頑張り屋な君へ

 今から思えば、朝食のときから既に皇帝の様子はおかしかった。のろのろとした手つきでパンにバターを塗る右手の覚束なさ、肘が当たってフォークを落としたというのに気づきもしない鈍感さ。おまけに騎士が今日一日の予定を読み上げているのに、意識はどこか上の空という状態だった。
 溜まっていた仕事を夜遅くまで片付けていたのかもしれない。しかし、一切の隙を見せない完璧主義な男が寝不足で不調、なんて出来事はこれまでに一度もなかったはずだった。
 皇帝の体調を慮った騎士は、皇帝の顔色をそっと窺った。しかしややあって目が合ってしまうと、彼は機嫌悪そうに口を開いた。
「ジロジロとなんだ、気色悪い」
「いえ、失礼致しました」
 顔色の良し悪しは、騎士の目からでも判断がつかない。これ以上ないくらい白過ぎる皇帝の肌色は、他者から顔色の変化ひとつ見せてくれやしないのだ。

 皇帝の仕事の大半は内政に関わることだ。新たな法律の施行や経済対策、予算の編成に現行法案の見直し、国のトップでもあるから演説や外交もこなさねばはらない。多岐に及ぶ膨大な仕事内容は、常人であれば三日もすれば逃げ出すであろう。
 だが皇帝はそれらの業務を滞りなく、ほぼ全て一人でやってのけている。その筋の専門家でも派遣して、手の回らない分野は任せれば良いのに、彼はそれを良しとしなかった。自分の理想の国を作り上げるため、他者の介入はどうしても許せなかったらしい。やや危険性を孕んだ独裁的な思考回路に、騎士は苦笑いするしかなかった。
 要領が良く機転も利き、頭がすこぶる賢い、ある意味稀有な才能を持つ彼だからこそ成り立っているのだろう。しかしそれでも一日の限られた少ない時間では到底処理が追いつかないようで、連日ほぼ徹夜といった状態だ。
 騎士は基本的に皇帝へ付き従い、身辺警護を中心にスケジュール管理や雑務を担っている。皇帝の命令があれば各地で起こる抗争やテロを抑えたり、他国への諜報活動や領土拡大のための出兵、並びに軍隊の指揮を執る。作戦内容、戦略を考案するのは主に皇帝であったが、軍隊を纏め戦術を考えるのは騎士の仕事だった。
 皇帝と騎士は内政担当、軍事担当、と役割分担をしていたものの、見るからに皇帝の気疲れは堆積していた。役割分担といえど、騎士は基本的に皇帝の命を受けてから動く。そして騎士は皇帝の命令どおり、忠実に働くだけだ。まるで飼い主と犬のような関係である。
 皇帝はこの国の頭脳であり心臓であったから、休むことも手を抜くことも許されなかった。
 そうして騎士は、日々肉体的にも精神的にも摩耗してゆく彼を見守ることしかできないことに、ひたすら歯痒く思っていた。

 よたよたとふらつく足元はまるで歩行を覚えたばかりの赤子のようだった。不規則に左右に揺れる体躯は頼りなく、いつもの凛とした背筋も威風堂々とした立ち姿も、今は面影すら感じられない。延々と続く廊下の壁面に片腕をつきながら、普段より幾分もゆっくりと歩く。たったそれだけの運動なのに、彼は短距離走を走り終えた直後みたいに、ぜえぜえと肩で息を繰り返していた。彼用に誂えた装束も今はただただ彼の動作を妨げる要素でしかない。明らかにおかしい様子に、ここまではいけないな、と思った。
 騎士は無礼を承知しながらも、思ったことを皇帝へ伝えた。その容態では危ないですからどうか、御安静になさってください。心配していることを伝えようと、必死に声色に感情を乗せた。
 騎士のそんな健気な気遣いはしかし、皇帝の耳には届かないようだ。斜め後ろを歩く騎士に視線のひとつも寄越さない男は、なおも歩むことを止めない。ずるずると足を引きずるたび、床に敷かれた絨毯が布擦れの音を立てた。

 皇帝は少し、いやかなり、無理をし過ぎるきらいがある。未だ内部抗争や貴族同士の対立、権力闘争が絶えない国内を統治するには、休んでいる暇がないのは騎士も重々承知している。常に強気の姿勢でいないと反乱分子に付け入る隙を与えるし、かといって善良な民を恐怖政治でねじ伏せるわけにもいかない。甘やかせば対抗勢力が力を蓄える要因にもなるし、その見極めには正直精神を摩耗させられる。それ以外にも外交問題だって山積みだ。皇帝は内政の殆どに干渉しているから、その気疲れは相当であろう。
 今はまだ、立ち止まっている場合じゃない。彼はいつもそう言うが、じゃあ一体いつになれば君は休むことができるの。まだ駄目だ、あともう少し、口で言い続けるのは簡単だが、その前に体がついてこれなくなるのは目に見えている。

 いくつ目かの角を曲がった最奥の扉の向こうに、会議室がある。これから軍事予算の編成とか何とかだった気がするが、今はそれどころではない。
 よろめく足元が不意にかくん、と折れて、そのまま動かなくなった。聞こえていたはずの荒い呼吸が一瞬静まって、廊下に静寂が訪れた。
 騎士があっと声を出した瞬間、皇帝の体はずるずると壁に沿って崩れ落ちた。
「……何を、している」
「何って、病人を部屋に運ぼうと」
 気でも失ったのかと思ったが、意識は辛うじてあったらしい。しかし焦点の合わない視線は宙を彷徨い、か細い吐息はあまりにも熱い。
 傍から見ているだけでも痛々しいその様子を目の当たりにした騎士は、思わず手を差し伸べて背中を支えてやった。彼の下半身にはもう力が入らないようだから、半ば引きずるようにして部屋まで運んでやらねばならない、と思案した。
「いらぬ世話だ」
 皇帝は未だ強がって、自らの肩に回された腕を振り払おうとする。虚勢もここまでくれば惨めなだけだ。
「体調が万全ではない貴方をこれ以上働かせられない」
「お前は医者のつもりか」
「貴方が望むなら医者にでもなりますよ」
 眉間に刻まれた皺がさらに深くなる。お前の言動、一挙一動すべてが気に食わないと、彼の鋭い視線が叫んでいた。
「……失礼します」
「っこの、離せ…!」
 騎士にとって、皇帝の命令は絶対だ。それが正しいとか間違っているとか、そんな考え方は初めから存在しない。皇帝の命令はすべからくこの世の正義であるのだと、戴冠式の際は国民が見守る中で彼に誓ったのだ。
「離せと言っている、これは命令だ」
 しかし騎士にとって永遠の誓いも戴冠式も就任式も、すべてが茶番だった。ああいうのは皇帝の権力や王威を国内外に知らしめるための、いわばパフォーマンスなのだ。台本をなぞっただけの誓いの言葉には一切の感情が籠もらなかった。
「寝室にご案内しましたら、離して差し上げますよ」
 永遠の忠誠だとか国のために身を捧げるだとか、そんな高尚な謳い文句は取るに足らないことだった。そんな綺麗事だけじゃないもっと別の、彼と自分には切っても切り離せない深い繋がりがあると、騎士は思っていたからだ。綺麗な言葉だけで飾られた関係に、価値や意味は見い出せない。
「っ、貴様…」
 高慢で尊大な態度の皇帝はいつだって騎士に対する風当たりはきつい。騎士をまるで奴隷のように顎で使い、使い捨ての召使のようにありとあらゆる無茶な仕事を押し付けた。挙句には言葉を理解しない犬のように謗られる。
 だが今の彼にはその気力もないらしい。精々できることといえば、鋭い眼光で己を睨め付けるくらいだ。その視線も、熱に浮かされ緩んだ涙腺のせいで弱々しい光を宿すだけで、迷い子のように頼りなかった。

 騎士は周囲に人が居ないことを確認してから、皇帝の脱力した体を抱えた。男一人にすんなり抱き上げられている姿を他人に見られでもしたら、彼を辱めるも同然だろう。
 両腕ですんなりと収まってしまった体はあまりにも軽過ぎていた。どうせ忙しさにかまけて食事を疎かにしているのだろうが、セルフネグレクトもいいところである。
 騎士は腕の中の体に負担をかけぬよう、細心の注意を払って廊下を歩いた。目指す先は彼が心を休めることができる唯一の場所、皇帝の寝室である。
 彼はブリタニア帝国99代皇帝として即位してから、自身の私室以外で居眠りすることはなくなった。居眠りどころか、私室から一歩出れば彼は神経を研ぎ澄ませるように、常に周囲を警戒し気を張り続けていた。皇帝の側近としては、油断や隙だらけでいられるよりかは幾分マシかもしれない。でもせめて、自分がこうして傍にいるときくらいは、少しくらい緊張を解いてほしいとも思う。騎士の仕事は皇帝の身を守ることであって、奴隷のようにこき使われることじゃない。自分はそんなに信用されていないのかと、悲観したくもなる。
 辛いときくらい頼ってほしかった。

 もう抵抗する気力もないのか、着の身着のままベッドに横たえさせるまで、皇帝は声すら発さなかった。眠っているのかと思ったが、両目の紫はちらちらと瞬き騎士の様子を窺っている。よっぽど信頼されてないんだな、と実感した。
「午後からの会議は欠席すると伝えて参りますので、陛下はここでお休みください。後ほど戻ります」
「……」
 彼は何も言わず、小さく咳払いをして目を瞑った。もう構わないから行ってこい、と言外に態度で示されたような気がした。

 皇帝は重要な決議の決定権、採択権を握っている。彼が会議を欠席するということは、議員たちが話し合ったところで結論が出ないということだ。
 皇帝が午後から出席する手筈だった予定は全て延期、キャンセルとなった。彼は病めるときも健やかなときも責任感は人一倍だから、この話は快癒を待ってからにしようと決めた。延期はともかくキャンセルとなると彼は寝台の上でゴネるに違いない。

 騎士は諸々の伝達を終え、容態を確認するために寝室へ戻った。ベッドに横たわる男の姿は最後に見たときと寸分も変わらず、瞳は固く閉じられている。騎士には彼がすっかり眠っているように見えた。
 見えた、と表現したのは、彼は寝たフリをするのが得意だからだ。ああやって眠っている振りをしては、深夜にこっそり起き出して仕事をすることがたまにある。仕事熱心過ぎる皇帝の悪癖を騎士はよく知っていたが、未だに眠っているときと狸寝入りの見分けはつかなかった。
 騎士は寝台の傍に近寄って、眠っている(ようにしか見えない)男の額に手を宛てがった。ほんのりと汗ばんだ肌が手のひらに吸い付いて、ひどく熱かった。
 濡らしたタオルでも用意して、寝汗だけでも拭ってやらねば。そう思って翳した手を退けると、いつの間にかこちらを見つめていた紫と視線がかち合った。やっぱり寝たふりをしていたらしい。
「お前が来るまでは少し寝ていた」
 騎士が退室してから戻ってくるまでは一時間少々、というところだった。昼下がりの仮眠には丁度いいだろうが、体調の不良がその程度の休息で快癒するとは思えない。
「久しぶりによく眠れた気がする。おかげで頭がすっきりした」
 彼は淡々と所感を述べながら、大きく伸びをして上半身を起こそうとする。顔色は心なしか青白く見えた。
「本日の職務はおしまいです、陛下」
「……は?」
 起き上がろうとしていた体を制して、騎士は無礼を承知の上で告げた。
 たちまち剣呑な雰囲気を身に纏う皇帝の様子から察するに、このあと本気で執務に戻るつもりだったのだろう。先回りして、本日全ての予定に断りを入れた自分の判断は正しかったと騎士は思った。今度こそ立ち眩みや失神なんかじゃ済まされないかもしれない。
「誰がそこまでしろと頼んだ」
 皇帝は自分の体を過信し過ぎだ。平均よりも少し体力が少なくて、どちらかといえばヤワなくせに、まだ動けるという自信は一体どこからくるのか。もしくは一度、限界を超えて倒れてみなければ、痛い目に遭わさねばならないだろうか。
「……仕事はおしまいだよルルーシュ」
 一度己の限界を知れば、それ以降は無茶をしなくなるかもしれない。しかし騎士はそれがどうしてもできなかった。騎士は皇帝に対してとくべつ過保護でもないが、徹底した放任主義にもなれなかったのだ。それがたとえぞんざいに扱われようと、必要とされなかろうと、だ。
 突き放してしまったほうがお互いに楽なのかもしれない。現に騎士はいまだ皇帝に警戒され、信用されていないようだった。それでも騎士は冷徹にも、不干渉に徹することもできなかった。
「今ここには僕と君しかいない」
「何の話だ」
 騎士との会話すら邪険にするような口調で、彼は問いかけた。
「騎士と皇帝じゃなくて、僕と君の関係に、戻ろう」
 俯きながら発せられた言葉は、気恥ずかしさで尻すぼみになってしまった。だがこの静まり返った室内と二人きりの空間で、男は一言一句漏らすことなく聞き入れた。
「……ひとつ聞くが」
 相変わらず平坦で温度のない声色は、皇帝が何を考えているか読み取らせやしない。
「俺の今日の予定を白紙にしたのは、どういう判断だ」
「僕がそうしたいと…こうして二人になりたいと、思ったから」
 嘘をついた。本当は、直属の騎士にすら頼らず一人で何でもこなそうとする彼を、無理にでも休ませるためだ。また再び倒れでもされたら、失神や立ち眩み程度じゃ済まされないかもしれない。
「……こちらへ」
 皇帝は寝台から手をこまねいて、騎士を傍へ呼びつけた。
「お前がやりたいようにしろ」
 それは騎士にとって一番苦手で、羞恥を感じる類の命令であった。

 なぜ予定をなくしたのかと皇帝に問われた際、騎士は咄嗟に嘘をついた。貴方と二人になりたいからだ、と。
 なぜならそうでも言わないと、彼が休んでくれないと思ったからだ。貴方の体調が心配だからです、と本心を伝えたところで、杞憂だとか鬱陶しいだとか、そんな言葉で一蹴されるに違いないのだ。現に今までそうされ続けて、今に至っている。彼はなりふり構わず頑張りすぎる性格で、他人からの心配の声なんか耳にも入らない。
「……今日はえらく、積極的だな」
 頭の向こうから静かに聞こえた声は、少し湿り気を帯びている。
 言葉の内容に気恥ずかしさを感じつつ、スザクは無心に頭を動かした。

 スザクは彼が身に纏う装束の、股座だけを寛げた。そこからまだ柔い性器を取り出し、唇や指で愛でてやる。そうすると萎んでいた性器はすっかり硬度や形を変えて、今ではスザクの口内で懸命に育てられていた。
「顔を見せてくれ」
 前髪をゆるく掴まれて、言われるままに顔を上げた。視線が絡み合うと同時に、陰茎の質量も増した気がした。
「ん、っ、む…」
 緩いストロークで喉元まで幹を収め、引き抜き、唇の先端で鈴口を吸って、また口に入れる。ぐぽぐぽ、と聞き苦しい音が鳴るのも厭わず、スザクは無我夢中で目の前の男性器をしゃぶった。竿に垂れた唾液を伸ばすように指先で擦ると、血管が脈打っているのがよく伝わる。
「んん、ン、んう…」
 上顎のざらついた部分に雁首が引っかかるたびに、腰が揺れてしまうのを我慢できなかった。おまけに犬が媚びるような、鼻にかかった息も漏れてしまって良くない。
「お前は物足りなくないのか?」
 足元に蹲るスザクを見遣りながら、ルルーシュは問うた。意地の悪そうな、人を馬鹿にするような微笑みを口元に浮かべている。息苦しさで上気したスザクの頬を、興奮しているせいだと勘違いしているのかもしれない。
 スザクは言われるままに、身に纏っていたパイロットスーツを脱ぎ捨てて、乱雑に床へ放った。一見して余裕のなさそうなスザクの行動を見て、ルルーシュはほくそ笑んでいた。
 自分の唾液と彼の先走りが混ざった粘着質なそれを指先になすりつけ、スザクは下半身の奥まった部分へ腕を伸ばした。ルルーシュの興味深そうな視線が全身を焼いて、恥ずかしすぎて辛い。
 スザクが下唇を噛んで羞恥に耐え忍んでいると、ルルーシュはほら、と言いながら自らの性器を手で支えた。
「一人で楽しむなよ」
「ご、ごめ…」
 なんで謝ってるんだろう。熱と酸欠でうまく回らない頭で物事を考えながら、スザクは陰茎に這わされたルルーシュの指先ごと性器を舐めた。四つん這いになりながら左手で自重を支え、右手で尻を弄り、舌で彼の局部を撫でる。そんな自分の痴態に、スザクは気がおかしくなるような心地がした。
 彼と行為するのはずいぶん久々で、長らくご無沙汰だった。つまりそれだけの期間、肛門は入れられることを忘れていたのだ。指一本入れるのでさえ息も絶え絶えになりながら、スザクは既に中に入れていた人差し指に、中指を添えて挿入した。

 少し、いやかなりきつい。括約筋も直腸も燃えるように熱く、ただただ痛みしかもたらさない。こんな調子では指三本どころか、質量がまるで違う性器をねじ込んだら痛みで失神しかねない。体調の悪い彼を慮った自分が寝込んでしまっては、本末転倒である。
 スザクが激痛と焦りで脂汗が滲み出した頃、ルルーシュがゆっくりと口を開いた。
「腹の内側、第二関節を曲げたあたりに、ざらついた部分があるだろう」
「っ、うん」
「そこがお前の好きなところだ」
 僕の好きなところ。
 スザクはルルーシュの言うとおりに、その箇所を指で擦ってみた。すると確かに、ここにきてようやく体は快楽を拾い始めたのだ。じんわりと広がるような気持ちよさを感じて思わず、はあ、と熱い息が漏れた。
 人の性感帯を覚えていて、的確に説明できるなんてよっぽどの変態だ。物覚えの良さも大概にしてほしいと、ふやけ始めた頭でそんな文句を浮かべた。
「今、何本入れてるんだ」
「…に、ほん」
「もう一本入って、ちゃんと掻き回せるくらい解れたら、挿れてもいい」
「っ、うん…」
 尻を慣らしている間に、彼が萎えてしまってはいけない。スザクは後ろの穴を弄りながら懸命に、半勃ちの性器へやわやわと唇を這わせた。先端から溢れる透明の先走りも全部啜って、口内で唾液と混ぜて飲み干してやった。
「っ、ゆび、入った、あ」
「…どんな感じ?」
 ルルーシュは至極愉快そうに尋ねた。紫の瞳は期待と欲情で燃えている。
「中、かき混ぜれる、くらい、っあ、はぁ…」
「へえ?」
 ニタニタと笑う男は足元に居たスザクの裸体を引き寄せた。そのまま腕がスザクの股間に潜ると、しなやかな指先が後ろに這わされる。スザクの指が三本食い締められている穴に、ルルーシュは親指で触れていたのだ。
「あ、触っ、らないで…!」
「聞こえないな」
 皺が伸びた縁の回りをくるくると指でなぞられると、それだけで腰が震えた。お願い、やめて。もう挿れたい。指じゃ足りない。早く君が欲しい。思いつく限りの、ありったけの誘い文句をぶちまけた。
「言っただろう、お前がやりたいようにしろと」
 スザクの湿った頬をなぞる男の表情は、こんな場に似つかわしいほど綺麗だった。

 ルルーシュの腰に跨ると、スザクは後ろ手で反り返った性器を握った。羞恥と恐怖と不安、そして期待で腰が震えて、なかなか位置が定まらない。穴に先端が擦れるたびに、にちゅ、と耳慣れない粘着質な摩擦音が響く。ルルーシュから注がれる舐め回すような視線も相まって、それだけで達しそうだった。
「この根性なし」
「っあ、ま、やっあ! ひあ!」
 焦れたルルーシュがスザクの腰を鷲掴んで、亀頭の張り出た部分までを穴に飲み込ませた。びくびくと震える内太腿と、腹まで着きそうなほど勃ち上がった性器が視界に入って、スザクは思わず目を逸らした。
「あとは自分でできるだろう」
 ルルーシュは機嫌良さげに、自らの体を挟むようにして折り畳まれたスザクの脚を撫でた。

 思わず前のめりになる体を、シーツについた両手でなんとか支えた。指先が白くなるほど布を握り締めても、尻の奥から伝わる痛みと熱と快楽は紛らわせそうにもない。歯を食いしばって、内臓を割り拓かれる強烈な不快感と快感に耐えた。
「ちゃんと、入ってるか?」
 わざわざ聞かなくてもとっくに分かっているだろうに、ルルーシュはスザクにそれを言わせたくて尋ねてくる。
「入っ、て、あ、おっきい…」
 これでもかと焦らすかのように、スザクはじわじわと腰を下ろしていった。目下にあるルルーシュの胸元に、汗や涙や涎の混ざったものがぽつぽつと滴り落ちる。せっかく彼のために誂えられた一張羅なのに、と変に冴え渡った頭のどこかで考えていた。
 スザクは焦れったくなって、目の前にあるルルーシュの衣服を全て剥ぎ取ろうとした。着崩してやると途端に顕になる白い肌に、思わず縋り付きたくなって我慢した。
 性器をようやくすべて尻に収めたあと、布の間から見える肌にスザクは吸い付いた。薄い胸板も、脇腹も、色素の薄い乳首も、どれをとっても清らかで美しく見える。それらを上書きするように、地肌に唾液をまぶしていった。
「お前、そんなに溜まってたんだな」
「っえ…?」
 前髪をさらさらと梳く指先はまるで慈しむような動きをして、スザクの頭を撫でていた。もう自分は小さい子供でもないのに、そうされるのは気恥ずかしい。でも優しい手を突き放すのも惜しくて、しばらくそうさせていた。
「スザクのことを気にかけてやれないし、自分の体調管理もろくに出来ない。不甲斐ないよ、俺は」
「そんな、こと…」
 思わず顔を上げると、弱々しく目尻の下がった男と目が合った。その表情とつい先程言われた言葉が意外で、靄のかかった頭ではどうにも整理ができない。
「ほらスザク、もう待ちくたびれた。動け」
「っあ、待って、ま、あ」
 もうお喋りはおしまいだと言わんばかりに、ルルーシュはスザクの腰を掴んで下から揺さぶった。これをされるとスザクは何も考えられなくなるのを分かっていて、わざとそうしてる。珍しく吐かれた弱音の真意をスザクに探らせないために。
「やだ、っあ…ぼく、ぼくは」
 下から串刺しにされた腰はがくがく揺れて、焦点は定まらないし考えも纏らない。口を開いても喋るどころか息をするので精一杯だ。自分のものとは思えない嬌声が部屋に散らばって反響する。そんなスザクの様子を見上げるルルーシュの顔はとびきり意地悪で厭らしい。なのに、ひたすら気持ちが良かった。
「るる、しゅ…」
 自分の先走りが撒き散らされているルルーシュの腹に、スザクは両手をついた。開きっ放しの口から垂れた唾液が滴るのを見て、なんだか申し訳なく思う。
「ぼくはね、君にもっと、頼られたくて」
 目の前にある紫が不思議そうに瞬いた。
「君ばっかり、頑張ら、なくても」
「……」
「僕も頑張るから、だから…もっと、頼ってよ、僕を…」
 汗でぬめる肌に縋り付いて、みっともなく泣きじゃくった。その瞬間、中を出入りしていた栓がむくりと膨張して、スザクは耐えきれずルルーシュの体に崩れ落ちた。
 僕の泣き顔を見てペニスを大きくさせるなんて、やはりルルーシュはよっぽどの変態だ。
 はくはくとルルーシュの胸の上で呼吸を調えるスザクは、心中でそう悪態をついた。しかし汗にまみれた背中を撫でる手のひらの温度があまりにも優しくて、また少しだけ泣きそうになった。平素の冷徹な皇帝と同一人物とは思えない素振りに、目眩すらする。
「お前は俺の剣だ、スザク。もうこれ以上ないくらい、俺はお前に頼りっぱなしだ」
 耳元で囁かれる言葉が、声があまりに優しくて、まるで夢でもみているような心地になる。べたついた薄い手のひらが背中を何度も行ったり来たりする感触と、尻の中で主張する熱が、これが夢ではないことをスザクに思い知らそうとする。
「それにお前、事務仕事はからっきしじゃないのか? 会議だってろくに起きていられないくせに」
 ルルーシュの手が背中を下り、尻に触れた。結合部を指で捏ねられると、冷静になりかけていた頭がまたおかしくなりそうだった。
「そ、れはそう、だけど」
 くちくちとはしたない音が鳴った。陰茎を銜え込んで拡がった穴に、彼が細い指を捩じ込もうとしたのだ。それ以上はもう入らないと首を振り乱すが、ルルーシュにとったらスザクの些細な抵抗など抵抗のうちに入らない。
「っあ、せめて、僕しかいないときくらい、肩の力、抜いてよ」
「……ずいぶんと偉そうな口を」
「あっや、あ、まっ、…んっ、あ!」
 尻を弄る一方で、ルルーシュの手が体の隙間に滑り込んでくる。その手はおざなりになっていたスザクの陰茎を握り、やわやわと竿に愛撫を施した。すっかり敏感になっていたスザクの体は、そんな些細な刺激にも大袈裟な反応を示してしまう。
 溢れる嬌声を堪えようにも、ルルーシュの手はスザクの思惑を読んでいるかのように動き続けた。やめてくれと哀願しても、返ってくるのは捕食者のような恐ろしい目つきと淫靡な微笑みだけである。
「お前の働きは十分だよ」
 優しい声音に背筋が浮いて、喉がひくりと震えた。正直すぎる体は何度も心を裏切るのだ。
 しかしスザクはなおも首を横に振って、駄々を捏ねるようにルルーシュの言葉を受け入れなかった。ここでスザクが引いてしまえば、また彼は体を壊すまで自分を追い詰める。

「ぼくが、僕が君のベッドにでも、枕にでも、なるから」
「……」
「今は、こういうことしか、っできないかも、だけど…」
 こういうこと。その言葉と同時に腰をくねらせると、彼は唇を戦慄かせて快感に耐えた。
「…そ、うか。そうだな」
 湿った頬を撫で上げるルルーシュの手は何よりも優しい温度だった。
「なら、お前にはもっと、頑張ってもらわないと、な…」
「え、ひあ…? アア、ッん!? 」
 前を思い切り扱かれたと同時に、尻の中にある泣き所を容赦なく擦られる。その瞬間、目の前が真っ白になって、スザクは呆気なく意識を手放した。


 息苦しさと重みを感じて目を開けると、視界の真下に黒髪の男が一人居た。スザクの胸板に頬をぴとりとくっつけ、まるで赤子のように寄り添っている。普段の凛とした冷たい印象とは大きく異なり、その容貌はあどけない。吊り上がった眉も切れ長の瞳も、常に寄せられている眉間も、今は見る影もなかった。
 顔にかかる前髪を払うと、真っ黒の長い睫毛が震えた。なんとなくそうしたくなって、汗の浮かぶ額にそっと唇を寄せた。
「…スケベな枕だな」
「っ、あ! ルルーシュ起きてたの」
 上目でこちらをじと、と睨む双眸と目が合った。先程の苛烈な虹彩はすっかり鳴りを潜め、かといって触れるだけで切れそうな鋭い眼光を放つわけでもなく、そこには穏やかな気配しかない。スザクが一番好きな、ルルーシュの表情だった。
「じっとしとけ。俺の睡眠を妨げるなよ、枕」
「ま、枕って…そんな言い方…」
 スザクは苦笑いをして、不思議そうに目を瞬かせた。
「自分で言ったくせに、覚えてないのか」
「えっと…」
 言われてみれば確かに、スザクは途中からの記憶が曖昧だ。
 お前は何もしなくていいんだと優しく諭されて、それでも自分は彼が今のまま無理を続けるのは見ていられないと、自分に出来ることなら負担を減らしてやりたいと、そう言い募った。かといって彼のように巧妙な戦略を立てることも、会議で有用な案を挙げることも、山のように積まれた書類を夜通し読み込むことも、自分は不得手だ。だから仕事以外の場面で、彼を精神的に、肉体的に支えられる存在になれたらいいな、と思った。どんな些細な弱音や愚痴も聞いてやるし、眠れないときは添い寝でも膝枕でもしてみせよう。

「あー、うん、なんか恥ずかしいこと、言った気がする」
 スザクは今更自分の口走ったことを思い出して、顔を赤らめた。どこか機嫌の良い男はスザクの顔色を見て、得意そうにふんと笑った。
「お前は俺のベッドで枕なんだろう、俺を寝かせろ」
「なんか趣旨が違うような…」
「返事」
 困惑するスザクを他所に、ルルーシュは犬を躾けるような有無を言わさぬ口調で命令した。
「い、イエスユア、マジェスティ…」
「いい子だ」
 王は騎士の体を抱き枕にするように四肢を擦り寄せて、再び瞼を閉じた。
 自分の言いたいことが伝わったのかは分からないが、何はともあれ当初の目的は達成されたはずだ。スザクはそう開き直って、彼に倣うように目を閉じた。