや花壇を熱して、制服から露出する肌を容赦なく炙った。水を撒いても撒いても干上がる土は、まるでもっと水を寄越せと強請っているかのようだ。
 しかしこれ以上の炎天下での作業は人体に悪影響を及ぼすだろうと、米神から汗を流すニーナがミレイに助言を入れた。まさに鶴の一声であった。
「確かに、一理あるかもね。総員、後片付けをしたら屋内に撤収!」
 つばの大きな帽子を被り、大きなタオルを肩にかけたミレイは日焼け対策ばっちり、という装いだ。
 顔の半分を覆っているのではないかというくらい大きなサングラスを片手で外した彼女は、その場に居た生徒会メンバーに向けて声を張り上げた。制服を身に着けながら、サングラスに日焼け対策帽子、タオルを装備している出で立ちは傍から見れば奇天烈の極みである。ある意味枠に囚われない、自由奔放を体現した彼女の格好はミレイらしいと言えばミレイらしい。



「屋上ガーデニング?」
「そうよ。巷では緑化が流行ってるみたいじゃない? 常に流行に敏感で最先端を行く生徒会が、これにあやからなくてどうするの!」
「僕たちって流行の最先端だったんだね」
 スザクが気の抜けた発言をして、一気に生徒会室の空気が生暖かくなった。彼が良くも悪くも天然が過ぎているとは、よく言われていることである。
「ガーデニングって具体的に何するんですか? 朝顔の観察日記?」
「馬鹿リヴァル、今からあなたに発言権はナシよ」
「か、会長ぉ…」
 ミレイはあっさり言い捨てると、手元に用意していた端末の画面をメンバーに見せた。そこには色彩豊かな一枚の画像があった。
「わ、綺麗!」
「これ花壇ですか? すごいですね」
 花壇には大きさや色、種類が豊富な花々が咲き乱れ、壁面やアーチから吊るされたプランターには見たこともないような植物が植えられていた。
 みな顔を綻ばせ、一様にきれいきれいと口を揃える。
 そんな中、たった一人の男だけは訝しげな表情を作っていた。
「待ってください。これ、俺たちでやるんですか」
 気難しい顔をしていたルルーシュが、画像を指差して苦言を漏らした。
 確かにルルーシュの言うとおり、画像にある色とりどりの花々や豪勢な花壇、プランターを準備するとなるなら相当な重労働だ。花屋で苗を、ホームセンターで園芸道具を買い揃えるだけで満足してしまいそうな勢いである。
「そんな嫌な顔しないでったら。花壇を敷設したり屋上まで水を引いてくる工事なんかは業者に頼むつもりだし。私たちがするのは、お花を植えて水やりをするだけ」
「本当ですか?」
「私が嘘をつく女に見える?」
「心当たりならあるんですが」

 二人の夫婦漫才のような口論のような言い合いには耳を貸す気もないようなスザクが、傍にいたカレンに話しかけていた。シャーリーは二人の会話に耳をそばだてて、その内容をこっそり聞いてみた。
「僕は花より野菜がいいな…これからの季節だと夏野菜がきっと美味しいよ」
「夏なら大きい向日葵がいい。あんなちっさな可愛いだけの花、間違えて踏んじゃいそう」
 言うだけタダ、という言葉もあるが、二人の会話はあまり現実的ではないように感じる。どこかズレている二人の話に、シャーリーは心中で苦笑いした。


 ミレイの発案により先月から唐突に始まった屋上ガーデニング計画は、真夏に差し掛かろうとするこの時期まで準備が終わらなかった。
 花壇を設置したり大量の土を屋上まで運んだりといった、本格的な力仕事は業者任せであったらしい。だが、土を耕したり苗を植えたりといった手作業はすべて生徒会全員で行う運びとなったのだ。悲しいことに園芸に関する知識は誰一人心得ておらず、何から何までインターネット頼りの手探り状態であった。
「土は赤いやつ? 黒いやつ?」
「黒いやつはなんかキモいし、赤いやつにしよう」
「黒のほうが栄養がありそう」
 みな一様に、この調子である。
 一台のノートパソコンの画面を複数人で覗き込みながら、ああでもないこうでもない、と根拠のない言い争いを繰り広げていた。
 土だけでこんなにも種類があるとは誰も想像しなかったのだろう。金魚がカルキ抜きのなされていない水道水で生きられないように、植物もまた生きやすい土、生きにくい土があるらしい。

 道具や設備が整っていざ種や苗を植えよう、という段階になっても、やはり当てずっぽうの手探り状態は続いた。シャーリーを含めた生徒会全員、これっぽちも草花に対する素養がなかったからだ。
「種はどこらへんに植えたらいいんだ?」
「あんまり深く植えたら芽が出ないんじゃないの」
「だからどのへんだって聞いてんだって!」
「そっそれより水、水はどのくらい…」
「適当に表面が湿るくらいでいいんじゃないか」
 案の定、この調子である。

 それゆえに、初めて植えたチューリップの球根は見事に枯らしてしまった。注文した土の種類が草花を育てるには適さなかったことと、水のやり過ぎが原因だろうとルルーシュは推測していた。
 土にも様々な種類があるらしく、排水性が悪いものや保水性、保肥性が良いものなど、育てる植物によって性質を変えたり調合する必要があるらしい。
 水のやり過ぎ、というのは言わずもがなである。早く育ちますように、と先走る気持ちは分からなくもないが、高校生にもなって水のやり過ぎで花を枯らす、というのは情けない話だ。

 当初はパンジーやチューリップといった、初心者でも比較的容易に育てることのできる草花を中心に育ててみようという話で進んでいた。
 しかし花より団子、食い気の強い誰かが、スイカを育ててみたいと言い出したのだ。その一言がきっかけで可愛らしい草花を育てる計画から一転し、きゅうりやトマト、キャベツ、サツマイモやかぼちゃといったあらゆる根菜類が挙げられ、収集がつかなくなった。議題は二転三転しひっちゃかめっちゃかになったところで、生徒会長であり会議の最終決定権を握るミレイが、ならば育てられそうな食べ物を片っ端から試してみよう、と雑にまとめてしまったのだ。

 グラウンドにある体育用具入れから桑を、園芸部からスコップとジョウロを拝借し、当初の想定よりも大掛かりな園芸計画がこうして始まった。
 正直な話、園芸計画には生徒会全員も賛否両論という微妙な反応であった。主に力仕事を任されるのは目に見えていた男性陣の不平不満は底知れず、それを宥める女性陣とナナリーの構図はすっかり見慣れたものになった。
 最初はあまり乗り気でなかった面子はそれでも、いざ作業が始まれば文句を言いつつ積極的に手伝ってくれた。とくに作業終わりのホースでの水撒き係は人気で、誰もがやりたいと立候補するくらいだ。
 シャーリーもそのうちの一人だ。いつもリヴァルとホースの取り合いをして、二人して濡れ鼠になることもしばしばある。
 そんな二人のいざこざを静観しつつも、漁夫の利かのごとく虎視眈々とチャンスを狙うのはルルーシュやカレンである。
 反して、積極的にホース争奪戦に参加することはないが、いいなあ羨ましいやりたいなあとぼやいて同情を誘うのは、ニーナやスザクのやり口だった。もしかすると、この二人が一番質が悪いかもしれない。

 トマトの苗を買ってきたというルルーシュに、じゃあ明日の昼休みにさっそく植えてみようと提案したのはもちろんミレイだ。少々茶目っ気が過ぎることはあるが、彼女は基本的にリーダーシップがあって聡明な女性なのだ。ミレイの提案に異議を唱える者はおらず、そうして迎えた昼休みのことであった。

 もう手が土だらけだよ。そう泣き言を漏らしたシャーリーに声をかけたのは、同じく土いじりで手を汚していたルルーシュであった。
「次の時間、家庭科なのに…手が真っ黒」
「それなら早めに教室へ戻ったほうがいいんじゃないか。他のみんなには俺から事情を伝えておくし」
 夏服の裾を捲くっていたルルーシュは、額に伝う汗を腕で乱雑に拭っている。綺麗好きな男が不意に見せた粗雑な仕草に、シャーリーは我知れず心をときめかせた。
「そっかな…うん、ありがとう」
 シャーリーは手のひらに付いた土を軽く払いながら、ルルーシュに礼を述べた。

 そっけなさそうに見えて世話焼きで、薄情に見えてお人好しな彼はいつもさり気なく、なんの気無しにそうやって人に優しくする。
 見た目だけは人より良いせいで、あるいは”ルルーシュ・ランペルージ”だからなのか。本人にはその気がなくとも、優しくされた側の女の子はコロッと恋に落ちてしまったりするのだ。ここだけの話、シャーリーもそのうちの一人だったり、そうじゃなかったり。
 罪深い彼の何が一番質が悪いかって、そうやって気安く優しくすることが女の子の心を翻弄してしまうのに気が付いていないことだ。それはルルーシュに下心が全くないことの表れであり、そういう鈍いところがまた女心を擽る。
 つまりルルーシュとは、何をやっても異性をその気にさせてしまう魔性の男なのだ。
「スコップやバケツも俺が片付けておくから。ホースは確かリヴァルが持ってたから、貸してもらって手を洗えばいい」
「分かった。じゃあお言葉に甘えて、あとはよろしくね、ルル」
 振り向きざまに見たルルーシュの表情は優しくて、まるで王子様みたいだなあとシャーリーは思った。
 これはきっと、この暑さのせいで頭が沸いているせいなんだ。シャーリーは自分の心に適当な言い訳をして、ルルーシュにその場を任せて後にした。

 ルルーシュの言うとおり、今日のホース当番および水撒き係はリヴァルであるようだった。彼はホースの先端を指で軽く押さえて圧力をかけ、花壇だけでなく熱せられたアスファルトの地面にも水を撒いていた。
 普段なら水が勿体無い、と誰かから指摘されるであろうが、これだけの暑さとなれば少しでも涼しくするために水打ちをするのも悪くない。
「リヴァルごめん、ホースの水ちょうだい」
 シャーリーはそう言いながら真っ黒になった両手を翳して見せた。
 そのジェスチャーで意図を察したらしい。リヴァルははいよ! とホースの勢いを弱めて、シャーリーの手に向けて水を放った。
「あーっ、冷たくてきもちい!」
 日に熱せられた肌にひんやりとした水が伝って、体感温度がぐんと下がったように感じた。きらきらと光る水しぶきも涼しげだ。


「なあっておい、スザク! 顔真っ赤だぜ!」

 リヴァルはそう叫びながら、シャーリーの後方を行儀悪く指差した。
 シャーリーも釣られて後ろを振り向くと、大きな桑を持って土を耕していたらしいスザクと目が合った。
「ほんとだ、スザクくん顔色悪いよ」
 太陽を背に肉体労働に徹していたらしい彼は、頬や首からだらだらと汗を流して、首から上を真っ赤にしていた。
 恥ずかしいときや緊張するときに赤くなるようなレベルでなく、高熱や火傷を負ったかのような、病的な顔の赤さだ。
「スザクこっち来い! 日陰でホースの水浴びて休憩な!」
「えっと、う、うん」
 どこか焦点の合わない瞳孔にシャーリーとリヴァルはますます不安になった。
 大きな花壇からホースのある水道までの足取りは覚束ない。彼はゆっくりとした、小さな歩幅で二人のもとへ歩み寄ってきた。
 カッターシャツの裾を引っ張って汗を拭う仕草は男らしいが、普段の彼からは結びつかないほど粗雑だ。

「スザク、頭出してみ」
「こう?」
「そーそー」
 緩い返事を返したリヴァルは、シャーリーの手のひらに向けていたホースの出口を、向けられたスザクの旋毛に一直線で放った。もちろん水量も水圧も上げることは忘れずに。
「わ、わっ」
「どうだよスザク?、冷たいかー?」
 驚いて思わず顔を上げたスザクに、リヴァルは容赦なく水を浴びせた。軽い熱中症のような症状を発症している彼のため、頭や首元を中心に冷やしてやっているのだろう。
「あ、ちょっ、リヴァル、つめたっ」
「はは、水も滴るいい男ってな」
 リヴァルの冗談にスザクは苦笑いしていた。ホースからの流水を受け止めてるのか避けているのかよく分からない、鈍い身じろぎをしながら、スザクは始終水の冷たさに身悶えているように見えた。
「わたし先に生徒会室に戻って荷物取りに行くから、スザクくんも戻ろうよ。体調、あんまり良くないんでしょ」
 とはいえホースの水をかけてやれば回復するほど人間の体は単純ではない。塩分と水分をしっかり補給して、涼しい部屋で安静にしておく必要がある。
 植物の接し方は心得てないが、急病人の処置に関しては生徒会の中でも知識があるほうだとシャーリーは自負していた。なんたって現役水泳部員なのだから。

「いや、僕は大丈夫…」
「何が大丈夫だよ! シャーリー、スザクのやつを強制連行してやって」
「ラジャーリヴァル! ほら行くよスザクくん!」
 シャーリーは、ちっとも平気そうに見えないスザクの腕を引いて、保健室にでも連れて行こうとした。
 顔は真っ赤で、声には覇気がない。そんな彼を炎天下に放置するわけにはいかないだろう。
「ぼ、ぼくは平気、だから……あっ!」

 スザクが突然、裏返った声を上げた。するとなぜか、掴んでいたはずの腕がシャーリーの手から離れた。
 同時に、背後から激しい水音と何かが崩れ落ちるような音が同時に聞こえて、慌てて振り返った。
 嫌な予感がする。


 ちょっとスザクくん、大丈夫!?
 怪我はしてない?
 痛いところはある?
 頭は打ってないよね…。

 その場に居たメンバー全員が集まって、三者三様に忙しなくスザクに声を掛けた。
「スザクくん、ねえ、大丈夫?」
「…っ、う、……うん」
 掠れ気味の声は何かを堪えるように絞り出されて、どこか苦しそうだ。

 地面は硬いアスファルトだから、たとえ受け身を取れたとしてもそれなりに痛いだろう。俯く彼の表情は読み取れないが、体調不良に相まって外傷も負ったとなると辛いに決まってる。相変わらず真っ赤な耳や首筋は痛々しさすら感じられた。
 水溜りのできた地面に尻餅をつくような形でへたり込む彼を、周囲の面々は取り囲むようにして手を差し伸べた。輪の中心に居たスザクは照れくさそうに、しかし悪いことをしてしまったと反省するかのように、眉を下げながらごめんね、と陳謝した。
「足滑らせたの?」
「ホース踏んづけちゃって、転んだのかも」
 スザクはばつが悪そうに濡れた髪の毛を掻きつつ、足元に伸びる水色のゴムホースを見遣った。
 恐らくこれの存在に気づかず踏んづけて、水溜りの中というのも相まって足が滑ったのだろう。
 頭はホースの放水で濡れているし、下半身は地面に溜まった水のせいでずぶ濡れという惨状だった。
 そんなスザクを見かねて声を掛けたのは、やはりルルーシュであった。
「スザク、立てるか。体操服のジャージくらいなら貸してやれるぞ」
「……ほ、ほんとう?」
 一瞬スザクが狼狽していたように見えたが、ルルーシュが思いも寄らない提案をしたから驚いたのだろうか。
 全身濡れ鼠のまま冷房の効いた部屋に居れば、今度は風邪をひきかねない。ルルーシュの提案は至極真っ当なものだ。
「一人で歩けるか」
「うん、まあ、なんとか」

 ルルーシュはスザクの腕を掴んで引き上げてやると、そのまま校舎内に戻ろうとした。
「こいつは俺が何とかするから、他のみんなは後片付けを頼まれてくれないか」
「こちらこそ、スザクを頼んだぞルルーシュ!」
 リヴァルがホースを持っているのと反対の手で大手を振って、ルルーシュに向かって叫んだ。ルルーシュはリヴァルの声には返事せず、手を振るだけで答えていた。

「大丈夫かな、スザクくん。すっごく気分悪そうに見えた」
「まあルルーシュがついてるし、スザクも体強いし、休めば元気になるっしょ」
 リヴァルの考えは暴論であるが、一理ある。
 六限目まで教室に戻らなかったら、放課後に保健室を覗いてスザクの様子を見てこよう。誰かの提案にみな賛成して、この日の屋上作業は終わった。
 この件以来、昼間に土いじりをする時はこまめな休憩と水分、塩分補給をすること、というルールが新たに加わった。




 あんなに大勢の人に自身を心配されるのは久方ぶりで、擽ったさや嬉しさも微かにあった。が、それ以上に申し訳無さや気まずさ、そして恥ずかしさが先立つ。
 なぜならスザクは別に、体調不良でも何でもなかったからだ。
 確かに、直射日光を盛大に浴びて疲れていたかもしれない。しかしそれくらいのことで、自分は大量の発汗や目眩、転倒はしないだろう。そんな根拠のない自信がスザクにはあった。人より少し頑丈な作りの体は風邪知らず、怪我知らずであったからだ。(やはりこれといった根拠はない。)
 あの場で迂闊に転倒して水濡れになったのも、体調不良ではなくもっと別のところに原因があった。その原因に、今のスザクは痛いほど心当たりがある。



「ジャージは更衣室に置きっぱなしにしてあるんだ。こういうこともあろうかと、な」
 ルルーシュはどこか上機嫌な面持ちで、更衣室にある自身のロッカーを開けた。
 ルルーシュの隣には、先刻水溜まりで転倒してずぶ濡れになったスザクが立っている。だが彼はとくに気遣う素振りも見せやしない。
 気遣うも何も、スザクの様子がおかしい原因を作ったのは紛れもなくルルーシュだったからだ。

 誰もいない無人の更衣室にルルーシュとスザクは二人きり。スザクはどこかぐったりしたような面持ちで、室内に突っ立っている。対してルルーシュはロッカーから引っ張り出したジャージを持って、更衣室内に設置された背もたれのないベンチに腰掛けている。
 傍から見れば奇妙な光景に違いない。

「スザク、服を脱がないと体を冷やすぞ」
「……」
 ルルーシュの声でようやく顔を上げたスザクは、素肌に貼り付いた布を引き剥がすように、カッターシャツを脱ぎ捨てた。肌に纏わりついていた、湿った布の感触が取り払われて心地よい。
 自分の体をじっくり見分するような男の視線さえなければ、もっと良かっただろう。
「下も脱いだほうがいいだろ」
 なんてことないような面持ちで、ルルーシュがさらに追い打ちをかけた。
「どうした?」
 足を組んで首を傾げる仕草は甘ったるくて、心臓をどきりとさせる。
 しかし鋭い双眸だけは戸惑うスザクを許さず、早くしろ、早ぐぬ脱げ、としきりに急かすのだ。

 ようやく意を決したスザクはスラックスのベルトを引き抜き、フロントのジッパーを下ろした。ルルーシュは退屈そうに足を組み直して、しかし視線は寸分も外すことなくスザクの体を見つめていた。まるで悪趣味なストリップショーみたいだと、どうでもいい感想を抱いた。
(ここからどうすればいいだろう。)
 一瞬考えあぐねたが、依然として先を急かすルルーシュの目に囚われっぱなしのスザクは、スラックスと下着のゴムを一纏めにして掴んだ。
 躊躇うことなく一息で下衣を引き下ろし、足首に絡まるそれらを適当に床に放れば、スザクは今度こそ一糸纏わぬ裸体をルルーシュへ晒すことになった。

 火傷しそうなくらい鋭く熱っぽい視線が、己の四肢を舐めるように這い回った。それを感じるだけで喉がからからに乾いて、心臓が早鐘のように脈打つのが分かる。
 室内には自分の発する呼吸音と布擦れの音しか響かない。その状況がますます羞恥を煽って、どうかなりそうだった。
「ずっとそうだったのか、それ」
 ルルーシュがそれ、と指摘しながら目配せしたのはスザクの陰部だった。微かに芯を持ち兆していたそれは、下着から溢れるときにふるりと揺れていた。
「だ、だって…」
 そこで言葉を切ったスザクは俯いて、何か隠し事をするように押し黙った。
 スザクの些細な素振りに、目敏い男は何かを悟ったかのように双眸を細めた。
「俺が見てやる」
「…え?」
「そうだな…後ろ向いて、俺のロッカーに手つけて立ってみたらどうだ」
「何、言って、」
「お前は立ってるだけでいいよ」
「ちょ、ちょっと…!」
 スザクの腕を引いたルルーシュは、ロッカーの壁面に腕や手を縫い付け、無理やり後ろを向かせ立たせてやった。スザクがしきりに抗議の声を上げるが、残念なことに本人には聞く耳がない。

 向けた臀部を掴まれ、奥まった穴が見えるようにされた。もう恥ずかしさを超えて、いっそ死にたいくらいだ。
 本当に信じられないという面持ちで俯いていたスザクの背に、彼はなんの気無しに声を掛けた。
「なんだ、動いてないじゃないか」
「そ、れは…」
「勝手に止めたのか? いけないだろう」
 皺の伸びた尻の穴からちらりと覗くピンク色の”異物”が、ルルーシュにはよく見えるだろう。微動だにしない異物を咎めた彼の声音は低く、どこか不穏な空気を纏っていた。

 何となく嫌な予感がして身構えようとした直前、下腹部に強烈な刺激が走った。
「休み時間にこっそり止めたか? それとも最初から電源を入れずに?」
 ルルーシュがスザクの耳元でそう言い募りながら、既に動かなく"なった"異物を腸内に押し入れるように、指で圧迫した。
「ちが! あ…! やだぁ、るる…やめ、っあ!」
「言い訳くらい聞いてやるから」
 狭い奥にこりこりと異物を押し当てつつ、ルルーシュは指を動かして肉の壁面をしきりに刺激し続けた。
 一方でスザクは少しでも快感と痛みを逃がそうと頭を振り乱すが、濡れた毛先から水滴が舞うだけであまり効果はない。目の前にある金属製のロッカーに額を押し当てると、ひんやりとした感触がほんの少し、ほんの少しだけ冷静さを取り戻してくれる。
「さ、さっき、んっ、転んだとき、水没して、あ、壊れちゃっ、た…」
「ふうん。一応防水なんだけどな。衝撃もあって壊れたのかもな」
 スザクの弁解を話半分に聞き入れながら、ルルーシュは震えるしなやかな腰を掴んでいた。
「じゃあ中に入ってるコレ、力んで出してみろ」
「は、…っえ?」

 後頭部を殴られるような、目眩がするほどの衝撃的な彼の発言に、スザクは理解が追いつかない。ただでさえ昼間から更衣室で、こんな格好にさせられているという状況に混乱しているのに。
「排泄と同じ要領だ」
「ちょ、それは、さすがに…」
 段々と冷静さを取り戻す思考は、ルルーシュの発言の酷さをしっかり理解できていた。先程まで赤らんでいた己の頬が青白くなるのだって、鏡を見ずとも手に取るように分かる。
「できないのか?」
 素なのかわざとなのか判断できないが、微かに苛立ちを含んだ声音が耳元から聞こえて鳥肌が立った。
 同時にそろりと胸元に這わされた指に嫌な予感を覚えて、スザクは目を瞑った。


 どうして自分はルルーシュとこんなことを、と泣き出しそうになるのをスザクは必死に堪えた。
 そもそもの事のきっかけは、昨日に遡る。

 スザクを自分の部屋に招いたルルーシュは、スザクにある物を見せた。つい最近、インターネットの通販で買ったという小さな段ボール箱であった。箱は未開封のままで、送り状まで貼りっぱなしだった。
「開けていい」
 スザクの誕生日は先日迎えたところだし、二人は交際記念日を祝うような仲でもなく、こうして改まってルルーシュからプレゼントを貰うことも滅多にない。訝しく思いながら、それでも素直に嬉しかったスザクはほんのり期待した。
 だからこそ箱から出てきたとある商品に、スザクは驚きと羞恥と絶望を隠しきれなかった。

 箱から出てきたのはいわゆる大人の玩具というやつだった。初心者でも扱いやすい小型バイブと書かれたパッケージに目眩しつつ、ルルーシュの顔色を窺った。やけにご機嫌な表情だった。
 予感はしていたが、ああやっぱり僕が使用者になるわけなんだね、と絶望に打ちひしがれそうになる。どうだ、気に入りそうか? と聞いてきそうな瞳は爛々と輝き、気に入るもクソもあるか、と叫びたくなる。
「明日これを挿れて、学校に来てくれないか」
「君は何を言ってるんだ」
 予想の斜め上を行くルルーシュの突拍子もない発想に、スザクは頭を抱えた。彼は天才と馬鹿は紙一重を体現し過ぎている。
「明日は体育もないし、座学だけだ。だから、な」
「だからって、何がなの」
「振動の強さは三段階あって、お前は初めてだしまずは一番弱いやつでいい」
「僕の話を聞いてよ」
 ルルーシュはパッケージ裏の使用方法を指差しつつ何やら説明をし始めたが、スザクはもちろんそんな下品なお遊びに賛同する気は毛ほどもない。
「何事も抵抗感があるのは最初だけだ」
「…一般論で丸め込もうとするのはやめてくれ」
 頭を悩ませるスザクを他所に、ルルーシュは新品のパッケージを開封し始めた。中には説明書と乾電池、小型のバイブ本体と、振動の強弱を操作するリモコンが付属していた。
「スザク、こっち向いて」
「え、あ」
 ルルーシュに顎を掴まれたかと思えばその瞬間、唇に柔らかいものが触れた。
 キスをされたと気がつくのと同時に、キスなんかで言うことを聞かせようなんて最低だ、と胸中で毒づいた。

 服の裾からそろりと這わされた手のひらにどきりとした。するすると脇腹や腹筋を辿る指先は擽ったくて、思わず身じろいでしまう。
 おままごとみたいな稚拙な愛撫を好きにさせていると不意に、胸元に違和感を覚えた。人間の手指でもなければ衣類の布でもない。硬くて無機質な物体が充てがわれていた。
「…っ、ん!」
 物体の正体に気づく前に、それは微かな振動音を上げながら小刻みに揺れていた。ルルーシュが購入したという玩具だろう。
「ん、んー! んん、っン!」
 乳輪をなぞる玩具が米粒のような突起を掠めた瞬間、スザクはルルーシュの体を押し返していた。

 うっすら肌を染めながら目を白黒させるスザクとは対照的に、ルルーシュはひどく愉しそうに嘲笑っている。それが憎たらしくて悔しくて、人よりほんの少し負けず嫌いなスザクはそれだけでムッとした。
「悔しいなら明日これを挿れて来ればいい。こんな子供騙しみたいな玩具、お前は平気だろう」
「……」
「そんな顔をされるとますます虐めたくなるよ」

 スザクは押し付けられるような形で、渋々それを受け取ってしまった。ルルーシュの煽るような言葉もあって、スザクは彼の言うとおり、翌日これを体内に埋めたまま馬鹿正直に登校したのだ。



「っア、ひ! やっやだ、いやだっ、離し、ア!」
「スザクならできるんじゃないか。ほら」
 そろりと差し伸ばされた指先は乳頭を捕らえ、容赦なく先端を引き伸ばして抓り上げた。スザクは痛みと微かな快感でぐちゃぐちゃになりながら、必死に離してくれと乞うた。
「する、するから、ぁンっや、やだ、それぁ、ア」
「するするってお前、何をやらなきゃいけないのか、分かってるのか?」
 腫れ上がる先端を摘まれて、左右にくりくりと捻られると涙が出た。突如与えられる嵐みたいな痛みと快感に、スザクは首をがくがくと振って抗い続けた。
「お尻、出す、出すから、あッぁ、や、おもちゃ、出すってばっ、やっあ!」
「何だって?」
「おもちゃ、っあ、お尻から、出すっから、ン! 見てて、るる、ルルーシュ、みててよ、あッん!」
「お前がそんなに言うなら、仕方ないなあ」
 頭の沸いたことを口走って、ようやく及第点が貰えたらしく、指が胸元から離れた。スザクははふはふと乱れた呼吸を整えるのが精一杯で、今しがた自分が何を言っていたのかは思い出せない。というより、思い出したくもない。

 深呼吸を繰り返した体の力は抜けて、自然と床にしゃがみこむような体勢になっていった。
 背後に立っていたルルーシュに腰を支えられ、辛うじて膝立ちの体勢になったスザクは、目を瞑って俯いた。羞恥で震える膝をなんとか立たせて、腸内に残る異物に気を集中させる。
 すると薄い双丘に手のひらが宛てがわれる感触がして、思わず後ろを振り返った。
「何、してるの」
「こうしたほうがよく見える」
 ルルーシュは冷たくそう言い放ち、スザクの臀部を割り開くように鷲掴んだ。ひくひくと収縮する穴の縁からはピンク色の何かが時折顔を覗かせているだろう。
 何もかも背後の男には丸見えの状態で、スザクは正気じゃいられなかった。肛門を凝視されているこの状況でさえ卒倒しそうなのに、バイブを排泄と同じ要領で自力で出してみろ、と言う。そうしてもう耐えられないと泣き出しそうになると、ルルーシュは見計らったかのように勿体ぶらずに早くしろ、と命令するのだ。

「ひ、ぁ…、あ…」
 括約筋にぐっと力を入れると、腸の壁が内部を絞って異物を食い締める。鳥肌が止まらなかった。もう一度力を入れてみると、今度はずりずりと壁を擦りながら、異物が体外に向かって下ってきたのが嫌というほど伝わった。
「ん、…っは、あ」
 唇を噛み締めながら、内部に埋まった玩具と蠢く腸壁に気を集中させた。息を吐きながら力むと連動するかのように、ずるずると玩具が落ちてくるのがよく分かる。
「見えてきた。あともう少しだ」
 外気に晒された縁からこぽ、と玩具が丸い頭を出したらしい。異物が括約筋を通過する感触はまさに排泄と同じで、それを目の前でルルーシュに見られているのだと思うと気がおかしくなりそうだった。これは擬似的な排泄のようなものである。

「そういえばこの玩具、自分で挿れたんだろう? どうやって挿れたんだ?」
「そ、それは…」
「答えられるだろう」
「……」
 何も答えない自分に痺れを切らしたのか。
 彼は穴から半分ほど出かかっていた玩具を指で押さえ、あろうことか再び穴に押し戻そうとしたのだ。縁を拡げるように玩具が出入りする感覚に背筋が震えが止まらない。
 やめてくれ、話すから、とスザクが泣きじゃくりながら声を上げたところで、ルルーシュは意地悪を止めてくれた。
「風呂場で、ローションを使って、ん…」
 押し戻された玩具を再び体外へ排出するため、スザクはしきりに力んでは脱力するのを繰り返した。
「具体的には?」
「ゆ、床に屈んで、…お尻、ちょっと解して…」
「おもちゃは気持ちよかったか?」
「…………ちょっと、だけ…」
「ちょっと?」
「……声が少し、出ただけで…」
「へえ」
 背後からは実に愉快そうな、人を甚振るのが愉しくて仕方ないというふうな声が聞こえた。
 最後にもう一度、下腹部にぎゅっと力を込めると、コロンと無機質な音が室内に響いた。体内に埋まっていた異物が尻から出されて、床に落ちたのだろう。
「やればできるじゃないか、スザク」
 力の抜けたスザクの体を支えつつすっかり湿った唇を、彼は自らの唇で覆った。とびきり優しく甘やかすような接吻は、勘違いしてしまうほど心地よかった。

 本人は褒めてるつもりなのだろうが、こういった下品な遊びは金輪際やめてくれ。スザクはそう願わずにいられない。



 ホームルームのあと、すっかり顔色の良くなったスザクを捕まえたシャーリーは、もう大丈夫なのかと声を掛けた。
「心配かけちゃって、ごめん。もう平気だから」
 眉をハの字に下げて微笑む彼は、先程と比べて声もハキハキとしていて、やっと本調子に戻ったんだなと感じられた。
「そういえば今朝からちょっと様子、おかしかったもんね」
「け、今朝?」
 彼は目を瞬かせながら、首を傾げてとぼけていた。自分の体調は自分が一番分かってるくせに、知らない振りなど通用しないのだ。
「実は朝から熱があったんじゃないの? ちゃんとお布団被って寝てる?」
「ええと、布団は大丈夫…」
「もう、布団の話は冗談! 学校来る前から体調悪いの分かってるなら、来ちゃ駄目だよ?」
 スザクは頬を掻きながら、あーとかうーとか、よく分からない言葉で会話を濁していた。やはりシャーリーの予想通り、彼は最初から体調が万全ではなかったのだ。それに加えて炎天下での肉体労働が追い打ちをかけ、体を壊しかけた。
 シャーリーは腕を組みながら、本当に分かってる? と睨んだ。どこかぼやっとしていて鈍感な男には、これくらい言っても足りないかもしれない。
「ねえ、ルルからも言ってあげてよ」
「え?」
 ちょうどシャーリーの背後を通りかかろうとしていたルルーシュに対し、唐突に話を振った。
「スザクくん、今朝から体調悪かったのに学校に来てたんだよ。私が言っても分かってくれなさそうだから、ルルからビシッと言ってやって!」
 突然捲し立てられて混乱しているらしいルルーシュは、目の前に立つスザクの顔を見て事の顛末を理解したらしい。ああそうだな、と軽い相槌を打った彼は、スザクに向き直った。
「隠すならもっと上手く隠したほうがいいぞ」
「もう、そうじゃないでしょルルったらー!」
 何やらいつも以上に機嫌の良いルルーシュはそんな冗談を言って、楽しそうに笑っていた。
「今度はバレないように努めることだな」
「ルルーシュ、君ね…」
 苦々しい表情を作ったスザクは、忌まわしげに言葉を吐いた。
 なぜスザクが苦々しく、ルルーシュが清々しい様子なのかはシャーリーにはまったく分からなかった。しかし二人が今日も仲良しなことには変わりがないので、これはこれでいいかもね、と完結しておいた。