サクラダイト代替案

 独裁国家として名高い神聖ブリタニア帝国はうら若き皇子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの即位によりその体制を一新し、民主的で個々人の尊厳を第一とする政策を打ち出した。その取っ掛かりとしてサクラダイトの独占禁止法を制定し、争いの火種になるであろう資源の獲得競争の系譜を根本から断ち切ったのである。大胆で革新的であるが諸刃の剣ともいえる法案は、英断だと賞賛する声もある一方、愚策と評する者も少なくない。サクラダイトはナイトメアフレームの動力源にも使われ、まだまだ実用価値の高い鉱物資源であったからだ。しかし先見性のある皇帝は当然、その事態を見越してこの政策を打ち出していたのだ。つまりは、サクラダイトを使わずしてナイトメアフレームの動力源になり得る代替品をブリタニア国家および皇帝が秘密裏に、すでに開発、発見していたのである。
「君の研究と発見は確かに、人類史に残る素晴らしい功績だと思うし、僕は賞賛に値すると思う」
 "次世代ナイトメアフレーム 新高出力回路開発"と印字された資料を片手に、スザクは青い顔をして苦笑いを浮かべた。
「でも実用化にはちょっと早いっていうか、実現可能なの、これ」
「だからお前が、その栄えある試験パイロット第一号だよ」
 サクラダイト採掘を皇帝自らが率先して大幅に規制した今、依然としてサクラダイトに成り代わるほどの電力を生み出せる資源は確立されていない、と思われていた。しかしそれは公に発表されていないだけであった。皇帝の直属の騎士でありナイトメアフレーム・ランスロットのパイロットであるスザクには、極秘情報として資料が渡されたのだ。
 使い勝手が良く実用的、超強大な電力を生み出す鉱石・サクラダイトに成り代わる資源エネルギーは、もうこの先百年は発見されないであろう。それが物理学・化学技術の専門家たちの間では常識だった。しかしたったひとつだけ、その通説を覆す驚くべき研究結果が報告されたのだ。

「パイロットのテストステロンの増幅およびリビドーが供給されることにより、新型ナイトメアフレームは動力源を得る。……何度言えば分かるんだ」
「難しい言葉で言えば丸め込ませられるって思ってるの?」
 ルルーシュはやたらと小難しく説明をしているが、端的に言えば、ナイトメアフレームの搭乗パイロットの性欲を原動力にして動く仕組みだそうだ。

 そんな話があるか!

「四の五の言わずスーツを脱げ。もうすぐテスト運用の時間だ。それまでにエナジーフィラーにチャージを……」
「い、いやいや! おかしいって、嘘だろ!?」
 二人の不毛な争いは、ランスロットとパイロットのコンディションをモニタする司令室に静かに響いた。
 これから行われるテスト運用のため、スザクの生体データは既に登録済みであった。一番大きなモニタには搭乗者の血圧や心拍数などの身体データから、機体とのシンクロ率をリアルタイムで観測することもできる。それらは従来のモニタリングでも観測できたデータ郡であったが、今回の新型ナイトメアフレームは新たなデータ項目が追加されたようだった。
 画面の端に"0%"と表示された四角いバッテリーマークと、"testosterone"、"dopamine"、それらの合計値らしい"libido"という三つの項目が表示されている。これが恐らくルルーシュの言う新動力源、つまりはパイロットの性欲がナイトメアフレームのエネルギーに変換されることを証明しているらしい。
 司令室の机には箱型の機械に、そこから伸びたコード、先端には白い真四角のパッドのようなものがくっついている装置がいくつか置かれている。ルルーシュはその箱を何やら操作したのち、早く脱げ、と再度催促してきた。
「布越しだとエネルギー供給効率が落ちるんだ」
「ただの電流治療器じゃないか」
 それは見るからにリハビリ施設や整体なんかに置いてそうな、微弱電流治療器であった。それを体に貼り付けてエネルギーを得るとか、そういった寸法なのだろう。
「お前が思ってるようなことはしない。これを体に貼るだけだ。それだけでもエネルギーが得られる」
「う、嘘ばっかり」
「何事も経験してから文句を言うことだ」
 ルルーシュはそう言うや否や、スザクの腰や太腿のあたりにそれらを貼り付け、スイッチを押した。
「……」
 仰々しい動力源の名称、そして未知の機械を前にすっかり警戒していたスザクであったが、いざ試してみると拍子抜けするほど何ともなかった。というよりこれは完全に電流治療器だ。パッド、電極からは微弱な電流が流れ、肌をぴりぴりと刺激している。戦闘時に体を負傷した際は実際に電流治療を何度か行ったことがあったから、その刺激にはすっかり慣れていた。
 電流治療というのは本来、損傷した細胞が自然治癒で回復しない場合に、人工的に電流刺激を与えて回復を促すというのが目的だ。だが今のスザクはどこも怪我をしていないし、それどころかこの方法でナイトメアフレームを動かすエネルギーを得るという。

 全く理屈の分からない装置を前に、困惑しつつも半ばされるがままだったスザクに、ルルーシュは声をかけた。
「なんともないだろう」
「うん、ただの電流治療って感じ」
「まあそれは電流治療器じゃないから、ちょっと効果は違うがな」
 ルルーシュの不穏な言葉に違和感を覚える前に、スザクは先手を打たれた。
 手袋越しのルルーシュの手が太腿をつう、となぞると、無意識のうちに筋肉が跳ねた。目を瞬かせるスザクの様子を他所に、ルルーシュは至極楽しそうにパイロットスーツ越しの体を撫で続ける。
「……?」
 スザクは壁面に表示されたモニタの、エネルギーチャージ量をちらりと見遣った。装置を身に着けるまでは0%だったバッテリーマークが、3%と表示されている。本当にこれだけでエナジーフィラーのチャージができるとすれば、たとえば食事中や就寝中などでも装置を持ち運べば可能ではないか。
「馬鹿だなあ、お前は」
 くすくすと笑うルルーシュの手のひらが太腿の線を撫で上げて、腰を擦った。そうするとまた、スザクの意思に反して腰のあたりの筋肉がひくりと揺れる。体を流れる微弱な電流のせいだろうか、と足りない知識なりに適当な結論を出した。
「っ、は…あ……?」
 自然にひくひくと痙攣する太腿に違和感を覚えていると、ルルーシュの手が再び降りて、今度は股間を撫でさすった。同時に自分のものじゃないかのような熱い吐息も漏れて、脳内では危険信号が警鐘を鳴らし始める。
「ちょ、ちょっと、待っ…」
 スザクが思わずルルーシュの体を押し返そうとしたが、彼の体は少し揺れるだけで抵抗にはならなかった。
 いつもなら形勢逆転もそう難しくないのに、と困惑する手のひらは微かに震えて、指先に力が入らなかった。この電流のせいだろうかと考え事をしている間にも、ルルーシュは容赦なくじわじわと、スザクの体を攻め立てる。
 本能的にスザクが後退りし始めると、ルルーシュも追うようにしてにじり寄った。そうしていると当然ながら先に退路を断たれるのはスザクのほうで、ひんやりとした無機質な壁が背中にぶつかれば、本格的に焦りを覚える。
 しかし逃げ道を探るにも、既に遅い。ルルーシュの膝が無遠慮にスザクの股座へ押し付けられれば、それが合図かのようだった。冷たい壁に背中を押し付けながら、スザクは今度こそずるずると地面へ崩れ落ちて、熱い吐息を漏らすしかなす術がなかったのである。

「あ、るるー、しゅ…んー…」
「なんだ、スーツを脱ぐ気になったか」
 太腿から臀部を撫で上げる手指に、思わず鼻から息が漏れた。まるで愛撫に喜ぶような自分の反応に、嫌気と羞恥を覚える。
 ルルーシュの頭にしがみつきながら、なおもスザクは抵抗するように嫌だ嫌だと首を横に振った。地べたへ座る彼を前に、スザクは膝立ちのまま目の前の体へ寄りそうようにして、その身を震わせていた。太腿の内側の、少し柔らかくてひどく弱い部分を揉まれると、びくびくと脚が揺れて膝が笑った。
「なんで…ん、これ、ぁ…?」
 ルルーシュのささやかな愛撫ひとつひとつに対し、丁寧に反応を示すスザクの体はひどく敏感過ぎた。微弱な性感は体全体へ駆け巡り、甘い毒となって腰がずんと重くなる。四肢には上手く力が入らないどころか思考もままならない。
「言っただろう、これは電流治療器じゃないと。テストステロンの増幅を促す電流が流れるんだよ」
「て、てす…何…?」
 靄のかかった頭では、小難しい言葉を使われてもそれが何なのか理解できやしない。こんな時まで意地悪する必要ないだろう。スザクは瞳に涙を溜めて、心中で抗議した。
「つまり体が敏感になって、いやらしくなる」
 腕の中の男がほくそ笑む気配を感じて、スザクは無意識のうちに唇を震わせた。

 嫌だ嫌だと泣きじゃくるスザクを他所に、ルルーシュは性的興奮と知的欲求で紅潮した頬を隠しもしなかった。やはり最初からこれが狙いだったんだ、と非難する翠の双眸は色欲に濡れ、何の説得力も凄みもない。目尻に溜まった涙を舌先で拭われるだけで、喉から引き攣った声が漏れた。全身が性感帯になったみたいに、全ての刺激に対して馬鹿みたいに反応を示していた。
「もっとよく見せろ」
「や、や…! い、やだ…!」
「痛くされるほうが好きだったか?」
 その言葉と同時に、手袋を外したルルーシュの人差し指が、濡れそぼった鈴口を抉った。
「ア、あ! っだ、あ、やだ、ッゆるし、ア!」
 頭を振り乱しながら、スザクは膝裏に差し込んだ手を持ち上げて、ルルーシュからよく見えやすいようにした。陰茎から垂れた先走りが会陰を下り、まだ閉じきっている肛門へと伝った。彼の位置からは局部の何もかもが、よく見渡せているだろう。スザクはひたすら羞恥に堪えるように、下唇を噛みしめて俯くしかなかった。
 汗やらなにやらで濡れたパイロットスーツは見る影もない。今はスザクの尻の下に敷かれて、体じゅうから滴る体液を吸い取る役目しか果たしていなかった。
 素肌に直接貼り付けられた電極パッドは、依然として微弱な電流をスザクの体に流し続けていた。布越しと違って直接肌を流れる電流が、じわじわと体を蝕み思考を犯していく。どろどろの下半身を見詰める熱っぽい視線にさえ、喉がひくりと震えた。

 テストロテンの増幅だとかリビドーの供給だとか、彼は小難しい説明をしていたが、要はそれっぽい理由を付けて己を辱めたいだけなのだ。妥協を良しとしないプライドの高い彼のことだから、この方法でも恐らくナイトメアフレームの動力エネルギーの確保はできるのだろう。
 サクラダイトに代わる超電力バッテリーの製造方法を編み出した功績は間違いなく、称賛に値するもので素晴らしいと思う。採掘のコストや、そもそも自然資源には際限があることを考えれば当然である。しかし問題は実用性だ。自分がランスロットに乗るたびこんなことを強いるつもりかと、目の前の男を詰りたくもなる。
「少し強い電流なんだが、お前なら耐えられるか?」
「は…? え?」
 ぼやけた視界の中で彼が何かを手にしているのが見えた。小型の丸っこいそれは見たところ用途が全く想像できない。一体それで何をするつもりなんだと、スザクの中で恐怖心を煽って仕方がない。
「今のところバッテリー出力50%だから、70%までとりあえずこれを使って溜めてみようか」
 そういえばこれは、新しいナイトメアフレームの動力源、パイロットの性欲を元にしてエネルギーを溜めるとか、そんな目的だった。スザクはふやけた頭を動かしながら、壁面に設置されたモニタの端にある容量バッテリーの値を視認した。
 この男は地頭がすこぶる良く、多分野に渡って博識で、何をやらせても器用にこなしてしまう、いわば天才とも呼べる人間だ。そんな誰もが羨むハイスペックな頭脳をもってして、こんな下品で実用性のない開発に頭脳と時間を使ったのかと思うと、呆れを通り越して感嘆してしまう。馬鹿と天才は紙一重という言葉もそういえばあったなあ、とどこか冷静な頭が下らないことばかりを考えていた。

 ほら頑張れスザク、あともう少しだ。そんな言葉が頭の奥に響いて、スザクは無我夢中で頭を振り乱した。許容量を大幅に超えた快楽を味わされ、体はとっくに悲鳴を上げていた。
「あと5%だ。あとで褒めてやるからな」
「ンあ、ひゃう、んっ! んん、アひ、あッひ、いっ、アっ!」
 ルルーシュが手にしていた丸っこい機械のような玩具のような物体は、スザクの後ろの穴の入り口でくぽくぽ、と音を立てながら小刻みに出入りしていた。たったそれだけだ。にも拘わらず、粘膜に直に宛がわれ放たれる微弱な電流に、スザクはよがり狂って何度も達した。
「とまら、な、ア! まっ、今い、いって、うあ! いって、る、ひっあア、あ!」
「ああ、ちゃんと見てるよ」
「ちが、ぁん! う、うあ、ひッ! やだ、や、ンぁひっ」
 ぴゅく、と色の薄い液体を陰茎から零し、訳も分からず頭を振って目の前の男に懇願した。もうやめてくれ、苦しい、つらい、射精が止まらない。それらの言葉は嬌声に混ざって、意味のない喃語に変換される。
「そんなにこれ、気持ち良いんだな」
「ア、あん、んぅ、ひゃう! んっンぁ、っひ…ぁア、も、むりっい!」
 首を反らせてひくつく喉仏を晒したスザクは、幾度目かの射精を迎えた。それと同時に、暴力的な性感を与えていた器具もようやく下腹部から離れたようだった。
「偉いな、スザク。よく頑張った」
「ん、う……」
 汗にまみれたスザクの髪の毛をさらさらと撫でる男の手は、先ほど己に強烈な責め具を強いた人物と同じとは思えないほど優しい。すっかり体の末端まで力の抜けた手足は動かすのも億劫で、両脚も開いたまま閉じられることはなかった。自分の体が今どうなっているかなんて、確認しようにもぼやけた視界じゃ何も見えやしない。
 唾液で濡れた唇は言葉を紡ぐことを忘れ、はあ、と悩ましげな吐息を漏らすだけだ。そんな、半開きのまま閉じられない合わせ目を、彼がおもむろに食んだ。ちゅう、と可愛らしい音を鳴らした唇は、一旦離れてまた吸い付いてくる。接吻を好きなようにさせつつ舌を伸ばすと、彼も喜んで湿ったそれを絡ませてきた。
「後ろ、向け」
 ルルーシュが肩と腰を掴んで、無理やりスザクの体を反転させた。汗でべたべたになった両手を冷たい壁につけると、少し冷たくて気持ちがいい。
「欲しいだろ、奥」
 荒々しい吐息は耳にかかって、それだけで腰の奥がぞくりと震えた。戦慄く唇を必死に動かして、うん、と短い返事だけした。
 小刻みな痙攣の止まらない太腿と腰はとっくに力が入らないし、体じゅうは体液でぐちゃぐちゃで、喉はひりついている。こんなところで僕たち何してるんだっけ、と纏まらない思考のまま、無機質な壁に額を押し付けた。

 ちゅぷちゅぷ、と下腹部から濡れそぼった音が聞こえるたび、頭の芯が揺れて、何も考えられなくなる。ろくに慣らされてもないのに、彼は無遠慮に突っ込んで好き勝手抽挿をし始めるものだから、スザクは呆れて言い返す言葉も見つからなかった。しかしそれ以上に、痛みしかもたらさないはずの行為に快感を得ていること、壁と彼の体に挟まれて揺すられているこの状況に興奮している己の浅ましさに、呆れどころか嫌気が差した。
 縋りつくように爪を立てて壁面へ立てていた手は、いつの間にかルルーシュの手が重ねられていた。指の間にルルーシュの指が絡まって、思い切り握られると、それだけで腹の奥がどうしようもなく切なくなる。まるで普通に恋をする若い男女みたいだな、と漠然と感じた。

 ピピピ、ピピピ。荒い息遣いと肉のぶつかる音と、粘着質な水音が支配する室内に、場違いなくらい無機質な電子音が響いた。同時に、己の体を散々蹂躙していた背後の動きがぴたりと止んだ。
 スザクは束の間の休息に呼吸と思考を落ち着かせようと、はくはくと深呼吸と繰り返した。しかしそんな様子も気に留めることなく、ルルーシュは震える背中に声を掛けた。
「出力、100%までチャージができたらしい。頑張ったな、スザク」
 ちゃーじ。ひゃくぱーせんと。しゅつりょく。そういえばそんな話があったような、なかったような。
 蕩けきった脳髄で、スザクはつい先刻までの出来事を静かに回想した。昂ぶった神経を落ち着かせたくて、体温より幾分か冷めた壁に頭を擦りつけると、ほんの少し意識が元に戻ってくるような気がする。汗か涙か判別のつかない何かが、はらはらと床に散っていくのを視界の端に捉えた。
「実はこのシステム、オーバーチャージした分は予備電力として蓄えることもできるんだ。画期的だろう」
 何がどう画期的なのか、スザクにはよく分からなかった。ただ、体内に未だ埋め込まれた杭が硬度を保ったままであることだけで、何となく彼の言う説明の意味は何となく、分かった気がした。
「壁とキスしてないで、こっちを向いたらどうだ」
 髪の毛を掴まれて無理やり後ろを振り向かされたと思ったら、窄められた唇が押し付けられた。誰が壁とキスするんだ、とルルーシュに対して悪態を吐いてやった。

 顔の角度を変えて何度も唇を擦り合わせていると、不意に、腹の奥にばちんと弾けるような刺激が走った。眼球の裏側に火花が散って、全身の血が逆流したかのような衝撃だ。
「…ン、んぅ、う! っン、んー! ん! っん、んん!」
「お前こうされるの、好きだよなあ」
 ルルーシュがそう囁いて、再び唇が重ね合わされた。同時に腰を使って弱い部分を捏ねられると、恥も外聞もなくスザクは喘ぎ狂った。

 ピピピ、ピピピ。以後断続的に電力チャージの完了を知らせるアラームが、生ぬるい空間を切り裂くように鳴り響いた。しかし二人はそれに耳も貸さず、馬鹿のひとつ覚えみたいに行為に没頭していた。


 ランスロットの起動および操作解除キーを入力し、いつもどおりの手順でパイロット認証を進めれば、見慣れた起動画面がコックピットに映し出された。機体を動かすコントローラーはもちろん、ヴァリスやハドロン砲といった実弾砲の使用も、テスト段階ではあるが、運用に不具合は見当たらない。
 前代未聞、サクラダイトを一切使用しない新資源電力によるナイトメアフレームの稼働が、実現した瞬間であった。
「いやでも、これさあ」
 そのテストパイロット第一号であり、初の試みに成功した当事者であるスザクは、どこか釈然としない面持ちであった。操作性なども見直され、一新されたはずのコックピット画面を見つめる瞳はどこか重苦しい。
「なんだ、世界の最先端技術に不満か」
 機体とパイロットの同期率やシステムの不具合、そういった数値化されたデータは主に司令室からモニタできる仕組みだ。その役目を担うルルーシュは今、司令室で頬杖をつきながらため息を零していた。
 世界で一番忙しいと言われるブリタニア国皇帝陛下が、なんとか捻出した貴重な時間で開発されたシステムである。一体どこに何の不平不満があるのか。そう言いたげな声色はスザクを非難した。
「ていうかこれ、どう考えても君の下心でしょ。職権濫用も甚だしいよ」
「職権濫用? お前だって体では喜んでいたくせに、」
「陛下。公務中ですので私事は慎んで頂きたく」
「……お前のそういうところが可愛くないんだよ」

 暫しの沈黙が続いたのち、先に話し出したのはルルーシュであった。
「まあ、実際のところはと言うと…。旧来のサクラダイト使用量を半分以下に抑えた上で、二倍以上の超電導を引き出すことに成功している」

 彼曰く、つまらない専門家たちと退屈な化学式だの物理法則だのと向き合っているうちに、ちょっとした出来心が働いたとのことだ。所謂うっかり魔が差して、というやつだろうが、些かスケールと質の悪さが法外過ぎやしないだろうか。頭が良すぎるというのも、どうやら考え物らしい。
「でもなんだか、ロマンがあると思わないか」
「どういう意味?」
 己が携わった事業がこうして何かの役に立つということに、感慨深くなっているのだろうか。それとも、化学式と物理方程式の寄せ集めがナイトメアフレームを動かすという事実に、感銘を受けているのか。はたまた、これ以上に効率の良い電力製造はないと言われた時代に、こうして易々と偉業を成し遂げたことに達成感を感じているのか。
「俺とお前の共同作業が実を結んで、こうして目に見えるエネルギーとして存在している」
「……陛下はきっとお疲れなんですよ」
 己が思い浮かべた可能性はどれも掠りもしなかった。
 スザクは再三深い溜息をついて、有り余ったエナジーフィラーの電力残量を見つめていた。